想い思われ、愛し合いされ
自分の醜い過去を知られたからといって、プリンは別に助けも同情も求めていない。
遥か昔に訣別した、思い出したくもない過去だ。
「それでアタシを揺さぶろうとしたんだろうけど残念ね、そんな大昔の事なんてとっくに忘却の彼方よ。もうどうでも良いし、笑いたきゃ笑えば」
鼻を鳴らし、余裕ぶるプリン。続けて、
「知ってる?昔の人間達は1人で生きる力が無かったから、友情やら愛情やらで互いに偽りの愛を与え合っていたのよ」
そう語る【魔女】の瞳は、黒く深い。
「偽り?」
そこで疑問を呈したのは、意外にもアイリスだった。それはおそらく、記憶喪失で詳しい男女関係の知識が曖昧な為の純粋なる疑問。
「そうよ。結局他人と助け合っていたのは偽善による単なる妥協案で、生きていく中で必要なことだから仕方なくやっていただけ。だから人智を超越した圧倒的なまでの力を手に入れた途端、その醸成はいとも容易く瓦解した。力で制圧し蹂躙したいという人間の腐った本性が、現実味を帯びて一気に爆発したのよ。
誰だって他人より優れたくて、認められたくて、一番上に立っていたい。しかしそこに辿り着くには決して1人では不可能で、他人との協力が必要不可欠で、奥歯を噛み殺して仮面を被りながら人間関係を築かなければならなかった。でも今はどう、自分1人の力で全てが解決できる。この世の頂点にだって君臨できる。
堅苦しくて気難しい言葉でのコミュニケーションより、拳でねじ伏せた方が簡単で分かりやすいでしょう?それが醜い人間の本性、まったくもってお似合いよ」
一通り思いの丈を述べたプリンは、涼しい顔で佇まいを正した。それは単に本心か、はたまた…自分から何もかも奪い絶望させたこの世界への偏った思想にも感じられた。
かく言うランドもアイリスとあまり変わらず、男女の関係性を直接この目で見たわけではない。しかしこれだけは、自信を持って宣言できた。
男女に限らず人間同士の愛が、仕方なくで築かれた虚像なんかではないという事を。
「随分捻くれたお嬢さんだな、メンヘラってやつか?自分が愛されなかったのを周りの所為にして、剰え世界事否定するなんて相当自己中心的だぜ」
少し辛口の口調で、相手を煽るような舌鋒。それはいつしかの瞬間移動使いの従者の時と同様に、変に臆さず女にもキッパリと物申せるところが最近分かったランドの悪い所であり良い所でもある。
その強気の物言いにプリンは次の瞬間、生意気な口を二度と喋らなくさせるのは簡単だ。だが敢えてそれはしない。
彼女自身この世界の醜き形態を疑いようもなく確信しているが故、それをあの時代に居もしなかったこんな小童に反駁され、ならばその土俵でも完膚なきまでに潰してやろうと思ったからだ。
「ふん、これだから男は。今のこの世界を見て分からない?自分1人に世界を牛耳れる力があれば、面倒くさい人間関係なんて要らない。そりゃあ男は言うでしょうね、群れをなさないと今の女に敵わないんだもん。滑稽ね、昔とは完全に立場逆転」
遇の根も出ないだろうと勝ち誇ったプリンの表情に、しかしディベート相手は逆に暗い顔で語る。
「俺も人のことは言えないが、そうだよな、アンタは『友達』と呼べる人が居なかったんだもんな。俺は、友情は愛情は作るもんじゃない。勝手にできてるもんだと思うぜ」
頑なに揺るがなかったプリンの瞼が、そこで初めてピクリと動く。
「初めてソイツと話して気が合って、気づけばソいつも一緒にいて自然と居場所ができてる。恋愛に限らず、どんな愛も同じだ。カワイイ・カッコいい・好き・落ち着く・尊い。自分の意思1つで、作る壊すなんてそんな簡単な話じゃない。もっと深い部分で、本能的に感じるものだと俺は思う」
その時、ランドは半ば無意識に隣に立つアイリスをチラ見した。当の本人は相変わらずの無表情で、プリンの一挙手一投足を敏感に窺っている。気づく様子はない。
まだどんな感情かは定かではないが、彼女を一目見た時から本能的に『愛』が芽生えたのは確かだった。
「俺は友達が1人もいないどころか、虐められて空気扱いされてた。それは、俺の前に虐められた奴を助けた時からだ。俺に標的が変わって晴れて虐めから解放されたソイツは、無理に取り繕って、本音を隠して、息苦しそうに皆の輪に入ろうとしてたよ。けどそこには明らかな温度の差があって、ソイツには悪いけど自然物と人工物で例えたらとても分かりやすいくらい、嘘と真はハッキリとしていた」
「八ッ、だから人間の絆が本物かは見ればすぐ分かるって?近頃のお子ちゃまは初心で純粋ねえ。女への免疫がないお前にアタシからありがたいアドバイスをしてあげるわ、女の一番のメイク道具は【嘘】なのよ。
それにアンタ、今《もっと深い部分で本能的に感じる》って言ったわね。まさにその通りよ。生物は個より集団の方が強い。それを進化の過程で『本能的』に悟り、馴化していき輪に頑張って入ろうと本音を隠して嘘の醸成が確立する。
アンタが感じるそれも、偽りで騙された単なる思い込みよ」
ランドが呈示した意見を間を置かず一蹴し、何度目かの論破を確信するプリン。だが、
「自分みたいに、か?」
その言葉を受け今まで秒で返ってきていた反論は止み、しばしの沈黙。
「…殺す」
そして、論争はここで閉幕。ランドは決して言ってはいけない事を口にしてしまった。
結果プリンが先に口より手が出てしまい、敗北という形になってしまうが、そんな事はもうどうでも良い。今はただ、一刻も早くあの喋る男を駆除しなければならなかった。
俊敏な肉薄と同時に放たれる、黒鎌の一撃。しかしそれを予測していたとばかりに、アイリスが割って防御に入った。
「どけっ!」
「どか、ない」
透明感のある氷壁のさらに向こう側、憎っくき男の顔が垣間見える。女に守られた男の言葉は尚も止まらない。
「だってそうだろ、お前の方こそずっと自分に嘘をついて、騙して、自分の都合良いように思い込んでる!
家族のことも、人気者のことも」
「…黙れ」
【魔女】の顔が微かに歪む。
「世界も、歴史も、自分の運命も、___貧乳のことも!」
「黙れっ!!!」
一際大きく響いた咆哮に同調して鎌撃も鋭さを増し、アイリスの盾を破壊。間髪入れず、その端正な顔に死へ誘う右手が突き出された。
間に合わない。
そう身構えたアイリスに、しかし背後から突進さながらに背中を押され危機一髪で回避。
次いでランドは、そんなままプリンの突き出された右手首を掴むように、逆に手を差し出した。
「「!!!?」」
と、揃って喫驚する女性陣。
だがいくら時が経とうとも、ランドが生き絶える気配はない。
【魔女】は、その手で触れたものの生命を終わらせる。今ランドは【魔女】に触れられているのではなく、触れているから、能力の対象範囲外であり死なずに済んでいるのだ。
当然その弱点とも言える穴は把握済みの上実行したランドだが、能力が開花して今まで誰からも触れられた経験のないプリンには、哀しきことに知る由もなかった。
愕然とし何も言えぬ、出来ぬ状態のプリン。
「確かにアンタは他の人より少し不運で、周りとうまく馴染めず、心が引き裂かれるような嫌な思いをしてきたかもしれない。200年近く生きてきたアンタと、たかが数年虐められだけで外の世界もろくに知らないような俺とじゃ、説得力もはなから比べ物にならないかもしれない。
じゃあ、見方を変えよう。200年経って世界は大きく変わった。ならアンタが言ってた偽りの愛で満たされてた世界も、少しは変わったんじゃねえか?
アンタが言う、裏も表もない力が全ての今の世界だからこそ、腹を割って話し合えることだって出来るんじゃないのか」
久方ぶりの接触、至近距離での熱弁に男程度に気圧されそうになるプリンだが、言われっぱなしも我慢ならずたまらず言い返す。
「世界や時代が変わっても、人間の本質は変わらない!男は常に欲にまみれ、自分勝手に人を傷付ける。女は常に我を一番と考え、陰湿な嘘と罪を繰り返す。
そんな歪んだ生物達は、労働し国を回して種を存続させるという社会のルーツに一応は則ってるけど、それはそうしなきゃ生きていけないからであって、仕方なくで、妥協で、消去法でやってるだけ。
その秩序が崩壊すれば、人間の本性なんかもっと顕著に表れるだけよ!」
「じゃあ、お前の母親は?」
「ッ!?」
「お前の母親は仕方なくで、妥協で、消去法でお前を産んで育て愛したって言うのか?」
それは、今日一の会心の一撃。まさかそこを切り出してくるとは思わず、プリンは目を見開いた後苦虫を噛み潰したような顔をした。
そこでプリンの攻撃の手が緩んだことを、アイリスがアイコンタクトで報せる。ここが勝負どころだと、ランドは必死に舌を回した。
「家族のことも、人気者達のことも忘れたなんて真っ赤な嘘だ。200年経った今でもお前は昨日の事のように鮮明に覚えているはずだ。
その苦痛も嫉妬も憤怒も絶望も、しっかりとその身体に宿ってる。
だからある事ない事で固めた偽りの世界情勢で自分を騙し、思い込むことで自分のこれまでの行いを、存在意義を、人生を正当化した。違うか?」
「違う!!!人間の愛は虚像。だから愛されなくたって構わない!」
「またそうやって嘘を重ねるのか?何がメイク道具だ、一番仮面を被って偽っていたのはお前自身じゃないのか?愛し愛されようと努力もせず、自分の不幸を全部人や環境、生まれ持ってのスペックの所為にして勝手に失望してるのはお前じゃないのか?」
「…違う。友達が作れなかったのは家庭の方が忙しかったからで、アタシが愛されなかったのは胸がなくこの身体が死んでいたからで。そんな人間達が、こんな世界が嫌だったからアタシは……」
「だからそれを言ってんだよ!誰だって自分のトラウマやコンプレックスと向き合って、やるせなさや情けなさとかいろんな不の感情はあるけど、それでも笑える幸せな未来を求めて生きていくんだ。仕方なくでも、妥協でも、消去法でもない。お前みたいに疲れて崩れ落ちそうになった時、隣で肩を支え背中を押して互いを支え合うのが、かつてアンタが母親としていたように家族・友・恋人の《本当の愛》なんだ!。
貧乳がなんだ!少なくとも今のこの時代の男達は、女も、胸の大きさなんか気にする奴は一切いない。断言してやる。
愛がなんだ!心の底から愛されたいなら、俺が、俺らがお前を愛す。本当の愛ってやつを教えてやる」
プリンの言葉を遮って、捲し立てるようにその説教じみた誓いは響いた。
自身の境遇、嫌な事を全て乗り越えたその先に光があるのだと。万夫不当の女でも、1人では無理なら貧乳か巨乳かなんて関係ない。自分達が隣に立って、肩を支えてやると吠えた。
現代の男は実際、女の胸に興味が全くないと言えば嘘になる。しかしそれは胸のあるなしが顔や身長、声色と並ぶくらい相手が女であるかを瞬時に判断できる材料として注目しているだけであり、そこに好みなどの思想は皆無と言っていい。
「デカけりゃ良いってもんじゃない」「大きすぎてもな」。そんな事をほざいておきながらあの巨大で偉大な2つの山の谷底に、抗うことなく無様に堕ちていった者は星の数ほどいる。
しかしこの男は心の底で、本心から『女は胸じゃない』と叫んでくれていると、プリンは自分勝手に翻訳した。
そして………、
気づけば掴まれた腕を引かれ、そのまま抱きしめられた|。
「な、何を…」
さすがの【魔女】も瞠目し、赤面しながら酷く狼狽する。だが同時に懐かしく、居心地の良い温もりに抵抗もできない。
アイリスは思わず半歩前に出たが、ゴスッという重々しい音と共に死神の鎌が地に落ちるのを見て動きを止めた。
「アンタはすげえよ。200年もずっと1人で、トラウマもコンプレックスも抱え込んで。その信念は大分歪んでるかもしれないけど、それでもここまでたった1人で戦い抜いてきた。
もういいだろ。人間が助け合うのは《全て》とは言えないけど、何の見返りも求めず邪な気持ちも何もない純然たる愛は絶対存在する。
それを教えてやる。だから俺達を信じてくれ」
「うるさい、離せ。アタシはこれまでも、そしてこれからも誰からも愛されなくても1人で生きていける」
「そんなのは嘘だ。アンタはきっと、愛されることを誰よりも望んでいる。もう自分を騙さなくても良いんだ」
「違う。お前らみたいな貧弱な人種と、同じ枠で捉えるな。幻の愛なんか糞食らえだ」
プリンの瞳に、キラリと光が滲んだ。
「………」
ランドはもう何も言わない。力の限りにその強いはずが、小さく脆そうな身体を抱きしめる。
「離せ。………離してよ」
それでも離さない。
「アタシはこの手で、アンタを抱きしめ返す事も出来ない。それでも愛してくれるって言うの?」
「ああ、構わない。お前はもたれ掛かってるだけで良い」
「何の魅力も無い、誰からも愛されず万人から嫌われる、とっくに全部死んでるくせに滑稽に生ける腐った死神なんだよ?」
「そんなのはお前が決める決める事じゃない。俺達がこれからお前と関わっていく中で決める事だ」
ずっと…、ずっと願っていたのかもしれない。父が改心し、家族団欒でこんな風になるのを。人気者の放った言葉は実は諧謔的冗談で、こんな風にされるのを。
ずっと張り詰めていた心の奥底が揉みしだかれたようにクシャクシャにされ、目頭が熱くなった途端もう止まらない。堰が切れたように涙が滂沱し、それは次第に慟哭へと変わっていく。
手は添い返さない。まるで抱っこされたまま眠った子供のように、完全なる脱力状態で全体重を預け、200年分の念いを全て吐き出すようにプリンはいっぱい泣いた。
泣きじゃくるプリンに、それを優しい眼で見守るアイリス。プリンにもランド達にももうお互いに戦意はなく、戦いは幕を閉じた。___が、
プリンの無邪気な啼泣が木霊する鉄鉱山:メタルフロントの第一高炉、そこへ忍び寄るのは黒き2つの影だった。




