《魔女攻略作戦》
現在、ランドは西エリア糸重層の烏基地の会議室にいた。
室内にはランドを含めて14人、ガーデンのほぼ全員が席に座っている。アノルト・キラ以外は初対面だ。
そんな中、黒の髪をヘアバンドでオールバックにし、白衣ならぬ黒衣を纏ったランドと同じ年頃の少年が近づいてくる。
「やあ、僕はパッチ、一応ここのリーダーやってる者だ。君がウェリー・ランド君だね。噂は常々聞いてるよ。なんでも、面白い思考の持ち主のようで」
キラと同様、この《糸重層の烏》のリーダー。しかしリーダーと言ってもその役割は、キラが先頭で皆を引っ張っていくのに対し、このパッチは最後方から背中を押すといったところだ。
イメージとはだいぶ違っており、目の下には分厚いクマ。顔色は真っ青で、ただならぬ不健康さを感じる。
「初めまして、ウェリー・ランドです」
そんな揶揄うような笑みを気にも留めず、軽い挨拶で返すランド。
自分にとってそれは面白い思考でも何でもないし、わざわざその話をここで広げる必要は無い。
おそらく今ここにる全員がランドの思想に理解していないし、そもそも本人がいるのでさえ不満があるかもしれない。
キラの決めたことだから文句の一つも今のところ出ないが、いつ火が付いてもおかしくなかった。
「おーい、パッつぁん。会議始めんぞ」
そこで助け船のようにキラの催促が掛かり、話は中断される。ようやく、今日皆が集まった目的が始まるらしい。
「ごめん、ごめん。新メンバーなんて久しぶりで、テンション上がっちゃった」
終始浮ついた調子でパッチはキラの横、ホワイトボードの前に立った。
「じゃ、予定通り作戦会議を始めるよん」
透き通る声に打たれ、周囲は一瞬にして静寂。会議が開始された。
「明日はいよいよ待ちに待った大一番、鉄鉱山に住み着いた【魔女】との戦いだ」
それはもちろん、明日の女討伐についての会議。
しかしランドは、今パッチが口にした【魔女】という単語は初耳だった。それを踏まえてか、パッチは続けて注釈をする。
「俺たちが明日殺り合うのは、間違いなく最強の敵。【四姫災】【三元女威界】【魔女】のビッグ3の一角だ。覚悟して掛かれ、とだけは言っておく。
目標は闇夜の双髪を靡かせ、冥界へと誘う死神を彷彿させる死の鎌を携える、
《死怨の魔女:プエル・プラ・プリン》
西門を出てさらに西南西に10キロ、鉄鉱山・《メタルフロント》に約2カ月程前から居ることが観測されている。大変危険なことから、メタルフロントでの資源調達は激減。街に甚大な影響が出ている為、今回討伐依頼が出された。
当日は出動できる12名をアノルト班・バルガ班・ピー班の3班に分けて行動。鉱山内は広いが、まあ進んでいけば奴の濃密なオーラならすぐに分かると思う。標的を見つけたら単班での攻めは絶対に避け、必ず12人全員を待ってから、一斉に攻撃すること。いいね」
大まかに説明された作戦概要に、今度は知っている単語で驚くランド。さんてん何たらは聞いたこと無いが、【四災女】ならそれはもう存じ上げている。
それと同じ括りにされているという事は、世界に大最厄を齎すアイリス並の女と、たった12人で闘うわけだ。
(…ん?)
とそこで、ランドは感じた違和感に首を傾げる。
今この会議室には、《糸重層の烏》総勢16名中14人がいるのだ。12人の3班制は余りが出る。
「ちょっと待ってください。パッチさんはいつも通り裏方なのは分かりますが、1人抜けてないですか?」
そこへ同じ疑問に気づいた1人が、ランドを一瞥しながらそう提言した。どうやら忘れられた1人は、新入りのランドだと思っているらしい。
しかし、パッチはその予想を裏切り、次いでとんでもない事を口にする。
「……悪いんだけど、明日の作戦にオウマは参加できなくなった」
「「「はあああーーっっ!!!?」」」
躊躇いがちに、パッチから発せられた告白は唐突なもので、周囲がどよめく。
それはそうだ。強敵である【魔女】との戦闘において、男星がいないなどどう考えてもあり得ない。皆それを期待していたし、キラ自身もそのつもりだった。しかし、
「悪りぃな、急遽男星の会議が入っちまって。男党直々だから行かねえわけにもいかねえし、かなりの被害が出てるから日時をずらすのも難しい。
唯一の対策は、俺もなるべく早く終わらすようにすから、そっちも遭遇する時間を少しでも引き伸ばして、もし見つけても様子を窺いつつやってもらうしかねえな」
申し訳なさそうに深刻な表情のキラに、パッチが加える。
「最悪、君達だけでの戦闘になる。12対1。オウマがいれば勝算は十分だったが、【魔女】の能力も不明だし他の女にも加勢されるかもしれない。勝機は五分五分ってところか。…最悪、誰かが犠牲になるかもしれない」
「それはダメだっ!!」
すると、いつものおちゃらけた声音とは一変、キラの怒号が響いた。急な変異にランドが驚愕し、皆がビクッと縮こまる。
1人パッチだけが「冗談だよ」と宥め、
「後は、コレがどれだけ使えるかだね」
話を変えるようにして円卓の上に薄型長方形のタブレット端末、女図鑑を置いた。
(っ!)
ランドは内心で驚く。しかし、女滅器は、高額だが普通に市場で売られているし、今や義務教育となった男狩人育成学校を卒業すれば誰でも一つは授けられる。
もともと情報収集・奪取系統の能力を持つ女が数少なく、女図鑑は貴重な滅女器だが持っていても何らおかしくは無い。
重たい空気の中出された女図鑑を見ても、一同の表情は明るくならなかった。男星と比べてしまったらどんな人や物も、気休めにしかならないのは仕方ない。
そもそも女図鑑は、敵の情報を一瞬で手に入れることはできるが、攻撃性ゼロで複数所持していても意味がない。1v1では攻撃武器と組み合わせなければならない。それらの点から、レア度:《上》という評価に至っているのだ。
要するに、一発逆転の切り札には少々心許ない。しかもランドが持っているのでいよいよ役に立たないというのは、ランドは黙っておく事にした。
「以上が、この作戦の概要だ。何か質問のある人は?」
厳しい現実は変わりないが、しかしそれでやるしかないと苦渋の決断で、パッチは明日の作戦の説明を終えた。
すると、その最後の問いに対し続々と手が挙がる。
「明日の出発・帰還時刻を知りたい」
「出発は当初朝7時を予定していたが、ワンチャンオウマを待つなら行き時間も考慮して延ばせても9時か10時。帰りはそうだなあ…対象を消滅するまでは帰れないと思った方が良いね」
「もし相手がその溢れ出るオーラを隠して、一生逃げ隠れされて遊ばれたらどうするんですか?」
「女が男に対してそんな事をする可能性は低いけど、なくは無い。逆に接近してるのに気づかないで一気に壊滅、というのもあり得る。そのためにピーがいる。
少し負担を掛けるが、ピーの女滅器なら【魔女】を探し出すことも可能だ。その時は慎重に、焦らず連携をとって追い詰めてくれ」
「キラさんは、どうしても外せないんすか?」
「この国の中枢を担う男星達の会議だ。なるべく早く終わらせてもらえるよう善処するけど、欠席というのは難しいと思う」
パッチは隣にいるキラに目配せし、本人が目を瞑り頭を振ったのを見てそう答えた。その後も幾つかの質問が投げ掛けられ、パッチはそれに間を空けず回答していく。
そんな中、ミーティング開始からずっと、会議内容そっちのけで疑問を滲ませた男が1人。この質問タイムの波に乗るか否か、死ぬほど悩んでいた。
ただでさえ厄介者扱いのアウェイで、目を付けられるような事はなるべくしたくない。だがこんな機会はもう二度とあるまい。最後のチャンスに賭け、
「その【魔女】は、絶対に殺さなくちゃいけないんですか?」
そんな爆弾を放った。
……………、
刹那、凍り付く室内。
「と、言うと?」
そこへただ一つ、背筋まで凍り付かせる程の言霊を帯びたような冷徹な声。
「つ、つまり、その鉄鉱山にいるのが迷惑になってるなら、殺すんじゃなくて追い出すだけじゃダメなのかな…って」
その空気に気圧されつつも、ランドはもう後に引く事ができない。たどたどしく挙動不審になりながらも、必死に言葉を紡いだ。
しかし…、
「おい、コイツ大丈夫かよぉ」
返ってきたのは怒りを通り越した、悲しきまでの憐憫だった。
「マジで頭のネジが飛んじまってんだなぁ。頼むから変な気起こして、俺達の足引っ張んなよ。『お荷物』の所為で全滅なんて洒落にならねえからな」
そして、底知れぬ悪意の籠もった罵詈雑言。溜まっていた不満が爆発するかのように、ここぞとばかりに放たれる。
「こんな奴連れてってホントに大丈夫なんすか?」
男の懸念はもっともであり、当然のことだ。ほんの昨日今日入った、イカれた野郎のイカれた行動でガーデンが危機に晒されては堪ったものでは無い。
口には出さないが皆それを危惧しており、視線は連れてきた張本人、オウマ・キラの方へと自然に集まる。
すると___、
「アッハッハッハッハッハーーッッ!!!」
全員の視線を一身に受け彼の男星は、揶揄するでも侮蔑するでも難詰するでも無く、ただた場を覆うほどの爆笑で返した。
パッチが、この場にいる全員が、ランドでさえもが一寸前の論争を忘れ呆気に取られる。
「その質問をこの場で言うか?やっぱお前面白えな!」
目は見えないが、口角をぐにゃりと曲げ愉快そうに言うキラ。
「いや、面白いって…」
あまりにも気の抜ける笑い声に、ランドに突っ掛かった男もさすがに勢いが衰える。
「大丈夫だよ。忠告はしたからな。此処に来たって事は、覚悟は決まってるんだろ」
そう、結局のところランドは首根っこを掴まれてる状態で、何かおかしな行動をすればすぐお陀仏となってしまう。
アイリス達のためにもそれはできないので、良い案が無い今ランドが何かを起こす事は不可能なのだ。
そんなランドの鬱憤に追い打ちを掛けるように、軽く溜息をついたパッチが呆れ顔で告げる。
「君は言ったね『殺さなきゃいけないのか?』って。ああ、殺さなきゃいけない。それが俺たちの使命だ。
君の考えは確かに特殊で新鮮で、根本から全否定しているわけでは僕もオウマも無い。だけどそれを他人に強要する権利も実力も、今の君には無いんだ。男という非力な枠組みでは、結局多勢に無勢なんだよ。君が男国家の鎖に縛られている限りは、黙ってこちらに従ってもらうよ」
「ッ!」
そんなぐうの音も出ない言葉の羅列で、ランドの異議はいとも容易く沈められてしまった。
普段のランドなら何かしら反駁するが、この男は有無を言わさぬ迫力と声音に何も言い返せない。
パッチの言う通り、女を駆逐する事を掲げるこの男国家に生活している以上、その方針に従うしかなかった。
ランドは俯いたまま奥歯を軋ませ、反論は無い。
そしてそれ以上手が挙がることもなく会議は終了。
ギリギリまでキラを待つというプランで、明日AM10時《魔女討伐作戦》が決行される事が大々的に発表された。




