一組の山下優香
翌日の昼休み。
いつものように昼食をとり終えた後、俺と楓は図書室にいた。
そこでいつも座っている出入り口から一番遠い席に座り、昨日電話で話した続きをする。
「それで四組にはいたのか?」
さっそくではあったが、俺はそう切り出した。
すると、楓は首を横に振り、
「ううん、どうやら四組にはいなかったみたい」
となると、昨夜言っていた三人で確定ということになる。
「とりあえずだけど……顔を見に行ってみる? あの三人は一応僕の知り合いでもあるから簡単な紹介ぐらいはできるけど?」
「ああ、じゃあ頼む」
顔を見なくては、本当に初対面かどうかは分からない。
ただ俺が名前を忘れているだけかもしれないしな。
俺と楓は席から立つと、すぐに図書室から出る。
「あ、でも図書室の仕事はいいのかよ?」
図書室を出る間際にふと思った。
楓は図書委員であり、図書室の仕事がある。それをほったらかしていいのだろうか? 下手したら先生に怒られるんじゃ……?
そう思ったが、楓は爽やかに微笑み、
「心配してくれてありがと。でも大丈夫だよ。そもそも図書室の利用者なんてたかが知れてるしね。僕がいても来る人は少ないし、今日ぐらいは大丈夫でしょ」
楓らしくないというのだろうか……あの真面目な楓が意外にも楽観的な考えをしていたことに多少なり驚く俺。
その様子を見ていた楓は心外だなぁと言わんばかりのような表情をして、「僕だって、サボりたいって思うときくらいあるもん」と言って、可愛らしくも頰を膨らませながら図書室のドアを鍵で閉める。
そして、俺たちはそのまま一組の教室へと向かった。
☆
一組の教室は俺たち二組の隣にある。
まぁ、それがどの学校でも当たり前な配置なのだが、俺は教室の出入り口から中を覗く。
楓も俺と同じく中を窺うように覗き込み、「あの子だよ」と言って、指で示す。
楓が指で示した方向へと見ると、そこにはポツンと一人で席に座りながら、何かをしている女子がいた。
――ぼっち、なのか……?
俺はぎりぎりぼっちではないが、似たようなものだ。
もしかしたらあの子とは、ぼっちあるあるの何かで通じ合えるかもしれない。
「ちょっと呼んでくるね」
そう言うと、楓は教室内に入っていき、その子に何か話しかけている。
そして、少しして楓はその子を引き連れて戻ってきた。
「あ、あの……話とは……?」
「話?」
そんなこと言ったつもりはないし、特に話すことなんて考えてきてないんだけど……?
俺は横にいる楓を見る。
楓はニコニコしながら俺の顔を見るなり、早く適当な話をしろと目が語っていた。
――急にそんなことされてもなぁ……。
だが、こんなチャンス逃すわけにはいかない。相手もそう簡単には見つかってくれないだろうし、この三人の誰かとなると、仲良くなっていた方がいいかもしれない。
仲が良くなったのちに素性をバレない程度に訊き出したりすれば、わかるかもしれないし。
というか、今更ながらに思ったんだが、なんで相手は俺にバレないような行動を取っているのだろうか? それが一番の謎かもしれない。
とにかくだ。
俺は適当な話題を探る。
「や、山下優香さん、だよね?」
「え、はい……」
山下さんは非常に困惑した表情を浮かべている。
それもそうだよな。初対面の俺からいきなり話しかけられるとみんなそういう反応になってしまうのは当然のことだ。
山下さんの外見は端的に言うと、地味目だ。
メガネに黒髪のセミロングと顔はそこそこのモブ感漂う雰囲気がある。
制服も今時にわざと校則ぎりぎりに短くしているというわけでもなく、見た目で超真面目な子というのがひしひしと伝わってくる。
直感的に思ったことであり、これは俺だけだと思うけど……本当にこの子が手紙を書いた送り主なのだろうか?
俺にはどうしても想像ができず、むしろ対象者から外してもいいんじゃないかとも思った。
「急にごめんね? 少し驚いちゃったよね。えーっと……突然で悪いけど、俺のこと知ってるかな?」
「い、一応……。青島さんと付き合っているとかで……」
そう言うと、山下さんは顔をほんのり赤くして、俯いてしまう。
俺のことを知っているということだけでも結構な収穫ではあるが、このままではまだまだ情報量が少なすぎるし、できれば連絡先とか知っておきたい。
ひとまずはどうする?
遊びに誘ってみるか?
「あ、あのさ、明日の土曜って暇かな……?」
「え?」
「その一緒に遊びに行かないか? べ、別に深い意味はないんだけど……」
「一馬ってそんなに大胆だったんだね」
横から楓が冷や水をかぶせるような発言をしてきた。
俺はそれを聞いて、すぐに恥ずかしくなってしまう。
「う、うるせぇな。仕方ないだろ……」
楓とは違って、女子との繋がりがあるわけでもなければ、対応だってどすればいいか分からないし。
俺は生粋の草食系男子なんだから、この場合どうしたらいいか本当に分からない。
けど、これだけは分かった。
楓の反応を見る限りでは、初対面の相手にいきなり遊びに行こうという誘いはしてはいけない。
盛大にやらかしてしまった俺は内心、頭を抱えていた。
――これ詰んだ。絶対に詰んだやつ。
気持ち悪がられているだろうか?
それによくよく考えれば、俺には彼女がいる。
彼女を持ちながらも、他の女子を遊びに誘うとかクズ・オブ・クズ!
もうダメだ……と諦めかけていたときだった。
「いいですよ。わ、私でよければ……」
小さい声が耳に響いてきた。
気持ちが下がってしまっているため、一瞬それによる幻聴なのかとも思ったが、山下さんの方を見ると、上目遣いで俺をじっと見つめている。
メガネ越しから見える目は少し潤んでいて、頰も蒸気している。
――この子もしかしたら、イメチェンしたら可愛くなるタイプなんじゃないか?
そんなことを思いながらも、俺は念のため確認をする。
「本当にか……?」
すると、山下さんは小さく無言のままコクンと頷く。
まさか上手くいくとは思ってもみなかった。
彼女持ちの俺の誘いに乗ってくれる山下さんって……一体?
「わ、私も明日は暇ですし……そ、それに谷山君が言っていたように私もそ、そういう変な気持ちはないので……」
「そ、そうだよな!」
なんか振られたような気分に襲われた。
女子から改めて、そういう気持ちがないと言われるとなぜか知らないけど、少し凹むよね。別に俺にもそう言った気持ちがないのは明らかだけどさ……なんでだろう? 俺だけか?
「じゃあ、待ち合わせ場所は学校近くの公園でいいか?」
「は、はい……」
待ち合わせ場所が決まると、すぐに俺と山下さんは連絡先の交換をした。
なんだか冬華以外の女子の連絡先を手に入れたことにどこかくすぐったいような気持ちはあるが、とりあえず今日のところはここまでとして、俺と楓は一組の教室から離れた。
「まさか一馬が急にあんなことを言い出すとは予想外だったよ」
楓は苦笑する。
「俺だって、あんなこと言うつもりはなかった」
そもそも楓の急な無茶振りがいけないんだよ。呼ぶんだったら呼ぶで事前に知らせて欲しかった。
「まぁまぁ、一馬も思うところはあると思うけど、結果オーライってことでよかったじゃん。逆に親密とまではいかないけど、ある程度仲のいい関係性にはなれると思うよ?」
「そう、なれるといいけどな」
山下さんが手紙を書いた主なのか……まだ分からないにせよ、あと二人も残っている。
楓は廊下の途中で足を止める。
「あと二人はどうする? 今日中に会っておく?」
「あー……一応お願いしてもいいか?」
「うん、じゃあ次は僕たちのクラスだね。一馬も見覚えくらいはあると思うよ」
そう言うと、楓は先に二組の教室の中へと入って行った。
――見覚えがあるといいけどな。
ここだけの話。俺は同じクラスメイトの顔や名前などほとんどを覚えていない。
なぜかって? そりゃあ、交流もないやつらの名前と顔を覚えたところで記憶力の無駄使いになってしまうからさ。
とにもかくにも俺は楓の後を追うように二組の教室へと入った。