二組の結城結奈②
午後の授業を終えた放課後。
終礼が終わった後、すぐさまに教室を飛び出す勢いで走る。
今の状況を冬華に見つかってしまえば、非常に困る。あいつとは放課後一緒に帰る予定になっているのだが、今日はそれをすっぽかすつもりだ。
結城さんとの急用とはいえ、この件についても関係が悪化している以上、言うこともできない。
後で冬華からはいろいろと言われるんだろうなぁ……。
そんなことを考えながらも無事に靴箱へとたどり着く。
どうやら冬華が在籍している三組はまだ終礼が終わってないようだ。
今のうちに上履きから靴に履き替え、また走る。
そして、走り続けること約五分。
学校近くのファミレスへと到着した。
ここまで来ればもう安全だろう。
楓にも一応、冬華が何か訊いてきたら適当な理由を言っておいてと頼んでいるし。
とりあえず俺は店員に促されるまま、席へと移動する。
まだ時間帯だけに席はガラッとしていて、数名のお客さんがいるのみだ。
俺は席に座ると、メニュー表をとりあえず開く。
別に腹も減っていないし、何も食べる気にはならないが……一応、な?
ちなみに結城さんはまだ来ていない。
しばらくメニュー表を適当に眺めた後、テーブルの端っこにある呼び鈴を鳴らす。
店員が来たところでドリンクバーを頼み、待つこと十数分後。
コーヒーを飲みながら、ラノベを読んでいると、前の席に人が座るのが分かった。
俺は一旦ページから目を離し、前を見ると結城さんがいた。
「少し待たせたちゃった?」
「いや、別に待ってはないんだけど……」
「でも、一馬くんが勢いよく教室から飛び出して行くのをウチ見たけど?」
そうだった。
結城さんって俺と同じクラスメイトだった。
やっぱり短時間で同じクラスメイトだということさえ忘れてしまう俺って、ヤバいよね。語彙力なくなってるけど。
「まぁ、どれだけ待っていたとかいう話はどうでもいいんだけどね。それよりウチも何か頼んでいい?」
「あ、ああ……」
この時点でなんとなくだが、分かった。
――俺、今日奢らされるな。
念のため、財布の中身を確認する。三千円くらい入ってたから、まぁ大丈夫でしょ。
それに俺から誘ったんだから、これくらいの出費は仕方がない。
結城さんはメニュー表を手に取り、開くと、デザート類が載ったページを眺めながらしばらくの間悩む。
どのくらいかして、決まったのだろうか、メニュー表をパタンと閉じると、元の場所に戻してから呼び鈴を鳴らす。
「いちごとチョコのデリシャスホイップパフェを一つとドリンクバーで」
来た店員にそう伝えると、席を立って、ジュースを取りに行く。
「ごめんね。結構待たせたね」
「そうだな」
ここまで十分くらいは経っただろうか。
まぁ、時間的にはまだ余裕があるし、いいんだけど。
「普通、そこで待ってないよ的なことを言うのが正解なんだけど……まぁ、いいか。それで相談って何?」
結城さんがコップに入ったオレンジジュースをストローで飲む。
あの時はついその場しのぎみたいな感じで相談があると言ってしまったが、一応相談というよりも訊きたいことがあるのは事実だ。
俺も喉を潤すためにすっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。
「相談というよりも先に訊きたいことがあるんだ」
「訊きたいこと?」
「ああ……冬華との関係についてだ」
その時、結城さんが頼んだパフェが運ばれて来た。
やはりネーミングから想像できるほどに高カロリーそう。
結城さんは目の前に置かれたパフェをじっと見つめながら、どのくらいか沈黙が流れる。
「やっぱり一馬くんには話しておいた方がいいよね」
そう言うと、スプーンを使ってパフェを一口放り込む。
「何があったんだ?」
「冬華ちゃんさ、中学の時に中島くんと一時期付き合ってたでしょ?」
「ああ……」
「ウチね、今だから言えるんだけど、あの時中島くんのことが好きだったんだよ」
「え……?」
結城さんの表情が一瞬にして暗くなったような気がした。
表情は全くと言っていいほど変わっていないのに、悲しさがビンビンと伝わってくる。
俺はそれに対し、なんと返せばいいのか分からず、結城さんを見つめているだけ。
そんな様子を見た結城さんは小さく微笑んだ。
「別に深く考えなくてもいいよ。これはもう昔の話だし、気にしてない。むしろこれで良かったと思ってる」
「なんでそう思うんだ? 普通は盗られたと思うもんじゃないのか?」
女心は分からない。
でも、男子でも好きな子を知っている人や友人に盗られてしまえば、嫉妬というか憎しみを持ってしまう。
相手からしてみれば、理不尽と思われる場合もあるが……。
「最初はウチもなんでってなったよ? 冬華ちゃんはウチの好きな人を知っていたわけだし……憎んだりもした。でもね、後から周りの人に聞いたんだけど、中島くんって結構性格が悪かったんでしょ? それを聞いた時にね、あれはあれで良かったなぁって思っちゃったんだ。こういう風に思ってしまうウチも性格が相当悪いよね」
「そうか? 俺はそうは思わない」
なにせ、俺だって中島を恨んだりしたし、結城さんが抱いた気持ちと大して変わりはない。
結城さんがこれで性格が悪いとなれば、俺もそうだ。
結城さんは俺を大きな目で見つめたまま、呆気にとられているような感じになっている。
「ど、どうした……?」
俺は思わずそう訊くと、我に帰ったかのように結城さんは「ううん、なんでもない」と首を横に振る。
「だけど、一馬くんって意外にも優しいところがあるんだね」
「意外ってなんだよ。俺だって、優しい心くらい持ってる」
俺はそう反論した。今まで俺のことをなんだと思っていたんやら……。
それに対し、結城さんはぷっと小さく吹き出す。
「あ、いきなり吹き出しちゃってごめんね? あまりにも面白くて」
「面白いか?」
どこに吹き出す要素があったんだろ?
「まぁ、それよりもさ、一馬くんも一緒にパフェ食べない?」
「え?」
「一人だと少し食べきれないかもしれないからさ」
そう言われるがまま、結城さんはスプーンで一口すくうと、俺の口に無理やり突っ込んだ。
「ん?!」
俺は驚きながらもそれを食べ終える。
「な、何すんだよ!? そ、それって結城さんが使ってるスプーンだろ!」
「そうだけど?」
それがどうしたの? みたいな表情で言われた。
この子って……大丈夫か?
いろいろと心配になってくる。
「もしかして間接キスがどうとか言ってるわけ?」
「そ、そうだけど……」
恥ずかしくないのか?
好きでもない男子との関節キスなんて普通は嫌だろ。
とか思っていたのだが……
「ウチは別にそういうの気にしないんだけどなぁ」
「いやいや、普通は気にするだろ」
「そう? 気にする方がおかしいと思うけど? たかだか一つのスプーンが関節的に口に触れただけだよ?」
それをみんなは恥ずかしがるんだが……これ以上言ったところで無駄だろうな。
俺はもう一つあったスプーンを手に取る。
「え? 自分で食べるの?」
「当たり前だ」
「えー。せっかくウチが食べさせてあげようと思っていたのに」
分かりやすく項垂れる結城さん。
――この人……異常だ!
とにもかくにも俺はパフェを黙々と食べ始める。
「……せっかく復讐ができたと思ったのに……」
「ん? 何か言ったか?」
声が小さくて、ごにょごにょとしか聞こえなかった。
「ううん、なんでもない」
結城さんは首を左右に振ると、パフェを食べ始めた。