12:もう一人の魔女
「ひ、ひぇええええええ! な、何でヴァートさんが二人もいるんですかぁああああ!!」
「ふふふ。面白いわ、世の中って不思議なことが沢山あるのね。後でゆっくり聞かせて頂戴?」
エルミヌは混乱中。加勢は期待出来そうにない。使えるのは、指輪くらいか。
しかし魔女ヴァート……こいつは強敵だ。男も女もお構いなしの、美貌の盗賊……黒のミュラル様の色気が通じない。
(指輪魔法――……)
以前はアージェントを守るため発動したが、元々魔法の使えない俺だ。俺は自分の意思で扱えるレベルまで達していない。また指輪を外して暗闇を作り出すくらいが関の山。それでこいつを仕留められるか?
ヴァートはエルフらしく弓使い。狩りには自信があるだろう。視界を奪っても、気配である程度は当てられる。そう考えた方が良い。
力自慢ではない俺でも、懐に入ってしまえば……押し勝てるか? 何か得物があれば良いのだが。
(ミュラル……僕から離れないで。僕を盾にしたまま、さっきの矢を拾える?)
アージェントが小声で俺に囁く。それ自体は可能だが、此方に弓はない。毒も洗い流された。ヴァート相手に、ただの矢一本で何が出来る? 疑問を感じながら、俺は後退――……壁へと刺さった矢を引き抜いた。
(ほらよ、これで良いのか?)
(ありがとう……)
何を思ってか。俺から受け取った矢をアージェントは――……思い切り振り上げ、自身の掌へと突き刺した!?
「アージェント!? 馬鹿、お前何やって――……!!」
あふれ出す赤。重力に従い下へと落ちて――……遅れて“上”にも広がる!? 赤は光に反射し白く輝き――……傷口のある左手に、いつしかアージェントは銀の弓を携えていた。様になった構え……真っ直ぐと伸びた背筋、武具の扱い。俺達の誰も教えていないこと。武器を構えた王子の姿に、魔女も些か驚いている。
「どんな人であろうと――……その指輪がある限り、僕の花嫁。危害を加えると言うのなら、僕が相手になります」
「…………“銀の王子は、弓も得意”だったわね。一度くらい競いたいと思っていたけど。その格好じゃあ、ねぇ? 貴方の顔に免じ、此処は退きましょう」
ヴァートが弓を降ろして苦笑。俺達に、浴室から出て服を着るよう促した。
「だ、大丈夫ですかアージェント様!! あとミュラル様も」
結局何の役にも立たなかったエルミヌだが、心配はしてくれたらしい。半泣きで俺達の方へと向かってくる。
「美貌の俺様をおまけみたいに言うな。一応主だぞ?」
「ううう……そんなことより本当に、早く服っ! 着て下さい!! 裸の男の人がそんな風にくっ付いてるなんて目の毒ですぅうう!!」
「そう言いつつ指の間から見てるじゃねぇか。鑑賞料、迷惑料に上乗せしとくからな」
「うわぁあああん! 酷いです鬼です悪魔です!! 見たくもないもの見せられてるのに酷いです!!」
「はぁ!? 俺様の裸なんてマーケットで幾らの値が付くと思ってんだ! タダ見か!? 盗み見か!? また前科を増やすとは……お前やるじゃねぇか」
「嬉しくないっ!! 変な前科増やさないでくださいぃいいいいい!!!!」
「えっと……エルミヌ。僕は、取らないから。指輪……渡した、仲……だし」
俺とエルミヌの会話を前に、狼狽え気味のアージェントだったが。彼は自分は罪に問わないと言い、恥じらいつつ見たいならどうぞの配慮。やめてくれアージェント。俺とエルミヌが何かに目覚めそうになるからやめてくれ。この場に第三者がいなければ、思わずお言葉に甘えてしまいそうだった。
「が、ガキが何言ってんだ! ほら! 風邪引く前にさっさと着るっ!!」
彼を直視できないまま、俺はアージェントの身支度を調えた。俺達の間の空気がおかしくなった所で着替えは終わり、待機していた魔女が近付く。
「お着替えはそれでお終い? はぁ……やっぱり可愛い。アージェント様となら結婚してもいいなぁ……」
「おうおう魔女さんよ、初対面で風呂に侵入するような女に勝ち目があると思ってんのか?」
「あらぁ? お忘れかしら? 私も銀の城にいる。指輪を頂く権利がある者には違いが無い。勝敗は解らないわよね?」
“このヴァート”はやる気がある。側室狙いを公言していた“あのヴァート”とは明らかに別物。もう一人、いる。城の中でも油断は出来ない。俺は辺りを警戒した。
「貴方は、どうやって城に入ったのですか?」
指輪の権利を主張されてはアージェントも言い返せない。本当に彼女は資格があるのか確認を行うようだ。
「遠い旅なんて疲れちゃうもの、魔法でビューンと。そのままお城の中まで来たけれど、やっぱりノックとか必要でしたか?」
「…………魔法、で?」
「それが原因で、嫌がらせをされたのかしら? 部屋を出ようと扉を開けたら変なところへ飛んでしまって。天井裏とか地下室とか――……城内を魔法で移動しようにも捻れていてねぇ。“聞いてた話”と随分違って驚いたのよ。それでようやく人気のある場所へ来られたのだけれど」
エルミヌも城の外扉自体は開けていない。内側の扉を開けて花嫁候補となった。ならばヴァートにも資格はある。
が、どうにもおかしい。魔法であろうと入れたならば花嫁候補。銀の城は魔法が上手く使えなくなる場所のようだが、そこまでの悪意をもって花嫁候補を試すだろうか?
「「“扉魔法”?」」
俺とアージェントの声が重なる。互いに顔を見合わせ、思い出すのはアズレアだ。
「またあのアマなんかやりやがったか」
「人を疑うのは良くないよミュラル」
「涙目じゃねぇか……」
アージェントは余程あの公女が怖いらしい。それには俺も同感だ。
「あ、あのっ!! さっき……私の部屋で、むぅうううううう!!」
会話に割り込み何かを言おうとするエルミヌ。何を遊んでいるのかと思えば、その場で手足を振って暴れ出す。突然人語を失って。
「むぅうううううううううううううううううううううう!!」
「何遊んでんだ」
「むぐううううううううううううううううううううううううううう!!!!」
「口が開かない? じゃあ開かせてやるよって? 誘うにしてももう少し色気が出せないのかお前は」
「んぐううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!」
条件反射でからかえば、主を両手でボカスカ殴り抗議をしてくる。どんな従者だ。
「……ミュラル、“扉魔法”だ」
「おいおい、そんな方法もあるのかよ。使い方次第で貞操ガードバッチリじゃねぇか」
「むぅうううううううううううううう(変な関心してないで何とかしてください)!!」
「エルミヌ、じっとしてて」
アージェントが獣を落ち着かせ、閉じた唇に手で触れる。“鍵魔法”で解錠を試みたのだ。しかし――……
「むぅうー……」
エルミヌは悲しそうに鳴く。アージェントの力でも開けない、強力な“扉魔法”。城へ侵入した“もう一人”の仕業だろうか?
「おい、出て来いよ“もう一人の魔女”さんよ! こんなんでも俺の従者だ。俺の物を化け物にした責任取って貰うぜ!」
「むぐうぁわあああああああああ(誰が化け物ですかぁああああああ)!!」
当てずっぽうだが一点を指差し俺は言い放つ。エルミヌの発言を邪魔するように発動した扉魔法。術者は会話を聞いていた。近くに術者がいるはずだ。
「ふっ……あはは! 何それ?」
聞こえた声は俺の真後ろ。俺の格好悪い行動により、とうとうそいつは現れた。声はとても幼く、子供のそれだ。声その物は可愛らしいが、此方を馬鹿にする悪意に満ちた――……なんとも腹立たしい声。
“魔女”は漆黒。暗い暗い……影の形でそこにいた。肝心の、身体は見せない。
「当然の報いよ。この私の物を奪おうというのだから」
「出やがったな――……って言って良いのか? おいお嬢さん、俺の風呂覗いておいて自分は姿を見せないなんてフェアじゃねぇだろ」
「幾ら美形でも、卑しい血筋の裸に価値はないわね。悔しかったら本当に、アージェントの正妻になってみせれば? その時は払ってあげるわよぉ? 鑑賞料!! ははははははっ!!」
また腹立たしい女がやって来た。何なんだこの城は。ろくな女が一人もいない。アージェントの女難はどうなっているんだ。
「ねぇ、王子様。貴方は花嫁が傷付けられるのが嫌なのね? それじゃあ、殺し合わせてあげましょうか? ふふふ、あはははは!! 私は《銀の城》にいる。お前も、お前も――……そこのお前も。せいぜい互いを疑い、私を探して見せればいいわ」
言いたいことだけ言って、影は床へと溶けて消えていく。良いよな、言い逃げって。相手からカウンターが来る前に逃げると勝った気がするし気分いいもんな。俺も好きだぜ、どちくしょう!!
*
「――……と言うわけで、俺の従者が餓死する前に影女を探す必要がある」
「ライバルが減るのはむしろ良いことなのでは? 私が手伝う義理はないかと」
食事を終え、優雅に茶を啜りながらの公女様。これには魔女ヴァートも苦笑している。
「ド外道な正論ありがとな。だがアージェントも餓死して良いのか? 心中である意味エルミヌの一人勝ちだぞ?」
食事の席、一人エルミヌが悲しげに鳴く。花嫁の苦痛はともに味わおうと、アージェントも食事に手を付けない。アズレアが不満なのは、エルミヌ寄りの彼の行動に対して拗ねているため。
ギュールズとは手を組んでいる。恐らく協力はしてくれる。だが、それでは足りない。
「脅しと取ってくれても構わねぇ。いいか? 奴は俺達が疑い合うことを望んだ。城内の人間の中に、自分が化けていると言わんばかりに」
「非協力的な人間が、“魔女”だとでも? その者は“黒い影”を操ったそうですが、盗賊。お前の指輪の色は何色でしたか?」
「その辺にしておけ、アズレア姫」
俺と公女を仲裁する、赤の王女。いつもの口調を止めたギュールズの凄みは迫力がある。
「犯人の目星は付いている。【金の王女】だ」
「金の、王女……?」
「アージェント同様、リヴァリースから紋章が消えて以来――……行方が知れない。彼とは血を分けた姉弟だ」
「はぁ……これだから獣畜生は。何でも言えば良いというものではありません」
「疑心が目的ならば隠す意味は無い。駆け引きも知らぬ小娘が」
「チッッッッッ!! あーあー、獣が吠えてますね。騒々しい」
ギュールズとアズレアは互いに凄まじい殺気を送り合う。身分と美貌が揃っていても、この様子を見せられては娶る気がしない。
アズレアの方なんか、絶食をする王子の目の前で食事を見せびらかせ食べていた。泣き顔が惨めで美しさを損ない好みだそうだ。純真無垢な王子様がそんな辱めを受ければ、相手が恐怖の対象となって当然だろう。
少しでも落ち着かせようとアズレアを遮りながら、俺はアージェントに問いかける。
「解るか、アージェント?」
「ごめん……思い出せない」
ギュールズを疑う意味は無いが、彼女の存在を証明できる者がギュールズ以外に存在しない。長生きのヴァートならば知っている可能性もあるが、この女は信用できない。
(だが金の王女……か。そういや紋章にもいたな、金と銀の鷲が)
アズレアの口ぶりからして、彼女も侵入者を知っていた? 明かされたくなかった情報? “金の王女”について、ギュールズに口止めをしていたのか?
「私に化けていたっていうのが“金の王女”様だとしても、彼女を見つけるのは難航しそうね。それならエルミヌちゃんの方を解決するのは簡単よね?」
「むぅううー!!」
「つまり、殿下の鍵魔法を強化できれば良いのでしょう? 誰かが鍵を取ってそういう風に殿下をカスタマイズすれば良いんじゃない? 魔法を破るまでの強化に何本必要かは解らないけれど」
女神現る。ヴァートの発言に、現金なエルミヌはすり寄った。よしよしとあやされながら満更でもなさそうだ。ああ見えて世渡りが上手い。不幸ながらに生き延びてきた手腕はある。
「ヴァート、お前はあくまで“影女”とは通じていないと言い張るんだな?」
「あら、失礼ね。私も“扉魔法”の被害者だと思うわ。部屋の上やら下で、貴方達の会話を聞かされ続け、のけ者にされ続けたのに」
長い耳は伊達じゃない。エルフの耳は地獄耳なのよとヴァートが笑う。
「じゃあお前はグリフォンを飼っていないのか?」
「まぁ。あの子のことを知っているの? 故郷に置いて来たのに」
「そのことですが、連絡を行ったところ“盗難届”が出ておりました。【金の王女】……“オーア殿下”は紋章獣の扱いにも長けたお方。グリフォンなど容易に操れます」
新たな茶を持ち給仕を行う執事……ライネが告げる言葉は、【金の王女】を証明付けた。
「グリフォンの、名前を聞いてもいいですか?」
「ええ。あの子は“クラテル”。強い子だから酒蔵の番をさせていました。もう何年前かしら? 怪我をしていたあの子を拾ったのは……」
「拾った時から、あの色を?」
「いいえ。最初は血で汚れていて――……それが段々黒に変わって。どんなに洗っても取れなくて今はあのまま。あ、でも意外と綺麗好きなんですよ。あの子もお風呂に入れてあげたいわ。構いませんか殿下?」
「…………オーア様のグリフォンも、同じ名前と聞いております」
「え?」
皿を下げにやって来たのはメイドのリネル。会話に加わる彼女の言葉に驚くは、飼い主のヴァートのみならず。俺達も皆大なり小なり同様に。
「元の飼い主のところに戻ったってわけか。好意的に解釈するなら、ペットを取られた腹いせに、あんたに化けてやって来たんだろう」
「おかしいわね、お礼を言って欲しいくらいだわ。可愛がっていたのに……」
「ヴァートさん、貴方の言葉に嘘はありませんでした。確かに、資格はあります。これを……」
席を立ち、ヴァートに指輪を差し出すアージェント。年甲斐もなく、何度されてもこういうのは照れるわねと彼女ははにかむ。また変な女が増えるのか。俺達他の候補はまぁ、嬉しくはない。
「皆さん、先程ヴァートさんが言った通りです。僕とエルミヌが餓死する前に、鍵を沢山見つけて下さい。鍵魔法でオーアの魔法を解きます」
「鍵を手に入れて、それでも貴方の望むことを願うとは限りませんね。そうでしょうアージェント殿下? そこの女を心配する貴方の心も、消えてしまうかもしれない」
またお前は正論パンチかアズレアめ。
「はい。ですから先に約束します。何本で、成功するか解らないけど鍵一本につき、一週間――……僕の力を高める改造を願ってくれた方の部屋に僕は寝泊まりします」
実質、同棲である。今、俺とエルミヌが享受していた権利を一時的に剥奪できる約束である。女達の目の色が変わった。
「し、正気ですのアージェント!?」
「寝泊まり……その意味を確認させて頂けますか?」
「そうよね、枕投げだけなんてつまらないものね。夜はとっても長いのだから」
一周回って冷静になり、いつもの口調に戻るギュールズ姫。言質を取っておこうと企むアズレア。「寝間着に何を着せようかしら」などと、涎を拭いながらほざくはヴァート。エルミヌがもし口を開けられるなら、何も言えずに魚のようにぱくぱくしていた所だろう。
「も、勿論です。そ……その間は、何をされても構いません」
「お、おいアージェント。協力は有り難いが、何もそこまで――……」
「だ、だって……僕に出来る事なんて。僕の価値なんて――……誰を選ぶか、そのくらいしか」
「何言ってんだ、そんなことないだろ。なぁ……お前等何か言ってやれよ」
俺の訴え虚しく、アージェントは俯いたまま震えた声で言う。どうしたものかと振り向けば、もう女達の姿は見えない。
「もういねぇのかよ!! くっそ早いなあの連中!! 変態しかいねぇのか!? アージェントが何されるか解ったもんじゃねぇ!!」
「むぅううううううううううう!!」
こんな時に何ちんたら会話してんですかミュラル様、と言わんばかり。涙目のエルミヌ。出遅れたのは否めない。
「くそっ!! 行くぞエルミヌ!!」
俺はアージェントを小脇に抱え、エルミヌと――……奴らの後を追うのであった。
流石に全裸バトルが続くのはどうかと思ったので早めに切り上げました。




