〈プランB〉
手を突き出したまま固まったプリンはジッと、突如として現れたその男を凝視する。【魔女】と同等かそれ以上の速さでピーを救出し、その全身から漏れ出すオーラは無視できるものではない。明らかにこの場の誰よりも、おそらく女達よりも頭一つ抜けて強い。
『マジで、遅いよぉ』
腰がとろけそうになるくらい肩の荷が下りた、パッチの安堵の声。
「悪りいな、会議が無駄に長引いちまって。___オメエも、ピーを助けてくれてありがとう」
そうキラの視線を向けられたのは、男から感謝されたことなど皆無のランドだった。
「助けたのはキラさんですよ」
「いいや、お前のシールドがなきゃ俺は絶対間に合わなかった。お前がピーを、糸重層の烏を救ったんだ」
大袈裟に聞こえるが、それが事実だった。
初めて戦闘で役に立ち、命を守り、感謝される。それをキラに認められただけで、ランドは今まで自分がやって来た事が報われたような気がした。
しかしまだ、すべてが解決したわけではない。今の会話中ずっと、一時も離すことなく尖鋭な眼差しがキラを睨めている。
当然キラ自身も気付いており、その相手を睨み返す。
『状況は全部頭に叩き込んでるな?』
「此処のはまあ大体。けど他ん所は全部じゃねえ」
『そっちはまあ、何とかしてくれるのを祈るしかない。最も怖いのは、今この場だ。ピーはもう限界で動けない。分かってるな?』
先の目まぐるしい出来事の中で脳の疲労がピークに達した要因もあるだろうが、それは単純な人間の防衛本能が作動しピーは気絶した。
おかげで重症ではあるが、まだ息はある。そしてそれに伴って【聴覚同調】は解除され、結局戦えるのはキラ1人のみ。それを意としていのパッチの心配だったが、
「問題ねえよ。元々そういう作戦だったろ」
大事な仲間を傷つけられた、キラの憤怒は最高潮だった。
ランドをレインの処刑から守った時と同じ青き線が迸り、キラの手の中に紡がれていく。ポツポツと空いた天井から風が入り、揺らいだ蒼髪の隙間からは前髪で隠れていた瞳がついに垣間見える。
その双眼は一般的な眼球とは大分異なり、瞳孔も虹彩もない髪と同色の丸い円に網目状の線が施された模様。少し形状は異なるが、ランドはこの模様に見覚えがあった。
そう、それは自身のユニフォームの胸元。地球儀を網目状に青い線が囲った、糸重層の烏のロゴマーク。
瞬間ランドは、ガーデンの名前である【糸重層の烏】、そのイメージカラーである『黒』、出発前の掛け声など諸々、このガーデンの成り立ちを完全に理解した。
黒く染まった諜報員達と、それに張り巡らされた幾重もの電磁網。その中心、否網自体がよもやこの【糸重層の烏】のリーダーと称された、接続し、網羅し、共有する者。
即ち、『ネットワーク』だ。
回線のアップ・ダウン共に申し分なく、5Gのその先の可能性。
糸重層の烏が使っているツールの回線に潜り込みログを辿れば、作戦開始から現在までの夙昔を収集することは容易い。
その爆速な受信による膨大な情報量と、有能すぎる迅速な送信。
故に糸重層の烏は、今まで1人としてメンバーの命を落とした事が無かった。
しかしそれも、回線だけでは到底成し得ぬ芸当。ハードあるいはルーターとも呼べるメンバー達に繋がっているネットワークと、さらにそれらを安全性と信頼性に長けた処理能力で統括するCPU。
そんなIT要素をインテグレーションされたのが、この組織の全貌だ。
「へえ~、男のくせにこの圧。面白いわねえ」
キラと正対し始めて、プリンは男に侮蔑や怨嗟以外の感情を見せる。【魔女】の言葉通り、それは女と何ら遜色ない___いや、そこら辺の女など軽く上回る程のオーラだ。
「余裕ぶってるとこ悪いけど、お前はもう蜘蛛の巣に囚われた哀れな蝶だぜ。観念しな」
【LAN table】
ネットという全知の網が張り巡らせた此処は、すでにキラの独壇場だ。普段おちゃらけて威厳の欠片も無いが、パッチ達が絶大な信頼を寄せるのも納得。これが男星かと、ランドは改めて再認識する。
だがプリンも、それは当に把握済みだ。その上で、相手に嘲弄の視線を向ける余裕がある。
先程とは打って変わって、静まり返る高炉内。空気でさえも、この場で最も強い2人の動向を窺っているように見えた。
___そして、途端に荒れだす。
猛者同士が鬩ぎ合う時の心臓の高鳴りに、どうか戦って欲しくないという到底叶わぬ願望。何よりこの現状を招いてしまった自分の無力さに、ランドは胸が締め付けられる思いだった。
しかしこの2人を前に、今更何が出来ようとは自惚れも甚だしい。所詮これが現実だ。食い込みそうになるほど奥歯を噛みしめ潔く受け入れようとした、………その時。
キラとプリンから丁度三角形が象れる点の位置の空間が、急にひしゃげた。
「「!?」」
それはプリンの敏感すぎるセンサーにもキラのネットワークにも感知されない、刹那的に顕現する本日何度かの異空間の路。
そこから飛び出したのはアイリス、フローレン、ハクビ。次いでアノルト、セバスチャン、リックと、テッコツ、ポムラットの糸重層の烏メンバー。
「まったく。勝手にゲートに入ってくるなんて、困ったお客様達ですね」
そして最後に、ホームズが現れる。
「なっ!!!!!!!???」
その突然の乱入者達には、場にいた者ども皆それなりの驚きを見せていたが、その中で明らかに過剰な吃驚を露わにした者が1人。なんと、オウマ・キラだった。
こちらはランドどころか、パッチですらお初にお目にかかる取り乱しよう。【魔女】にも臆さぬ天下の【男星】が、いったい何にそれほど反応したのか。その正体はすぐに知れた。
「嗚呼、やっぱり君だったんだね。___キラ」
一瞬、口調が異なりすぎて戸惑ったが、その発声源は間違いなくホームズ・ロイヤリーからだ。
それを聞いて今度は、キラ、プリン以外が驚愕する番。
「突然現れた気。半信半疑だったけど、まさかここまで腕を上げてるとはね」
「…もうアンタより強いですよ、師匠」
その単語には、皆揃って度肝を抜かれる。
だってそうだろう。あの最強とも名高い男には師匠が存在し、それが数十年前にダンディグラムから姿を晦ました、現在中性の館で執事を務めているホームズとは夢にも思わない。
館側主人ニーナ共々存じ上げぬ事実なのはさることながら、烏側パッチもキラとはガーデン結成当時からの長い付き合いだが聞いた事がなかった。
しかし、それも仕方のないこと。ホームズがわざわざ自身の弟子について語るのも意味が分からぬし、今回の敵の親玉がその張本人だという事も今さっき懐かしい気を感じ初めて悟った。
キラの方も別に師匠がいること自体問題ではないが、それが男国家を失踪した者となれば胡乱や猜疑心の眼が向けられるのは避けられない。そうなれば糸重層の烏のリーダーとして、東を司る男星として示しが付かないので心の中に秘めていた。
ただパッチやアノルトなどの古株は、直接顔を見たことは無いがその名前なら耳にした事があった。
〈ホームズ・ロイヤリー〉。オウマ・キラの前の、東の【男星】である。と。
『…い、おい大丈夫か。オウマ?』
その親友からの言葉を認識するのに、キラは数秒を要する。いつもならあり得ない事だ。
ワープ組の参戦により、未だ山頂付近で殺り合っているバルガ・フィリップと、トロッコにて迷走中のサリ・ネモ以外は全員が集結。戦況はさらにややこしくなる。
「次から次へと、ほんと鬱陶しいわね」
1人状況を理解できず、自分以外すべてが敵であるプリンが声を荒げる。機先を制すように途端に向けられた矛先は、先刻まで意にも介さなかった館陣営のフローレンだった。
すぐさま『相殺』での反撃を試みるが、【魔女】の一撃を殺せるまでの地力には至らず無効。
胸元に刃が突き刺さんとしたところで、間一髪ホームズによって助けられる。
『何やってんだ、早くしねえと獲物が取られちまうぞ』
3つの勢力が渦巻く中で、2つがぶつかる。そうなれば自動的に残りの1つは漁夫の利が狙いやすくなるが、唯一それを狙える張本人は動く気配がない。タイミングを見極めているのか、あるいは………、
『そんなに元師匠が怖いのか?』
「別に怖かねえよ。ただあの人の異空間はネットが届かねえから、どう出るかが読めねえんだ。それを移動・攻撃手段にしてるからこっちも手が出しにくい」
昔の苦い思い出が蘇るように、キラは恨めし気に語る。アイリスに熱や水が効くように、それは相性の問題。
元々ホームズと同じ体質で滅女器を使わずして多少の能力を扱えていたキラは、他の者には無い特異さと強さで自尊心に満ちていた。
そんな時自身と同じ境遇で、相性の有無を差し引いても絶対に届かぬと感じさせられた『壁』。恥ずかしさと悔しさと、はたまた向上心がキラを掻き立て一も二もなく弟子へと心願した。それから数年間、ホームズとの1対1でキラが勝った事は一度とて記憶にない。
今や最強と謳われるキラ、あの時よりさらに鍛錬と研鑽を積んできた現在なら勝てるかもしれないが、ネガティブによるマイナス思考は負の連鎖に簡単に陥りやすい。
相手の存在が急に大きく見えたり、「自分が負けたら皆死ぬ」という不意なプレッシャーに襲われたり。そんな雑念が思考を鈍らせパフォーマンスの低下、結果決め切れるところ決め切れず敗北に繋がる。
その精神面の強さも含めて【男星】なのだが、どうやら女以上にキラにとって不倶戴天の生物らしい。
リーダーの不安は部下へも伝播していき、皆揃って硬直。そんな盤面を一瞥しホームズは頃合いを見て、
パチンッ。と、
爽快な指鳴らしを奏でた。
〈プランB〉
それは出発前の館にて語られた、三つ巴の乱戦状態になった際の第2の作戦であり、最後の奥の手。
あまり実行したくはなかったが、この決して広くない高炉内にほぼ全員が集まり、その相手がキラならばいよいよ使わざるを得ない。
それは苦肉中の苦肉であり、成功率は不明。恐るべき【魔女】を前にして形振りなど一切切り捨てた、どうにかなる事を祈るしかできない神頼みの博打作戦。その作戦の開始を知らせる合図が、今の指パッチンというわけだ。
中性の館一同は皆、轡を揃えて頭を振る。
途端、まだ脳が本調子に戻っていない様子だが、一番の邪魔者になるであろうキラにホームズが先手を仕掛け、同時にニーナ・ミケラ・マリ・ハクビがプリンへのデバフ包囲網を張った。
撃破するたの攻撃というよりそれは、時間稼ぎの拘束。臭いが、圧が、重力【減】が、糸がプリンを捕らようとばかりに展開される。さすがの機敏さで搔い潜ろうとする【魔女】だが、その範囲の広さとしつこさに完全回避とまではいかない。
酷い臭いにうたれ糸が片腕・片足に絡まり動きが鈍ったその瞬間、上下左右、全方向6面のワープゲートが金魚すくいのポイのように迫り、
「くっ…」
そのまま否応なしに吸い込まれていった。
これで第1段階はクリア。そこでアクションを見せたホームズ達に、やっとキラが冷静さを取り戻し無数の青光線を飛ばす。
ホームズは何とか躱しながら、「いつでも行ける」と言わんばかり視線を浴びせる2人に一言。
「頼みます」
そう告げ、『魔女攻略(プランB)』という責を背負った男女は、プリンの元へとワープさせられた。




