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女照(アマてらす)  作者: 沖田鰹
死怨の魔女
28/48

決戦の火蓋

「ト・ド・メ・を・刺すぜーーーーーーーっっっ!!!」


 快活な咆哮と共に、セバスチャンは中腰に構える。

 おそらく、過去最高。今にない爆速での突進がお見舞いされるだろうが、反応さえできればランドもシールドを展開する事は可能だ。

 が、問題はその後。ガードしたとて、先のように即破壊され戦闘不能。ランドの敗北が決定する。

 対して、勝ちを確信したセバスチャン。監視室の2人も静かに立ち上がった。


「おつかれっ!」


 その太腿、ふくらはぎに思いっきり力を入れスタートダッシュ直前。勝負を決めに来た最大の一撃。真っ向からぶつかっても、まともな相手にならない。………だから、


「……アンタがな」


 敢えてランドは、セバスチャンの正面ではなく、()()()()()()()()()()()

 そしてそれは、セバスチャンの走り出しジャストに手前へと動き出し、その背中を後押しする。


「ッ!!!」


 通常人間は、目の前にある目的の物体に迫る時、その位置と距離を逆算しそこに達するまでのタイミングを感覚的に掴む事ができる。

 しかしそこに何か一つでも()()()()他の条件や事象が加われば、その計算には大なり小なりズレが生じ何てこと無い日常なら大した事ではないが、今この時のような戦闘では生死を分ける。

 ランドへのアタックの計算が完璧だったセバスチャンは、しかし後ろからの急な加速に焦り、全てが狂う。

 一度スピードを緩めて最初の計算に戻すか、それともこのまま新らしく再計算するか。その考えに至るまでの冷静さも脳の回転数も、ましてや時間も距離も無い。そしてそれらが生み出すのは、ランドが回避できるだけの余白。


「グベッ!」


 そのまま勢いは止まらず、身体を埋めるほど壁にめり込んだセバスチャン。その好機を逃さず、ランドは回避した身体を翻すと安全圏までは逃げずさらに畳み掛ける。


守護(プロテクト)空間(フィールド)!」


 すると、淡い水色のハニカム構造状に模した膜がドーム状に展開され、再度セバスチャンを囲うように防御領域が発生された。


「て…めえぇ」


 未だシシールドの後押しは止まず、壁に押し潰されながらセバスチャンは悔しげに呟く。

 しかしセバスチャンを分厚い壁に陥没させて尚、シールドの圧迫は止まらない。さっきのように自由にしてはまた脱出される。同じ轍は踏まぬよう今度こそ、ランドは最後まで油断しないと決めた。

 一見、張り替えた方が防御速度は速いし、移動など身に付けても意味のない能力に思えるが…、

 ズンッと、また一段シールドに押され、セバスチャンの身体はさらに埋没していく。


「もう動かないでください。このままだと、埋もれて死にますよ」


「ふざ、けんなっ!」


 強固な盾に押し潰されれば、それを抜け出すのは困難を極める。セバスチャンサイズのシールドでしっかり押さえ付けているので手足の自由は利かず、その上万が一逃げられても第二の守護空間が行く手を邪魔する。


 監視室は先程の終了ムードから一変、立ったまま戦闘に見入りアノルト・リック揃って感嘆すらしていた。

 セバスチャンも抵抗を試みるが、刻一刻とシールドも前進しこのままでは圧死するのでは無いかという勢い。

 否、こんな程度で為す術無くしていては、糸重層の烏(しじゅうそうのからす)の一員になどなれないどころか、(アマ)と闘う事すらできる筈が無い。


「フン、ガーーーーッッッ!!!」


 セバスチャンは最後の力を振り絞り気合いでシールドを押し返すと、極僅かに生み出された零細(れいさい)なスペース。そして身体から取り出した、3本目のビン。しかしそれを口に持って行くことまではできない。

 だがセバスチャンは逡巡(しゅんじゅん)の迷いも無く、ビンの先端を握り潰して一部欠損。狙い通り、所々鋭利に欠けたビン。そのまま液体が零れないように遠心力で逆さにすると、()()()()()()()()()()()()()()

 ブシャッと、梨汁のように噴き出す血と反対に、真紅の液体が体内へ注入。


「!?」


 一拍置いてランドはその異変を察するが、時すでに遅し。防御壁2枚隔てた向こう側には、さっきまでの脳筋達磨では無い。全身の血管にラメが入ったように明滅し、煌々(こうこう)と輝くマッチョだ。

 ランドは精一杯シールドに力を注ぎ込むが、それ以上進むこと無くやがて停止。やがてビキッとヒビが入り、進化したセバスチャンに及ばずシールドはその原型を失った。自然と守護空間も消える。

 ランドはその場でへたり込み、今度こそ本当の本当に打つ手無しだ。2本目の投入でやっとだったのに、3本目など敵うはずが無い。

 「よくやった」と1人心の中で自身を称え、負けを認めようとしたその時…、


 ピピーーーーーーッッ!!!


 と、5分を経過した事を知らせるチャイムが、監視室のマイクを通してスピーカーから広間全体に鳴り渡った。

 一瞬、4人全員が呆然と動かなくなる。

 時間を何となくでしか把握していないランド・セバスチャンはもちろん、アノルト・リックも戦いに夢中になり完全にその時間を忘れていた。


「え?何これ!5分経ったってこと?え?俺負け!はっ?」


 セバスチャンがヒステリックに騒ぐ中、ランドに明確な意識があるという事は『勝った』ということだ。


「はあぁ~」


 タイルに寝転びながら、ランドは盛大に安堵する。やがて監視室から出てきた2人が歩いて来て、複雑な表情のアノルトと「使えねえなあ」とボヤくリック。


「おめでとうございます。約束通り、試験(テスト)は合格です。まあ5分と言えど、セバスチャンの3本目まで出させたのは及第点と言えるでしょう。

 君の思想には正直まだ賛同できませんが、もう『お荷物』なんてことは無いでしょう。明日はよろしくお願いします」


 前半はすごく嫌そうに、後半はおそらく本心だろう。『3本目まで』という事はまだ上があるんだろうが、アノルトが言ったようにたかが5分だが、されど5分だ。

 ()()()()()()()()()()()。実力派が集まる超有名ガーデン・糸重層の烏の一員からそんな言葉を貰い、ランドはたまらなく嬉しくなるのと同時、やっとスタートラインに立てた気がした。



 試験を終え、明日の為の班会議をしていた部屋に戻ってきたランドは、あれからまだ30分も経っていない事に驚いた。体感的には丸1日分の疲労だが…。

 会議は再開、というかまだ始まってもいなかったので開始され、ランドを入れた4人行動でのアノルト班の話し合いは進む。

 ルート、陣形、役割、緊急時の迅速な対応、その他諸々。(アマ)相手に入念すぎるということはあり得ないので、時間が許す限りその打ち合わせは大いに捗った。

 ___


「最後に、コレを渡しておきます」


 会議終了後、4時間かけ家の前の雑木林まで送ってもらったランドに声が掛けられる。アノルトだ。後部座席を徐にガサガサし始め、差し出されたのはビニールに包まれた衣服のような物。


「何ですか、コレ?」


「糸重層の烏のユニフォームです。名前の烏にちなんでイメージカラーは『黒』なので、君のも黒色で発注しました。多少は(アマ)の素材を使っているので丈夫ですが、特段防御力が上がるとか、動きやすくなって素早くなるというのはありません。別に着なくても良いです。…では」


 そう早口で淡泊に告げると、黒色メッキの車は足早に去って行った。

 思い返してみれば、タンクトップもコートも、アノルトが着用していたスーツも、建物さえも真っ黒だった。

 ランドはビニールを破り、その場でユニフォームとやらを広げる。糸重層の烏のイメージカラーである黒に、胸元には地球儀を網目状に青い線が囲った一般的にネットワークを彷彿させるようなロゴマーク。

 思ったより厚手で、真冬で薄着のランドにはピッタリの半袖のロングコートだ。

 時刻は彼は誰時(かはたれどき)を指し、今日は古本屋へは行かず明日へ備えるべく、ランドは雑木林の間の石階段を歩き帰って行った。


 玄関を開ければアイリスの凜とした声が響くと思ったが、声どころか物音一つ無い。

 ザワッとした焦燥に駆られ急いでリビングに行くと、そこにはラップされた夕食またカレーとぶっきらぼうに千切られたサラダのみで、人間の気配は無い。そのままの足で2階へ駆け上がり自分の部屋を開けると、


「スーッ、スーッ」


 可愛らしい2人分の寝息が、幸せそうに聞こえて来た。


(はあ、まだ7時だぞ…)


 ボヤきながら、これ以上ないくらいに胸を撫で下ろすランド。かく言う自身も、ご飯を食べ風呂に入ったら就寝の時間はすぐだ。

 カレーとサラダを残さず完食し、風呂で一日の疲労を洗い流しながらランドは思う。

 せっかく女と形的には同居しているのに、まともに会話できない日々が続いている。もっとたくさんの事を話して、女について知りたいが、強くなるのも明日の作戦も、それと同じくらいに大事な重要事項だ。

 もしかしたら愛想尽かされ、最悪出ていかれる事も有り得るかもしれない。そうなってもおかしく無いほど、勝手に連れ出し挙句放置するという無責任極まりない行動をランドはとっていた。

 ボーッと、軽やかな湯船の揺らぎを見つめながら数秒、バシャッと勢い良く浴槽のお湯を顔面に浴びせ意識を現実へと戻す。

 何にせよ、明日の勝負は生半可な気持ちではダメだ。

 【魔女】を殺さず、尚且つ男陣の方も死者を出さないという勝利を納めなければ先は無い。それは力を手に入れた事にでの増長(ぞうちょう)かもしれないが、しかしそれはランドが物心ついた時からの夢の1歩。何十年も前から目指していた夢は、やはりそう簡単には諦めきれなかった。

 髪を乾かし寝巻きへと着替えたランドは、自分の部屋だがその神聖なオーラを醸し出す領域にどうにも踏み入ることができず、結果リビングのソファーで眠りに着くのだった。



 冬場の、太陽もまだ起きるか起きぬかを苦悩している朝方5時半頃。アノルトがインターホンを押す前に、ランドはドアを開けその姿を見せる。


「おはようございます。準備はできてますね?」


「はい」


 下は変わらず長ズボンにブーツだが、上は白のロングTシャツに昨日貰ったユニフォーム、黒のロングコートを羽織りレイヤードスタイルのランド。多少は様になっていた。

 右手の人差し指にはもちろん守護の輪(プロテクト・リング)がはめられ、持ち物は【女図鑑】を入れたコンパクトな腰掛けポーチのみ。

 戦闘力が上がり一応武器も手に入れたランドには、もうパンパンのリュックは動きにくく逆に身を滅ぼすだけだ。ずっと冒険を共にして来たボロボロの相棒(リュック)は、押し入れの中にしまってきた。

 玄関を出て、まだ2人が寝ているであろう2階を見上げ、


(行ってくる)


 ランドは心の中で言った。

 AM10時、西のメンターギルドはそこそこの男狩人(メンター)達が見受けられる。

 そんな中………、コツコツ、コツコツと大多数の足音がギルドへ近づいてくる。やがて鉄製扉が重たく開扉(かいひ)され、黒一色、時折青線をチラつかせる集団が続々と入ってきた。


「糸重層の烏だ!」「すげえ、本物じゃん!」「とうとうあの日が来たか!」


 西の大都市:《エルガンド》の最大勢力ガーデンが出向き、ギルド内は喧騒に包まれる。誰もが緊張し、期待する、今日が()()()()()()だ。

 カウンター前まで進行し、黒の革ジャンにソフトクリームのようにセットされた髪の男、〈バルガ・デイヴィス〉が代表して討伐依頼(クエスト)を受注。

 《クエスト名:死の魔女に死を》

 ランドが初めて見る額縁に収められた依頼書は、他の調査など遊びに感じさせる程重責が詰められているような気がした。

 人数分の男狩人(メンターカード)を提出・認証が終わり、クエストの正式な受諾が完了。するとバルガが大袈裟に向き直り、出発の音頭でも取ろうかという音声で叫び出す。


「うおっしゃ~、お前らっ!」


『うるさいな、急に大きな声出さないでよ』


 しかしそれをバッサリと切り捨てる声が、12人全員の耳元で鳴る。声の主はパッチだ。

 出発前に全員に持たされた携帯端末のイヤホンから基地に1人で残っているパッチと繋がっており、現場で連携を取りながらパッチの指揮の元作戦は進んでいく。これが『裏のリーダー』と呼ばれているパッチの本当の顔だ。

 さらにその携帯端末は各班長に渡された〈ホログラム・アイ〉、片側だけのイヤーマフに電子パネルを取り付けたス◯ウターのパチモンような情報端末をWi-Fiで接続し、リアルタイムで現地の映像をパッチがモニタリングできるようになっている。


 時刻は10時15分。ギリギリまで引き延ばしたが結局会議は終わらず、キラは不参加か遅刻。

 それでも、作戦は開始される。

 バルガ班の班長、バルガのホログラム・アイ越しから全体を見渡し、パッチはその掛け声を唄う。


「俺達は伸び伸びと、自由に空を舞う黒き烏。何重にも折り重なる糸が、誰1人死なせはしない。______『綴り、紡げ。』」


「「「綴り、紡げ!」」」


 バッと、ランド以外の11人が一斉に唱和。そんな事何も聞いていない男は1人、慌てふためく。

 若干1名を除き、士気が昂まったメンバー。それに感化され同様に盛り上がるギャラリー。


「行くぞーーーーーーッッッッッッッ!!!」


 バルガの咆哮を合図に、糸重層の烏は叱咤激励(しったげきれい)をその身に一身に受けながら、西の大門から女照(アマテラス)へと進出した。


 ****************************************


 ___西の大都市エルガンドが大いに盛り上がり、糸重層の烏が出発した数時間前。

 …南の大門前では、

 今時馬に()かれた古風の馬車が、御者(ぎょしゃ)であるスキンヘッドの男の華麗な鞭捌きにその歩を止める。


「本当にここでいいのかい?」


「大丈夫、ありがとう。後は、自分達で行ける」


「お散歩好き!」


 スキンヘッドの問いに、後ろの客車からローブ姿の2人が姿を出す。1人は身長150センチ半ばで、もう1人の方は100センチあるか無いかという小柄だ。

 必要なくなったのかフードを外し、白髪の美女と赤毛の童顔が露わになる。ランド達と同じく、目指すのはここから真っ直ぐ北西に進んだ先にある鉄鉱山・《メタルフロント》。

 ランドより先に着くのに時間が無い為、早速出発しようとした背中に再度質問が投げ掛けられた。


「最後に一つだけいいかな。君達(アマ)は、男達の事をどう思ってるんだい?」


 数秒の間の(のち)、少女達は北西に向いていた顔を男の方に向けしっかりと見つめ返す。先に口を開いたのは、白髪美女。


「私は、記憶喪失で、以前のことは余り覚えてない。けど、今あなたやランドと話していて、悪い気は、しない」


「ネモも楽しい!」


 美女に続き、幼女が満面の笑みでそう言う。


「……そう、か」


 男は独り言のように呟き、「それじゃ」と一礼して少女達は去っていった。その巨体に似合わず、男はやるせなさを感じながら広大な空を仰ぐ。


「さて、と。まだやる事も残ってるし帰りますか。………出て行って早々キャンセルって気まずいな」


 やがてマルコスはボヤきながら、元来た道を戻っていくのだった。

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