18 切欠
ちょっとヤンデレ要素が。苦手な方はご注意下さい。
ルネとの出会いは12年前、とても風の強い日だったのを覚えている。妹のフォセットに強請られ、王都の街に遊びに行くと、何時の間にか、はぐれてしまっていた。名を呼びながら探していると、目の前に白い帽子を被った青い髪の少女が現れた。
「どうしたのですか?」
涼し気な金色の瞳を揺らして、此方を見つめている。何故だか惹かれる気持ちを必死に抑えて、居なくなった妹を知らないかと尋ねてみた。するとすぐさま、一緒に探してくれるという。脆い絆だとしても、もう少し一緒に居られるという幸運に思わず笑顔になりかけたが、妹を思いやる心配そうな兄の顔を心掛けた。
少し離れた噴水の縁に座り、泣いているフォセットを彼女が見つけてくれた。自分で言うのもなんだが、フォセットは僕の事が大好き過ぎる。だから、僕の傍にいた彼女を見るなり、敵対心をむき出しにして、礼も言わずに僕の手を引いて到着したフェヴァン家の馬車に乗り込んでしまった。それでも笑顔で手を振る彼女に、申し訳ない気持ちが膨らんでいった。そんな時、彼女の元へ近づく一人の少年が居た。彼の差し出した白い帽子を、少女は笑顔で受け取る。恐らく妹を探している時、風にでも飛ばされたのだろう、そういえば彼女は帽子を被っていたとハッとする。
少女の顔ばかり見ていたから、気付かなかった。
共に行動していた時、その瞳から目が離せず、ドキドキと脈が速くなっていた。彼女が自分以外の少年と微笑みながら話す今は、訳も分からず苛立ちが加速する。その気持ちのまま、無情にも馬車が走り出し、彼女は改めて手を振ってくれた。
その日の夜、寝台に横になり目を閉じれば、あの時の胸の高鳴りを思い出す。これはきっと初恋であり、苛立ちは嫉妬だったんだと確信する。二人で歩いていた時に、名前を聞いておいて良かった。ルネと名乗った少女は、間違いなく貴族の令嬢に違いない、名前と特徴的な色を合わせて探せば、簡単に見つかるだろう。いや、見つけてみせる。
「もう一度、会いたいよ。ルネ」
宙に手を伸ばし、幻のルネの手を取った。
その数か月後には、ヴェルレーヌ伯爵領に降り立つモーリスの姿があった。
表向きは療養として、夏に涼しい辺境で過ごす事にした。ヴェルレーヌ辺境伯への挨拶を一人で行えば、こちらの思惑通り子ども達を紹介してくれる。あの時の事をルネは覚えておらず、一抹の寂しさを感じたが、フォセットのした無礼を思えば、忘れている方が都合がいいとさえ思えた。
ルネを過保護に見守る、兄のライアンには些か辟易したが、ライアンの様な兄が居てルネは幸せ者だといった内容の事を何度も言ったところ、モーリスを弟の様に受け入れてくれるのだから、子どもなんて他愛も無い。
努力の甲斐もあって、日に日にルネとの距離は縮まり、遂に思っていた事を口にした。
「大きくなったら僕のお嫁さんになって!」
最高の笑顔を贈り、勝負に出る。
「ふふ、ありがとうモーリス」
零れるような微笑みで、そう返してくれた。それは了承したって事なんだよね?天にも昇る気持ちを胸に、僕は王都へと戻った。距離がある分、二人は想いを募らせる、男女の仲とはそう言うものだと聞いていた。だから会えない時間を耐え、婚姻に向けて手回しをする事に専念した。
それだというのに、君は。
学園に入学してすぐ、ルネがエルランジェ公爵ダニエルの婚約者となった話で学園中が持ち切りだ。それは噂ではなく、事実だと知った。
この気持ちは、どうなる?
だから必死に思考を巡らせる。見栄えだけは良い娘が居る、没落寸前のラシュレー男爵家に融資を持ち掛け、ジャクリーヌにダニエルを誘惑させた。最初は乗り気でなく、金の為に渋々引き受けたジャクリーヌも、ダニエルの美丈夫ぶりに次第に本気になっていった。ダニエルも満更でもなさそうで、ジャクリーヌと過ごす時間が増えていった。
ダニエルとの婚約が白紙になれば、ルネは戻って来る、そう信じていたのに、ダニエルがジャクリーヌと恋仲になっても尚、二人は婚約を解消しなかった。酷い扱いをされているにも関わらずルネは、ダニエルが自分の元へ戻って来るのを待っているように見えた。
だから、信じていたダニエルが裏切った様に、見せなければいけない。
ダニエルとジャクリーヌの仲を裂く原因であるルネを、ダニエルの恋人が殺すというシナリオで、ダニエルへの信頼を潰そうと策を練った。人を死に至らしめる毒と偽り、ジャクリーヌに渡した。恋に溺れたジャクリーヌは、これでダニエルと結ばれると大層喜んでいた。
莫迦な奴。僕がルネを殺す訳がないのにね。少しの間、仮死状態になるだけの薬だよ。
予定通りルネが倒れた後、二人の婚約は恙なく白紙に戻った。息を吹き返す前に、墓地から彼女を攫うつもりが、想定外の事が起こる。予定より大分早くにルネが目を覚まし、あろう事か辺境に籠ってしまった。しかも見た目を変え、別人になりすまし、ヴェルレーヌ領を盛り立てていた。
次第に王都でも、ヴェルレーヌ領の盛況ぶりは話題になっていった。視察隊までもが組まれたと聞く。
辺境の噂が落ち着きを見せ始めた春、僕は行動を起こした。
ルネ、待っていて。もうすぐだからね。
登場人物が増えてきたので、改めて紹介を。
<国・登場人物>紹介
【ジョルダン国】
ジョルダン王家を中心とした王立国家。
【ヴェルレーヌ伯爵家】
・ルネ・ヴェルレーヌ…主人公、16歳。勿忘草色の髪、黄金の瞳、釣り目、白肌。父・母・4つ年上(20歳)の兄がいる。辺境伯家。婚約者はダニエル。
・ライアン・ヴェルレーヌ…20歳。ルネの兄。妹をとてもかわいがっている。
【エルランジェ公爵家】
・ダニエル・エルランジェ…18歳。夜空の紺色の髪、黄金の眼、普通肌。父・母・3つ年下(15歳)の弟がいる。ルネの婚約者。
【フェヴァン伯爵家】
・モーリス・フェヴァン…17歳。丁子のような茶髪、青眼、白肌。父・母・2つ年下(15歳)の妹と4つ年下(13歳)の弟がいる。
・フォセット・フェヴァン…15歳。丁子のような茶髪、青眼、白肌。モーリスの妹。兄が大好き。
【ラシュレー男爵家】
・ジャクリーヌ・ラシュレー…17歳。金髪、碧眼、白肌。父・母・2つ年上(19歳)の兄と3つ年下(14歳)の弟がいる。
【辺境の人々】
・ダン…黒いフードの男。年齢不明。入手困難な品でも難なく用意出来る、一流の腕前。
・ジゼル…17歳。茶髪、茶眼、普通肌。辺境で暮らしている。ルネの薬作りを手伝っている。父と母と暮らしている、一人娘。
・ユーグ…51歳。茶髪、茶眼、普通肌。辺境で暮らしている。農業組合の親方。妻、娘と息子がいる。
・ウラリー…48歳。焦茶髪、茶眼、普通肌。辺境で暮らしている。ユーグの妻、娘と息子がいる。
・オーバン、エミール、シモン…近隣の集落の者。ヴェルレーヌ領に盗みに来た賊の三人。




