男女が共に暮らすということ
「いやだから、無限緑地の現状は不可解な点が多すぎるんだよ」
「まあたしかに、あそこには自然系統能力の女が大多数存在すると聞く。外からではなく、中からの可能性を考えたほうがいいな」
「なら、ゆっくりと調べる事も難しそうだな」
「けっ、別にあんな薄っぺぇ葉っぱ達なんぞどうでもいいだろ」
4人の男星会議は順調、もとい意外と難航していた。マルコスに続いてレイン、キラが発言。最後にギーザが文句を垂れる。
先ほどから全く会議に参加せず、愚痴だけのギーザにもはや構うものはおらずそのまま会議は続行。
無限緑地の腐敗現象が外的によるものなら、周囲から何らかのアプローチをかけることは可能だがそれが内部とあれば、あそこはひとたび足を踏み入れたら最後植物や草木が否応なしに襲い掛かってくる。
原因を突き止め、対処するなど言っていられないだろう。
「ん~、どうするか」
男が入れないのは必然。ギーザ以外の3人は揃って思考するが、結局最適解は出ず沈黙が流れる。会議はまだまだ長引きそうだった。
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「今、なんて?」
仰々しいポーズで決まったかのように佇むホームズに、ランドは尋ねる。
「男女が共に暮らす館、【中性の館】と申しました」
「いやソレじゃなくて、ソレも気になるんですけどもっと前」
ホームズは少し上を向き考え込む姿勢で今し方自分が発した言葉を反芻し、やがてピンと来たような表情。
「ああ、何度も申し訳ございません。私〈ホームズ・ロイヤリー〉と申しま…」
「いやそこでも無いって!アイリスとネモって今言っただろ!」
なんとも勘の鈍い執事に、ランドは堪らず号ぶ。一刻でも早く状況を理解したいランドにとって、この茶番は時間の無駄だ。
「申し訳ございません。アイリス様とネモ様なら、隣のリビングで休んでおられます。お2人から事の経緯をお聞きください」
汗なんかかいていないだろうに、わざとらしくハンカチで顔を撫でる仕草をするホームズを尻目に、ランドは足早に部屋を出る。
どうやら今いた部屋は客間のような所で、その扉を開ければシャンデリアやら暖炉やら、まさに『館』といった風格ある景色が広がった。
その中央、高価そうなソファに並んで座る2つの影。何かの書物を楽しそうに読んでいる。
「やあ」
ゆっくりと後ろから近づき、声を掛ける。すると2人は同時に振り向き、アイリスはボーっとした無表情。ネモはあからさまに頬を膨らませそっぽを向いた。
何故だか怒っている様子だが、それはランドも同じだ。
「なあアイリス、俺は家から外に出ちゃいけない。そう言っていたんだが、どうしてお前らが今ここにいて変な奴らと一緒にいるんだ?」
聞きたいことは山ほどあったがまずは順を追って、ランドは反対側のソファに座ると冷静に話し合うことにした。
「私達は、ランドの事が心配で、それで追ってきた。ここの人達と会ったのは、偶然。ランドの目的地を、先回りしていたら、ここを見つけた」
まあここにる理由は、大体予想通り。自分を心配して来てくれた手前できるだけとやかく言いたくは無いが、それならそれで別の疑問が生まれる。
「今日の事、俺は言ってないはずだが、どうやって知ったんだ?」
それは、無視できない問題。アイリスは一瞬言うか迷ったが、素直に口を開いた。
「ランドが通っていた古本屋さんの、コウ爺と、マルコスって人」
ランドは目を見開く。あまりにも、予想外の人物達が登場してきたからだ。コウ爺とマルコス、2人は女の存在を知った。…いや、知っていたのだ。
さらにもっと驚くべきは、コウ爺達が今日の糸重層の烏の作戦をアイリス達に伝え、その上で協力したという事実。
聞けば、ダンディグラムの南門を出る際。そして、急遽行われることになった男星会議にも一枚嚙んでいるらしい。
『愕然』という言葉がピッタリなほどに、動けなくなるランド。しかしそんな中で急激に湧き上がってくる、憤りという感情。
それは要するにあの家を出て本屋まで足を運び、安易に自分達の正体を晒したという事だ。落ち着いて話すつもりだったが、アイリスの話を聞けば聞くほどランドはその制御が効かなくなっていく。
「あれほど…、あれほど外に出るなって言っただろ!!」
そしてついに、怒りは言葉となって具現化した。
突然のランドの大声に、ネモもアイリスでさえもビクリとする。あまり、事の重大さに気づいていない様子だ。
「今回は運が良かったけど、もし見つかったら殺されるじゃすまない。骨の髄まであの国にコキ使われて、一生地下牢の中なんだぞっ!」
ランドを心配しての行動なのは分かっているが、それはランドが2人にも常日頃から思っていること。出会ってまだ数週間。だが、他の女より情があるのは確かだ。
ダンディグラムで住む上で決して外に出ず、男に合わないのは約束だった。
こんな時に男狩人育成学校で教材となってきた数々の女達、そして目の前で惨たらしく殺された女を思い出し、出せる目一杯の声でランドは怒った。あんなのの二の舞など、絶対にさせたくは無いと。
しかしそんな怒りに、相対する同感情が1つ。
「…お兄ちゃんだって!ネモ達になんも言わないでどっか行っちゃうし、全然遊んでくれないじゃん。何でそうやってネモ達だけ怒るの!」
それは、今まで黙っていたネモだ。見たことのないキッと睨むような顔でランドに叫ぶ。そんな訳の分からない逆ギレのような主張に言い返そうとしたランドだが、しかし考えてしまった。
育ててくれた言うなれば『母』と呼べる存在と幼くして別れ、不安だらけであろう新天地では自由に暮らすことさえもできない。
この世界の男女の問題など、この時代に生まれ育った、まだほんの5歳の幼女からしたら知った事ではない。よく分からず抑圧され、よく分からず怒られれば誰だってキレたくなる。
ネモはその目尻に溢れんばかりの滴を溜めそして、
「お兄ちゃんなんて、お兄ちゃんなんてっ!………」
「はい。そこまでです」
言ってはならない事を口にしようとして、割って入ったホームズによって止められた。
「少し早いですが、ティータイムにしましょう。暖かい紅茶でも飲んで落ち着いてください」
「ホームズ、さん」
その静止に、ランドは心から感謝する。
「今のご時世、その先を口にしてしまったら、本当に取り返しが付かなくなってしまうかもしれんません。男と女という生き物が共に暮らすのは今や昔以上に苦難だらけですが、まずは互いが互いを理解し思いやるのが共存の第1歩です。
ティータイムを終えたらお声掛けください。ここに住む住人達を紹介いたします」
怒るでも注意でも無い、諭すような声音。あまり出しゃばらず用件だけ言い終えると、ホームズはサッと姿を消した。さきほどの勘の鈍さが嘘のように、顔だけではないできる執事だった。
香ばしく丁度良い温かさの紅茶を啜り、スイーツスタンドに乗せられたクッキーを一口。
「ごめん、ネモ」
ランドはネモの目を見て謝った。ホームズが言った事はもっともで、『互いが互いを理解し思いやる』のは共存する中で当たり前。ダンディグラムに帰ってからのランドは自分のことで精一杯で、2人と真剣に向き合っていなかった。
「…ネモも、ごめんなさい」
対してネモも、少し我儘だったと謝罪する。互いが互いを理解し、思いやったのだ。
「じゃ、これで仲直りだな」
ランドは紅茶の入ったティーカップを前に翳し、ネモも嬉しそうな顔で両手でカップを持ちそれに倣う。そしてその横、アイリスも同様に差し出した。
「良かった」
アイリスには珍しくにっこりと微笑み、今までの時間を取り戻すかのようにお互いの事やこれまでの経緯などを話して、3人は仄かなティータイムの一時を過ごした。




