共生 1
新章始まりました!実はちょっとだけ書ききれてないけど、章完結まで毎日投稿する!
……という宣言をします。
今私たちがいるのは、サルシャにある酒場を併設した宿の一室だ。もうすぐ昼になるのに起きてこない師匠を起こしに来たのである。
壁際に置かれたベッドには毛布にくるまって眠る師匠がいる。私たちは顔を見合わせて、
「よいしょっ!」
という掛け声とともにシーツを引っ張って師匠をベッドから落とした。寝起きの悪い師匠はこのくらいしないと起きないのだ。
うめき声をあげてやっと起き上がった師匠は、腰のあたりを押さえながらのそのそと動き出した。
「お前たち、もう少し優しく起こしてよ、俺昨日深夜まで仕事だったんだぞ?」
そう文句を言っているが、その表情はやわらかい。なにしろ師匠は遅く寝るほど遅く起きるので、日中に用事のある今日の様な日は私たちが起こすのが日常になっているのだ。
「明日にはまた新しい街に行くから、食糧とかの買い出しに行くんでしょ?早くしないと買えなくなっちゃうよ」
リオが師匠の着替えをあさりながら急かす。私は食堂に食事を注文するために部屋を出た。いくら師 匠とはいえ、男性の着替えを覗く趣味はないからね。
食堂のおばちゃんに大盛定食二つを注文して端っこに座っていると、リオが師匠を連れて降りてきた。私の隣に座ろうとした師匠を押しのけてさっと座ったリオに、師匠が不満そうな声をあげる。
「お前たちほんっと仲いいよなー。俺だってたまにはかわいい弟子の隣に座りたーい」
「僕の隣なら空いてますよ、師匠の弟子の」
すかさずリオが自分の隣の席を示す。師匠はまだ不満気だ。
「お前だってかわいい弟子だけどよー、リオはなんかそっけないじゃん。俺はもっとかわいげのある弟子の隣がいい」
見た目はそっくりなのに性格全然違うんだもん、と口をとがらせる師匠をリオは冷めた目で見つめた。そして目をそらすと私のほうを向く。
「レオ、今日は何頼んだの?」
さっきとは別人のような微笑みに、内心苦笑しながら答える。
「大盛定食二人前。私たちは一緒に食べようと思って」
おいしいから多すぎるけど頼んじゃうよね、と言うとリオもうれしそうに頷く。でも、これはたぶんおいしいことではなく、一緒に食べることに反応している気がする。今まで雪山で暮らしていたリオにとって、食事を分けるというのはどうやら日常生活での最上級の愛情表現に当たるらしい。上機嫌ですり寄ってくるリオのふわさらの髪をなでる。すごく懐かれてる感じがしてかわいい。
すっかりご機嫌なリオと待っていると、定食はすぐに運ばれてきた。私の顔くらいの大きさの黒パンと、大ぶりのチキンステーキ(コケトリスとかいうコカトリスの亜種らしい)、コールスローみたいなサラダにどんぶりのコンソメスープと、肉体労働者も大満足の献立と量で普通の日替わり定食の1.5倍の値段。いろんな意味で素晴らしいメニューだ。
私たちが黙々と食べている間も、師匠はいろんな人に声をかけられている。
「おう、キール、明日にはサルシャを出るらしいが、今日は歌わねねぇのか?」
そう師匠であるキールに尋ねたのは、ほとんど毎日師匠の歌を聞きに来ていた男だ。結構大柄で人相は悪いが、音楽が好きらしい。師匠はそちらに顔も向けずに答える。
「今日は支度があるから俺は歌わないが、代わりに広場で弟子が歌うぞ」
「おお、そうなのか!あんたの歌が聞けないのは残念だが、ずっと弟子を取らなかったキールが見込んだ奴なら期待できるな。楽しみにしてるよ」
男は嬉しそうに言って食堂を出て行った。これが聞きたかっただけらしい。
私は師匠に気になったことを尋ねてみた。
「師匠は今まで弟子を取ってなかったの?」
「ああ、俺の基準を満たすやつがいなかったからな」
師匠はどうでもよさそうに言う。さらに続けて、
「そのうち、とは思っていたが、さすがに初めての弟子がこんなぶっ飛んだやつらだとまでは予想していなかったな」
と、今度は少し笑いながらつぶやいた。
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食事がすんだら次は買い物だ。私たち三人は旅人御用達の、重量軽減機能が付いたマジックバッグ(容量小さ目)を背負い、商店街へと繰り出した。
まず最初は食糧だ。干し肉などの保存食を売っている乾物屋に入る。時間停止が付与されたバッグは一気に値段が跳ね上がるので、高位貴族や一部の凄腕冒険者くらいしかもっていないそうだ。よってしばらく新鮮なお肉とはお別れなのである。師匠が干し肉を選んでいる間に、私はそっと干し野菜とドライフルーツを師匠の買い物かごに突っ込んだ。料理が嫌いな師匠は、放っておくと調理しないで食べられる干し肉と堅パンしか買わないのだ。
案の定師匠は野菜類は買わないつもりだったらしく、増えたかごの中身に気づくと舌打ちした。でも、何も言わずに財布を取り出すので、本気で嫌がってはいない、と思う。さらにその後いくつかの店で飽きないように数種類の堅パンと芋を買い、調味料を補充してそれぞれのかばんにしまう。
「うーん、何か忘れてる気がする」
師匠が眉間にしわを寄せて考え込んでいる。食糧は買ったし、他に何かあっただろうか。
「あ、ルーンの弦だ!」
自分で答えを見つけた師匠は、慌てて手芸屋のような店に飛び込む。何度も来ているらしく、迷いなく店内の一角で足を止めると、二つの糸を見比べて一つ、糸玉を購入した。ルーンというギターに似た楽器の弦にする、絹糸である。
師匠はその糸玉を手に、こちらを振り返った。
「さあ、日ごろの練習の成果を見せてもらおうか」