不臭と不音の渾然 その2
標高軽く3000を超える、メタルフロントの渓谷。そこにせわしなく滔々する4つの影。
アイリスが氷を巡らせホームズがワープを計る中、テッコツがその氷を溶壊したのちクッションのような衝撃で妨害される。もう何度もこれの繰り返しだ。
ポムラットの滅女器は:【クッション】。強めの衝撃的な反動ではなく、柔らかい弾力的な反動を相手に与える武器。
白く丁度ソフトボールくらいの大きさの球体。ポムラットは一見丸みを帯びたずんぐりむっくりの体型だが、それはユニフォームの下に数百ものクッションを仕込んでいる為である。
『衝撃』のような攻撃に優れた例えるならストレートに対し、『弾力』は火力こそないが緩急と言うべきか、その少し変わったアプローチが相手の調子やタイミングを狂わす変化球。
それは、ホームズも然り。単純な衝撃などなら防御態勢で構え、直撃後受け身を取りすぐさま次の展開に移行できるのだが、このような煮え切らない攻撃はあまりにも次の一手が打ちにくい。
しかもその種は、まさにフォークやカーブ、ナックルといったように多種多様の弾力性で、調子は崩される一方。
「厄介ですね…」
その間にも体は着々と、重力に従って下へと落下していく。
「くらえっ!」
その真上、テッコツの咆哮と共にスタイラス状の鉄が放射。
さすがの女も飛行能力などがない限り、空中での自由移動は困難を極める。女を媒質にしているだけあり凄まじい速さの鉄砲は、もはや回避不可。
仕方なく氷壁を張るが、それも効果なし。一瞬のうちに溶かされると、3本中2本の鋭利な先端がアイリスの左二の腕に突き刺さった。
「くっ!!!」
「アイリス様!」
ホームズも加勢したいところだが、いかんせんクッションの弾力がそれを邪魔する。1人用の簡易ワープなら動作一つで還元できるのだが、ダンディグラム切っての手練れ集団がそれを許さない。何とももどかしい。
下と上の位置不利に、お互い相性は最悪。アイリス達はこれ以上ないほど崖っぷちに立たされていた。
あと2、多くて3発、テッコツの鉄砲が飛んでくればおそらくゲームセット。
それまでに何としてでも打開策を見つけなければと周囲を見渡したホームズの視界の隅、何者かによって削られたような不自然な窪み。ちゃんとした平面の陸地が見て取れた。
(此処しかありませんね)
今後相手が隙を見せない限り、ホームズ達が平地に戻れるチャンスはおそらくこれがラスト。
ホームズは瞬時に作戦を切り替え、コンマ何秒も掛からなぬ自身ワープ。
「なんニイ!?」
これにはさしものポムラットも反応できず、前のめりに驚く。対象が見えなければ、クッションも使えない。しかし焦ることは無かった。
まだアイリスは居る。その付近にワープが現れた時、女自身に弾力を加えればワープは阻止できる。その時を待ち、神経を研ぎ澄ませた。
一方ホームズは、滑り込むように窪みへとワープ。そして、そこで行われていたハクビ・フローレンの戦闘に吃驚する。
が、それも須臾の刻。すぐさま谷側へと視線を向け、その内落ちてくるであろうアイリスに狙いを絞る。
ホームズの能力【ワープ】は、滅女器であり滅女器ではない、少し複雑なものであった。
執事という事もあり、常日頃から身に着けている綿手袋。それが本来ワープゲートを出せる滅女器なのだが、実は手袋がなくとも装着時より5倍程時間は掛かるが、女のように自由に出現させることが可能だ。その原理や仕組みはまったくの謎で、『女性ホルモン』が多いため一部の異常現象が起きた。と本人共々とりあえず納得している。
自身単騎でのワープなら、始点も終点もいらず先のように瞬での移動ができる。ただそれは、空間に張られた壁を生身で突き破るような感覚。ようするにとても痛いので、【魔女】と出くわした時のような逼迫した状況でしか使わないとホームズは決めていた。
次に他者を単独、または同行する場合には自らの手で触れるのが最も速い。触れた直後、手の平と身体の硲にゲートが成されそのままワープできるからだ。もし触れられぬ距離にいれば対象の付近に対象の一回り大きい始点を、曾遊の地に限ってそれに通じる終点を設置。平たく言えばエスカレーターだ。
そして、複数を一気にワープさせるパターン2。定義にもよるが、少数なら肥大化したゲートで全員一気に飛ばすことができる。ここでの少数は5人。逆にそれをオーバーすると片手間で顕現できる簡易ワープは使えず、人数にあった術式を大々的に展開しなければならない。(※第33部参照)こちらはエレベーターの解釈で問題ない。
これらの能力を滅女器なしなら、単騎ワープを除いて全て術式を要するというものだ。
攻めるテッコツに首の皮一枚、何とか守るアイリス。そのすぐ背後、落下する華奢な体を掬うようにワープゲート展開。待ってまししたと言わんばかりの、ポムラットの全力投球が唸る。距離的にアイリスが弾かれるのがやや先か。
否、このラストチャンス、中性の館専属執事:ホームズ・ロイヤリーが無策で賭けに出る筈が無かろう。
それは、ゲートの多重同時展開。現時点で大体指の数だけ展開可能だ。さらにその空間への入り口は、何も人間だけをワープさせるとは言っていない。
「お返ししますよ」
クッションが弾力を発動する前にしっかりとキャッチすると、持ち主へと投げ返す。いや、「飛ばし返す」が正しいか。
「マジかい…」
放たれた弾力に2人が飛ばされるのと同時、ゲートはアイリスを拾いホームズの側へと着地する。
「あり、がとう」
「こちらこそ、時間が掛かってしまい申し訳ありません」
だが、これで決着とまではさすがにいかない。そもそも奴らもこの谷底へ落ちても生還できる手段を持っているから、わざわざ猛追してきたのだ。
案の定、アイリスの妨害虚しくクッションを起用に使い、テッコツ・ポムラットの2人も同場所へ舞い降りる。
「随分と派手な登場ですね」
「たく参りますよ、アノルトさん」
「こいつは、総力戦ですかいネエェ」
新たなる参戦者で、構図はハクビ・フローレン・アイリス・ホームズVSアノルト・セバスチャン・リック・テッコツ・ポムラットの4対5だ。
大人数の強者達が暴れ回るのに、この路は些か狭すぎる。
「そういえば、バルガさんとフォルカスくんは?」
相手に睨み合いを利かせながら、姿見えない同じ班員についてアノルトが尋ねる。
「あの2人なら、上でもう1人と対峙してます」
「そうですか。ならコチラは、目の前の敵に集中して問題なさそうですね」
そう言って向かい合う、糸重層の烏と中性の館面々。
戦況は目まぐるしい変化の幕無しで、盤面はとうとう第三ラウンドに突入した。
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こちらもまた、目を離せぬ戦火の最中である。
【魔女】の並々ならぬオーラに一時も気を緩めぬまま、ピーとその電子パネル越しに覗くパッチは正面。この場で間違いなく一番の狂人に、揃って呟く。
「「ウェリー・ランド………」」
目の前の男は、あろう事か女3人との同伴で姿を現した。もはや黒確定かとパッチが確信しかけたその時、普通なら背中やケツを狙うのだが身長的に届かず、ランドは背後から膝の裏を蹴られ一歩前に出る。
不意なことで怪訝そうに振り返ると、低身長ツリ目サイドテールメイドの小悪魔のような嘲笑い。
「このランド、アンタ達のお仲間でしょ。もう用済みだから返してあげるわ」
ミケラの弁舌はあくまで演技での事だが、先の言い争いをまだ根に持っているのか心からの本音にも聞こえた。
ここで関係性がバレる訳にはいかない。ミケラが作った自然な流れを利用し、ランドは後ろに気を配りながらゆっくりと元居た場所へと戻っていく。その途中___背後から地を蹴る音を聞き振り返ると、もうすでに目の前には拳を振り翳したミケラが居た。
それは、到底演技とは思えぬ、男女間で発生するまごう事なき殺意。
あまりの覇気によろめいたランドはそのまま襟首を掴まれ後方へと放られ、それとスイッチする形で男が前に出た。
ぶつかる、剣と拳。
刃と諸に接触しても傷一つ付かぬミケラの分厚すぎる表皮についてはこの際置いといて、お互い数秒膠着したのち自陣へと後退する。様子見程度で、両者それ以上は動かない。
「とりあえず、口だけは無事帰還おめでとうと言っておくよ」
思わぬ形で帰ってきたランドに、ピーの心にもない言葉。
「そういえば君、イヤホンは?」
「…あ、そういえば!」
今頃になり、耳に刺さっていない事に気が付くランド。全身を弄ったが、それらしき物は見つからない。最初の奇襲を受け拉致された時の初回のワープの時点で、もう耳から外れ異空間のどこかへ消えてしまっていた。
「すいません。どっかで失くしちゃったみたいで」
それが装着されたままだったのなら、今回の作戦はまた違った展開へと誘われていただろう。
『それは戦場の真っただ中だから仕方ない。替えのイヤホンはそこには無いから、ここからはピーの指示に従ってくれ』
すると、突如として流れるパッチの音声。どうやらピーの端末のスピーカーかららしい。その音声は続けて、
『帰ってきた君に、尋ねたいのはただ一つ。
…君は、裏切ってないよね?』
そんなド直球の質問を投げ掛けた。
別にランドが裏切り、糸重層の烏の情報・目的などが晒されて真っ向から敵対して来てもさほど脅威ではない。ランド自体は何の障害にもならないからだ。
しかし、唯一恐れるべきは内側から。たとえ蠅だろうと女との戦闘中に足下を掬われたら、それだけで男性陣は再起できぬ程の大ダメージを負う。
「…裏切ってなんていません」
必然、息をするように嘘を吐くランド。不自然にならないほどの丁度良い間で、悟られぬよう無難に言葉数を少なくしての宣言。
所詮こんな口頭での公言何の信用に値するものでもないが、牽制程度にと敢えて攻めて問いたパッチ。しかし、気になるのは先程のミケラの攻撃。あれは確実に息の根を止めるべく放った一撃だった。ランドもかなり意表を突かれていた様子から、パッチの内側から崩壊への警戒心はかなり緩みつつあり、真っ黒に近かったランドの信用度がグレイまで下がったのは確かだった。
そんな中、【魔女】:プエル・プラ・プリンは静かに場を観察していた。
此処メタルフロントは、かつてはジメジメするような熱気。カンッ、キンッといった鬱陶しい数の金属音。快哉な男達の声に包まれていた。…プリンが住み着くまでは。
プリンが姿を現すようになり、それらは夏を過ぎた蝉のようにパタリ止んだ。以前の面影は消え失せ、とても康寧かつ静謐な山へと変化する。鉄や岩など女にとっては無価値な物しか取れないので、競争率も低い。身を落ち着かせるには打って付けな場所だった。
そんな我が家同然の鉄鋼城に、今かつての喧騒を彷彿させるほど人間達が攻め込んで来ている。
(はあ~、マジだるい)
プリンは疲れていた。齢200歳余りにして、『男女共存時代』から現在までこの世界を生き抜いてきた稀有な人物。
プリンはただこの疲れを癒すため、閑かで穏やかな所で身体を休めたいだけなのに。もう、人間などに会いたくない。ましてやそれが男など___。
プリンは重たい腰を持ち上げ、高炉からフワッと身を投げると天使のように着地。そのまま一歩、また一歩と歩を進める。
ゾワッ
単なる、土の地面を擦れるローファーの足音。のはずが、まるで巨大獣迫ってるかの如き重圧に、ピー達糸重層の烏だけでなくニーナ達までも鳥肌を覚え身構えた。
そしてそのまごう事なき現代の魔女は、両勢力の中間。ピタリと制止するとまずは自分からむかって左手、ニーナ・マリ・ミケラを凝視する。しかしそれは、3人を見ているようで見ていない。ニーナは不思議な気持ちに襲われた。
次いでプリンが向くわ右手、男の5人の生ゴミ場のような不快感。
渋面の顔、害虫以下を見る瞳。顔をそのままに首から下を回し正面に構えると、ゆっくりと死の鎌を糸重層の烏に正眼した。
『おいおい………』
イヤホン越しから、嗄れたパッチの声がする。その心中には、かつて無いほどの焦燥と憤懣、絶望がたっぷりと籠められていた。
ジョジョみたいなサブタイ。
実は密かに憧れてました。




