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女照(アマてらす)  作者: 沖田鰹
死怨の魔女
39/48

お待たせ

 豊富な資源をその茫漠(ぼうばく)な土地に格納し、以前は男達の採掘場として名を誇っていた鉄鉱山:メタルフロント。その第二高炉で現在、赤き鮮血が舞う。

 先程ランドと入れ替わるようにしてミケラと対峙した糸重層の烏(しじゅうそうのカラス)陣営メラルタスの右腕が、豪速な【魔女】の一撃を受けその肘から下を失った。

 まさしく、寸毫(すんごう)の出来事。痛みも切られたという認識すら置き去りにし、その事実を無慈悲に伝えるように一拍遅れて前腕がボテッと地に落ちる。

 文字通り、男達は誰一人何も()()()()()()。【魔女】に動いた痕跡すらなく、残影すら捉えられず、しかし腕を落とされたという真実だけが突き付けられる。


『ピー…』


 何とか絞り出したかのような、パッチの掠れた呼び掛け。しかし皆まで言わずとも、ピーも思っていることは一緒だった。


「分かってます」


 即座に補聴器(滅女器)のギアをマックスにし、次の攻撃に備える。瞬間___


「ゲイテモ、左下。膝辺りだ!」


 急速に鼓膜が震え、必死の咆哮。反射的に両脚ジャンプを試みれば紙一重、脚を撫でる風に叫ばれた本人ゲイテモは背筋を凍らせた。

 ピーの一声が無ければ、確実に両脚持っていかれていた。しかし、あの端的な喚起に反応した方もした方、ここら辺はさすがに歴戦の強者であることが伺える。


「信じてますよ、ピー班長」


 すでに右腕の止血を終え応急処置を施したメラルタスが、ピーに背中を見せて言う。元の利き手が左であり、右を断たれたのは不幸中の幸いだった。

 他の2人…、いや3人も思う事は同じようで、ピーを囲うようにして臨戦態勢。

 これが【魔女】:プエル・プラ・プリンの領域であり、ガーデン内で【男星(だんせい)】:オウマ・キラしか立つことの許されない遥か上のステージ。

 覚悟はしていたが、次元が違いすぎた。その聴覚に全てが託され、ピーは両の掌を耳の裏にそっと添える。ここからは、自分の指示・報告一つで簡単に命が左右される闘い。

 ス〇ウターもどきをメラルタスに渡して目を閉じ、周囲の音を拾う事のみに全集中。


 『ゾーン』に突入した。


「どっからでもかかって来いよ。魔女」


 これにより、ピーの聴覚は完全拡張。この第二高炉内の微細なものに至るまで全ての音を、絶対に聞き逃す事がなくなった。


 ピーの聴覚強化。その合図によって、糸重層の烏はプリンの攻撃を何とか躱していく。それどころか、守りだけでなく攻めへの転じ。鼓膜が、耳自体がシンクロしているかの如く淀みない連携で、形勢を拮抗にまで持っていった。

 しかしそれは、あくまで【魔女】と糸重層の烏の一騎打ちだった場合の話。中性の館陣営がプリンに加勢すれば、その形勢はいとも容易く瓦解する。

 否、その館組は(主にニーナとミケラだが)、自分達の打つべき手に逡巡(しゅんじゅん)しているようだった。【魔女】と手を組み男共を一蹴して無様に帰らせるか、はたまた男と協力し【魔女】をさっさと逐電(ちくでん)させるか。___を。

 選択し自体は至ってシンプル。プリンと手を組めば、彼女一人に手を焼いている上に(アマ)3人の追加。その勝利はほぼ確定する。が、今述べたように【魔女】一人ですら男5人が生死の境に立たされている状況。ここで更なる援軍は明らかにオーバーキル。死人が出るのは十中八九だった。

 ならば、男達は忌避(きひ)するだろうが、元々コチラは男性・女性(いと)わない中性の者。多少難易度は上がるが、糸重層の烏と手を組む事はやぶさかではない。


「ッッッ………!!!」


 その意図に反して、自軍でも【魔女】でもない反対方向から奏でられ始めた不吉な2つの足音に、ピーは絶望を覚える。決して起きて欲しくない状況が現実になったと。

 前に出る矮小(わいしょう)なる愛くるしいツリ目メイドと、生粋なるツインテ被虐性欲者(マゾヒスト)マリ。

 プリンに加え、マリとミケラの対処。今の男陣にはどうルートを模索しても、それを成し得る未来が視えなかった。万事休すかと思えたその時、プリンが突然憮然(ぶぜん)とした様子で挙動がおかしくなり、パッチ達は体が少し軽くなるのを感じた。

 糸重層の烏からしたら思ってもみない、マリの【重力・減】とミケラの【圧縮】の能力だ。前者は男にバフ、後者は【魔女】にデバフという形で作用している。


「何で、(アマ)が?」


 そんなピラミッドが如何にして建造されたかに匹敵する程のミステリーにも、しかし答える者はいない。

 はたまたプリンも、予想外すぎる死角からの援護射撃。周囲の空気圧縮で身動きが取りずらくなり、さらなる追い打ちの臭気がその鼻腔を擽る。


「ッ!!!」


 それは、嘔吐のような強烈な悪臭。すぐさま空気の圧迫を破りその場を離脱するプリンだが、一度でも鼻にこびり付いた臭いは(アマ)であっても完全に消すのは困難。

 それこそ、(くだん)の嘔吐臭を練り上げた張本人:ニーナ・ババラーニャでもなければ。

 さっきまでの戦闘で、滅女器(めめっき)を大体把握していたプリン。そこへ立て続けに、新たなる3つの能力。必然的にどこの誰からの援護か理解できる。


「…は?」


 怒りでも焦りでもなく、心の奥底から浮かぶ純粋な疑問。直感的にリーダーと見分けたニーナに向って、プリンはその魂の籠っていないような冷めた瞳で見つめた。


「お主を救いたいという、少し役不足の王子様からの頼みじゃ」


「???」


 全然、1ミリも分からなかった。

 しかしその婉曲(えんきょく)すぎる言い回しでは、真意を理解できなくて当然。ましてや最強と名高い【魔女】、「救われる」という言葉に馴染みがなさすぎて頭がこんがらがる。

 いくら考えたところで、プリンの最終学歴は高校中退。200を過ぎてもあまり学がある方では無いので、ごちゃごちゃ思案するのは止めた。


「よく分からないけど、邪魔するならたとえ貧乳でも潰すわ」


「貧乳とな、お主も人のこと言えんぞ」


 ニタリと、胸元に向けられる不愉快な視線。そこで初めて、プリンのハッキリとした感情が滲んだ。


「黙れっ!」


 鋭くニーナに肉薄する鎌。刃が触れる間合いに入った瞬間、しかしプリンは猛烈な立ち眩みに襲われる。先の悪臭がマシに思えるほどの、鼻が千切れんばかりの腐敗臭。

 並みいる専門家達がその臭いは『魂を壊す』とまで謳った、ウミガメの死臭だ。


「良かったのう冬で、この臭いは夏場じゃとさらに臭さを増すからなあ」


 前にも少し話した通り、(アマ)という生物のステータスは一般的な人間の数値を遥かに上回る。それは嗅覚も然り。

 基本、そういう成分が混ざっていない限り、単純な臭いで人が気絶するという事は無いとされている。が、その優れた嗅覚と魂を壊すと言われた死臭のコンボで、()()()()()だけで今プリンは卒倒し掛けた。

 比喩ではない。言葉通りだ。

 それほど強力という事。しかも厄介なのが、その臭気が無色透明でニーナにしか見えないというところだ。これには何故か、【魔女】の視力を持ってしても視認出来ない。

 かと言って、何も万策尽きた訳ではない。対処法は幾らかある。ただ……、


「上段切り。ゲイテモ、クリスの中間」


 敵はニーナ(厄介者)だけでは無いということだ。糸重層の烏3人の猛攻と、ミケラの圧縮、ニーナの絶妙な嫌がらせをプリンは捌いていく。

 幸いにも(アマ)側には殺意や敵意が感じ取れないため、メインは男だけで良い。元々プリンの狙いもそちらだ。


 一進一退の攻防に場が荒れ始め長引いてきた頃、やっとその身体も温まってくる。


「グッ!」


 体感的には今までの倍。凄まじい蹴りがミケラに炸裂し、一直線に吹き飛んだ。その隙を突いたメラルタス、クリスの攻撃を鎌の両端で同時に受け止めると、ゲイテモからの時間差攻撃。よく鮮麗された連携プレイだが、


「皆、離れろっ!」


 ピーの忠告虚しく、プリンが放った衝撃波に3人共宙を舞う。勢いそのままに、背後の残った最後の1人に回し蹴りをお見舞いしようとする【魔女】だが、その攻撃は直前で制止された。


「なんでえぇ~」


 その相手、マリは攻撃を喰らえなかったショックで力なく崩れ落ちる。直感的にコレ(攻撃しない)が、一番効果的であると悟ったプリンの勝利だ。


「…強い」


 一瞬にして5人を圧倒した【魔女】にピー、そしてランドは素直な賞賛を送らざるを得なかった。先程までのはほんの前座、ウォームアップを終え万全な状態となればまさしく『魔の女』と化す。

 あんなに特訓を積んだランドも、結局実践では戦闘にすら入れない体たらく。場の雰囲気に押され、辟易(へきえき)する始末だ。


「………くっ」


 さらにピーの方も限界が近づいてきており、耳からの流血が見られる。


「大丈夫ですか?」


 すぐ隣のランドがその様子を(うれ)いるが、


「心配する暇があるなら、…戦え」


 元より覚悟の上での事。この限られた何よりも貴重な時間を無駄にするなと、思いきり顰蹙(ひんしゅく)しながら吐き捨てるピー。

 もう男の中で立っているのは、ランドだけ。戦えるのもランドだけだ。


「次」


 少し籠ったような声音。しかめっ面で鼻を摘まむプリンのフォーカスは、ピーとランドに向けられている。

 このハイレベルな戦闘の中でランドは、実力的に『戦えない』という部分が大半を占めていたが、同時に『戦わない』という意思が無いわけでもなかった。暴力でしかすべてを解決できないこの世界(アマテラス)を、どうにかして変えたいと思ったからだ。戦わずとも、話し合いですべて丸く収められないかと。

 しかしそんな思想などお構いなしに、悠然と歩み寄るプリン。するとそこで、


「まだ…まだ!」「こんなとこで、終われるか」「ピー班長!」


 吹き飛ばされたはずの3人が、尚もその瞳に熱を宿し立ちはだかった。


「…うわ、ウザ」


 呆れ顔を作るプリンはしかし次の瞬間、例によっての凄絶(せいぜつ)な一撃。

 対して、外耳から内耳にかけてすべてをフル稼働させたピーの予測動聴。


「〇、→、↓、↑、↑、↓、△、→、←、↓、→、□、↑、→、←」


 ピー班のみでの戦闘が決まった際に、指示を素早く行うために予め決めていおいた(メラルタス)(クリス)(ゲイテモ)、それに×(ランド)を加えた最適戦法だ。

 吹き出す血。しかし目の前の敵の事以外何も考えず、ただ耳に入ってくる指示に従って班員は戦う。

 本調子の【魔女】に、一歩も引けを取らない3人+α。行動を先読みされというのは想像以上に厳しく、プリンは苦戦を強いられた。

 だが…、あと一歩届かない。

 ピーはもうすでに限界を間近に迎えており、先が聴こえるとはいえ【魔女】の攻撃を避け続けるのにも相当の体力と神経が必要。それを受け続けてきたメラルタス達にも、疲弊の色が見て取れる。

 対して相手は、無尽蔵の体力を誇る。長引けば長引くほど、こちらの勝機は遠のいていくのは明白だった。

 ピーはプリンの行動を聴きながら、同起して班員達の荒れた息遣いを聞き取る。そこには目を閉じていても、はっきりと崩れた渋面が映る。

 自分の実力不足で、指揮不足で、班員達にここまでの苦労を押し付けてしまったとピーは悔恨(かいこん)する。キラを待っていればと、皆と合流してから実行すればと、忸怩(じくじ)してもし足りない。だからせめて、その責任と責務を果たすべく、

 ピーは最後の切り札を切った。


 【聴覚同調】

 滅女器である補聴器が拾った音をそのまま反射させ、対象者にのみ本人とまったく同じ音を同調させる奥義。

 それによりピーの聞き取り→報告・指示→班員の聞き取り→行動という一定の手順から、前半2つを端折ることができ、今までの数倍は素早く自由に動くことが可能。この現状を打開できる。

 だからこそか、最後の切り札として取っていたのはそれ相応の理由があり、この技を使用した場合ピーの鼓膜は完全に破壊される。

 さらに、ギア全開での聴覚同調。もはや死も厭わない。何としてでも今此処で、【魔女】を撃つというピーの信念。


『ピー………』


「ここでやらなきゃ、死んでも死に切れませんよ」


 キイィィィィーーーと甲高い音が次第に大きくなり、ピンッと張った糸が切れたように全てが静止した。ピーの鼓膜は完全に破れ、一切の音を拾わなくなる。


「あとは頼んだぞ、メラルタス」


 代わりに〇×△□、4人の耳に甚大に流れ込む音の情報。まるでプリンが止まって見えるほどに、その動きは鮮明に()()()()()

 これにより、形勢は一気に逆転。無駄な行程を省いた糸重層の烏からの攻撃が繰り広げられ、ニーナ達のデバフも相まったこの女照(アマテラス)最強クラスの【魔女】は、ついに攻略し掛けられていた。


「くそっ」


 かつて無いほどの焦燥。息を吹き返したような男共の猛威に、その首が取られそうになった刹那、それぞれの思惑が上手い具合に噛み合い、結果その現状が形を成した。

 まず、追い詰めるまではいいが殺すまでは許さない中性の館陣営が、バフを消しプリンに掛けていたデバフを糸重層の烏に付与。一緒に共闘し【魔女】にしか意識が向いていなかった糸重層の烏からしてみれば、それは不意を突かれた突然の裏切りだ。

 それによって足踏みした隙を、今度はプリンが3人の包囲網を抜けて駆け出す。戦闘序盤からピーの始末を考えていたプリンは、その狙いを分かっていたメラルタス達に阻止されていた。ピーを屠れば聴覚同調まつわる行動の先読みがなくなるのは正解であり、鎌ではなく本日初めてその()を差し出した。


「まずい!」


 触れたものを死に追いやる、【魔女】の手。耳が聞こえず虫の息のピーに、それを避けることは不可能。

 ならばとそこに、張られたのは1枚の防壁。ちょうど後衛に位置していたランドだけが、そのピーへの肉薄に反応できた。少し驚いたが、しかし脆弱な壁1枚【魔女】の障害にはならない。

 掌で触れ、破壊するまで僅か0.5秒。まさに盾とも言い難い、薄っぺらい紙切れ。そのまま進行し勝ちを掴み掛けたプリンだが、その手は目的を捕らえられず空を切った。

 僅か、0.5秒。だがその0.5秒が、ピーの風前の灯火な命を救った。

 ランド自身、【魔女】の攻撃を耐えられるとは思っていなかった。しかし1秒もたなかったのも愕然。度し難い事ではあったが、そのほんの0.5秒が無ければこの結果は得られなかっただろう。


「ふい~、お待たせ」


 澄んだ空のような天色(あまいろ)を靡かせオウマ・キラは、飄々とした姿で戦場へと舞い降りた。

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