ファミレスからの帰り
ファミレスの帰り。
家に帰り着くと、玄関前に冬華が腕を組みながら仁王立ちしていた。
「お、俺の家に何か?」
「何かじゃないでしょ? 今すぐ私の家に来てくれるかしら?」
「あ、はい……」
もはや俺に行かないという拒否権は存在しない。
というわけで、荷物を玄関先に置いた後、すぐに冬華の家にお邪魔して、幼なじみの部屋の中へと通される。
「そこに正座して」
「せ、正座スか……」
「何か文句でもあるの?」
そう言って、ベッドの上に座った冬華は足を組んで、例の写真が映ったスマホを俺に見せる。
「いえ、喜んで正座させていただきますッ!」
背は腹に変えられない。
ここは仕方なくではあるが、冬華の言うことに従おう。
俺は冬華の前に正座する。
冬華が足を組んでいるせいで、制服のスカートの隙間からあるものが見えそうで見えない。
――こいつわざとやってるのか?
そんなことを考えながら、煩悩と葛藤していると、冬華がうんと咳払いをしてから足組みをやめる。……俺の考えてることがバレたのか?
「早速なんだけど、なぜこんな状況になっているのか理解しているわよね?」
冬華の冷たい視線が俺に降り注ぎ、冷酷な声が静寂とした室内に響き渡る。
「はい……」
俺は目線を逸らしつつ、小さく返事をした。
今から何をやらされるんだろうか……そんな不安をよそに、俺は一応覚悟を決めていた。
「私たちの関係は何? 恋人でしょ? それなのになんで私を置いて、何も言わずにどこかに行ってしまったの? その理由を述べなさい」
「え、えーっと……少し用事がありまして……」
「用事? それは私に言えないことなの?」
「い、いえ……そんなことは……」
本当は言えないことではある。
が、ここで言えないとはっきり言ってしまえば、次はそれを追求され、面倒臭いことになってしまう。
いち早くこの状況から抜け出すには、嘘をつきつつ、冬華を納得させるところに鍵がある。
「その、買い物に行ってまして……」
「買い物? でも何も買ってないわよね?」
「そう、ですね。買おうと思っていたんですけど、売ってなかったと言いますか……」
そう言って、俺は確かめるように冬華の顔を見る。
すると、冬華はじっと俺の顔を見つめていて、ふと目線が合ってしまった。
俺はとっさに目線をまた逸らす。
さすが氷の女王と言われるだけあって、無表情がさらに怖さを引き立てる。
それに謎の威圧感のせいでさっきから冷や汗が止まらず、背中がびしょびしょだ。
一秒が長く感じるってよく言うけど、こういう切羽詰まった時を言うんだなと改めて実感したところで、冬華が「はぁ……」とため息をつく。
「もういいわ。今日はもう帰りなさい。お風呂にも入りたいから」
「でも……」
「でも何? それとも例の写真を罰として、全校生徒にばらまいてくださいとでも言うの?」
「俺はそんなドMじゃねーよ! まぁ、冬華がいいって言うなら帰るわ」
まさかのお咎めなしに少しは驚いたが、これはこれでラッキーかもしれない。
俺は冬華の部屋から出ると、玄関まで向かう。
後ろをふと振り返ると、いつもの冬華の見送りはない。ということは、まだ部屋の中だろうか?
靴に履き替えると、俺は冬華の家を出た。
☆
「なんで私ってこうなんだろう……?」
一馬くんが自分の家に帰って行った後、私はベッドの上に仰向けになりながら、そう小さく嘆いていました。
本当は昔のような関係に戻りたい。
でも、どう接すればいいのか、分からず、結果的にいつもの私になってしまう。
――私、昔はどんな人だったかしら……?
ふとそんなことを考えてみますが、どんな人物でどんな性格だったのかも上手く思い出すことができません。
今の自分にもう慣れてしまったからでしょうか?
「今のままじゃダメ、だわ……」
そんなことはもうとっくの昔から知っています。
だけど、どうしても素直になれません。
私がこうなってしまったのもあの子のせい。あの子が私を騙さなければ、こんなことにはなっていなかった。
今さらながら、恨んでいても遅いということは分かっています。
私がまだ何も知らなかったからこんなことになっている。なら、私には友達なんていらない。友達がいるから私はこんな目になってしまったんだ。
「一馬くんと元の関係に戻れるかなぁ……?」
真っ白い天井を見つめていると、なんだか心が安らぎます。
先ほどまであんなに憎しみもあった感情がどんどんと落ち着いてきて、平常心へと戻ります。
それからして私はベッドから身を起こすと、何気なくスマホの画面を開きます。
ホーム画面には中学の時に撮った私と一馬くんが映っています。
二人とも仲の良さそうに笑っていて……この時に戻れたらどれだけいいだろう……。
気がつけば、目の前がぼやけ、画面の上に雫が落ちてきました。
――泣いてる……?
気がつけば、私は涙を流していました。
拭いても拭いても、流れて止まらない涙。
「なんで止まらないの……?」
それからというもの私は涙が止まるまでずっと目を拭き続けた。
結局は私の自業自得。あの吉沢佳乃にさえ騙されなければ、今頃はきっと……。