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女照(アマてらす)  作者: 沖田鰹
死怨の魔女
45/48

『ダーリン』

 その気配は完全に油断していたせいか、はたまた【魔女】に気を取られすぎたせいか、アイリスのテリトリーを持ってしても検知できなかった。


「おいおい、冗談だろ」


 そんな声が響きようやく、3人は新たな乱入者2人に気が付く。そこに立っていたのはアノルトと、リックだった。

 その目に映るのは、泣きじゃくった【魔女】と抱き合うウェリー・ランドの姿。もはや言い訳のしようもない。


「これは一体どういう事か、全部説明してもらってもいいですか?」


 魔女捜索班として出発した2人は当初、【魔女】を発見しても深追いはせず糸重層の烏(しじゅうそうのカラス)メンバーの状況次第で様子を見ようと慎重に動いていた。

 しかしこんな現場を見せられてしまえば、冷静さなど保っていられない。

 (アマ)を抱きしめているランドに、それを受け入れるように慟哭する【魔女】に、アノルトとリックは疑問の渦と甚大な不安。あるいは憤怒の怒りが沸き立ち、その場で尋問しなければ気が済まなくなった。

 唖然とし目を見開くランド。その構図はさながら『不倫現場』を目撃されたような、と例えるのが一番近いかもしれない。

 真っ黒だった裏切り者にさらに見覚えのある氷術使いの(アマ)までいれば、いよいよ誰がランドの言葉を信じられようか。


「全部テメエの掌の上だったって事かよ」


 凄まじい剣幕のリックが、睥睨(へいげい)しながら告げる。

 大事な仲間達が片腕をなくし、瀕死状態まで陥り、決しの覚悟で生死の掛かったギリギリのところで今も戦っている。

 それをこのランド(裏切り者)は心の中で嘲笑い、謎の集団との密会で(くわだ)てたシナリオを、まるで神視点のように安全なところから楽しんでいた。

 出発前、どころか班構成が決まった時から感じていた嫌な予感が見事に的中し、リックは(はらわた)が煮えくり返る思いだった。

 やっと頭が追い付いたランドも、プリンをアイリスに預けると正対するように2人の前に立つ。醜い嘘を付いて、騙したり偽ったりする事はもうしない。

 それが人間関係を気づく中で、今のこの歪んだ世界を修復しようとする中で最もいけない事だと、ランドは先の【魔女】との対話でこれ以上ない程痛感した。


「掌の上って言うなら、俺もずっと(もてあそ)ばれて転がされてますよ。この世界の男も女も、全員がそうです。そんな中でも俺はこけないように努力して、掌じゃない新しい基盤を作ろうとしてるんです。それがいけない事ですか?」


 実際のところランド達も即席で穴だらけの無いも同然なシナリオで、最後どうなるかも分からない、次に何が起こるかも分からないというアドリブをこなしていた演者側だ。特に一方の勢力を制圧するという単純明快な目的でなく、双方の仲介を目標としていた彼らは一番困難な役だったととも言えるだろう。

 しかしそんな事は糸重層の烏(しじゅうそうのカラス)からすれば知る由もないことで、真の黒幕であった裏切り者の言葉は届かなかった。


「お前のやろうとしてる下らねえ事なんか知るか、お前が俺達を裏切っていた。お前をぶっ潰すのに今はそれだけで充分なんだよ!」


「あなたの骨董無形(こっとうむけい)な戯言は学生時代から聞き飽きてます。遺言(ゆいごん)はそれだけですか?」


 さらに…、


『言ったよね、君の理想を他人に強要する権利も実力も、今の君には無いんだって。君がやろうとしている事に良いも悪いも関係無い。僕達がやろうとしている事に、君が邪魔だから消すだけだ』


 機械じみたパッチの声音がスピーカー越しに聞こえた。

 そんな()メンバーの非難を受けながら、しかしランドは静かなる反骨精神がジワジワと胸の内からたぎり始める。


「全部、俺が悪いんですか?」


「ああっ??」


「全部俺の所為(せい)なんですか!?」


 そして気づけば、声を荒げて叫んでいた。学生時代から言われ飽きてきた(そし)り、普段ならスルーして気にしないようにしているが、今回ばかりは我慢ならず堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒が切れてしまったのだ。


「確かに俺は仲間を騙し偽って、ピエロ同然の事をしたかもしれません。でも別にこんな事を望んだわけじゃない!

 戦うと決めたのは全員で、それに参加したのは個人の責任だ。俺だけの所為じゃないでしょう?俺はあなた達を潰そうとしたんじゃないし、男の敵になりたいんでもない。ピーさんだって助けたじゃないですか」


 追い詰められての開き直りにも見えたが、呈している事は間違いではなかった。ランドが場をややこしくさせ混乱させたのは確かだが、元々(アマ)との戦争をするという時点でそれは死と隣り合わせ。沢山の命が亡くなるのは承知の上で、それを一々誰かの所為にしていてはキリがない。だから命を落としていも、それはあくまで参加した一個人の責任となる。ましてや【魔女】との戦闘など、そのくらいは覚悟して掛からなければ心が保たないだろう。

 その主張は一理あり、さらにランドはピーをその身を挺して護ろうとした。感謝されこそ、非難される言われは無いのだが、


「元はと言えばお前が裏切らなければ、戦力を裂かれずに万全の状態で魔女と戦えた。ピーさんももっと楽になって、簡単に【魔女】を倒せた。全部お前の所為だ!」


 その実現されなかったタラレバがリック達の癪に触る。それも所詮『もしかしたら』の可能性の話だが、絶対に無いとも言えない未来のためランドも無闇には言い返せない。


「…そんなの、妄想の結果論でしょう。全滅の可能性だってあり得るじゃないですか」


「その時は同時にお前もこの世から消滅するから、今後のダンディグラムにとって大功績じゃねえか」


「じゃあどうすれば良かったんですか!?仲間を裏切りなくて、それでもやっぱあんた達のやり方に納得なんかできなくて、もうこれしかなかったんだっ!!」


「うるせえっ!俺達はチームで、国で闘ってんだ。たかが下っ端のお荷物の事なんて知ったこっちゃねえ。お荷物はお荷物らしく、何も考えず何も余計な事せず後ろから引っ付いてくりゃあ良いんだよ!」


 それも耳に(たこ)ができる程言われてきたランドの常套句(じょうとうく)だが、しかしそこでヒートアップした2人とは対照的に冷静な声が入る。


「少し落ち着いてください、リックくん。そもそも論点はそこではありません。彼が言うように、ピーくんやメラルタスくんの負傷は全て自己責任。彼を責めるのは筋違いです。

 今問題なのは彼が我々を裏切り、(アマ)達と結託した事。結果論や責任云々の話ではなく、敵になった彼を始末する。それが今の我々の義務です」


 横からのアノルトの愉しで、リックと同時にランドも冷静さを取り戻す。今の現状を全部自分の所為にされついカッとなってしまったが、本来の本題はそこだ。


「この作戦で起こった事全てを、君の所為にする気は毛頭ありません。ただ、君は我々を裏切った。その事実に則って、現時点から君を殲滅対象とみなします」


 それはかつての教え子とも思えぬ、血も涙もない非情な宣言。


「俺は、まだ死ねません。やるべき事があるから」


「なら、この修羅場を乗り越えて見せなさい」


 相手は男国家:ダンディグラムが誇る精鋭軍団の手練れ2人、開けた天井からの陽によって鋼色に光る大剣と手裏剣が仰々しく構えられる。このまま真っ向から戦って、ランドに勝ち目などある筈が無い。

 否、それは昔の口だけで何もできなかった『お荷物』時代の頃ならば、だ。


「ふん、こんなの修羅とも言えないわよ」


「やるなら、容赦しない」


 そこに割って入るは、黒き双髪を靡かせた深艶(しんえん)なる【魔女】と、美しいほどに白く透き通った姫。

 そう。(アマ)が、あの(アマ)が、男を護るようにして立ちはだかったのだ。

 今のランドはもう1人ではない。この世の生物の頂点に君臨し恐れられる、心強い味方()がいる。


「「なっ!!!?」」


 その光景に、男性陣はこれ以上ないほど吃驚(きっきょう)した。

 しかし思い返してみれば、この作戦が始まって以来歴戦を潜ってきた男達ですら、目を見張るようなあり得ない椿事(ちんじ)の連続だった。

 男女が共闘する謎の集団。その内の1人がかつての男星(だんせい)であり、現男星の師匠であった事実。そしてその男星ですら勝率5分と言われていた【魔女】が、『お荷物(ランド)』の仲間になっている事。もはや今までの調査や戦闘を軽く上回るくらい、今日1日での経験と情報量はとてつもない。

 狂っていっているのか、はたまた元あった形が修正し改善されていっているのか定かではない。ただまだほんの小さな、誰も気づいていないような小さな(ひず)みがこの世界に確実に生じているのは疑いようもなかった。

 それはあるいわ、ランドが発生させたのかもしれない。


「ふっ、敵か味方か。いずれ君は大物になるとは思っていましたが、まさかこんな形になろうとは…」


 アノルトは嘆き気味にそう呟くと、構えていた滅女器(めめっき)を下した。意図を察せないのは正対するランド達もだが、最も動揺しているのは隣にいるリックだ。


「どうしたんですか?」


 恐る恐る尋ねる。


「今回の作戦は終了です。我々の敗け、というのは少し変ですが、相手は(アマ)2人にその内1人が【魔女】、我々に勝ち目がないどころか命すら危ういです。

 相手が見逃してくれたらの話ですが、ここは命を無駄にせず我々の降参としましょう」


「………」


 両手を挙げ、戦闘の意思が無い事を示すアノルト。終始班長の冷静さに圧巻されその意図に得心するも、やはりプライドが騒ぎ出そうとするリックは何もせずただ沈黙するのみだった。

 プリンとアイリスは、揃ってランドを見る。「どうする?」というアイコンタクトだ。もちろん争わないのなら、それは願ってもない事。撤退は即決で許諾される。


 アノルトと俯いたリックは、黙って来た道を引き返していった。

 その去り際、アノルトが顔半分だけをランド達に向け、おそらく最後の会話になるであろう問いを投げる。


「最後に、ウェリー・ランド君。【魔女】は本当に攻略したんですね?」


 眼鏡のレンズの奥、その真意を確かめる視線がランドを貫いた。ランドは自信を持って口を開こうとした途端…、


「攻略とか、そんなゲームみたいな言葉で言わないで。あと【魔女】って言われるのも嫌、アタシの名前は《プエラ・プラ・プリン》。男も巨乳の女も死ぬほど嫌いだけど、恋し愛する人はこの世でたった1人で良い。()()()()にこの身を捧げ一生付いていくと誓った、ド貧乳の女よ」


 愚門だとばかりにランドを遮って、プリンはそう宣言した。

 アノルトは、もうそれ以上口を開くことはなかった。女が男のことを『ダーリン』と呼ぶなど、この世ではもう200年以上も耳にしていない。

 戦闘的な面ではなく、まさにゲームのような恋愛面でランドは【魔女】を攻略してしまったのだった。


   *****************************************


 ランド達のいる第一高炉と打って変わって、激化した第二高炉。

 それはパッチによる戦況報告か、あるいわキラのネットワークによるものか、『魔女攻略作戦』の結果が中性の館・糸重層の烏両陣営に周知された。___そして、糸重層の烏撤退命令も。

 各員各々の反応を見せるも、キラは即座に同意した。重傷であるピー、4本の強化剤の効果が切れ始めたセバスチャン、メラルタスの状態を鑑みて、ここで【魔女】の加わった中性の館(こいつ等)とやり合うのはあまりにも利口とは言えない。

 元々館サイドは、保守的な時間稼ぎが目的のため戦闘の意思はない。キラ達が引き下がると言えば、わざわざ追っては来ないだろう。

 撤退の発令と同時に次第に各戦闘が中断され、互いに様子を窺いながら自陣へと後退していく。ホッと安堵の顔をするホームズ(元師匠)に、キラは最後に一言。


「アンタとはいずれ、また向かい合う事になるかもな」


 すでにその眼は前髪によって見えないが、口角をぐにゃりと曲げた笑みでそう言い放ち、バッと身を翻すと背中を隙だらけのまま自陣へと帰っていく。たとえ死角でも攻撃を防げるという、力の表明とも捉えられた。


「是非とも、願い下げです」


 その呟きは、果たして聞こえただろうか。最後の一瞬たりとも警戒を解かぬまま、糸重層の烏は中性の館一同の前から姿を消していった。


 _____


「プハーーーッ。窮屈だった」


 張り詰めた空気の余韻が残る第二高炉内は、2つに分裂した姉妹の声によって薄れた。


「ワタシ達も、もう此処に長居は無用ですね」


 そう言って、ホームズは片手でワープゲートを顕現させる。その開通先はもちろん、第一高炉だ。

 ほどなくしてアイリス、プリン、そして今回のMVP(Most Valuable Player)でありMWP(Most Worthless Player)でもあるウェリー・ランドが現れる。

 糸重層の烏は先程撤退したがそこに当然もうランドは含まれておらず、今後はダンディグラムにおいてホームズや(アマ)と同じように裏切り者のレッテルが張られ、発見し次第始末しろという(めい)が下されるであろう。


「良かったんですか、これで」


「全部が全部思い通りにならないのは十分分かってました。失ったものはたしかにあるけど、手に入れたものの方が大きいです。それに、これはまだほんの前哨戦(ぜんしょうせん)。最後に全部ひっくり返せば、それで勝ちですよ」


 その微かに悲壮(ひそう)を帯びた物言いには、出会った当初のケツの青さから明らかに変わっており、この少年は戦闘を通して凄まじい速度で成長しているなとホームズは心から圧巻した。

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