お寝坊さんのご飯は残飯
「うぅん、う~~ん」
今まで感じた事のない極上のふわふわ感を味わいながら、ランドは目覚めよくその瞼を開いた。
「おはよ、ダーリン」
するとすぐ隣のには、唇が触れ合うくらいの距離でコチラを見つめている1人の少女。整った相好やプルンッとした唇が目の前に、纏った制服は少しはだけ甘い匂いが鼻を擽る。
女に全くと言っていい程免疫のない、はたまた免疫が無いからこそか、寝起き早々襲ってきた煽情的な『何か』を畏怖し、ランドは急いでその場から遠のいた。
「おはよう、プリン」
心臓の高鳴りを誤魔化すように、努めて冷静にその人物へと挨拶を返す。
「何そんな慌てて、照れてるの?カワイイ」
そんな態度も見透かしたようなプリンは、忌みし恐れられた【魔女】とは打って変わって小悪魔のような笑みで笑った。
「朝ごはんもうできてるから、準備ができたら食堂に来て」
そう言うと、軽快な足取りで部屋を出ていく。
準備といっても、あの超重大クエストだった『魔女攻略作戦』からたった一夜しか明けていない。まだかなり疲れが残っているし、そんな中で怪物達が蔓延る女照を探索する気はさらさらない。
よってランドは寝巻きのまま、寝癖を付けて食堂に向かうことにした。
昨日の鉄鉱山:メタルフロントを後にしてからの記憶がほとんどないが、おそらく今ランドが出てきた部屋は正面玄関前のロビーから階段を上り、2階に上がると羅列している住人達が住む部屋の中の一室。
晴れてダンディグラムから反乱分子のレッテルを貼られたランドは、この男女が共に暮らす館『中性の館』に住まわせてもらえることになったのだ。
ダンディグラムでやり残した事、気掛かりな事はまだ多くあったが、決まってしまった結果を一々悔いていてはキリが無い。一晩経って快眠したことで、これからの新生活にスパッと気持ちを切り替えられた。
自分だけの個室はもちろん、でっかい風呂場とキレイなトイレ。さらには可愛いメイドが掃除、洗濯、三食全部作ってくれ、同じ思想を持った仲間と共に1つ屋根の下で語り明かせるというこれ以上ない優良物件だ。アイリス・ネモ・そして当然、プリンもその仲間となった。
「ずいぶんと遅れての登場じゃのう、社長にでもなったつもりか?」
そんな新居に胸を躍らせながら階段を下りていたランドに、幼き声が鳴った。その特徴的な口調は言わずとも知れた、この館の当主であるニーナ・ババラーニャだ。
「おぉ、すまんねぇ。この館の主人はニーニャさんだったね。ごめんよ」
ポンポンと、まるで子供を慰めるように寝起きで変にテンションの上がったランドは頭を撫でる。
「こらーーっ!!子ども扱いするでない。高貴なワシも柳眉を逆立てるぞー----っ!!!」
子供扱いに怒りを見せるニーナに、しかし当の本人は気にも留めず去っていった。口調だけでなくたまに大人ぶった諺を挟んでくるのが、このニーナの特徴でもある。
「おはようございます。…あ、こんにちはですね、ランド様」「………」
食堂に入るとまず目に入ったのは、ピンとした姿勢でメイド服をきちんと着こなした大小のメイド。片やおっとりとし優しそうな見た目に反して、2メートルを超えるかという身長とかなりの戦闘力を誇るフローレン。片や目付き同様口も悪く、この館内でネモの次に小さい白髪サイドテール極小メイドのミケラ。
ミケラは昨日の作戦にてランドと口論になり、それをまだ引きずっているのかまさに先程ニーナが口にしていた柳眉を逆立てる勢いでランドを睨み付けている。
「どうぞ。朝食、もとい昼食になります」
そう言ってミケラから出された料理は、緑黄色に彩られた少し異臭を放つ化け物からリバースされたような見るに堪えない(ぱっと見)リゾット?。さらに…、
「ダーリン、私からも愛の手料理を振舞うわ」
と追い打ちを掛けるようにプリンから提供された、コチラはこちらでこの世のすべての醜悪を煮詰めたようなドス黒い液体(おそらくスープと解釈していいのだろう)。
正直、寝起きからどんな罰ゲームだと項垂れるほかない。ちょっとお寝坊することがこれほどまでに大罪なのかと、ランドは自身の目を疑う。
左てには純粋な100%良心で包まれた笑みと、右てには嘲るような嘲笑。それらを受けながらこの異物達を食すかどうか本気で熟考していたその時、テーブルを挟んで左斜め前。同じく昼食を取っていた人物の前にキレイに象られたハムエッグ、少し焦げ目のついたブレッド、爽やかな純白のミルクという素晴らしき食の容が成されている様を目撃した。
「あの、すいません。あちらの方とランチのメニューがずいぶん違うようなのですが?」
「ダーリンのは特別メニュー♥」
間髪入れず、純愛の証だと目を輝かせるプリンと、ここぞとばかりにぐにゃりと口角を上げるちびっ子メイド。
「その通りです」
『この女~』と憤る暇もなく、プリンからの一途なアプローチは止まらない。
「あ、分かった!アタシからの『ア~ン』を待ったてたのね。もう早く言ってよ」
そう口を開いた時には、もうすでにスプーンに手を掛けていた。1さじ掬い上げられた液体は以外にもサラッとしており、芋か人参かはたまた別の何かか、個体が転がっている。
もう覚悟を決めて腹を括るしかない。せめて美味しくあってくれと軌跡を願いながらそっと瞼を閉じたその時、
「いい加減に、して」
なんとも美声な助け船が現れた。
「そんなグロテスクな物、人間の胃には入らないと、何度も言ってる」
「なに、ま~た嫉妬?自分が料理できなからってイチャモンつけてくんのやめろって言ってるわよね」
それはまるでオセロのように、アイリスとプリンの視線が激しく交錯。
「私は、こんな悍ましい食べ物しらない。男の胃袋を掴みたいなら、もう1回から、勉強しなおして来るべき」
「八ッ、これだから乳が少しでもある女は。その栄養を脳に回せないものかしら。料理ってのは形じゃない、愛情よ!覚えておきなさい」
一体どこでそんな言葉を覚えたのか、嫁入り前の娘に料理を教えるベテラン主婦のような事を言うアイリスに、プリンはブレないまでの胸に対する怨念の皮肉を吐き捨てる。
「お言葉ですがアイリス様、『料理は愛情』という謳い文句じみた言葉は実は私も推しています。私の作りましたこのリゾットも見てくれは土砂物、生ゴミ、ゲロに一見似てなくもないですが、味の方はしっかりと保証いたします」
そこで無駄に食欲を萎えさせるように比喩を誇張して、プリン側に加勢したのは性格が腐りきっているクソメイド:ミケラ。プリンの方はまだよくあるから回った愛情からくるものだろうと言えなくもないが、ミケラに限っては間違いなく純度100%の嫌がらせだ。
するとたちまち、アイリス側にも加勢が加わる。
「やっぱりこんなのダメだよミケラちゃん!いつもはもっと宝石みたいに見た人・食べた人を虜にするようなすごい料理作ってるじゃん!
たしかに昨日の今日で疲れは溜まってるだろうけど、3日分の残飯を詰め込んだリゾットなんてさすがに見過ごせないよ!」
「ちょっとレンッ、それは黙ってろって言ったでしょ」
バッと前に出て物申すフローレンを、口止めしようとするも遅い。さすがに聞き流す事の出来ない真実に、ランドはどういうつもりだと思いきりミケラを睥睨した。
「いえこれはですね、今朝は昨日の分の消費したカロリーを全て取り戻すと、ホームズの野郎がほとんどの食料を食い尽くしてしまいまして。仕方なく残飯しか提供できなかった次第です」
分が悪くなったクソガキは、目を逸らしながらそんな見え見えの嘘で言い訳。悪行にさらに悪行を重ねていく同僚を見てられず、またしてもフローレンがは食って掛かっていった。
「食材はまだたくさん残ってるし、今朝のホームズさんはパン1枚でごちそうさましてたよ。これ以上嘘に嘘を重ねないで!疲れてるならニーナ様に言って休ませてもらいな、ランド様の食事は私が出すから」
ミケラは単にランドの事が気に入らないが故嫌がらせを働いてるのだけだが、どうにも純粋で優しいフローレンにはミケラがこんな料理とも言えない『ゲロ』を作り嘘を付き続けるのは、一貫して疲労が原因だと考えているらしい。
白黒、黒白とまさにオセロの初期盤面のような構図が完成し火花を散らせる。
「今日はずいぶんと賑やかですね」
そんな最中、この腐敗物が作られるにあたって冤罪を掛けられた人物が顔を出す。
「あっ、ホームズさん」
この館の唯一の執事、ホームズ・ロイヤリーだ。
「本当に皆さん、無尽蔵の体力をお持ちのようですね」
そう讃えると、まるで休み時間にはしゃぐ教え子達を見守るような包容力のある眼で見つめて、ランドの前にクローシュ付きの皿が置かれた。
クローシュというのは、よくお高いレストランとかで皿の上に被せられている銀色の丸いアレだ。自宅で使うどころかお目にかかったのも初で、妙に心が躍る。
「申し訳ありません。ミケラは少々ツンデレの気質がございまして、これも一種の愛情表現だと寛容に捉えていただければ幸いです」
パカっと開かれたクローシュからは、仄かに立ち昇る湯気と鮮やかな黄と赤。食欲をそそるその匂いは、3日間分の集合体残飯を出されたことなど水に流しても良いくらい風雅に思えるオムライスだ。
「ちょっとホームズ、勝手に変なキャラ植えつけないでくれる。目には目を歯には歯を、ゴミにはゴミをと思ってその辺にあったゴミを出したまでよ。人間様の料理なんてもったいないわ」
フローレンと対峙しながらすかさず訂正しようとするミケラだったが、蠅が外野から五月蠅いなとランドは無視を決め込み食事に集中することにした。
「うんま~っ。やっぱ料理は見た目も味もあってこそ料理と呼べますよね」
「お褒めに預かり光栄です」
オムライスを口いっぱい頬張り幸せそうな顔をするランドに、執事の爽やかフェイスから爽やかスマイルが贈られた。と思えばその表情は急に真剣なものへと変わり、ランドの正面の席に腰を下ろす。
「お食事中に申し訳ないのですが、少々お話に耳を傾けてもらってもよろしいでしょうか?」
ただでさえ整った相好がさらに絵になるようなキリっとした面で、この喧騒の中静かに尋ねられた。
男最強とも謳われた【男星】:オウマ・キラの師匠、ましてやこんな美味しい物を作ってくれた人の頼みを断るわけにはいかず、ランドも負けじと最大限のキリっとした顔で頷く。
「ありがとうございます。本心を述べますと、私個人的にはこういうまったりとした日常をいつまでも送るのも悪くはないのですが、以前も申しました通り私達はある目的の為此処メタルフロントを仮拠点として館ごとワープして現在滞在しています。アイリス様達と偶然お会いした故、昨日はあの作戦に協力させていただきましたが、本来なら今頃コチラの方に向かっていました」
「おーそれは、予定が先延ばしになっちまったんだから、当然そのツケとして目的にも協力してくれるよなぁ。ってことですか?」
「いえいえ、特に時間に追われているという訳では無いので、我々が協力したのは単なる自己満足です。しかし正直なところを言いますと、どうやらその目的地で近頃不穏な空気が漂っているらしいのです。
ですので、もしよろしければ魔女であるプリン様、アイリス様、ネモ様、そしてランド様のお力をお貸ししていただけないかと思った次第です」
そう言ってホームズは最後に頭を下げた。長々と理由やらを述べていたが、要するにランドがさっき言った事をオブラートに包んだだけのこと。
「頭なんか下げなくていいですよ。俺らはもうこの館の一員であり仲間、館が『やる』って言うならそれに付いていくだけです」
わざわざ敬語で畏まって、冗長に理由を述べ頭を垂れる必要などない。力を貸してほしい。その一言で十分なのだ。
「んで、その目的地とやらは?」
一口オムライスを挟んで、肝心な今回の目的地を尋ねるランド。
「ここら周辺の女照には、3つの有名な名所があるのをご存じですか?」
「ああ、たしかこの鉄鉱山とマグマの滝壺。あと一つが…」
「その緑が地盤の反対側まで生い茂る、超広域緑地:無限緑地です。そこの広大な森林を治めている長が、なんとニーナ様と旧知の仲だそうです」
なんと、まだこんなスラム街たる女照に友好関係など存在したのかと驚くランド。
「じゃあ旧友との久しぶりの再会をしに?俺達が付いていっちゃダメなんじゃないすか」
「いえ、それもありますが。先程も少し申した通り、この世界の自然の恵みをすべて育んでいると言われている無限緑地。その自然が今腐りかけているという噂が流れていまして、我々はその調査および原因を突き止めに向かいます」




