四姫災(しきさい)
「これはこれは、私の部下をずいぶんと可愛がってくれたな」
ゼーナの表情こそは凛として精悍なものだが、そこから漏れ出る殺意はまさに鬼の如く。マリスの氷漬けに、たいそうご立腹のようだ。
その怒りをどうして少しでもあの3人に分けられないのか、ゼーナの正面、ランドは思いっきりガンを飛ばす。そして数瞬ののち、思い出したかのように手に持っていた女図鑑のカメラを向けた。
【〈ランクS〉 名前 ゼーナ・ゴルゴット 年齢:132歳 身長:181センチ 体重:72キロ 武器:ハートルランス 能力:頑強 経歴:長寿で古き時代からこの女照に生息しており、地下神殿・アンダーシフトのボス】
ランドが女図鑑の画面を見て最初に気になったのは、ゼーナの〈ランクS〉という評価。〈ランクA〉のマリスを従えるほどだから予想はしていたが、実力はアイリスと同格。マリスの方は難なく無力化し、アイリスの実力がいかほどか証明されたが、これまた骨が折れそうだ。
次いで感じたのは違和感。女図鑑に記された年齢だ。132歳、通常なら息をしているのもやっとの状態にも関わらず、今目の前にいる女は真っ直ぐな背筋に、凛々しく可憐なキリッとした顔立ち。勇ましい風貌を携えており、どう見てもそんなに老けているようには見えない。
一瞬女図鑑の故障を疑うが、ランドはすぐにそうではないと気づく。
忘れていたのだ。この世界の常識や法則など、女には全く通じないと。
人間の平均寿命は80歳から、長くても100歳前後には死んでしまうのが一般的で、長寿というのはそのレベルに使う言葉だ。しかし女照ではそれは語弊であり、当てはまるのはその数倍。
神をも顔負けのチート能力を、自由自在に扱える女達。一説によるとそれは、姿形を変え若いように見せることもできれば、根本的に身体の全ての成長を止め、文字通り歳をとらなくすることだってできると言う。
個々によって熟達の差はあるし、できる者・できない者で別れるが、何も心配することは無い。その能力が使えないのなら、その分それに匹儔する別の能力に特化するだけのこと。
それが、女というこの世を席巻する生物なのだ。
「お前からしたら初めましてだったな、四姫災。まずはそうだな。言わずとももう察しているだろうが、お前をあそこに監禁したのはこの私だ」
氷漬けになったマリスを丁重に摩りながら、ゼーナはそう口にする。ランドの予想通り、やはりアイリスをあの部屋に監禁していたのはアンダーシフトのボスであった。そしてまたも耳にする、『四災女』という単語。
さっきのマリスよりも多少アイリスを知己しているように思えるゼーナに、アイリスは言葉を選び慎重に質問する。
「その事実を、言うって事は、私の正体を教えるって事?」
「全部では無い。私がお前を回収した時には、お前はもうすでに深い眠りに着いていた。そして約100年程度、やっと目を覚ましたお前は記憶喪失だと言うじゃないか。それではさすがに可哀想だと思ってな」
「なら、私が何者なのか、教えて」
「何者か、という定義は難しいな。お前の身分。どこ生まれでどこ育ち、何が好きで何をやっていたかというのであれば、私はお前の友人ではないから存知はしない。…ただ一つ、お前に与えられた称号:『四災女』の事なら、答えてやることはできる」
「………」
一体何のメリットがあるのかご丁寧にそう提示したゼーナは、アイリスの沈黙を肯定と取り独りでに話し始める。
「『四姫災』というのは文字通り、たった1人でこの世界を大災害たらしめる能力を持った、4人の女に名付けられた二つ名だ。
地震の『地』。津波の『海』。台風の『風』。そして、雪崩の『氷』。この4人が本気を出せば、この世界を大厄災に誘うことができるとまでされている」
「「「っっっ!!!」」」
明かされたアイリスの称号に、広間にいるゼーナ・マリス以外が揃って息を飲んだ。
ランドとアイリスは、そんな強力な女がこの女照に存在することに。ハナとガーベラは、その存在自体は伝説程度に知っていたが、まさかそれがアイリスだった事に絶句する他ない。
この女照を、大厄災にまでさせるほどの力。その事実が本当であれば、自ずとゼーナの目的は見えてくる。
「最後に一つ。私を、あそこに監禁していた理由は?」
「もう言わずとも分かるだろう。貴様のその力を手に入れるためだ!まだ準備も整っていないし、目覚めるのもその後で良いと考えていたが、どうやら珍妙な王子様のおかげで眠りから醒めたようだな」
ゼーナは背丈ほどある長槍を広間の床に立て、アイリスの言葉通りこれ以上教える気は無いようだ。
「だから安心しろ、お前だけは生かしてやる!」
そして言うと同時、槍を一回転させ先端をランドに合わせると、ダンプカーも顔負けの威圧で突進。
当然、ランドにそれを避けるほどの力量は無い。このままでは呆気なくペシャンコにされ、息絶えるだけだ。しかしそのランドとゼーナの間に、割って入る氷の壁。
構わず突っ込んだゼーナと激突し凄まじい衝撃が轟くが、紙一重で勝ったのは氷壁だった。
薄氷の向こう側に、うっすらと映るゼーナのシルエットを拝みながら、ランドは尻餅を着く。………本当に、薄氷の差だった。
やがて氷壁は四散していき、ゼーナとアイリスは顔を見合わせる。まだ話は終わっていないというアイリスからの警告でもあった。
「あなたが何をやりたいか、は、大体理解した。その上で、私はランドを護るため、あなたに敵対する」
《力を手に入れる》という目的が、具体的にどんな手段を使われるのかアイリスは知らないが、自分に何らかのデメリットが生じるという事だけは分かる。第一、ランドを殺すという時点で論外。黙って見過ごすわけにはいかない。
おそらく、ランドには殺さないでと再度難解な要求が来るだろうが、こちらも相当の手練れ。かなり難しいだろう。
「抵抗してくるだろうと思ってはいたが、まさか男を庇うとは、お前正気か?」
女が男に手を貸すなど、最底辺の落ちる所まで落ちたという表れ。現在なら、女照にいる蟻やダンゴムシの方が強いまである。
しかしアイリスは淡々と、当たり前のようにその言葉を述べた。
「ゴミかどうかは、関係ない。ランドは、私の命の恩人。それに報いるのが、礼儀」
「たまたま通りかかって鎖を千切ってもらっただけで、虫以下の存在に命を賭けるか。どうやら、能力以外は矜持も何も無いカス女だったようだな。
まあいい、どうせ力で制圧すれば良いことだ」
アイリスの信念を、ゼーナは鼻で嘲笑した。
《力での制圧》。ゼーナの実力がどれほどのものか定かではないが、厄災をもたらす力を持つアイリスに1対1で敵うはずが無かった。…通常ならば。
ゼーナは知っていた。長い年月を経て、深い眠りから覚醒したアイリスが、まだ本来の力を取り戻していないことに。
しかしそれも、時間の問題。ブランクがあるだけで現実に慣れてきたり、また記憶が蘇りでもしたらその力は莫大に跳ね上がる。そうなる前に、ゼーナはアイリスを生け捕りにしなければならない。
「行くぞ」
手に持つハートルランスが目標を変え、その刀身を周囲の凍てついた空気が覆う。
刹那、さきほどと同じ一直線の突進。すかさずアイリスも氷壁で防御を図るが、威力はさきほどを遙かに上回り一瞬で崩壊。
跳躍でその突進を回避すると、足下からの氷庭で動きを封じそこにアイシクル・ジ・マグナムを叩き込んだ。
無数の衝撃音とともに舞う煙。しかしそこに佇んだ1人の女は、まるで何事も無かったかのように無傷。さらに氷庭での拘束を、絡まった蔦を千切るほどの軽さでいとも容易く抜け出す。
「ッ!」
感情の読み取りにくいポーカーフェイスも、さすがに表情が揺らいだ。いくら本調子で無いとはいえ、攻撃も防御も全く通用しない。
これが、頑強という力。
四姫災に霞んでしまったが、自分も歴とした〈ランクS〉なのだとゼーナが物申しているようだった。
その後も、圧倒的強者2人の攻防は続く。ゼーナの単調だが当たったら最後、相手を一撃で沈めるほどの突進に、アイリスが慎重に回避し氷での追撃。
いくら『頑強』とはいえ、すでにかなりの氷攻撃を食らっている。多少なりともダメージが蓄積しているのは間違いないが、何故かアイリスの方が疲弊しているようにも見えた。
何もできないランドが手に汗握って見守る中、
ソイツはいきなり、外からアンダーシフトの天井を突き破って広間へと乱入してきた。
誰もが、ゼーナさえもが、予想外の椿事とその存在感に一瞬制止してしまう。そしてランドに襲い掛かる、今日何度目かの『やばい』という警鐘。
行きに見た熊以上に、大仰な巨体。乱れ揺らめく長髪の白髪達に、夜叉の如きその面を目の当たりにすれば、恐怖し警戒しない者はいない。
もはや心身が完全に容量超過となったランドは、何を優先すべきか、何をしようとしていたのかすら考えられなくなりかけた、………さらにその刹那。
気づけばランドとアイリスの視界は、冷たく薄暗かった地下神殿では無く、緑溢れる山中。もっと正確に言えば、洞窟の入り口前へと遷移していた。




