守護の輪
「じゃ、改めて自己紹介じゃ」
6畳ほどの洋室でテーブルを囲う4人。古本屋の地下にて、ランドの記念すべき第1回の特訓。その前の自己紹介が行われていた。
視線を送られ促されたキンジュは、親指をビシッと自分に向け自信たっぷりに言う。
「俺は、キンジュ・ヤックマン。この間俺にボコられた雑魚は、俺のことを兄弟子、兄貴、もしくはキンジュさんと呼べ」
それを受けランドのこめかみがピクリと動くが、言い返すことはできない。奴の方が強いのは事実だからだ。
「まあ、そもそも呼ぶ事なんて無いと思うけどな」
実際の歳は知らないが、自分より年上でも絶対敬語なんか使わないとランドは誓う。
テーブルを挟んで、2つの鋭い視線が交差する。
「ほれ、次」
「じゃあ、僕はダリル・マルコス。今日からランド君の師匠だ。よくしく」
「よろしくお願いします」
スキンヘッドの巨漢、マルコスに挨拶を返してから2秒後…、
「ん?」
ランドは「マルコス…」とその名を反芻し驚愕する。
「マルコスって…、まさか!」
「あーまあ、一応南の男星を任されてるよ」
それを聞いて、ランドは驚愕と同時にテーブルの下で拳を握った。強くしてもらえるのに、その師匠が男星などこれ以上ないほどの望外だ。
しかし本人は、男星と称されるのをあまり好んでいないのか、バツが悪そうに話を逸らす。
「んで、こっちのお爺ちゃんがコウライト・ビルド。コウ爺って呼ばれてる。僕とキンジュの師匠で、上の本屋の店長だよ」
紹介されたコウ爺は茶を啜りながら、「よろしく」と無言の目線がランドに注がれる。
そして次は自分の番だと、ランドは崩してしていた脚を正座に組み直し名乗った。
「ウェリー・ランドです。俺には、強くならなきゃいけない目的があります。よろしくお願いします!」
一礼し顔を上げると、さきほどとは異なる3人の表情。
南エリアでもかなり有名な著名人ウェリー・ランドに、先のランド以上に驚愕し唖然とする3人がそこにいた。
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___そして、
初めてコウ爺に出会ってから、実に3週間が経過。毎日昼頃から夕飯時に掛けて、ランド達は古本屋地下でそれぞれの師匠の元訓練を受けている。
キラが宣言した猶予まで残り1週間とちょっと、ランドは未だ答えを出せずにいた。
自分の信念を貫けばそれは=死を表し、女討伐に乗れば生きることはできるが、それはこれから一生ガーデンの一員となって女を殺し続ける事を意味する。そんなものは死と同義だ。
マルコス達に相談する事もできたが、女を助けたいだなんて言ったら特訓の話は無しになるかもしれない。
悩んでも悩んでも最適解など出る筈も無く、時間だけが刻々と過ぎていく。それでも特訓を疎かにはできない。強くなるしかないと、今はただひたすら鍛えるしかなかった。
結局何も解決する事無く、今日も特訓が開始される。
「んじゃ、始めるぞい」
巨大な植木、色とりどりの花々が咲き誇る土の上、10メートル程の間隔を空けてランドとキンジュが並び立つ。
正面にはコウ爺、マルコスが立ち始めの準備体操を行う。その効果は単に体を動かす前の身体のほぐしだけで無く、毎日同じ事繰り返す事による精神統一のルーティーンと、この後に戦闘が始まるという気持ちの切り替えの明確化。
どんな事に限っても、適当に始めるのでは無くきっちりとした準備をしてから行えば、良い状態でそれに取り組むことができる。
準備体操を終えると今度は二手に分かれて、ここからがそれぞれの個人指導。キンジュはコウ爺、ランドはマルコスに付いていく。
両ペアある程度の距離を取って、ランド・マルコスペア。
「特訓を開始してから3週間、最低限の基盤はできてきたたね。今日は、1段階レベルをあげようと思う」
いつものように、マルコスの今日の方針から入る。
マルコスが言うように、ランドの体付きは3週間前と比べて激変していた。見違えるほどにガッチリと身体は絞られ、ナヨナヨとした無力な男はもういない。
ここ毎日は、基礎である筋トレや走り込み。反射神経などの学校で教えられたさらに応用編に勤しんでいたが、どうやら今日はから内容が変わるらしい。
「これまでのメニューはそのままで、幾つか項目を増やす」
それを聞いたランドは、緊張した面持ちで唾を一つ飲み込む。
正直今の特訓メニューでもかなりハードで、家に帰ってもアイリス達に構うことなくベットに直行だ。それが『幾つか』増えるとなれば、命の危険すら感じる。
しかし、泣き言など言ってられない。自分が他人より劣っているのは言わずもがな、少しでも早く強くならなければならないのだ。
ランドは両の頬をパンっと強く叩き、気合を注入する。
「はい!」
「よし!」
ランドのやる気を確認し、マルコスはその場で胡坐をかくとでランドも座れとジェスチャーで促す。
「いいかい?いくら体力や武術、戦闘経験を磨いたところで、圧倒的な力を持つ女には絶対に勝てない。最初から全ての土台が違いすぎるからだ。
しかしその差を、月とスッポンから月と地球ぐらいまでなら、使いようによっては埋められる物がある。
それが女を滅する為に生された武器、【女滅器】だ。君も学園卒業時に貰っただろう?」
今は持っていないが、ランドは【女図鑑】について話した。
「そうか、いわゆる非戦闘タイプの滅女器。…なら相性はいいか」
女図鑑の性能を聞き少し考えた後、マルコスはそんな小言を挟み懐から小さな箱を取り出した。リングケースのようなサイズ感だ。
そのまま目の前でパカっと開き、中には丁重に据えられた指輪が一つ。
それは昔本で読んだ、男女が一生を共にする事を誓う証。『プロポーズ』でもされるのかと一瞬ギョッとするランドだが、マルコスの厳つい真剣な表情に雑念は捨てる。
「これは滅女器、守護の輪。護りたいものがある君に、ピッタリの武器だ」
「守護の輪………」
その名はとても美しい響きで、ランドの琴線にどストライクに触れた。
「これを渡すことによってこれから先の君の強さは、1本だった路から無数に枝分かれして、故に堕ちるのも成すのも全て君次第となる」
ランドは再度、ゴクッと大塊の唾を飲み込む。
今までは何も考えず、がむしゃらに突っ走っていれば簡単に上に上がる事ができた。しかしある程度の力を付けた人間の路は途端に葉脈のように分岐し、それぞれその人の進む経路によって十人十色の強さへと形を変えていく。
道の途中修正も可能だが、レールを間違え弱者のまま終わる者も少なく無い。その幾千もの試練を乗り越え、強者の路を之けと、マルコスはそう言ってるのだ。
それはこの世の男達を超越する、最強なりゆる道を辿った自分達男星のようにと。
「分かりました」
ランドは嗤った。面白くも、楽しくも無いのに。
200年という歳月を経て、世界は大きく変わった。最強たらしめる女に、それに抗おうとする男達。もはや神界にも等しいこの世界で、馴化した数多の怪物。
元の世界に戻すのがどれだけ困難を極めることか、自嘲気に笑みが溢れた。
___もう、後戻りはできない。
覚悟を決め、指輪を優しく取り出し右手の人差し指にハメる。特段何かが起きるわけでも無く、ハメただけで強くなったなんて事は勿論ない。
「そのリングはその名の通り、防御に特化した滅女器。周囲に漂う粒子達を瞬間的に凝固させ、ガラス板のように防壁を展開できる。
レア度は《極》。《天》には及ばないが、かなりの上物だ」
レア度:《極》。7段階ある女滅器のレインが持つ【ブイ・ブレード】には一歩及ばないが、一般的に見てこれも凄まじい逸品だ。
マルコスは続けて解説をする。
「基本的にはリングに意識を集中させて、任意のタイミングで発動することができる。けどその前に、プロテクトの展開範囲を知っておく必要がある。今言ったようにリングに意識を集中させて、防壁の展開をイメージしてみて」
言われた通りランドがリングに意識を向けると、仄かな熱が人差し指を覆うように循環していくのが分かる。
何か凄いエネルギーを感じながら、ランドは目を閉じ目の前にどんな攻撃も通さぬ鉄壁をイメージした。
するとそこで、ランドの股間辺りが淡く光る。
「………」
「………」
「えっと、一応それで今の自分が守れる防御範囲を知ることができて、目安としてその範囲を身近で表示してくれるんだ」
気まずそうに目を逸らしながら、マルコスはそう語る。
「じゃあ今の俺は、自分の股間程度しか守れないって事っすか…」
「ま、まあそれは、鍛錬していけば範囲は拡大するから大丈夫。他にもプロテクトの強度、形、構築スピード。防壁の発動起点位置を自在に扱えることもできるよ」
予想以上の弱さ。マルコスの必死のフォローに、しかしランドは光の失った瞳で無気力に自分の股間を見つけながら相づちを打つだけになってしまった。
分かってはいた。分かってはいたのだが、やはり自分の無力を痛感すると少なからず堪えるものがある。マルコスの反応を見ても、ランドが世間一般的に下位のレベルに位置しているのは疑いようの無い事実だった。
「うおおぉぉっ!!!」
とそこで、ランド達から少し離れた場所。キンジュの憎たらしい雄叫びが響いた。ランド同様女滅器でも貰ったのか、興奮気味にコウ爺の話を聞き入っている。
(チッ)
アイツには負けれないと、ランドはネガティブな思考を吹っ飛ばす。もとより、力が無いのは承知済みだ。だから今ここにいる。
「やりましょう」
やる気になったランドに、マルコスも気合を入れる。
「よし!今までのメニューと並行して、守護の輪でまず鍛えなきゃいけないのは防御の範囲と強度だ。
具体的には力=粒子の動きを理解し精巧に扱えるようになるのと、普段から周囲の状況や流れを把握できるようにすること。防御とは、適切な位置・範囲・タイミングで織り成して初めて防御と言える。それに合わせ君自身のステータスも向上していけば、その守りは誰も崩れない鉄壁へと化すだろう」
「はい!」
そんな意気軒昂の返事と共に、戦闘力皆無、荷物持ちにしか機能しなかった『お荷物』と称された男の、前途多難な特訓が始まった。
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「マルコスさん、お茶立て。キンジュ、マラソン。コウ爺、ラジオ体操」
意識を右手人差し指の指輪に集中させ、腕立て伏せをしながら周囲状況の的確な把握。
それはいついかなる時も注意していなくてはならず、マルコスとの組み手中も続く。
「コウ爺対キンジュ、今の戦況は?」
「コウ爺:歩2、香車1、桂馬1落ち。キンジュ:歩5、金1、銀2、桂馬1、飛車角落ち。詰み寸前。
あっ、二歩で負け…、ぐふぉっ!」
「まだまだ、だね」
二歩で負けたキンジュに気を取られ、マルコスの一撃を食らって倒れ伏すランド。
まだまだ先は長い。
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ブーン、ブーン。
「こんな蝿どっから持って来たんス…、おえっ!口ん中入った!」
小蝿が無数に舞う中で、意識して避けながらの集中。さらに小蠅1匹1匹に、全身を覆うプロテクターを展開。
当然、現状では全匹守のは無理なので取りこぼすのもいる。
「2、3、5、1、4、1、5」
また、防壁の範囲を5段階に分け、マルコスが指定した段階での正確な範囲展開。
指定された段階で展開できなければ、ガードしきれずマルコスに叩きのめされる。
こんなものでは終わらない。
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「おい!早くしろよっ!」
時にはキンジュとの合同練習で、コウ爺・マルコスVSキンジュ・ランドのタッグマッチ。しかしランドは攻撃禁止で、キンジュは防御禁止という制限付き。
ランドは自分とキンジュ2人を守り、キンジュはランドからの防御を受けながら攻める訓練。
「悪い、思うように守れなかった」
「すまねえ、対処しきれなかった」
両者顔面をボコボコに腫らしながら揃って謝る。半分本当で半分は嘘だ。
そうして約1ヶ月間、ランドは手を抜くことも音を上げることも無く、かつてないほどの鍛錬に勤しんだ。




