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女照(アマてらす)  作者: 沖田鰹
死怨の魔女
23/48

求めるのは、護れる強さ

 ガッという鈍い音ともに、腹部を襲う強烈な激痛。前のめりになったランドの顔面には、続けざまに容赦無い横蹴りが叩き込まれる。


「ブッ!」


 3メートルほど吹っ飛んだランドは立つ事もままならず吐血し、地面と周辺の草木に赤い斑点が飛び散った。


「ハア、ハア」


 汗が滲んだ額を拭い、キンジュは勝負着いたと構えた拳を下ろす。しかし、


「…続けろ」


 コウ爺の一言にギョッとする。ランドはもう全身ボロボロで、顔も盛大に腫れ上がりもはや戦える状態では無い。


 コウ爺から宣言された、唐突な1対1の模擬戦。否応なしにランドとキンジュの真っ向勝負が行われた。

 しかし当然、まともに戦ってきたことの無い『お荷物』のランドが、コウ爺の試練を自力でクリアした武闘派のキンジュに勝つ事はおろか良い勝負もできる筈なく、戦闘開始から5分と経たずして一方的な『いじめ』が執行されていた。


「…はい」


 ランドのことを好いていないキンジュでも、さすがに心配せずにはいられない姿。だが師匠の言葉は逆らえないと、相手を確実に仕留めるべくゆっくりと歩き出す。


「ゲホッ、ハア」


 その肉薄にはランドも気付いている。精一杯に立ち上がり応戦しようとするが、腕には力が入らず、脚は何度も同じ土を滑るだけで立つ事はできない。

 負けると分かっているのに、諦めないその姿。滑稽な姿勢は、しかしキンジュは嫌いでは無く、ランドへの評価を少しだけ改める。


「その姿勢だけは褒めてやるよ」


 最後にそう言い残し、トドメの一撃をランドにお見舞いする。

 ぐたっと全身の力と意識が飛び、それきりランドは動かなくなった。


   ************************************


 目を覚ませばそこは、世界で一番落ち着く自分のベットの中だった。ムクっと起き上がると、隣にはアイリスとネモが並んで座っていた。


「ごめん。俺、いつの間に…」


「おはよう。今、ご飯を持ってくる」


 確かコウ爺とかいう老人に連れられ古本屋の地下にいたはずだが、どういうわけか目を覚ませば自宅に戻っていた。

 アイリスは晩ご飯を取りに下へ降りていき、隣ではネモが「ネモ達2人で作ったんだよ」と興奮気味で話している。


(あれは夢だったのか?)


 そんな中ランドは、ふとそんな事を思い始める。

 随分と現実っぽい夢だったが、記憶が曖昧(あいまい)でよく思い出せない。

 《古本屋の地下》というのはすごく残っているが、そこから自宅に帰った覚えも、もっと言えば寝た覚えも1ミリも無い。

 ただ起きてからずっと、体のどこにも支障は無いはずなのに凄まじい鈍痛と、煮えたぎるような悔しさが体中を循環してるような感覚があった。


 しかしそうなれば今日一日のどこまでが夢か、という問題だ。

 たしか今日は、早朝に警備隊に連れられ中央エリアへ行った。男党(だんとう)総合絶政(そうごうぜっせい)統会(とうかい)の最上階【決断の間】にて男星(だんせい):〈ホーリー・レイン〉に殺されそうになったが、同じく男星:〈オウマ・キラ〉によって助けられそのまま配下として迎えられる。

 その帰り道に老人と出会い古本屋の地下に連れて行かれるのだが、そこから後の記憶が無くかなりあやふやだ。

 総合絶政統会での一連のくだりはおそらく現実で、朝早くから起こされた事もありそのまま帰ってすぐ深い眠りに着いたんだろう。


 中半強引に糸を合わせ納得しようとしたランドにそこで、 


 ガシャンッ


 と思考を強制的に中断させるクラッシュ音。…1階からだ。


「アイリス!?」


 ランドはすぐさまベットから飛び起き、1階へ駆け下りる。

 するとそこには、黒装束で顔を隠した男達が数人。アイリスを囲んでいた。


「何だお前ら!」


「………」


 その声に気づいた男達だが、質問に答えず黙秘する。

 しかしランドも、アイリスの存在がバレている以上強気に出ることはできず、黙って相手の様子を窺うしかない。


(アマ)は排除します」


 するといきなり男の1人がその懐から刀を取り出し、アイリスの足の甲目掛けて刃を突き刺した。


「ッ!」


「アイリスッ!」


 白い肌から噴き出る、真っ赤な鮮血。

 さらに瞬間、別の男の一振りが一閃。………アイリスの首がザックリと断たれた。

 一瞬のことで、目の前の事象が理解できないランド。アイリスの首から間欠泉のように噴き出す血だけが、静かにキッチン周りに散発されていく。


「え?」


 一拍遅れて、力なく崩れるアイリスの胴体と首。そして理解する、この現状を…。

 途端、ランドは呼吸ができなくなり、視界は漆黒に染まっていく。

 理解はしているが、受け止められない。その膨大すぎる精神(メンタル)への過負荷に、ランドの防衛本能が耐えきれないと強制的シャットダウンを選択。

 憤怒、悲痛、絶望などの感情が渦のように一気に流れ込み、肺腑(はいふ)は混沌に満ちる。

 しかし尚、現実は無慈悲にランドを休ませてはくれなかった。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、まだー?」


 その背後、階段付近から発せられた幼い声にランドは全身の血の気が引く。

 声だけなら、声変わり前の男児と捉えられなくも無い。しかしそれを説明する間もなく、男達は機敏な身のこなしで声の発生源に肉薄。

 正体はあっさりとバレた。


「逃げろ、ネモッ!」


 叫ぶが、遅い。その小躯(しょうく)はあっという間に男達に囲まれ、その後はダーゲットひたすらバイオレンスな光景と、聞くに耐えない悲鳴が鳴り響いた。

 過度のストレスにより、ランドの5感は完全にショート。絶望の淵へ沈んでいく。


 あの時と、全く一緒だ。

 無力で何もできぬまま、目の前で命が(むご)たらしく消されていく。

 おおよそ人間の所業ではない、男達の女への憎しみがこれ以上ないほどに如実に表れていた。


「もうやめてくれ!何でもする。だから…、だから…」


(アマ)は始末する。それが掟です」

 

 何とも無慈悲に、キレイに排除し終えた男達はそれだけ言い残し去って行く。

 凄惨(せいさん)な2人の亡骸に挟まれて、ランドの意識もピーク寸前。


(嗚呼、俺は…、

 弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い)


 今までの分も含めた全ての計り知れないほどの自責の念が押し寄せ、ランドの大切な何かが深い深い奈落へ()()そうになった。その時、


「ラ、ン…ド!」


「アイリス?」


 脳内に直接語りかけるようにその声は響いた。幻聴ではなく、確かに。

 それは間違いなく、透き通ったアイリスの美声。

 しかしアイリスは以前、さすがの自分も首を切られれば生きてはいられないと言っていた。その言葉通り、ランドの目の前でアイリスの首は確実に切断されている。

 だがアイリスは〈ランクS〉の(アマ)、《何か手を打っており実は生きていた》。

 そんな一縷(いちる)の望みに賭けて、限界寸前の身体をガバッと起き上がらせランドは全力で叫んだ。


「アイリスッ!!!」



「………」


「…おはよう」


 しかしそこにはアイリスもネモもおらず、血まみれだった床も、そもそも自宅ですら無かった。代わりに畳の居間と、ほんのり茶葉の香り。

 仰向けで天井を見上げる体勢のランドの視界には、明かりに照らされ光っているスキンヘッドの男が見えた。

 荒れる息、早まる鼓動の中ランドはデジャヴのように布団から上半身を起こし、大量の汗を掻いていることに気づく。


「大丈夫?随分(うな)されてたけど」


 未だ寝ぼけているランドに、スキンヘッドの男は再度声を掛けた。


(コウ爺、スキンヘッド…)


「もう18時じゃぞ。さっさと帰れ」


 さらにお茶をズズっと啜りながら、身長140センチほどの老人の文句。

 そこで、ランドは全て思い出す。

 変な老人に古本屋の地下に(いざな)われたところから、模擬戦でキンジュにボコられそのまま気を失ったところまで全て。

 夢だったのは、きっきまでの方。

 

 「はああああぁぁぁ~」と、ランドは史上最大であろう安堵の息をつく。布団に滲んだ汗が、その心情を語っていた。


「あ、ああ。大丈夫、です」


 やっと頭が追いつき、大男に答えるランド。安心したところでそのまま起き上がろうとするが、「イッつ!」と自分が全身怪我だらけなことに気が付く。

 気絶する前よりは大分引いているが、まるで全身筋肉痛のように少し動いただけで痛みが走る。


「…キンジュは?」


 そこで気になったのは、自分をこんな状態にした気にも食わない奴の顔。


「あの後、一通り修行して帰ったよ」


「そうですか」


 ランドは、怒りよりも悔しさ。あれほどまでの戦闘力の差があるのかと、何とも言えない感慨に浸る。

 するとそこで…、


「アイリスとはまた、女みたいな名前じゃな」


 ビクッと、肩を震わせるランド。コウ爺からの一言だ。

 ランドが放ったいわゆる『寝言』が、バッチリと2人に聞かれてしまった。ランドは早口で適当に誤魔化し、すぐに帰り支度をした。


 この古本屋からランド宅までの距離はそう遠くなく、傷だらけのランドでも何とか1人で帰れそうな距離だった。

 店の前まで見送りに来たスキンヘッドの大男(コウ爺は面倒くさいと言って来なかった)に向き直り、一応今日とこれからの意を込めて一礼する前にランドは動かなくなる。

 その前に一つだけ、どうしても確認したい事があったからだ。


「師として、訊いても良いですか?」


「人に戦闘技術を教えたことなんて無いけど、コウ爺の命令だからね。_何?」


 これからの師匠に深妙な面持ちで、深く溜めて、意を決して尋ねる。


「俺は、強くなれますか?」


 先程の悪夢で確信した。今までの抽象的な決意ではダメだと。


(目の前の大切なモンも守れねえで、世界を変えることなんてできねえ)


 《いつか》や《その内》では遅い。

 何となくボヤけていた視界が、形を成し、色を帯び、()えるようになって明確な目標へと昇華(しょうか)した。

 確固たるランドの瞳からその本気が伝播(でんぱ)し、大男は真っ直ぐ見返して問う。


「君は何のために、強くなりたい?」


 それはキンジュに負けた悔しさ、この世界を『男女共存』に戻したいという夢もあるが、もっと近くにある、一番大切なこと。


「護りたいものを、護れるようになるためです」


 あれが夢だったのは()()()にすぎない。今後アイリス達の存在がバレれば、あの連中よりも何倍も強い強敵が襲来し、あれよりも遥かに酷い未来が待っている。

 その時に力及ばずダメでしたなど、絶対にあってはならない。何としてでも、《強く》ならなければいけなかった。

 通常それは、本格的に特訓して数年。早くても1年以上はかかる未来。

 マルコスは軽く微笑んで、その本気に真摯に向き合う。


「正直、分からない部分の方が大きい。だけど、何かを護りたいという気持ちは必ず力になる。それさえ持っていれば、君は大丈夫だ」


 それを聞き、ランドは目を見開く。

 今まで誰かに認められた事など一度たりとも無かったランドに、その一言は至高の言葉だった。


「はい!よろしくお願いします!」


 瞳を煌々(こうこう)と輝かせ素早い動きで一礼すると、ランドは足早に家へと帰って行った。


 自宅への帰り途中、名前を聞くのを忘れた事に気づくランドだが、また次回聞けば良いと深く考えず痛みに耐えながら帰る。

 あのスキンヘッドの大男が南の男星:〈ダリル・マルコス〉だと知るのは、もう少し先の話であった。

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