芳香
目が両方隠れるか隠れないかほどの濃紺の髪に、イヤホンかイヤリングかピアスか耳から垂れる無数の黒いコード。
黒色のウィンドブレイカーと同色のスウェットに身を包み、同じ男星でも東とはかなり異ってだらしなさが垣間見える。
しかしその身から放たれる『力』はやはり本物で、レインのオーラとほぼ同格。
「ちょっと男党に用があってね、最上階寄ったら何か面白いことしてんだもん。それは邪魔したくなるっしょ」
楽しげに言うキラに、レインはやれやれと呆れ顔を作る。
「見ているだけなら構わないが、邪魔はするな。代わりに貴様の首が飛ぶぞ」
「お~、怖いねぇ。でもその答えは『NO』だ。お前自分が無茶苦茶な理由で、人1人殺そうとしてんの分かってるか?決定的な証拠も無く、お互いに硬直状態。それで大事な戦力一つ失うのは勿体ねえだろ。
第一、俺の目の前で殺しなんてさせねえよ」
言いながら、「よっと」と壁から背を離すキラ。何故かは不明だが、一応はランドの味方らしい。
「大事な戦力?コイツがか」
「ああ。使えないお荷物だと決めつけるのは、それはお前らに教える技術が無いだけだ。どんな奴でも、鍛え方次第では化けることもある」
「鍛え方どうこうの話では無い。まずコイツ自身の意思が、このダンディグラムの力になろうとする気がないのだ」
「だから殺すの?随分切羽詰まっちゃってるんだねぇ。そういう君達みたいな堅物を増やさないためにも、コイツの価値は少しはあるんだよ」
「なに?」
レインは眼光を鋭くし、もはやランドなど眼中に無くその眩い剣先をキラに向ける。
「それは宣戦布告と捉えて、いいんだな?」
「そうだなあ。そろそろ西と東、どっちが最強か決めたかったところだ」
レインの警告に、キラはこれ以上無いほどの完爾。
まるで、虎と竜。
二つの強大な力の波が相克し、ランドや警備隊のような『弱者』は目眩と吐き気に襲われ、意識が遠のいていく。
強者しか立つ事を許されない、圧倒的高次元の世界。
その力の差を、ランドはマジマジと感じされられていた。このレベルに達し得ないと、男と女の共存など夢のまた夢。
やがて時は決し、両者が初撃を寸前に迎えたその時、
『やめろ』
どこからともなく、まるで天の声かのように老いた、しかし芯のある声が響いた。
ランドは、誰だと思う前に察する。予想通りと訊かれればそれは『否』だが、マッチ率は大体70%程度。予想内と言ったところ。
それは誰も実態を知らず、顔も形も見たことがない。幻とすら言われているこの国の最高権力者。
通称:《結論の男・エグザマン》。
「…何故、止めるのです?」
その声を聞き驚くランド達に反し、レインは慣れているのだろうか冷静に返した。
『ここでその程度の小童を巡って、この国の主戦力二つを消耗させるなどそれこそ愚の骨頂。ここは、両者証拠不十分。
〈西の男星〉オウマ・キラの論に一理あると肯い、ウェリー・ランドの処分を破棄する』
途端、「なっ!」とレインがここに来て初めての動揺を見せる。
しかし元々ランドの殺処分はエグザマンが決めた事では無く、レイン個人の決断だった。
「本気ですか?奴は近い将来、私達にとって邪魔な存在になるかもしれない。もしかしたらもうすでに、我々にとって負の事態を招いているかもしれないんですよ」
誰もいない天井に独りでに語りかけている姿のレインは、そこでビシッとランドを指差す。咄嗟に顔をうつ伏せ、平伏の構えで畏る。
『負の事態』?
そんなものはもうとっくに招いている。この男だけの男国家・ダンディグラムに、女2人住ませるという大罪を。
表情や仕草で悟られては絶対にいけないと思い、ただジッと地面を見つめて蹲だけのランド。
「そん時は、俺達で始末すりゃあいいじゃねえか。それとも何?近い将来成長したコイツにあっさり負けちゃうの?東も落ちたもんだねえ。それはそれで見て見たいけど」
そうしていれば、今のように予期せぬ援護射撃が飛んでくる。今やこの場での悪役は、完全にランドでは無くレインとなっているのだから。
「もうすでに招いていたら、どうすると言っているんだ…」
キラからの明らかな挑発にレインが殺気であしらうと、次いでエグザマンがさきほどの決断に付け加え「ただし…」と続ける。
『男狩人:ウェリー・ランドはその条件として、執行猶予と称しオウマ・キラの管理下にその身を置く事とする』
キラがまあ予想通り、レインが不服そうな表情をする中、ランドが破り裂けんばかりに目を見開いて驚愕する。
それはつまりキラの支配下になり、この国で最も強い男の監視の元、今度自由に動けなくなるのという事。
男女共存、アイリス・ネモを護るのに対してそれは非常に分が悪い。何とか意を唱えようとするランドだが、その口を開く前にキラによって遮られる。
「心配すんなって、別に四六時中監視するわけじゃねえ。ただちょっと、俺達に協力してもらうだけだ」
その目の見えない顔には異質の不気味さが醸し出されており、余計不安になる。さらにキラは一拍置いて、
「しかもお前はまだ恵まれてる方だぜ。そこにいるカタブツ騎士の下になんか着いたら、命がいくつあっても足りねえ。
…だが俺の下にいる限りは、絶対に死なせることはしねえよ」
レインを指差して肩を竦めた後、最後はトーンを低くして言った。
その最後だけはおちゃらけた口調から一変、…とても真剣な声音で。
結果、男星のキラ、エグザマン相手にランドが反論できるはずも無く、拒否権の無いままランドはキラの管理下に置くという条件で容疑は晴れることとなった。
行き同様警備隊に連れられ男党を出たランドは、少し遅れて背後から出てくるキラに向き直る。
「あの、ありがとうございました」
結果はどうであれキラの助けがなければ、ランドは今頃この世にはいなかった。
「ん?ああ、気にすんなよ。お前みたいな奴も珍しいし、今の苦しい男狩人事情で無意味に1人殺すのもつまんねえからな。
___俺も別に、女が心の底から憎いわけじゃねえ。ただ仲間が女にやられるっつうなら、ソレが俺の敵なだけだ。昔で言ったら、彼女を取るか友達をとるかってやつだな」
ランドの謝意を手をヒラヒラ揺らし軽くあしらいながら、キラは西の方に歩を進めていく。
その去り際、背中越しに思い出したかのようなジェスチャーを取るとランドに告げる。
「あ、一応最高者のお申し付けだから、明日案内役を向かわせるわ。準備して待ってろ」
助けたのは気まぐれだが、どうやら管理下というのは有効らしい。
悠然と帰る後ろ姿を眺めながら、ランドは協力のこと、そもそも家を知ってるのかなど聞きたいことは多々あったが、時刻は真上の太陽がギンギンに照り付ける正午前。
アイリス達が起きてたら腹を空かしているだろうと物思いも程々に、我が故郷『南』へと足を動かす。
「さて、と」
何と勝手な事に、行きは強制的に連行しておいて、帰りは自分で帰れという中央エリア警備隊のスタンス。路は正直うろ覚えだが最寄りのバス停も駅もあると、ランドはとりあえず歩き出した。
帰路(あってるか心配だが)の最中、ランドは考えていた。
男国家・ダンディグラムを代表する西の男星、〈オウマ・キラ〉。彼は、「心の底から女が憎いわけでは無い」と言った。なら、男女共存を目指す事も可能というわけだ。
しかしあれほどの力を持ってしても、現在男女共存は成されていない。それはつまり本人が共存自体に興味が無いか、はたまた男星の力を持ってしても不可能という事か……。
後者はあまり考えたく無いが、もしだとしたらそれは絶望的だ。あれ以上の力をランドが手に入れなければ、達成し得ない目標という裏付けになる。
「はあぁ…」
「懐かしい匂いだな」
「うおっ!」
もう何度目か、無力な自分を心中で卑下しため息をついたその時、路地の脇から急に発せられた声にランドは飛び退いた。
「驚かせて悪いな、何故お主から懐かしい匂いが漂ってきたからの」
それは、今にも路上で生き倒れそうなヨボヨボの老人。しわっしわのジーパンとYシャツを纏い、鋭く年季が入った瞳でランドを睨めていた。
「匂い、ですか?」
言われたランドは、匂いを指摘された時のテンプレである、嗅げるはずもないのに自分の体臭を全身嗅ぎ回り、案の定ピンと来ない。
どうしたらいいか分からず、なんて返そうか迷っていると、
「着いてこい」
やがて老人は杖をコツコツと鳴らし、ゆっくりと路地裏へ消える。着いていくか迷った結果、ランドは帰り道を尋ねるのも兼ねて老人の後を追う事にした。
それから、たっぷりと30分。
到着した場所は寂れた住宅街にポツンと佇む、1件の古本屋。
今日は水曜日で、出入り口には『定休日』という張り紙が貼ってあり、中の電気も完全に消えている。にも関わらず、老人は迷う事なくドアを横にスライドし中に入った。
老人の行動、さらにカギをしていない事に驚きつつ、ランドも続いて入るとそこには、落ち着いた感じのこげ茶の本棚に趣ある古本達がきっちりと収納。また数冊段差になって積み重ねられており、古本特有の安らぐ良い香りに鼻腔を擽られる。
ランド自身祖父の書斎に籠もるほど本が好きなので、この芳馨はかなり落ち着く。が、すぐに我に返り老人の折れそうな腕を掴み連れ出そうとしたところで、
「すいません。今日は定休……って、コウ爺!」
入ってすぐ右。レジで座っていた定員が急に叫び出し、ランドはビクッと肩を震わせた。




