山下さんとデート①
「た、谷山くん……」
土曜日。
今日は、山下さんと遊びに行く約束をして学校近くの公園に待ち合わせをしていたのだが……なんだろう? この気恥ずかしい感じは?
恋人でもないのにこの初デート感溢れた雰囲気に俺の心臓は鼓動を早め、今にでもどうにかなってしまいそうなくらい息苦しい。
これも山下さんの服装のせいだろうか?
白色のレースが付いたひざ下くらいまでのワンピースに麦素材のつば広ハット。肩にはベージュのポシェットと涼しげな格好。
まだ五月にしては、その格好は早くないだろうかと思いつつも、あまりにも似合っているため、ついつい見入ってしまう。
「ど、どうですか? 変じゃ、ないですか?」
不安げな瞳を俺に向ける山下さん。
あのモブキャラ感があっても、服装とか髪型だけでここまで変われるんだな……あまりの変貌に驚きすぎて、一瞬言葉が詰まってしまう。
「べ、別に変、じゃないと思うぞ?」
やっべ。直視できねーわ。
思わず俺は、視線を明後日の方向にズラしてしまう。
「ほ、本当にですか? それなら……良かったです」
山下さんはどこか嬉しそうな声でそう小さく呟いた。
俺はその山下さんの表情が気になり、ちらっと視線を戻す。
本当に嬉しそうに「えへへ」と下を向きながら照れていた。
――なんだよその反応は!? 勘違いしてしまうだろーが!
平常心だ。落ち着け俺。
俺は一度瞳を閉じて、すぅーと小さく深呼吸をする。
それからして、再び目を開く。
「き、今日は急に誘って悪かったな」
「い、いえ……私は常に暇なので……」
会話がすごくぎこちない。
本当に付き合いたてのカップルみたいだ。
……と言っても、生まれて十六年間彼女なんて一度もいたことがないんですけどね。
とりあえず、山下さんもこれからどうしたらいいか、分からない様子だ。
誘ったのは俺だし、ここでリードするのが男の役目だろう。実際はどうなのかは知らんけど。
「バスに乗るか? この辺だと、あまり遊べる店とか少ないだろうし」
「そ、そうですね」
ということで、俺と山下さんは公園を出てすぐにあるバス停まで歩く。
次のバスが来るまで少し時間がある。
ひとまず屋根付きのベンチに二人して並び座るのだが……き、気まずっ。
昨日初めて顔を合わせたということもあり、こういう状況になるとなおさらどうしていいか分からなくなる。
――どうする? 自己紹介でもしておくか?
俺は山下さんの方に向き直る。
「あ、あのさ、そう言えば、まだ自己紹介とかしてなかったよね?」
「え……あ、そ、そうですね」
「じゃあ、改めて自己紹介するけど、俺は二組の谷山一馬です。えーっと、趣味特技部活はなしで好きなことは家でゴロゴロすることで嫌いなことは……というか人か。リア充が特に嫌いです……よろしく」
「え、えーっと……こちらこそよろしくお願いします」
山下さんの表情が明らかに引きつっていて、苦笑いを浮かべていた。
俺の自己紹介そんなに酷いものだったか?
「ま、まぁ個性は人それぞれですもんね」
しかも、誰に対してなのか謎のフォローまで入れてきやがった。
俺はともかく、山下さんはうんと喉を鳴らすと、眼鏡越しから見える透き通った瞳で俺を捉える。
「え、えっと、次は私ですよね。わ、私は山下優香と言います。クラスは一組で谷山くんと同様に部活とかはしてないです。趣味はお菓子作りで特技も同じです。好きなことはお菓子を作ることで、嫌いなことは……ひ、人から注目されることです……。こんな私ですが、末長くお願いします……」
自己紹介が終わった頃には、山下さんの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
それにしてもいろいろとツッコミたいところがあるのだが、いいだろうか? いや、俺の中ではいいよな。
まず、思ったことなんだが、お菓子作りしかしてないのかしらん? もっとあるだろ? なんで趣味特技好きなことがお菓子作りなんだ!? 逆にそこまでお菓子作りと言われたら、山下さんの作ったお菓子一度でいいから食べてみたいわ。
それと、最後の「末長くお願いします」って、なんだよ。聞く人によっては誤解されかねないぞ?
むしろ誘ってんのか? あ?
そんなことを考えているうちに道路の奥からバスが走って来るのが見えた。
山下さんは相変わらずではあるが、まだ顔が赤い。
そして、バスが停留所に止まったと同時に俺たちは乗車した。