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32 真相

「…どうし…て…」




ルネが見つめる視線の先には、傷一つない顔に輝く黄金の瞳が二つ、柔らかく微笑んでいた。




「…ダニエルさ…ま…」




「あぁ、ご存じの通り、ダニエル・エルランジェが私の本当の名前。この辺境を治めるレヴェイヨン伯爵家ルネ嬢の婚約者だ。とある事情でダンと偽り、素顔を隠し行動していた」



夜空の紺色の髪をサラリと靡かせ、輝く瞳が弧を描く。あの温かな空気を纏っていたダンが、最近では笑顔すら向けられなくなってしまった、氷のような元婚約者と同一人物だというのか。




「婚約は…白紙になったと聞いておりますが…」



ダニエルは懐から一枚の紙を取り出すと、ペラリと広げてこちらに向けた。



「あぁ、これのことかな。ヴェルレーヌ伯爵が署名までして送ってくれた、婚約解消の書類になる。こんな物、提出はおろか、署名すらするつもりが無いというのに。…当然、我々は今も婚約者のままだよ」



紙を摘まんでいた指から、青白い炎が上がり塵も残さず燃え尽きて消えてしまった。




「ルネが最近、私に関心がない事は分かっていた。けれど私は、ルネにも望まれて一緒になりたくてね。これから時間をかけて、もう一度振り向いてもらおうとしていた矢先に…」



右手をグッと握り締め、苦しそうに顔を歪める。



「ルネが死んだと聞いて、自分の不甲斐なさを痛感した。それと同時に、君の死に疑問を覚え、ルネを手に掛けた犯人を捜すべく行動に移した。誰かの為に自分を欺き、身を引く行為が、どれほど馬鹿馬鹿しいか痛いほど理解したからね」



「最初から、ご存じでしたのね」



ダニエルは目を伏せながら、微笑んだ。まるで泣いているような表情に、ルネは心が痛みながらも、少しドキリとしてしまう。



「最初は小さな懐疑心だった。だが、視察で辺境を訪れた際、それは確信に変わった」



そう言うと、ルネの手を取り跪いた。黄金の瞳はルネを捉えたまま、手の甲に唇を落とす。不意の出来事に、恥ずかしさで顔が熱くなる。そしてその手は間違いなく、ルネを幾度も守ってくれた、あの力強いものと同じだった。



「守りたかった。一目会ったその時から、ルネに心を奪われていたから…」



「ダニエル様が私を…?てっきり、嫌われているものだとばかり…」



目を合わせても声をかけるどころか、にこりともせず通り過ぎていくダニエルを思い出して、そう答えた。




「婚約した後、ルネは淑女教育に追われていた。私の想いとは裏腹に、日を重ねる毎に二人の温度差を感じてしまってね。私だけが、こんなにも想っているのに不公平だと拗ねていた…今なら自分が幼過ぎたのだと分かっている。…だが当時の私は、何とかせねばと慌てていた。そんな時だった。どこかの令嬢に話し掛けられたところを、偶々ルネに目撃されたのは。ルネは悲しそうな顔で、けれど私だけを見てくれた」



ルネは驚き目を丸くして、ダニエルを見つめ返した。



「ルネが嫉妬してくれたのだと思うと、甘美な感情が溢れて。気づけば何度も、ルネからその感情を引き出そうとしていた」



ルネはダニエルとの婚約を境に、公爵夫人へとなるべく、厳しい教育が始まった。女主人としての務めから始まり、自国や近隣諸国の歴史に文化を学び、時勢を見極める目を養った。途切れる事の無い勉強付けの毎日に、しがみ付くのが精一杯だった。そんな中、何度かダニエルが、見知らぬ御令嬢と一緒に居たのを覚えている。時を同じくして、ダニエルが素っ気ない態度を取るようになった。



最初は純粋に悲しかった。家同士が決めた婚約とはいえ、少なからずルネもダニエルに好意を寄せていたのだから。しかしそんな事が度重なれば悲しみより、どうして?という感情が大きく膨らみ、耐えきれなくなっていった。遂にルネは自分の心を守る為、ダニエルへの想いに蓋をしたのが毒で倒れる直前の事になる。



「だが、ルネが手の届かない人となった時、稚拙な行動をしていた自分を呪った。やり場のない気持ちは、敵討ちの代わりに君が倒れた真相を掴もうと、水面下で探るようになった。すぐにフェヴァン伯爵家のモーリスとフォセット、ラシュレー男爵令嬢に辿り着いたよ。特にフェヴァン家の二人は危険で、その行動に注意した。するとルネが生きていると分かり、今度こそこの手で守ると決めた。だが私が行けば、警戒されるのは目に見えている。そこでダンという人物を作り出し、辺境へとやって来たんだ。こんな事で、これまでの償いになるとは思っていない。だが…」



真っすぐルネを見つめる彼の顔は眉尻を下げ、今にも泣きそうに瞳が揺れていた。絞り出すように、掠れた声を続けた。



「どうか今一度、私に挽回する機会をくれはしないだろうか」



レーヌとして過ごした中で、ダンがくれた気持ちに嘘は無かった。ダンに惹かれたレーヌの想いを、全て無かった事にするつもりもない。それはルネに戻った今でも変わらない。



「お願いだ、もうルネを失うのは耐えられない…」




「…嫌ですわ」



途端、ダニエルが衝撃を受けた後、捨てられた子犬のように、がっくりと首を垂れた。俯くダニエルの頬に、ルネが手を添えた。




「…もう他の令嬢に目移りされるのは、嫌ですわ。この見た目で、気が強そうに思われてるのでしょうけど、意外と寂しがりやですのよ」



勢いよく頭を上げたダニエルは、添えられたルネの手を両手で握り締め、頬を真っ赤にして何度も頷いた。




「二度とそんな事はしないと誓う。あぁ、ルネ。私の唯一、私の全て」



ダニエルの腕が優しく、けれど力強くルネを抱き留める。ふわりと柑橘系の香りがして、ルネは安堵した。強がっていたけれど、こんな風にダニエルから求められる事を、心の何処かで願っていた。乾いた大地に降る雨のように、ルネの心が満たされていくのが分かる。




「私もお慕いしておりますわ、ダニエル様」



弾かれたようにルネを見つめるダニエルは、左手はルネの腰にしっかりと回しながら、右手をルネの頬に優しく添えた。次の瞬間、ルネの唇に何かが優しく触れた。口づけをされたのだと、理解してしまえば、喜びと照れくささで一気に顔が熱くなっていく。ふふっと嬉しそうに笑うルネを手の中に閉じ込めたまま、啄むような口づけを繰り返し、徐々に深くなっていった。




二人を辺境の木や花々が、ヴェールのように優しく隠していた。






次回も見て下さい!

長くても残り2話ほどだと思います。

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[一言] ダンがダニエルだったとは…
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