07 発展
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薬の効能・素材の組み合わせ等は
実際のものとは異なる場合がございます。
物語の世界において…とお考え下さい。
霜が降り始めた頃、国中に流行り病が広がり出した。寒く乾燥した日が続く季節も手伝って、急速に拡大していった。ルネのいる辺境においても、ぽつりぽつりと症状を訴える者が出始めた。けれど容態は軽く、ルネから渡された薬を飲み一日たっぷり眠ると、次の日には回復する程度だった。
王都においては重症化した患者が溢れかえり、碌な治療を受けられない者から命を落としていく惨状だったと、辺境の誰一人として知らなかったのは仕方のない事だろう。
そんな中、ライアンがルネの元へやって来た。最愛の妹が無事なのか、伯爵家を代表して、様子を見て来るのが主な理由だった。家族の心配を余所に、辺境の長閑な様を目の当たりにし、拍子抜けした。
「ル…レーネ、こちらでは流行り病に罹る者は居ないのか…?」
「僅かには居りましたけれど軽症でしたし、作り置きの薬が良く効いたものですから、流行る前に終息しましたわ」
両手で持てる程の大きさをしたガラス保存瓶を、ライアンの座るテーブルへとコトリと置いた。中には茶色のモサモサとした粉末が、八分目ほど入っていた。
「これ…は…」
ライアンはルネを見つめながら、少し驚いたように目を見開いた後、顔を顰めた。
「…えぇ、懐かしいでしょう?そんな顔をなさらないで、味は改良してありますから。乾燥させた林檎や胡桃で大黄の苦みを抑えて、オレンジの皮で香り付けしておいたから…あの頃とは違って、まぁ悪くないと思いますわ」
くすくすと笑いながら、更にルネは続ける。その横ではライアンが、差し出された紅茶に手を伸ばし、フッと一息ついていた。
「これでもまだ…という人は、蜂蜜と一緒に服用すると更に飲みやすくなるわ。この薬は流行り病の治療だけでなく、予防にもなりますから、試してごらんになられてみては?」
「いや、いい…。だが御祖母様の薬が流行り病に効くとはな。…待てよ、その薬は至って普通の…」
空になったライアンのカップに、新しい紅茶を注ぎながらルネは頷く。
「えぇ、昔からよくある一般的な材料で作る風邪薬ですわ」
ポットを静かに置きながら、「あぁ」と付け加える。
「その中でも不味い部類でしょうね」
思わず吹き出しているルネを尻目に、ライアンが真顔で続けた。
「これと同じ物なら王都にもある…ただし、今回の流行り病に効果があるとは思えなかったな」
「当たり前ではないですか」
熟考しながら話していたライアンは、間髪を入れず答えたルネと目が合う。
「御祖母様の言いつけ通り、使っている素材の処理も出来る限りの事はしましたし。王都の量産品とは訳が違いますわ」
美しい所作で紅茶を飲み、カップを置いた後、目の前にある薬の入った瓶に手を添える。
「半分お持ち帰り下さいな」
「そんな…貴重なものを…、貰う訳には…!」
ルネは侍女に何かを伝えると、真っすぐライアンを見つめた。
「王都が大変な事になってると気付かず、申し訳ありませんでした。私はヴェルレーヌ伯爵夫妻とライアン様に返しきれない恩がございます。せめてもの罪滅ぼしと思い、受け取って下さいませ」
「…恩に着る、これで沢山の人が救われるだろう。代わりと言っては何だが、困った事があれば何時でも相談して欲しい」
新しい保存瓶を持った侍女が、ルネの元へと戻って来ると、そっとテーブルの上に置いた。ルネは薬を半分以上入れると、しっかりと栓をして、ライアンの方へと寄越した。
「辺境産の薬は、まだまだ御座います。腹痛、頭痛、喉の痛みに効く飴や忙しい時の食事代わりになる焼き菓子なんかもありますわ。治療の際、辺境を勧めて下さいませ」
「あぁ、必ず」
ライアンが辺境を離れた後、王都での流行り病は終息を迎えた。その頃から、医者に掛かるなら辺境でと噂が広まり出した。病気や怪我の療養にヴェルレーヌ伯爵領を目指す者が増えていった。
気付けば辺境に一つもなかった宿屋が建ち、外から訪れた者が常に滞在するような発展を遂げていた。
宜しければ次回もご覧ください。