お荷物のいぬ間に
それは、遡ること1週間ほど前のこと…。
ランドがマルコスから女滅器を授かったのと同時期、ダンディグラムの物に飽き始めたアイリス・ネモの2人は、ふと最近全然自分達に構ってくれないランドの動向が気になった。
女の圧倒的な潜伏スキルで尾行すると、その行き先は毎回古ぼけた今にも潰れそうな本屋。
ランドには口酸っぱく『外には絶対出るな』と言われていたが、2人は一目でいいから見てみたいと好奇心が勝った。男にバレなければ良いのだと。
翌日、寝入るランドにバレぬようもはや一張羅になりつつあるローブを羽織り、堂々と店に乗り込む2人。
「いらっしゃい」
「!!!?」
突然声を掛けられ、アイリスはビクッと肩を震わせる。
《店》という概念をそもそも知らず、まんまと男(店長)に話しかけられてしまった。が、問題はそこでは無い。
前に洞窟でネモやマリスの接近を検知したように、アイリスには広範囲で張れる防衛網がある。
しかし今のアイリスの反応の通り、レジに座り雑誌を読むこの老人はまったく網に引っ掛からなかったのだ。
対してその時間の当番だったコウ爺は、開店早々フードを被って入店してきた連中を怪しまない訳がない。一時も目を離さず鋭い眼光で注視し、アイリスもその視線を一身に感じる。
(まずい、バレた?)
「すごい!お兄ちゃんのお祖父ちゃんの部屋みたいだね」
そんな両者の睨み合いも露知らず、クレイド・ランドの書斎にも似た店内を走り始めるネモ。
声だけなら、ギリギリ声変わり前の男児に捉えられなくもない。
するとコウ爺はヌッと立ち上がり、徐にネモに近づいていく。
「何か、探しもんか?」
アイリスでは無く、ボロが出やすそうなネモへの明らかな牽制。当然喋ってはいけないネモは、モジモジしながらコウ爺とアイリスを交互に見回す。
「ん?」と底知れぬ圧を掛ける老人に、抑えきれずアイリスがその間に割って入った。ローブの内の手には冷気を纏わせ、危なくなったら固める。そんな気概を込めて。
しかしコウ爺は、その至近距離から覗かせた少女の相好に瞠目する。万引きや強盗かと、一瞬身構えた自分が恥ずかしくなるほどに。
そして、不覚にもやっと気づく。初見の不審感に気を取られ気づかなかったが、彼女、あるいは彼女らからは、初めて会った時のランドと同じ匂いがする。___小さい方からは特に。
幸いにも他に客はおらず、オウ爺は一も二もなく入り口のかけ板を反転させると、開店して間もなくシャッターを閉め店を閉店にした。
呆気に囚われる2人を他所に、オウ爺は店の奥手へと移動する。
「着いて来い」
言うが、ランドのようにホイホイとは行かないアイリスとネモ。
「どうした?ウェリー・ランドの知り合いじゃろ」
しかしその言葉で、2人はまんまと餌を咥えさせられてしまった。
初回のランド同様倉庫左手の本棚、本の背表紙を押し本棚が移動。後は階段を降りていき、地下へと案内する。
「あれ、どうしたのオウ爺。まだ交代の時間じゃないけど……って、誰?、万引き?」
部屋の家事をしていたマルコスは、オウ爺とその後ろにいる胡乱な連中に警戒する。
「もういいじゃろ、取れ」
(やっぱり、バレてた…)
実際にはネモを庇った際に気づかれたのだが、最初からバレていたと思い込み堪忍するアイリス。
ネモにも促し、2人揃ってフードを取ると、
ガシャンッ!
マルコスはその信じられない光景に、手にした食器を落とす。しかしその音も破片も気に留めず、まだ状況が理解できていない様子で動揺を隠せない。
「ランドの知り合い、だそうじゃ」
「ふぉえっ!?」
説明されるも意味が分からず、変な声が出てしまう。確かに、南エリアではもちろん。あの《男党・総合絶政統会にお呼ばれるほど悪名高いウェリー・ランドだが、まさか女の知り合いが居いるなど、ましてや現在この国・この場所にいるなど誰が予想できるだろうか。
「今の住まいは…」
「………」
恐る恐る尋ねたマルコスの問いに、無言の2人。しかしその黙認は、状況的にランド宅に住んでいると決定付けるものに他ならない。
マルコスは頭を抱えた。女にもそうだが、大半がランドのバカさに充てられるものだ。
しかし不思議と、この女達を殺そうという気持ちも、ランド諸共再度、男党の結論の男に突き出そうという気持ちも身体からは湧き出なかった。
「ふうぅ」と静かに息を吐き、一周回って落ち着いたマルコスは割れた食器を片すためとりあえず奥の居間に案内し、そこで用件をじっくり聞くことにした。
「んで、こっちから聞きたいのはただ一つ。古本屋に来た目的は?この世界がどういう状況か、ランド君から伝えられてないわけじゃないだろ?」
食器を掃除し終え、一応お茶とお菓子を机に並べながらマルコス。
「………」
しかしまだ、アイリスとネモは黙秘権を行使するつもりだ。次いでコウ爺。
「ランドは、毎日強くなるためにここで修行しておる。護りたいものがあると言っていた。それは、お主らだったんじゃな」
スッと顔を上げ、アイリスは目を見開く。いつかの洞窟で言っていた通り、ランドは強くなろうとしていた。だから自分達に構う暇も無く、毎日あんなに疲れていたのだと。
「ああ、そうか」
しかし、割って相槌を打ったのはマルコス。
「てっきり糸重層の烏のメンバーを護ろうとしてるのかと思ってたけど、君達の事だったのか」
「ほう、糸重層の烏?」
段々女への驚きが薄れていき、2人だけで言葉のキャッチボールを始めるコウ爺とマルコス。
「そっか、国でも少数しか知らないのか。まだ日は浅いけど、ランド君は糸重層の烏に入る事になったんだ。そこまではキラ君のいつもの気まぐれだと納得がいくんだけど、ちょうど1週間後ぐらいに行われる作戦が………」
「「魔女討伐作戦」」
突然ハモリを入れたコウ爺に、目を向けるマルコス。
「それくらいは知っとる。巷でもかなり騒がれてるようじゃな」
【魔女】と言えば今のこの現代、世界を蹂躙する女のさらに頂点に君臨する化物達だ。討伐となれば、騒がらないはずがない。
「そ、だからそのメンバーを守るために、あんなに必死に特訓してるんだと思ってた」
「でも加入したばかりの新米が、加入早々そんな重大な作戦に参加できるのか?しかも一般的な男では無く、あのランドだぞ」
「僕も詳しいことは分からないけど、なんでも上からの命令らしいよ。まあキラ君がいるから、命の保証はされてるでしょ」
「【魔女】とは?」
そこでついに、完全に蚊帳の外にされていたアイリスが我慢できず会話に割り込む。
あろうことか、目の前の女達の存在を見事に忘れていた2人。
「君達の方が詳しいんじゃないか?【四姫災】【魔女】【三元女威界】のこの世の3大強称。
泣く子も黙る、最強の女達だよ」
一度咳払いをし、コウ爺に目配せされマルコスは今更と説明する。
男星のように称号を持ち、昔の俗世で恐れられた鬼やお化けのような存在。その名は女の間でも一目置かれている。
「ランドは、その【魔女】の討伐に、参加する?」
「直接聞いたわけじゃないけど、おそらくね」
少し濁したが、マルコスの肯定。それに対しアイリスはしばらく考え込み、
「それは、まずい」
そんな懸念を口にした。コウ爺とマルコスは顔を見合わせる。
「?、確かに【魔女】は強力だけど、死にはしないよ。なんせこの国にも、女に劣らない強さを誇る男がいるからね」
心配事は杞憂だとマルコスがその懸念を拭おうとするが、それは全くの勘違い。そこも多少は気になるが、アイリスが真に心配してるのはそこでは無かった。
「そうじゃない。少なくともランドは、【魔女】を討伐できない」
アイリスの指摘に訝しげ、コウ爺の鋭い視線が飛ぶ。
「今の実力では当然じゃが、奴が殺さんでも他の奴が討伐してくれる。何がまずいんじゃ?」
「実力の話じゃ無く、ランドは、この世界の『男女共存』が夢。だから、私達を助けたみたいに、その【魔女】も、殺さず助けようとする。はず」
アイリスが言う通り、今ここに女2人が居ることがランドのその『夢』とやらの意思表示であり、努力の結晶である。
確かにそんな奇行を行えば、ランドは一瞬にしてガーデンから、国から、男全体から今以上に非難され、迫害され、最悪処刑される事だってあり得る。
『男女共存』
ランドの夢を聞き、コウ爺とマルコスは揃って絶句する。その障害は、数えればキリがないくらいに存在する。それを馬鹿で無謀だと嗤うのも、師として無茶だと詰るのも、男として無能だと蔑むのも自由だ。第一男が女を助けたいだなんて、そもそもの前提が間違っている。
方や同性すら恐れ慄く【魔女】に、方や男達の希望の星である【男星】でトップクラスのガーデン:『糸重層の烏』のリーダー。どう考えてもたかがお荷物程度が、1人で太刀打ちできる相手では無い。
否、だからこそか、1人では困難な事を一緒に成し遂げるためにアイリス達がいる。
「だから、私達も、その作戦に乗り込んで、手伝いたい」
アイリスには珍しく、気合の入った瞳でコウ爺とマルコスを見つめる。
「ほう。女が、男のか?」
それを、試すように返すコウ爺。
「女かどうかは、関係ない。ランドは、私の命の恩人」
「…、ネモもやる!」
この国に連れてこられたものの1ヶ月も放置されランドにすっかりご立腹だったネモも、顔を膨らませ手伝う事を決意する。
アイリスの口ぶりは、件の《魔女討伐作戦》に自分達も参加してランドの手助けをする。その上で、そうできるように手配してほしいと、遠回しに言っているようなもの。
つまりまったく関係の無いこの老いぼれた老人とマッチョのスキンヘッドに、作戦に首を突っ込めさせようとしてるのだ。
情報を聞き出すだけでなく、あろうことか男相手に面倒くさい部分を丸投げ。その図太すぎる美女にコウ爺は大仰に吹き出し、マルコスは今日一日で何年分かの歳をとったかというやつれ具合。
しかしそれは、さしずめアイリスのみの所為という訳では無い。こういう時のコウ爺は、
「おもしれえぇ、乗った!!!」
こう言い出す事を知っているからだ。そしてこの場合、やる気満々に引き受けておきながら、その面倒ごとは全てマルコスがやる事になる。
「一応言っとくが、そう簡単にはいかん。場の状況、男同士の関係やらで、好き勝手動くことはできん。お主らが考え無しにランドを助ければ、今度的にされるのはランド自身じゃ」
「分かった」
最後に一筋縄ではいかないとコウ爺の忠告を受け、アイリスとネモのやるべき事は決まった。
その後、今後の事をほぼ3人(ネモは睡眠タイム)で話し合った。と言っても現場は主にアイリスとネモ、それまでの準備をコウ爺とマルコスがやるので淡白に終わらせ、女2人は家へと帰って行った。
ちなみにランドには、作戦と特訓に集中してもらうため口外しない事とした。
「さて、現場は若い女子2人に任せて、こっちは厄介な敵を相手にするとするかい」
「やるのはほとんど僕でしょ」
コウ爺の言葉に、げんなり返すマルコス。
ランドが目的を果たし生きて帰るには、大きすぎる壁が一つだけ存在する。それをどうにかしなければ、一時ではあるがこの男女共同の作戦は成功し得ないどころか、アイリス・ネモの命諸共危うくなる。
さっきまで頼りだった味方が、今は最悪の敵へと姿を変えた。ミッションの難易度にため息が溢れそうになるが、不思議とコウ爺もマルコスも、あの少女達との協力に全力を注ぎ込もうと決意していた。
久しぶりの投稿や〜!!!




