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10 解放

ご覧頂きありがとうございます。

ジャクリーヌの診察が終わると、あっさりと症状が判明した。魔力操作が上手くいかず、古いものが固まってしまう、珍しいものだった。硬化した魔力は老廃物や毒素と同じで、そのままにすると、そこから熱が出て意識を失ったり、時には命を落とす事さえある。固まりを体外に出す為に、代謝を上げる効果のあるニンニクや玉葱、唐辛子から抽出した薬と、香辛料が多めの食事を併用していくことになった。



「ラシュレー様、半月ほどで魔力塊が、生活に支障が無い程度には小さくなると思います。その間、出来れば此方で滞在頂ければ…と」



何もない辺境になど、早く立ち去りたいのでは…、そう考えたルネは内心ドキドキしながら、ジャクリーヌに問いかけた。治療の場所を王都に変更しろだとか、一瞬で治る薬はないか…など、無理難題を要求するかもしれない…と。



「え?いいわよ」



ルネの心配は良い意味で裏切られ、思わずジャクリーヌを凝視してしまう。



「この症状が発病したのは、私が11歳だったかしら。その頃、ラシュレー男爵家は領地内で銀の鉱脈が見つかって、それはもう莫大な利益があったのよ。でも私の為に、両親は名だたる名医の診断を受けさせてくれたし、莫迦みたいに高価な薬も色々飲まされたわ。苦くて臭い薬、そのくせ全然効かなかった…。あんなもの、二度と飲んでやるものですか。…そうするうちに、あれだけあった男爵家の財は底を尽き、今では没落寸前よ……ちょっと、あなた大丈夫なの?」





ジャクリーヌに肩を揺すられ、ルネは我に返った。気づけばポロポロと涙を流していた。



「あら…、どうしてかしら…ごめんなさい。お話を遮るような真似を…お許しください」



「別に私は平気だけど…。そう、だから治るまでは、誰が何と言おうと意地でも居るわよ?」



話しながらジャクリーヌは、差し出された丸薬を水と共に流し込んだ途端、驚いた顔をした。



「何の…臭いもしないわ、本当にニンニクなの?」



「えぇ、ニンニクと玉葱や薬草を練り合わせて丸めたものです。ただ、周りを覆ってあるので臭いは感じないはずです。覆ってあるものはお腹で溶けて吸収されるので、安心なさって下さい」



そこへジゼルが、お盆を持ってやって来た。途端に香辛料の香りが、辺りに立ち込める。「失礼致します」と湯気の立つ器と銀製のスプーンを、ジャクリーヌの前に静かに置いた。



「ラシュレー様、こちらが毎日一回、必ず召し上がって頂くスープになります。初めてですので、辛みは抑えてあります。平気なようでしたら、次回から規定の量にして、お出ししますわ」



持ち手に繊細な意匠のあるスプーンを、持ち上げたジャクリーヌが小さく呟く。



「素敵ね…良い銀食器ね」



「ここには、お毒見が居りませんので、その代わりに銀食器を使用しておりますわ。銀が黒変すれば毒の混入が判断できますから」



ルネの返答に、ジャクリーヌは言葉が詰まった。美しい物を褒めただけなのに、まさかそんな意味があるとは思っていなかった。ある事を思い出し、後ろめたさから無意識に身震いしてしまう。



「ご安心ください、形式的なものです。作っているのはジゼルですから、心配はありませんわ。さぁ、冷めないうちに、どうぞ」



「…えぇ、頂くわ」



嫌な気分を振り払うように、スープを口に運ぶ。ニンニクと香草の香りが合わさり、食べ進める毎に食欲が増していく。少し感じる食感は玉葱だろう、飴色の小さな固まりは舌ですぐに溶けて無くなり、旨味に変わっていく。ピリリとした辛みが、飲み込んだ後、やってくる。香ばしさのある、程よい辛味で、あっという間に飲み干していた。



「お口に合いましたでしょうか。明日は今日より少し唐辛子の量を増やしますので、苦手であれば仰って下さいませ」



「ご馳走様。…その、美味しかったわ」




身体の奥からジンワリと温かさが続き、長年の苦しみであった波のある頭痛が、和らいだような気がする。数日が過ぎると、気のせいではなく、事実だと確信した。痛みの無い時間が延びていき、予定の半月が過ぎる頃には、長年の苦痛から解放されていた。



ジャクリーヌが王都へ帰る日、馬車が迎えに来るまでと、ルネを呼び止めた。ジャクリーヌは澄んだ青空のような瞳をルネに向ける。



「ここで貴女を初めて見た時、正直驚いたのよ?ある人に似ているんだもの、冷静に考えれば全然似てやしないのに、きっとやましい気持ちがそう見せたのね」



眉尻を少し下げ、フッと笑った。



「私ね、その人が嫌いだったのよ。彼女は何でも持っていて、誰からも愛されていた。…だから奪ってやるって決めたの、彼女の婚約者も彼女自身の存在も。…ほんと、いい気味だった…そう思ってたんだけど……」



王都へ続く道を、ぼんやりと見つめる瞳からは涙が溢れていた。それを拭いもせず、プイとそっぽを向く。



「でもレーヌは嫌いじゃない、…もし行く所に困ったら、王都のラシュレー男爵家に来なさい。私が面倒見てあげるわ」




馬車は見込みより、やや遅れて到着した。ジャクリーヌは振り返りもせず乗り込むと、馬は滑るように走り出していった。辺境に静けさが戻ったが、ルネは心に穴が空いたような気分になっていた。

食物の効能や成分は実際と異なる場合がございます。

あくまでも物語の中の事としてお考え下さい。


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[一言] この態度もしや犯人では無い…?
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