枯死
無限緑地、侵入者を規制する関所にて、この広大な土地を統べる管理者:《メアリー・マーケット》が姿を見せた。
リーダーとなれば普通は、砦の最奥地でどっしりと構えているイメージがあったので、こんな最前線にしかも序盤で会えるとも思っておらず、全員揃って驚きを露わにする。
「どうしてワシが来ると分かったんじゃ?」
「フフッ、忘れちゃったの。私はこの森のすべての木々、お花、生物達とお友達なんだよ、お話をしていればすぐ分かりるよ。それに、ここまで良い匂いを撒いて気づかいなわけないです」
花や生物達との対話。メグミの能力と同系統のものかと一瞬考えたランド達だが、それはどうやら少し違うらしい。周囲はそれほど感じてはいないが、ニーナが常に撒き散らす『匂い』を生物達を通して検知。つまり喋るだけでなく、見る・嗅ぐなどの五感をも共有できるメグミの上位互換だ。
「あ、でも一番の親友はニーナちゃんだよ」
と可愛く付け足したメアリーを、「はいはい」とニーナは軽くあしらう。その様子は淡泊を装っていたが少し頬が、耳までも赤らめていたのはバレバレだ。尊さすら感じた。
「そんな事より、無限緑地が大変なことになってると聞いたからわざわざ出向いてやったのじゃ」
バツが悪くなったように話を逸らし、その言葉でメアリーは親友が訪れた真意を理解。さっきとは打って変わって、暗い表情と共に本題へと入っていく。
「そう、わざわざありがとう。おそらくもうすでに広い範囲で広まってると思うけど、この無限緑地の草木達が酷く枯死化してきているのは全て真実。かなり危機迫る状況下にあります」
声や表情そのものが事が深刻なのを物語り、まだ会って数分足らずだがこれほどまでに安らぎがあり頼りになる人間はそうはいないと、中性の館全員が信頼するに足ると太鼓判を押していた。そんな人がここまで思いつめた顔になると、こちらまで不安になってくる。
「その原因は…、分かっておるのか?」
ここは旧友か、館一同の隠しきれない動揺を制してニーナが先陣を切った。
「大体予想は付いてると思うけど、私でも抑えられないくらい《ブーケ》の能力が強大になってるの」
「………やはりか」
その”ブーケ”という新たに出された人物に、今度はニーナでさえも渋面を滲ませる。
「そのブーケ様とは?」
2人の空気に飲まれ話に置いてかれそうなった面々を代表して、今度はホームズのハスキーボイスが鳴った。
「私の妹でございます」
一同は驚愕する。
こんな母性の塊の妹、そちらもかなりの母性力を持っていると思われたがどうやら違うらしい。それは兄弟姉妹間でよく見られる、片方にその全ての特性を奪われてしまったかというほどの、もう片方の救われない劣等。
メアリーという絶対的大自然の申し子の後に生まれたブーケは、例えるなら養分をすべて吸い上げられ完全に朽ちきってしまったあとの枯れ木。
「姉はあんなにすごいのに」「ホント、役立たずの愚妹だね」、緑の盛んな無限緑地ではこんな皮肉が日常茶飯事。ブーケは四六時中、計り知れないほどの劣等感を抱えて生きていた。
「それでもこの姉じゃ、面倒はもちろんフォローまで完璧にこなしてブーケを全力で助けておった。こんなできた姉が居なければ、奴はもっと昔にとっくに壊れてたじゃろうな」
そこでもやはり、圧倒的な包容力で本領を発揮するメアリー。___だが、
「だがそこが、奇しくも皮肉骨髄と妹が詰られる点となってしまったんじゃろうな。
姉が優秀であればある程、その比較対象は妹であり拙劣さが露呈する。居てくれて良かったは即ち、逆に居なければ最初からこんな事にはなっていないという解釈もできうる」
そう突如に鈍く放たれた声は、口調は同じだがニーナのものではない。関所の最奥、メアリーが腰を据えるさらに後ろから、かなりの猫背を木の杖で支えた小さき老婆が姿を現した。
口調こそ大差ないが、その容姿は一目。ロリババアのニーナに対して、こちらはかなりの皺が刻み込まれ年季の入った年寄りと言ってだろう。
「おばあちゃん!」
するとその人物に、大人しそうだったメグミが唸る。皮肉めいた言葉への叱責だ。確かに今の迂遠な言い回しは、まるでメアリーの存在を否定するかのような言い草。
無限緑地の住人であるメグミはもちろん、もうすでに心を許し頼れる『母親』と心酔しきっている連中達からも反感を買っておかしくない。
怒鳴るメグミを宥め、そんな言葉を刺されても尚メアリーは宇宙のような寛大な心で受け止める。
「確かに、私の存在があの子をより苦しめているのかもしれません…」
シンと暗くなる空気。落ち込んでしまったメアリーに一番に声を掛けたのは、親友のニーナだった。
「そんな事絶対にあるものか。最初から居なければとか、生まれてこなければとマイナス思考でどうするんじゃ。
お主らの関係はおんぶに抱っこではなく、持ちつ持たれつ。ブーケはお主が居てくれて、姉であってくれて必ず感謝しているし、お主もブーケが妹であってくれて感謝してるじゃろ。そんなくだらない事で一々落ち込んでる暇があったら、どうやったら今のブーケを止められるか考えた方がよっぽど有意義じゃ」
「ニーナちゃん…」
ぶっきらぼうな物言いではあるが、それは確実に友としての慰め。
「まだその諺癖使ってたんだね」
「使ってるとか言うな、これはデフォルトじゃっ!!」
メアリーもお茶目な冗談を言うのかと一瞬驚いたが、ニーナのツッコミで少しばかりか笑いが起こり、暗く張り詰めた空気は幾分か弛緩した気がした。
「まあ、カイゼンすべきはこの森の民度のじゃな」
一体全体何を伝えたいのか、大聖樹の次は森への批判を飛ばしメグミ祖母は厠へと消えていった。___その刹那、
ズゴーーーーーーーーーンッッッ!!!
何処からともなく大音響かつ大震動の衝撃が無限緑地全土に轟いた。
「ッ!!」
メグミが急いで外へと飛び出し、メアリーも苦悶の表情。
「”例”のが始まったのですか?」
こういう緊急時に、やはりホームズの動き出しは速い。例のというのは言うまでもなく、ブーケによる枯死化現象。メアリーは認めたくないがといった様子でゆっくりと頷いた。
「ここからは現場に移動しながら説明します」
そう口にしながら「ピー」と美しい口笛が奏でられ、それを合図にズンッ、ズンッと重圧を誇る音が響きは始めた。
生い茂る木々を掻き分けて現れたソイツは、木馬ならぬ木象。まさに木でできたような皮膚に、耳部分はドデカい葉。背中は大陸ばりに広大な大地・草原・花々・木々が茸茸と備わっており、特徴である鼻はなんと大木サイズ。いや、大木そのものがまんまはめ込まれしなやかにうねっている。
環境による生物の変化は本当に末恐ろしいと、一同は騒然とするほかない。
「皆さんも早く」
そんな勇ましい姿に見入ってる隙に、もうすでにメアリーは鼻を階段代わりに象の背中部分まで到達していた。どうやらコレに乗って現場まで直行するらしい。
メグミとメグミ祖母以外を背中に乗せると、木象はゆっくりと進路を変え歩を動かし始める。その進行たるやゆっくりと暢達ではあるが、物理的な何が起こっても歩み続けられるという凄絶な逞しさを感じる。
「この無限緑地の大部分のエネルギーは、あそこの中央にある1つの大きな大樹から恵まれています。ここでは【神王樹】と崇め讃えられ、緑地全域を支える心臓とも言っていいでしょう」
大して変わらない景色をスローで眺めていると、そのうち頃合いを図ったようにメアリーが語り始めた。
「そして、あの神王樹からくるエネルギーを森の最先端部分や細部といった場所により効率良く供給するために、神王樹を中心にさらに6つのエリアに分かれています。それぞれ心幹中樹が神王樹からのエネルギーを一番に蓄え、そこから枝分かれするように隅々に循環させていくという図です。
そして問題なのがその心幹中樹が現在までで3本、…おそらく先程の震動で4本目が枯れ崩れたと思います」
「「「ッ!!!」」」
驚愕が皆に伝播した。不穏な空気が流れ始めているとは聞いていたが、誰がここまで危機的状況だと予想できようか。
女照に棲息している女達は悩みや不満など存在せず各々悠々自適に暮らしてると思っていたが、その中でもこういった環境問題に苦悩させられるのかとランドは押し黙る。
「もし、6本すべて枯れてしまったら?」
それは、今にも消え入りそうなフローレンの声。皆心の中でなんとなく分かっている。分かってはいるが、訊かずにはいられない。
「おそらく、神王樹の供給が細部まで回りきらず、遅かれ速かれ無限緑地は絶滅するでしょう」
想像通りの回答だった。
無限緑地が蓄えるの膨大な養分は、なにも無限緑地内だけで循環している訳ではない。それはどこの自然にも根を巡らせて行き届いており、ダンディグラムで育まれる木や花も少なからずその恩恵を受けている。
此処が枯れ地と化せば、世界に甚大な影響を及ぼすことは間違いない。誰しもが俯き下を向く中、必死に思考を巡らせ前を向こうとする執事は静かに口を開いた。
「お時間が少々ありますようなので、いくつか質問よろしいでしょうか?ブーケ様についての事です」
メアリーは「何でも」といった風貌で居住まいを正す。
「まずブーケ様の能力についてなのですが、『腐る』ではなく、劣化などで衰えさせ形を崩す『朽ちる』という概念の能力で認識してよろしいですね?」
「はい」
その『腐る』と『朽ちる』、2つの言葉に指して明確な違いがあるわけではないが、細菌や酸化などによって劣化し崩れる『腐る』に対して、『朽ちる』は劣化し崩れるという多少抽象的なニュアンスとされている。
その違いを確認した真意は、訊いた本人のみぞ知るところだ。
「現在、ブーケ様はどちらに?」
「神王樹付近の地下にあります木の幹で組まれた『樹牢』という所で匿っております」
「…そうですか。では次なのですが、お2人は共栄共存をして共に暮らしてたという事なので、ブーケ様の能力が独りでに暴走しているのは理解しています。故意でないのであれば、それは周囲にある目についたものを形振り構わずひたすら全て枯死するという状態。そんな状態で目の前の樹牢、神王樹を朽ちさせずわざわざ心幹中樹を狙うのに何か心当たりはございますか?」
数瞬、考え込むメアリー。
「ないです。神王樹に関しましては、先も申しました通り莫大なエネルギーを保持しておりますので、そもそも枯死する速度より再生する速度の方が上回っているのかもしれません。樹牢も神王樹の養分を最も身近に浴びているので、その加護にあるとは思います。
なにせ名前の通り、本来は悪人や罪人などを閉じ込めるためのものですから」
心優しいメアリーは、そんなもの存在しなければ良いのにと歯がゆそうに答えた。
「いったい何が知りたいんじゃ」
もはや尋問よりになってきた質問攻めに、ニーナが見兼ねて割り込んだ。まだ聞きたい事があった様子のホームズだが、堪忍して言う。
「これは単なるワタシの勘なのですが、どうにもただの暴走にしては違和感を感じます」
全員の視線が、先を促すようにホームズへと集中する。
「ここからはかなり憶測の粋なのですが、暴走にしてはあまりにも閑かすぎませんか?数時間前からすでにこの森へと足を踏み入れてますが、まだ全然豊潤なまでの自然を感じられますし、生物や花々もそこまで息苦しいといった感じではなかったです。
ならまだ、それほど森全体に枯死化が進行していないのかと思えば、この緑地にとって重要な柱が6本中4本ダウン。ワタシにはどうも、『暴走』という言葉を便宜に、水面下で他の《何か》が動いているように思えてなりません」
「…私、あるいわブーケが嘘を付いていると?」
穏和な瞳が微かに揺らぎ、貴重なメアリーの敵意を向けられる。
「いえ、ワタシはそうは思ってません。たしかにその可能性もありますが、他にも幾つか考えられるものがあります。その中でワタシが一番ありそうだと仮定したのが、ブーケ様の能力自体に自我が芽生えており無限緑地を滅ぼそうとしている。
ブーケ様は自身の能力に侵食されかけており、その為自分の意思とは反した暴走にも似た能力のトランス状態に陥っている。と」
皆一様に、やるせない気持ちで沈黙した。能力に自我があるという突拍子のない推測は、女でないホームズやランドはもちろんのこと、女であるニーナやメアリー、アイリスやプリンなどですら知る由がない。
人智を超えた力。その強大な力がコントロール不能となり、抑えきれず飲み込まれるてしまう可能性は十二分にあり得る話だ。
もしブーケがそのトランス状態に陥り無限緑地を破壊しようとしてるなら、それはかなりの危機だと言えるだろう。___だが真に注視すべき本当の問題はそこではないと、気づいている人間がこの会話を切り出した張本人。そして、心の奥底で忌避的予感が過ったもう1人。
両者は引かれ合うように自然と目が合い、男がその胸元にナイフを突き立てるように放った。
「直接目にしてはございませんが、お話から察せるにブーケ様はメアリー様を、メアリー様もブーケ様を心より愛しておられる。ですから尚更、もしブーケ様の身体と心が完全に支配されてしまい元に戻せない段階まで行ってしまった時、メアリー様は妹様と無限緑地どちらを選ぶのか。それを尋ねたかったのです」
穏やかで優しく慈悲深い、母なる大地としてふさわしいメアリー・マーケットだからこそ、その問いはどんな言葉よりも深く強く突き刺さったのだった。




