内通者の影
「イヤッホー!」
すぐ側には、底の見えない高く深い谷。落ちたら最後どうなるか分からないそんな佳境で、その逞しい四肢を存分に生かし脳筋オカッパメガネ:カリロ・セバスチャンは、凄まじい猛攻を繰り広げる。
「…ッ」
それを受けて返すのはデカいメイドの方、フローレン。彼女もまた、その図体に見合い肉弾戦を得意とする。
両者の鬩ぎ合いに乗じ、仲間ごと真っ二つに両断せんとばかりの大剣の一振り。だがさらにそれに割って入る極細の糸によって、その推進力は制止した。
「落ちろ」
刃に絡まった糸を引っ張り力の向きを変えると、そのまま谷側へと誘導する。
「させませんよ」
しかし、すかさず手裏剣で糸を断ち切るアノルト。
まるで狩って狩られる連鎖のように、攻撃してはされる冗長なループが発生している。
「人数有利ですが、なかなか勝ちきれませんね」
「コイツが足でまとってます」
敵から視線を逸らさず、大剣の先端で真横を指すリック。
「はあ!?テメエだってやられてんだろ。それにアイツかなりの手練れだぜ。なるべく【魔女】に取っておきたかったけど、こりゃあ3本じゃねえとキツイぞ」
セバスチャンの身体強化剤はその名の通り身体を強化するものだが、それは本来女のような強靭な肉体であるから何の支障もないというのが前提であり、男の貧弱な体ではたとえ筋肉達磨のセバスチャンであっても長時間、あるいわ容量を超える強化には多かれ少なかれ負荷が生じてしまう。
3本目からはまさに、その負荷が顕著に表れるところだ。今回のメインディッシュは強敵【魔女】のため、ここで無駄なダメージは負いたくないのが本音。
「…どうしましょう?」
「相手がやるって言うなら、やるしかない」
対するハクビとフローレンも、余力はまだあるが余裕はさほど無かった。
2つの勢力、その最終的な狙いはあくまで【魔女】だ。ここで互いに削り合いどちらかが勝利したとして、不足した戦力で勝てるほど甘い敵ではない。
ならば、この場はお互い何も見なかったことにしてやり過ごすのが賢明。中性の館サイドにその意思があってもしかし、女を憎む糸重層の烏サイドにはおそらくその選択は無い。
ここでお茶を濁したとて、後々魔女との決戦において邪魔になるのは確定。前衛:ゼバスチャンが3本目の強化剤を投与し、リックも大剣を構える。
「フローレンさんは、マッチョの人をお願いします」
「分かりました」
2人も、その喧嘩を買った。
「ボクは、男性を下には見ない。敬意をもって対峙させてもらう。よく切れる切糸と頑丈な硬糸の複合、
合成技糸:《刃糸》」
ハクビが唱えると、その鋭く形成された糸は刀のように正眼する。
同時、ズゴンっと大砲の発射音の如き轟音で、スタートを切る2つの影。
「足引っ張んじゃねえぞ」「それはコッチの、セリフだ!」
揃って目指すのはハクビの若干後ろ、おっとりとした巨体メイド:フローレンだ。肉弾戦は肉弾戦同士、刃物を扱うアノルトとリックをハクビで対処する予定だったが、必ずしも相手が同じ思考・戦法を取ってくるとは限らない。
凄絶な助走に押されるまま、左からは丸太のような脚が織りなす蹴り、右からは大熊でも簡単に両断できそうな大剣の大振り。
両サイドから襲う重圧。逃げ場は、ない。
よって、フローレンは左右両の腕をもってして、セバスチャンの攻撃を『相殺』した。その蹴りを抑えたことによりできた空間でリックの剣を回避し、勢い止まらずセバスチャンも避ける。
「うおっ」
ギャキンッと、岩を掠める刃。
相殺とは、迫る攻撃に対しそれとまったく同量の力をぶつけて殺すこと。強大な力になればなるほどそれを狙って起こすのは難しく、またほぼ同様のまさに鏡のような同一性が求められるので発生は稀。しかしフローレンの能力:【相殺】は、それを可能にする。
当然、自分の容量以上の力は相殺できない。だから3本分強化されたセバスチャンの相殺に全力を注ぎ、拾いきれないリックの大剣は避ける手段をとった。
2つの攻撃を凌ぎ、ターンは移行。
狙うは剣を振り切ってしまった、無防備なリック。その頭部にフォーカスを合わせると、パンチと同時に相殺を発動させる。
攻撃は、されていない。ならばフローレンのパンチを相殺しうる攻撃を、相手が自ら作らなければならない。
しかしリックの攻撃手段は大剣のみであり、たった今使ってしまった。それにより反射的に繰り出されるのは、拳に一番距離が近くノーモーションで素早く放てる、頭での頭突き。
相殺が発動。お互いダメージは無いが、頭突きによってかなりの前傾姿勢になったリックは、さらなる無防備を晒すことになる。
頭部が狙われた理由はこれだ。生まれたチャンスを今度は相殺ではなく、膂力によるフローレンの一撃。
「脳筋!」
「はいよっ」
すかさず、セバスチャンのカバー。フローレンはやむを得ず、攻撃の軌道変更。初撃を相殺し、態勢を崩す二撃目の【相殺】。
だがリックのようにはいかず、二度目という事とセバスチャンの尋常ならざる反射神経により、後に隙を残さぬ完璧な相殺。フローレンの追撃は続く。
否、人間に限らず生物・生命体誰もがこの攻撃は完全に相殺できると確信し、次の行動に移ることはできない。
現にフローレンはその手数の中で、通常攻撃と【相殺】を絡めて攪乱している。もし【相殺】に胡坐をかきそれが普通のパンチなら、諸に攻撃を受ける可能性もある。それを常に頭に入れての、1歩後ろに下がった防衛。
しかしその攻防の間と間には、僅かだが着実に生じてくるセバスチャンのペースの遅れ。それは徐々に伸長化し、最初の二手を合わせて合計十九手目。ついに防御壁は崩れ、フローレンの左フックが顔面目掛けてお見舞いされる。
しかし、追い打ちは叶わなかった。そこでの今度はリックがカバーし、キリが無いと一旦引くフローレン。
「テメエ、わざとだろ」
「?、何が」
頬をさすり睨むセバスチャンに、リックはすかした無表情を貫く。まあいいやと忌むべき敵に向き直り、
「それにしても強えな、3本でも足りねえか」
「いっそ、5本でやれよ」
油断していたわけではないが、人間という枠組を超えた女の地力。
【相殺】というシンプルだがトリッキーな能力に、武道も心得ているその戦闘技術。大きい図体に反し、小さい声。内向的でおっとりとした性格だが、一度拳を出させればその強さは本物。
〈ランクA〉の上位の領域に、フローレンは達していた。
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「よう、また会ったな。イカれ野郎」
メタルフロント頂上付近、屋根の道。ここでも、2つの勢力がぶつかり合おうとしていた。
バルガ班とアイリス・フィリップペアだ。バルガとフィリップは先の奇襲の際に一度対峙しており、フィリップは気にも留ていないが、バルガの方は女と手を組むという信じ難い行動に憤りを抑えきれずにいた。
戦いの最中ワープで消え去り、腑に落ちなかったところまさかの再会。因縁めいたものを感じながら、バルガは歓喜する。
「これでお前をぶっ殺せるなあ。女と組んだ事をあの世で後悔しな」
凶悪な顔面と風貌にマッチした、これ以上ないほどの台詞。
「…はあ、ソフトクリームみたいな特徴的な髪型。顔は覚えてるけど、アンタどういう使い手だっけ?俺が何しようが勝手じゃね、ダメ?」
対して、もはや開いていないだろと言わんばかりのやる気の無い目。
「ダメじゃねえよ。だから俺もお前を殺す、勝手にな」
「あっそ、じゃあ俺はお前のその変な頭を丸坊主にするわ。勝手に」
再び、黒き槍と庭を整備するノコギリ形状の刀が向かい合う。
「話が進んでいく、勝手に」
その傍ら、2人だけで進んでいく会話に置き去りにされアイリスが呟く。4対2という人数不利。定石なら1人で2人を相手するという場面になるが、その隙なく因縁を逆に利用した面倒くさがりのさりげない思惑。
「て事で、俺は奴と何時間かぶりの決着を着けなくてはならないから、あとの3人頼むわ」
「…おかしい」
アイリスはすかさず異議を申し立てた。
「いやだって、あんな殺意高い奴ともう1人って普通に無理じゃね。天下の女様なら、3人くらいパパッとヤっちゃってくださいよ」
女何たらという部分は抜きにしてそれは一理あるが、さすがのアイリスも糸重層の烏3人相手では部が悪い。
「ならどうする?」という疑問に、しかし短気のバルガは黙って見てはいなかった。
「何ごちゃごちゃ話してんだっ!」
叫び、先端ギラつく槍の突撃。話し合いも途中で防御の構えをとった2人だが、その動作は無駄に終わる。
決して止まらぬと主張した突進のその眼前、うねり、顔を出す空間の入り口。
バルガは一直線に侵入し僅か0.5秒、すぐに出口にて排出される。しかしその向きは、丁度入り口に入る前の姿と中線を引いて対照的。その指向は女・男の敵2人から、仲間へと遷移していた。
「はあ?」
糸重層の烏面々皆一様に動揺したが、思考が停止したのは一瞬。体験したことは今が初めてor無いにしろ、目の当たりにした事はある。
「館からそう離れていない所にワープしていて良かったです。おかげで早く見つけられました」
プリンに許可され、館へ逃げたしたホームズ。その後すぐさま館を飛び出し、今この場にはせ参じた。アイリスとフィリップからも、ここでの増援はナイスタイミングだ。
「たく、どいつもこいつもよ!」
『待て、デイヴィス!』
またも聞こえてくる男の声。バルガの怒りは沸点を超え我を失いかけたその時、それを直前でイヤホン越しのパッチが制止する。バルガを憂いてのことではない、何もない空間の座標にポータルを発生させその終点と始点を自由に行き来できるワープ能力。
フィリップの事と言い行きでの『謎の組織』の、指揮役を担っていた男とパッチは瞬時に理解。
『マイクをスピーカーにしてくれ』
頼んだのは頭に血が上ったバルガではなく、その後ろにいた班員だ。端末をスピーカーに切り替え、1歩前にバルガと並ぶ。
『どうも、先程ぶりですね。っと言っても、僕は直接会っていないですけど』
様子見の挨拶。それを受けようやくホームズも、ボールを投げられてる対象は自分だと糸重層の烏に正対する。
「どちら様ですか?」
それは、切羽詰まったランドが伝え忘れていた裏の顔の存在。ホームズは後手に回るしかない。しかしそれは、パッチとて同じだった。聞き出すべき情報は、何者で・何が目的か。そして…、
『あなた達が拉致した少年、ウェリー・ランドは無事ですか?』
その都合良い状況を切り口にした。その解答1つで、ランドとの関係性は簡単に推し量られてしまう。そんな重要な問いに、ホームズの思考秒数僅か1秒にも満たぬ返答。
「ええ、無事ですよ。___今はね」
決して悟られまいと、無難に曖昧な答え。しかし最後の言葉は、仲間であるアイリスですら本当に信用して良いのかと訝しるほどの演技力だった。
パッチは逡巡し、次の言葉を選ぶ。今回の依頼、最重要目的は何があろうと【魔女】の討伐。攫われたランドの生死などおまけに過ぎない。
この集団が人攫いや山賊の類ならさほど問題ではなかったが、今の含みのある言い方。単なる衝動的な計画ではない。それはこの地で行われ、少なくともランドを必要とする。しかしこんな鉄しか取れない白けた山で、やれる事など1つ。
パッチは、ずっと考えていた。
メタルフロント入り口付近での、あの不意な奇襲。ワープによる突如としての犯行であったが、それは尚更、まるで予めあそこに待機していたような、糸重層の烏が来るの分かっていたかのような進攻。
さらに、バルガやゼバスチャン、リックとタメを張れるような曲者連中。それが何故、最も脆弱なランドを攫ったのか。
『一番攫いやすかった』と言われれば反論はできないが、どうにも腑に落ちない。その蟠りを、しかし1本の線で通した時、驚くほどしっくりとした筋へと変わる仮説が存在する。それは、
ランドが内通者だった場合だ。
男女が共闘する集団。ランドの思考とも一致している。【魔女討伐作戦】に参加すると決まった時点で、情報を全てリーク。集団と共闘して糸重層の烏を撃退できれば、【魔女】を晴れて護ることができる。
あとは作戦後、うまく包めて再度水面下の関係を続行するか、それとも正体をバラしてダンディグラムから放逐か。どちらにしろランドにデメリットは無いように見える。
その真意を確かめるための先のパッチの質問だったが、優秀な執事によって濁されてしまった。声色や仕草から演技かどうかは見切れず、口ぶりから最終的には殺すということ。はたして、ブラフか…。
いずれにせよ今やるべき事は、敵であるコイツらの排除。
(クソッ)
敵か味方か。あんな三下に乱されている自分達とこの現状に、パッチは内心で毒づく。
「………い。おい、パッチ!どうすんだよ?」
するとヘッドホン越しから伝うバルガの声。すぐ返すつもりが、いつの間にか考え込んで黙ってしまっていたらしい。
当然、現場に流れているのは沈黙。
「しまった」
そしてそれは、パッチがホームズとの対話で苦戦しているという事の表れでもあった。
「どうすんだ」
再度、バルガの問い。
「…やるしかない」
自分で自分を劣勢と臆すれば、それはもう話の中でボロを出すのも時間の問題。
致し方なし。パッチはバルガ班4人に、戦闘の許可を出した。
「待ってました」
豪快に靭突黒槍を回転させるバルガと、他の3人も臨戦態勢。その意図を、ホームズ達も汲み取る。
「あれ、コチラからの質問は受け付けなしですか?」
と言いつつ、ランドから最低限のデータは授かってある。
「当たりめえだ、ボケェ!」
そしてバルガの肉薄。再三、フィリップがそれを受け止める。
「氷庭」
少し足場の悪いゴツゴツとした山道を、真っ平な氷面へとアイリスが舗装。その前に2人の男が構え、消去法で残った1人とホームズで戦闘が開始された。
一週間一話を心掛けてから、2時間41分のオーバー。
許してください!!!




