住人
「仲直りできて、なりよりでございます」
「おかげ様でね」
ティータイムが終わったランド達は、予定通りホームズに声を掛け館内を案内してもらうこととなった。
執事室と書かれた3畳ほどしかない小ぜまな部屋で、何もかも見透かしたようなホームズの言葉にランドは軽く返し、案内のついでにいくつかの不明点も解決しておく。
「アイリス達と偶然出会って協力するってとこまではまあ何とか分かりましたけど、ここってメタルフロントの峠でしょう。何でこんな所に館を建てたんですか?」
入口前エントランスの、両脇に設けられた階段。それを向かって右側から上がっていく一行。
「この館は、本来ここには建っていません。今回一時的にワープさせてきただけでございます」
「ワープ!?」
と、思いがけない返答が返ってきたので詳しく聞こうとしたランドだが、
「お待たせしました。1人目の住人のお部屋になります」
丁度そのタイミングで、住人第1号の部屋の前へと辿り着き話は中断される。
「この館は私を含めて、9人の方が生活しております。オリバン様、開けてもよろしいでしょうか?」
コンコンというノックに、しかし中から返事は返ってこない。
「はて、外出中でございましょうか…。開けますよ?」
一応万が一もあるかもしれないので、ホームズは確認してドアを開く。ドアの鍵も掛かっていないのに訝しげる。
ホームズに続いて3人も中に入るとそこには、部屋中を覆う尽くすように壁も床も紙、紙、紙の嵐。おおよそ人間の住めそうな部屋では無かった。
紙の山以外はパソコン・モニターに本棚、コの字デスク、観葉植物と割と簡素な部屋。しかしそこに足の踏み場などほとんど存在しなく、かろうじて確保されているのは入口からデスクに行くまでのスペースのみ。絶賛3人は思いっきり踏んづけている。
「睡眠中でしたか」
その僅かなスペースを渡りホームズがデスクに近づくと、オリバンと呼ばれた男は椅子に腰かけ死んでいるかのように眠っていた。
起こすわけにもいかないでので仕方なく戻ろうとしたその時、眼鏡の下の目がギンッと見開く。
「…何やつ」
限りなく低く、強張ったトーン。
「お目覚めになりましたか、オリバン様」
「おお、ホームズくんか」
その相手がホームズだと分かるや否や、先の声は嘘のようにやんわりとした『おじちゃん』の声色へと変わる。
「お休み中申し訳ありせん。お客様に挨拶して頂きたく」
「ほう、お客なんて珍しい。どれどれ…、これまたずいぶんと可愛いお客様で」
モニター越しからヒョコッと覗かせた顔は、丸眼鏡に白髪の短髪。この部屋も合間って、いかにも《研究者》といった風貌だ。
アイリス達を見ても、平常心でケロッとした様子。
「どうも、僕はグリーヴ・オリバン。散らかってる部屋で悪いんだけど、まあ見ての通り僕は女の生態について研究している研究者だ。どうぞよろしく」
軽く自己紹介を済ませ研究の疲れか、早くも眠りに戻ろうとするオリバン。そんな気になりすぎる研究に、ランドは後でじっくり聞こうと考えながら部屋を後にした。
「続いての住人の部屋へ行きましょうか」
と、まるで観光巡り風に言ってはいるが、次の部屋はオリバンの部屋から数メートル離れたすぐ隣だ。
ホームズは部屋の前まで行くと、先と同じく丁重なノック。
「ん!っあい!?」
今度は声が返ってきたが、それはどこか苦しそうだ。
「失礼します」
ホームズによって部屋のドアが開かれ、その中身はオリバンとは違って整理整頓され綺麗な部屋。だが、またしても3人は愕然とする。
その部屋の面積・体積の大半を占めるのは、何とも厳つい筋トレ器具の数々。そしてその住人は、現在進行形で筋トレ中だ。
(それで、か…)
ランドは少しの呆れ顔を覗かせる。
「ハクビ様、お客様をお連れしました」
「うん、僕はハクビ・アケミ。絶対、絶対ハクビって読んでくれ」
筋トレを中断し名乗ったハクビは、そう念押しに誇張した。
今のこの世界で名前や外見からして男っぽい、女っぽいという概念はもうすでに無くなってはいるが、それでも昔の事を多少知るランドなら考えてしまう。
体型は少し小柄でシュッとした中性的な相好に、声音はアルトともテノールともとれる音域。名前で女と思われるのが嫌だから、そう強く強調しているのかと。
「なんで?」
するとそのランドの思考を代弁するかのように、ネモの無垢な攻撃が飛ぶ。バツが悪そうなハクビはしかし心からの問いに抗えず、
「僕は、男になりたいから。………じゃ」
と早口の小声でそう口にし、そそくさと筋トレを再開してしまう。
「はい。お邪魔してしまって申し訳ありませんでした」
会話は強制終了の流れで、部屋を出ていく一行だが、
(__________は?)
1人ランドだけが瞠目していた。今のは聞き間違いではない。
ハクビは確実に男だからではなく、男になりたいからと、そう言った。
いやいやいやと皆を引き留めようとするがハクビはもう話す気は無く、ホームズもすでに次に進もうとしている。ここでも後でじっくり話を伺おうと決意して、仕方なく部屋を後にするランドだった。
そしてまたも、その隣の住人3人目。ホームズはこれで、主以外の住人は最後だと言った。
ノックすると前の2人とは違い、2つ分の返事。どうやら3、4人目のようだった。そして今度はハッキリと分かる、女の声色。
部屋に入ってランドが最初に感じたのは、普通の部屋。次いでどこかで見覚えのある2人に目を向ける。
「あっ!」
それは先の糸重層の烏への奇襲において、アイリスと共に現れた2人。
「彼女達は、サリ様とマリ様。双子の姉妹になられます」
昔でいう将棋やチェスをモチーフにして作られた、『Boide』というボードゲームに熱中している2人に変わってホームズが紹介する。
カーマインレッドの髪を一括りにポニーテールにした少し大人びた雰囲気のサリ(姉)がバルガと対峙していた方で、アクアブルーのツインテールをゆらりと垂らしたマリ(妹)がセバスチャン・リックと戦っていた方だ。
そんな客人を前にしてもやめられないBoideにネモとアイリスが興味を示し、盤面を覗けば、それはサリの圧勝。
取られたら負けである『核』をただ1つ残すのみとなったマリに対し、サリは相手のコマも駆使した全軍での猛攻。リンチという言葉に他ならない。
「つ、強いんですね」
これでもまだ続けるかと、若干引き気味に呟いたランドに、
「いえ、違いますよ」
と後ろから否定される。
「え?」
「よく見てください」
そう言ってホームズが指した目線は、盤面ではなく目の前に座る1人の女。身体全体が小刻みに震え、心なしか頬も火照っている気がする。
「ハア、この逃げ場なくじわじわと徐々に蹂躙されていく感じ。たまんなー--いっ!」
まるで至高の幸福でも味わっているかのような、申し分なく満足そうな表情。そういえばあのセバスチャンが『変』だと口にしていたのを、ランドは微かに耳にしていた。
対照的に対局するサリは、こんなにも圧勝しているのにつまらなそうだ。
「やめた、アンタとやっててもつまんない」
そう言ってコマを投げ捨て、試合を放棄してしまった。
「え~、これからなのに~」
訳も分からず終わりを迎えたBoide、ランド達がポカンとする中これも案内役の務めかホームズが丁寧に解説してくれる。
「簡単に説明しますと、サリ様は生粋のドS。マリ様は生粋のドМなのです。SとМ、お互い引かれ合うように虐め虐められ一見仲睦まじい姉妹関係に思われますが、そこには大きな欠陥があるのです。
Мは自身への仕打ちに対して、Sは相手への仕打ち。今のように虐めている相手が幸せそうな顔をしていたら、そのような性癖のない私ですら虐めていて楽しくないと、そう思います」
心情を的確に読み取ったな注釈に、3人は「ほお~」と得心。
相性が悪いというか何というか、仲自体は別に悪くないのだがその所為で、サリは昔から妹のことが少し苦手だった。
「そんな事よりそこのアンタ、いい声で鳴きそうね。ちょっとそこの椅子に座ってもらえない」
「いいやこっちの娘の方が、ツンざく様な鋭い痛みで攻めてきそうだよ」
それぞれランドとアイリスに、文字通り変な目を向けてくるSM姉妹。そんな背筋が凍るような視線に両者は、
「いや別に、ちょっとの事で気絶するつまらない男ですよ」
「ちょっと、何言ってるか、分からない」
と逃げるように退室。ここには二度と入ることはないだろうと、ランドは部屋を後にした。
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『多少のイレギュラーはあったが、僕達の目的は【魔女】だ。先を急ごう』
すっかりと静まり返った場で、耳元のイヤホンからパッチの声が鳴った。謎の集団から突然奇襲を掛けられ、ランドが連れ去られてから数分。皆それぞれ思うところはあるだろうが、攫われたのが幸いにも新入りであり最も戦力の低いランド。
わざわざ計画を変更してまで、正体の分からぬ奴らを追うほどの事故ではない。
『ウェリーのことは、人質。ってわけでもなさそうだけど、もしかしたら殺されるかもしれない。呼びかけても応答が無いから端末は紛失か、あるいは破壊されたか。どちらにせよこの件が終わり次第捜索するとして、今は目の前の獲物に集中しよう』
と促され歩みを再開する一行だが、その中でランドへの心配などおそらく1割にも満たない。一同が引っ掛かっているのは、男が女を守ったあの光景。それには、モニター越しのパッチも驚愕した。
あの集団か、あるいわ組織についても今後調べておかないとと考えつつ、逆に目障りで邪魔な不安要素でしかないランドが消えたのはメリットだと皆思い始めていた。
「…オウマは、そうは思わないんだろうなあ」
皆には届かぬようマイクをミュートにして、パッチは未だ会議中であろうもう1人のリーダーを想像し渋面を滲ませた。
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時刻は正午12時を回り、ランドがダンディグラム西エリア:《エルガンド》を出発し、この中性の館に拉致されてからおよそ2時間が過ぎようとしていた。
現在館内はランチタイム。さきほど紹介された面々も食堂に集い、会食が行われようとしている。
「もうダメじゃ。童は腹が減りすぎて死ぬ!」
「もう少しお待ちください、ニーナ様」
異常なほど縦長の長方形のテーブルの、『誕生日席』とも言われる短辺。ナイフとフォークを両手に構え、待ちきれぬといった様子で机に突っ伏したのは、この館の主である《ニーナ・ババラーニャ》だ。
身長は140センチそこらで、おそらくこの館の中でネモの次に低い。茶髪ロングの縦ロールに、執事同様キリっと仕立てられたゴシックロリータ調お嬢様ドレス。傍らに置かれた白檀扇子からは、気品溢れるお嬢様を彷彿させる。
否、あくまで黙っていればの話だ。口調こそソレらしいが、その仕草や振る舞いはまるで駄々をこねる子供のようで、お傍についているホームズが宥めている。
そこでちょうど「おまたせいたしました」と、1人のメイドが料理の乗せられたワゴンを運んでくる。それをもう1人が配膳。
料理を配った方の背は異様に高く、2メートルはあるであろう巨人。たれ目でおっとりとした印象に、キレイな藍色のセミロングが特徴だ。
反対にワゴンを運んできた方は、その1メートルちょいのワゴンに隠れて見えなくなるほど低身長。前言撤回、ネモの次に身長が低いのは間違いなくこのメイドである。鋭い釣り目にチラつく八重歯、鼠色の髪はサイドテールに括られている。
料理を並べ終えワゴンを片した2人は、ホームズとは逆位置のニーナの傍らに待機する。
「やっとじゃーーーっ!」
豪華な料理に、涎を啜るニーナ。
「それでは皆様、お手を合わせてください」
ホームズの合図で皆が両の手のひらを合わせ、
「「「いだだきます」」」
食物に感謝を捧げそれぞれが食べ始めた。
「…うまい」
最初にそう口にしたのはアイリス。目の前に出されたステーキは、香ばしい芳香と驚くような柔らかさ。素晴らしい噛み応えに溢れる肉汁と仄かな甘み、文句なしの美味であった。ランドも思わず脱帽する。
皆黙々とランチを食す中、
「ういーす、外回り終わりました」
とその人物は気だるげな様子で食堂へと入ってくきた。サリ、マリ同様見覚えのある、奇襲の時にバルガと対峙していた男だ。
名を《ラル・フィリップ》。普段はこの館専属の庭師であるが、前述の通り現在この館は鉄鉱山の峠に建っている。手入れする庭など在りはしないので、警備としての外回りを任され今帰還したところだ。
これで、この中性の館に住む9人全員が集まった。
「ってホームズさん!まだ肝心な事を聞いてません」
フィリップの登場にランドはホームズから説明された紹介文を思い出し、そこでさらに前の打ち切られた会話も掘り起こされる。
「ワープの事とか、何で俺達を此処に招いたのかとか、聞きたい事は山ほどあるんです」
食事もそっちのけで、ランドはとうとうその本題へと切り出した。ホームズもすっかり忘れていたのか、ハッという顔の後に口を開こうとするが、それを琥珀色の扇子が制す。
「それは、童から説明してやる」
そのまま自分の口元へ扇子を持っていくと、ニーナは小気味悪い笑みを浮かべる。
「これまで時間が無い中で、紹介や食事など迂遠なやり方をしてしまって申し訳なかった。そうする必要があったからだ」
そして最後に、パチンッという気持ちの良い音と共に扇子を閉じ、こう述べた。
「【魔女】の救出、童達中性の館一同も協力してやろう!」




