貧乳《ウィークポイント》
明媚な景色が広がる山頂付近の屋根道、そこでは今黒き槍とギラついた2本の太刀が刃を交えていた。
どちらも優勢を譲ることなく、また決定打になり得ぬ浅い切り傷の応酬。戦況は拮抗を極めていた。
「テメエ、それだけの実力があんなら女何かとつるむのやめて、こっちに来ねえか?」
何度か攻守を重ねる間にバルガはフィリップの強さを認め、糸重層の烏メンバーに勧誘する。
「アンタこそ、館で働かない?良い庭師になるよ。俺が保証する」
しかし当の本人は、見事な鸚鵡返し。別におちょくったわけでも、バルガのように本心から誘ったわけでもない。ただ深い意味は無く相手が提案に乗れば、この面倒な戦いも終わるなと一縷の願いを込めて発しただけだ。
その筈が、単細胞のソフトクリームには琴線に触れたらしく、青筋を最大限浮かばせて声を鳴らす。
「テメエ、マジでおちょくってんなぁ。上等だぜ。どうせテメエ、少し女とやり合えるからって調子こいて国から出てったカスだろ。テメエみてえなバカに教えといてやるよ、女が『最強』とか『神』とか恐れられてたのは、俺達みたいな天才達が現れる前の昔の話だ。もうアイツらは神でも何でもねえ、残され捨てられた残飯みてえなモンだ。上には上がいる事を知りやがれド畜生がっ!!」
と、前半の「上等だぜ」までしか聞いていられないくらい冗長な弁舌は、かなりの怒気を帯びていた。要するに、小学生の時自分が言った言葉を繰り返し真似された時くらい腹が立ったのだろう。
「はあぁ………」
怒らせれば、もっと面倒くさくなるのは明白だ。気を付けていたにも関わらず、この状況を作ってしまった自分に溜息をつくと、
「げっ…」
それがさらに拍車を掛けたのか、目を限界までかっ開いたバルガが突撃してきた。
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ホームズによって飛ばされた先は、さっきまでいた第二高炉とあまり景観の変わらない鉄鉱山・メタルフロント:第一高炉。天井が第二より開けてるところが強いて挙げるならの違いで、その輝度の差に目が明滅しかける。
「今日は長い人生の中でも、トップ3に入る程最悪な1日ね」
先客として此処に飛ばされた【魔女】プリンは、愚痴るように吐き捨てる。
それが独り言か、あるいは投げ掛けているのか、後を追ってきた男女:ランドとアイリスは無言を貫いいた。
神頼みの〈プランB〉とは、すなわちこの2人で災厄たる【魔女】をどうにかするという、何とも無謀すぎる作戦。あの場でキラの次にプリンと報いれるであろうアイリスは良いとして、その相棒がランドなのは些か謎と負担が大きい選抜のように思えた。
当然【魔女】ごとワープさせれば、消えた目標を追うであろう糸重層の烏の足止めを誰かがしなければならず、そこに人員を割かなければいけないのは分かるが……。
と、ランドは暗い思考を一気に振り払った。
この作戦が決行されたという事は、引けに引けない行くところまで行ってしまった、もはや後も先もない本当の最終フェーズに突入したという事。
託された2人はただ、期待して待つ皆に良い結果を持ち帰るのみ。
「何がそんなに気に入らなかったんだ?」
大分の間を開けて、先のプリンのどちらとも取れない呟きを『会話』に繋げようと言葉を投げたのはランド。
【死怨の魔女】として忌み恐れられた女は、改めて見ると黒のカーディガンとスカート、そして同色のハイソックスとローファーを履いており、古き古の言葉を引用させてもらうなら『女子高生』を彷彿させる姿だ。ただ一つ___手に携える血生臭い鎌を除いて。
「___全てよ。
そもそもアタシは男なんて全員死ねばいいと思ってるし、そんな奴らに大量に遭遇すれば全身がはち切れんばかりに痒くなるし、頭痛になるし、気持ち悪くなるし、最悪の極みね」
「それは大変だなあ…」
そこまでなって1位じゃないのかと、残り2つの厄日が気になったランド。
弱くてつまらない男を無価値と判断し、眼中にないモノとして扱う女は珍しくない。しかしその大多数とは少し違い、この【魔女】からは何らかの理由で明らかに男を敵視しているのが伝わった。
「だったら、こんなトコからさっさと居なくなればいいだろう。【魔女】が全力を出せば、男を巻くなんて造作もないはず」
体質か病気か難儀な身体に同情しかけ、これ見よがしにそう提案する。あわよくば戦闘を回避して退散してくれることを願ったが、
「本気で言ってる?それ。アタシが、男から、逃げる。冗談でしょ。それに此処結構気に入ってるのよ。丁度良い静けさだし、適度に陽の光も入ってくるし。こんな良物件、男の所為で手放すなんて論外。
…あと【魔女】って呼ぶのやめてくれる、好きじゃないから。ってか話し掛けんな」
間髪入れずまくし立てるような拒否の連発。ランドがその勢いに辟易すると、代わって少女が前に出る。
「………」
プリンを正面から見据えてたっぷりと溜めると、
「ランドを、困らせないで」
そんなありがたいお言葉を頂いた。
「別に困らせてないし、男なんか悩んでたってどうせすぐ忘れる馬鹿なんだから良いでしょう。ていうか何でアンタは、男を庇うわけ?」
その言葉は前にもキャシーやがハナ達、アンダーシフトの支配者であったゼーナに問われた疑問。今の女照の(中性の館みたいな思想者達もいることから)7.8割の女が、それを異常と猜疑心を抱き異端者だと忌避する。
元々女同士が結託しているというわけではないが、それはランドも同じく味わった《孤独》という名の毒。記憶喪失な上にそんな虐めみたいな仕打ち、相当堪えているだろうと思ったが当のアイリスは気にも留めず、「ランドってそんなにバカなの?」という純粋なる憐れみの視線がヒシヒシと相棒に伝わってくる。
無言の心配に、ランドは無言で首を左右に振る。人によっては〈そんなことない〉はたまた〈今はそん事考えるな〉か〈もう手遅れ〉と解釈する者がいるかもしれないが、アイリスはさすがにそこまで考えすぎる性格ではない。安堵ともにプリンへ向き直り、そのアンサーを返す。
「ランドは、私の命の恩人。それに…ランドといると、楽しい。だから私は、ランドと一緒にいると決めた」
以前よりも1つ項目が増えた答え。楽しい事なんてさせてやれた覚えがないが、ランドは素直に嬉しかった。
「男と一緒にいて、楽しい…。ああ、でもアンタ小さいようにみえて結構、だから………」
「…ありがとう、アイリス」
急に声量が小さくなっていったプリンは、アイリスを凝視してブツブツと何かを呟き始めた。なんだか話が明後日の方向に逸れそうだったので一旦アイリスを下げさせ、入れ替わる形で再度ランドの番。
プリンが此処を手放す気が一切ないなら、今この場での戦闘は避けられない。あの男嫌いの様子じゃ、おそらく普通の説得も望み薄。
この〈プランB〉は大そうな名前で呼称されているが、作戦とも言い難い単なるやけくその博打打ち。ただでさえ可能性の低い勝利に、それをさらに縛りプレイのようなランドの起用。だがこうなってしまった以上、この采配をしたホームズを信じるしかない。
意を決し、隣の相方に声を掛ける。
「行けるか、アイリス」
そのさっきまでとは違うトーンに、アイリスもスイッチを切り替えた。
「いつでも」
そう簡素に答えたのと同時、
「よし、決めた。B以上もみんな殺そう」
と【魔女】の方も何かが吹っ切れたようで、何とも物騒な事を吐きつつ準備万全。
アイリスが戦闘態勢に入った事を知らせる凛冽な冷気と、同起して死へ誘われし黒き一閃が風を置き去りにして蠢いた。
初撃は、鋭すぎるプリンの鎌撃。おそらく今日ここに出向いた大半の人間は反応できない一撃を、アイリスは間一髪で防いで見せた。分厚い氷の壁はヒビを象ったものの、その強度は本職であるランドの盾よりも上。
しかしそれで安心するのは、もちろんご法度。続け様に氷製の丸太のような野太い円柱が、上空からプリンを圧し潰さんとスタンプする。宛ら氷のハンマー:氷槌を、だがこちらもこちらで体操選手ばりの俊敏な身のこなしで躱していく。
強者が強者である由縁は、攻めの時であっても常に想定外の事態に備えてすぐさま守りへ転じられる意識を持っており、その逆も然り、守りの時であってもひよわずチャンスを伺いしっかり攻められることだ。
プリンは氷槌をいなしながら突如、闇夜に消えたように姿を失くす。ランドには見えなかったがそれは、地面スレスレを凄絶なスピードで滑走するまさに『死神』。その速さをギリギリ捉えたアイリスは、鎌に対して【氷妖の刺突刀】で応戦。
ランドは今、この女照において間違いなくトップクラスのハイレベルな戦闘を見せられていた。
こんな気持ちに襲われたのは、人生で何度目か。結局一か月やそこらで、地球上の生命体の頂点に君臨する女の、さらにその上には手も足も出ずまた見ている事しかできない。
こんな自分にもできる事、何か役に立てる事を必死に模索した時、スッとソレが思い浮かんだ。しかし自分にソレができるかという不安と、またもアイリスに頼りっきりになってしまうという罪悪感。
以前の地下神殿・アンダーシフトでの大老婆:アンデール・バイマイヤとの一戦でも、多大な負担を掛けてしまい結果あのような姿にさせてしまった。アンデールの気まぐれが無ければ、アイリスは命を落としていただろう。
あの時のトラウマがフラッシュバックしてもおかしくない。何故なら、メラルタス達が【魔女】との戦闘中、ランドはすでに女図鑑でプリンを記録していた。
そしてそのランクは〈SS〉、アンデールと同格のものだ。どうしようもない既視感に、ランドは心の底から恐れた。あの一件がまた再現されれば、今度こそただでは済まない。それはアイリス本人が一番理解しているであろう事で、それでも尚軽い文句は口にするもののこんなどうしようもない男の頼みを聞いてくれて、こんな男に希望を持って託してくれた人達がいる。
アイリスが命を懸けて時間稼ぎをしている今自分にできる事は、【魔女】と心から向き合い真摯の言葉をぶつけるのみだ。
そう、普通ではない、心の奥底から対話できる説得を。
やがて氷のレイピアは手元から弾かれ、プリンの表情には勝利が浮かんだ。すぐさま防御態勢に移行するアイリスだが、おそらく間に合わない。待ちくたびれたとばかりに唸る死の鎌が、死への軌跡を描こうとしたその時、
「お前の怒りや苦しみや、悩みや不満は痛いほど理解した!」
突如として呆然と立ち尽くしていた男から、そんな知ったような事を言われ思わず動きを止めてしまったプリン。その声量も、気を引こうとしたのかかなりのものだった。
目論見通り【魔女】の注目はランドに一身に注がれている。もしかしたら次の刹那、もうすでに意識はなく胴体バラバラになりこの世で息をしていないかもしれないが、それでもふら付く脚、ガクつく奥歯をギュッと噛みしめ続けてランドは決しの一言を放った。
「でも自分が貧乳だからって、巨乳を妬んで形振り構わず殺すのは、決して許される事じゃな………」
「アアァ!???」
最後まで言わずと迸発された【死線】に、ランドは全身からドバアッと大量の冷や汗が分泌したのを確かに感じた。




