山下さんとデート②
それにしてもなんだろうか……この空気。
バスに乗車して十分くらいが経過したのだが、やはり出会ったばかりということもあり、気まずい空気が流れていた。
最初の方こそいろいろと話しかけたり、話しかけられたりしたのだが……すぐにネタ切れになり、今となっては二人してだんまりとしている。
その間、俺は窓側に座っているため、外の流れる景色を眺め、隣に座っている山下さんは持って来た文庫本に目を通している。
バスの中は俺たち二人と運転手だけ。
休日の土曜とはいえ、路線バスだからまぁまぁ混んでいるのかなと思いきや、まさかの利用客が俺たちだけということに多少なり驚いたりもした。
出発地である公園から目的地の大きな隣町まではあと十分くらい。
それまでの間、この居心地の悪い空間にいなければならないということだけを考えただけでげんなりとしてしまうが、それは山下さんも同じだろう。
一秒が十秒くらいに感じてしまう今の状況をなんとか変えなければならない。
「あ、あのさ、行きたい場所とかある?」
俺は山下さんの方に顔を向けると、そう訊いた。
すると、山下さんは顔をゆっくりと上げ、俺の方を向く。
「行きたい場所、ですか?」
決めてもいいのですか? と、言うようなニュアンスで聞き返された。
「ああ、山下さんが決めてもいいよ」
「それじゃあ……」
そう言うと、顎に手を添え、しばし考える仕草を取る。
そして、行きたい場所が見つかったのかうんと一回相槌を打つ。
「ゲームセンターというところに行ってみたいです……」
「ゲーセン?」
「はい。わ、私実は行ったことがなくて……」
そう恥ずかしそうに言う山下さん。
高校生にもなって、ゲーセンに行ったことがない人とかいるんだなと改めて知ったところで、ある疑問のようなものが湧いて来た。
これまで行ったことがないというのは、ただ単に行く機会がなかっただけなのだろうかと。
これは各家庭にもよるけど、稀に家のルールがめちゃくちゃ厳しいところがある。俺の知っている範囲ではそんなに厳しいルールがあるという家庭は知らないし、今の時代にそんなルールを設けるところがあるのだろうかというレベルなんだが、もしそのようなルールでこれまで行けなかったとなれば、何かしらでバレた場合、いろいろと面倒くさいことになってしまう。
まぁ、だからと言って、行かないという選択肢はないが、そのようなルールがあるとなれば、バレないように慎重な行動が必要になって来るかもしれない。
「念のために訊くけど……家は厳しいのか?」
「はい?」
「えーっと、家のルールって言えばいいのかな?」
「別にないですけど……?」
何が訊きたいんですか? みたいな顔をされた。
どうやら俺の思い過ごしだったようだ。これはこれで一安心でいいのだが、ゲーセンに行ったとして何をしたらいいだろうか?
やはりゲーセンの定番と言えば、UFOキャッチャーだから、それをすればいいか? ゲーセンに行ってもアーケードゲームしかしないから分かんないし、そもそも俺はいつも一人で行っている。二人以上の場合何をしたらいいのかすらも分からない。
冬華以外の女子と二人きりでどこかに出かけるということはおそらく初めてだから何をどうすればいいか分からないことだらけではあるが、とりあえず山下さんがやりたいと思ったものからどんどんやらせていけばいいだろう。
車内は再び沈黙が流れ始める。
バスのエンジン音が耳に響くくらいに静寂と化したこの空間は俺にとっては、本当に生き地獄と言っていいほどに居づらい。
それは山下さんも同様で会話が途切れた瞬間に目線を文庫本に落とし、微動だにしない。
――なんで遊びに行こうだなんて誘ってしまったんだろう……。
ふと後悔してしまった。
別に山下さんと一緒にいるのが嫌だとかそういうわけではない。
ただ初めて顔を合わせたばかりでお互い何も知らない状態で遊びに誘うとか、学校の遠足で例えるなら、他クラスで顔と名前ぐらいしか知らず、交流のない人と突然同じシートに座って弁当を食べるというくらいにおかしな話だ。
あの時の俺はどうかしていた。
たぶん山下さんは誘いを断れないタイプなんだろう。
見た目もそうだし、性格から考えて気が弱い。だから俺の誘いも迷わず、受け入れてしまったんだ。
そう考えると、すっげぇ申し訳ないことをしてしまった感が出てくる。
――本当は行きたくなかったんじゃないか?
――俺のことを本当はどう思ってる? いきなりナンパみたいなことをしてきた隣のクラスの変なやつだと思われてるんじゃないか?
――というか、これって今更ながらに気づいたけど、デートっていうやつになるんじゃないか?
車窓から流れる街景色を眺めながら、次々と不安な種が頭の中に湧いて来る。
実際はどう思われているかは本人にしか分からないが、三枚目の手紙に書かれていた「Y・Y」の正体を探すためとはいえ、いきなり遊びに誘うというのはマズかったかもしれない……いや、普通でもマズい。
だが、マズかろうと俺の目的は仲良くなることに意味がある。
山下さんは、おしゃれをすると可愛いが、決してそういう目では見ていない。
気がつけば、車窓から見える景色が随分と変わり、道路沿いには様々な店が立ち並んでいる。
「次のバス停で降りようか」
俺は隣に座る山下さんにそう声をかけると、停車ボタンを押した。