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女照(アマてらす)  作者: 沖田鰹
死怨の魔女
24/48

糸重層の烏(しじゅうそうのからす)

「ただいま…」


 物静かに玄関扉を開き、小声で帰りの報告をするランド。家の中は静寂に包まれ、物や家具は散乱していない。どうやら『夢』のようにはなっていないようだとホッとする。

 それに対し、廊下の向こう側から声が掛けられる。


「遅い」


「ごめん、アイリス。少し用事が長引いた」


「ご飯、できてる」


 ランドが両の手を顔の前で合わせ謝罪をすると、遅くなった事を特に咎めるわけでもなくアイリスはそう言い残してキッチンへ行く。相変わらず無表情なので、怒っているのかどうか読み取れない。

 ご飯といっても、アイリスとネモがひどく気に入りここに来て以来ずっと食べている1日前のカレーの残りだが、テーブルに付きチンッという音が鳴ると目の前でスパイスの香ばしい匂いが爆発する。


 ランドがカレーを食べてる最中、アイリスとネモは揃ってテレビを見ていた。

 当然出演者は皆男しかおらず、(アマ)を見かけるのはたまの女照(アマテラス)の調査か討伐番組くらいしかない。

 しかし興味津々で見る2人を眺めながら、ランドはカレーを一口。我ながら『美味い』と称賛し、 祖父から教えてもらった、『カレーは2日目が美味しい』と言った誰かは天才だとランドは思う。

 カレーを完食し水を一飲みしてから、ランドは手を合わせて目を閉じ心から唱える。


「ごちそうさまでした」


 皿を洗う背中越しにアイリス達の楽しそうな会話を聞きながら、ランドはこの平和な日常をなにが何でも死守すると密かに決めた。


   ***************************


 翌日_____


「…おはようございます。朝早くにすいません、ウェリー・ランドくん」


 いつも以上に爆発した髪に、明らかに眠そうな顔。時刻明朝の6時。

 インターホンで起きたランドは、その人物の顔よりも眠気が優ったのか反応の鈍い挨拶で返す。


「おはようございます。()()()()先生」


 玄関の前にはべったりとワックスで固められた七三分けに、年齢より少し老けて見える角張った相好。

 目つきの悪くやさぐれた、元ランドの担任教師〈アノルト・ウォーマン〉が立っていた。

 一拍の沈黙。次いで、ランドの顔がみるみると驚愕の色に染まっていく。


「な、なんで先生がいるんですかっ!?」


 問題児だったランドはアノルトからかなり嫌われており、家庭訪問などはもちろん、家に来た事は一度もなく住所を知っているのは驚きだった。

 予想通りの反応に安堵か、はたまた遅いという呆れか、ため息をつきアノルトは言う。


「今更ですか。昨日キラさんが言っていた案内役、それがワタシなんですよ」


 バツが悪そうに目を逸らすアノルトに、ランドは「ああ~」と納得。しかし今度は、それに対して浮かんだ疑問を口にする。


「じゃあ教師の方は、クビ?」


「違いますよ。今日は休日です。それに、教師の方は副業。普段は先生をしていますが、ワタシも一応男狩人(メンター)なのでね」


 失敬とばかりに、ランドの勘違いを訂正するアノルト。対するランドは、寝起きであまり考えての発言では無かった。

 「ウオッホン」と咳払いで場を取り直し、ここからが本題。


「では、時間もないので手短に説明させていただきます。コーヒーを貰ってもよろしいですか?」


 とナチュラルに家にあがろうとするアノルトに、ランドの脳は一気に覚醒。急いで引き止める。


「ちょっ、ちょっと待ってください。今コーヒーは切らしてまして。案内役って事は、どこかに行くんでしょう?ならすぐ準備するんで、説明は行きながらでお願いします」


 アイリス達がいるのに冗談じゃないと必死な形相で止めるランドに、アノルトは少し不満気な顔を作ったが、《コーヒー切れ》が功を奏したのか「まあいいでしょう」と小声で了承する。


 アイリス達にはメモ書きを残し、調査の時と同じ格好で玄関を出ると、アノルトはもうすでに門の前に車をスタンバイさせていた。

 黒く染まった高級そうな車。昨日(さくじつ)のパトカー同様、200年経っても変わらぬ鉄の塊の助手席に座らされ、車は鈍いエンジン音を鳴らして走り出した。


「君の噂は常々聞いていますよ。役に立たない『お荷物』、教え子として不甲斐ない限りです。だから、あの人が君を入れたのも理解に苦しみます」


 渋面を滲ませ、眉間を人差し指と親指で挟みそうな勢いで呻くアノルト。

 これから何処に連れてかれ何をするか知らぬ段階で、早々気分を沈ませながらランドは心の籠っていない感謝で返す。


「それはどうも」


 朝早くに起こされて酷い言われよう、誰も入れて欲しいなどとは口にしていないのだが…。

 しかしオウマ・キラがいなければ、今頃ランドが天国にいたのもまた事実。一応は、感謝しなくてはならない。

 ランドの上辺だけの感謝は気にせず、それが会話の切り口とばかりにアノルトはあとに続ける。


「今向かっている所は、総勢15名が所属しているワタシ達のガーデン、

 【糸重層の烏(しじゅうそうのカラス)

 その基地です。西の都市、《エルガンド》に構えられています。今日から君もそこに身を置き、16人体制で活動することになります。何をするかは…、まあ着いてからのキラさんの指令を待ってください」


 そんなザックリな説明を聞きながら、車は凹凸のある田舎道を走行していく。

 ランドが住むど田舎は南エリア南西の末端なので、西エリア自体はさほど遠くはないが、今アノルトが口にした《エルガンド》は西エリアの中心部に位置する大都市。優に片道4時間を超える小旅だ。

 定期的に発する微振動を感じながらそれ以上の会話は無く、ランドは1人これからの事を考えた。



 ダンディグラム西エリア:《エルガンド》。

 南が誇るサウス・ダンスとはまた違った快活さを感じさせ、商人や商店が賑わう繁華街では無く、どちらかと言えば工房・工場が毅然(きぜん)と佇む職人タイプの街。

 だがそれも必然。この西エリア、南門同様の巨大な扉《西門》をくぐれば、そこにはどデカい鉄鉱山、無限かと思えるほど広大な領域の森林、マグマの滝壺が(そび)え連なるまさに資源の宝庫なのだから。

 しかしどれもアンダーシフト以上の名所で危険区域のため、あまり無茶はせず入り口付近での採掘・採取を義務付けられており、生活に必要な最低限しか入手することはできない。それでも都市一つ繁華させることは十分可能だ。

 

 無駄にだだっ広い敷地にアノルトが見事な駐車を決めると、4時間の小旅を終えてやっと目的地に着いた。


「ここが、我ら【糸重層の烏】の基地です」


 太陽が深く吸い込まれるように、車同様黒く塗り潰されたビル。漂うオーラに胡乱(うろん)感が隠せない。


 【ガーデン】とは、

 最重要討伐対象の(アマ)を倒すために作られた、所謂チームのようなものだ。1人では倒せない(アマ)を協力して、効率良く討伐することができる。

 目標、行動方針などはリーダーを筆頭に活動し、その人数制限や加入条件はガーデンによって異なる。加入方法は一般的に募集かスカウトだ。

 以前ランドがチラッと目にしたように、ギルドカウンター横の掲示板に募集ポスターを添付。それを見た男狩人が良いなと思い条件に合えばバイトのように加入。

 逆に「コイツが欲しい」とガーデンメンバーから誘われるのがスカウト。

 今回のランドは少し特殊なパターンだが、一応男星(だんせい)直々のスカウトという事になる。

 そしてこの【糸重層の烏】は、表のリーダー:オウマ・キラと裏のリーダーの2トップで構成されたトップクラスのガーデン。


 入り口から入るとそのままエントランスを通り過ぎ、3階のフロアで扉を開く。

 中は中央にどっしりとした丸机が一つと、周りに複数の椅子達。傍らにホワイトボードが据えられている。

 【糸重層の烏】の会議室だ。


「お、来たね~。歓迎するぜ」


 そこへもうはすでに、席の一つに座り呑気な声音で呼ぶ西の男星:《オウマ・キラ》。

 アノルトは軽く会釈し、ランドは室内に入りながら挨拶をする。


「ご無沙汰してます」


「そんな畏まんなくていいって」


 言われるが、ランドは肩の力を落とせない。それはそうだ、目の前には圧倒的強さを誇る男の頂点。緊張しない方がおかしい。

 固くなった状態でランドはキラから一番遠い席に座り、


「それでは、話が聞きづらいでしょ」


「あ、すいません」


 アノルトに呆れ気味にツッコまれる。緊張に羞恥が混ざりながら、仕方なく近くへ座り直した。


「ハハッ、女を護るって言ってるからどんなイカれた野郎かと思ったら、結構チキンな部分もあんだな。___ま、それはいいとして」


 諧謔(かいぎゃく)気味におどけたキラの表情は、そこで真剣なものへと変わる。


「お前はこれから、一応はこの【糸重層の烏】の一員としてやっていく事になる。その上で昨日言った俺たちの活動を、お前にも参加してもらう。

 ちなみに断っても良いが、そしたらお前はあの白塔の最上階で、脳が凝り固まったあの脳硬(のうこう)騎士に首チョンパの逆戻りで終わりだ」


 右手を手刀の形にし首元へ持っていくと、トンっとひと振れ。無力なお荷物には重たすぎるプレッシャーだ。

 それは恐ろしい未来だが、そもそもこの重圧を押しのけてキラの要求を断る事などランドには端からできない。

 そしてキラがわざわざ脅しまがいな事をしてまで、ランドの真意を確かめようとした。その理由は…、


「その活動は、近年西門近くの鉄鉱山で観測された(アマ)の始末だ」


 つまりランドに、(アマ)を討伐するのを協力しろということだ。

 当然ランドも、予想してなかった訳では無い。元々ガーデンとはそのために造られたのだから。否、『男女共存』を願う者としてやはり、素直に納得できない心も確かに存在する。

 ランドは(うつむ)き、そのまま黙ってしまった。


「まあ、お前が自分の信念を貫いて死ぬっつうなら止めはしねえが、決行は1ヶ月後だ。よく考えろ。話は以上だ」


 中々答えを出さないランドに、キラは話を終えようとして立ち上がる。


「待ってください!」


 しかしそこで、ランドは顔を上げて呼び止める。


「俺を参加させる理由は何ですか?…俺がいても足手まといなだけでしょ」


 (しわが)れたランドの声。キラは少し考えた後、目は髪に隠れて見えないが真っ直ぐとした視線をもって言う。


「そんな難しく考えず、オリエンテーションだと思えば良い」


「え?」


「この時代・国に生まれ育った以上、お前が何をしなければならないのか。少し遅えが、不良生徒だったお前にそれを教え込むための同行。という、上からのお達しだ。

 もとより、どうしてもな事情が無い限り、(アマ)討伐は全員参加なのはウチの鉄則だ」


 そこまで言って、話は終わりだとキラは出口へ向かう。その去り際、


「お前はただ後ろで見てるだけで良い。___俺が全部守るからな」


 そんなクソカッコいい捨て台詞を吐いて出ていった。

 室内はランドとアノルトの2人になり軽く建物内を紹介してもらった(のち)、4時間掛けて来て1時間も経たないうちに帰ることとなる。

 その帰宅中も、ランドは行き以上の複雑な面持ちで物思いに(ふけ)るのだった。

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