三枚目の手紙
午後の授業を全て終え、放課後がやってきた。
「一馬くん、帰らないの?」
冬華がクラスの教室に入ってくるなり、俺のところへ近づいてきた。
――ここ、お前のクラスじゃねーだろ。
そんなことを思いながらも、俺は自分の席で持ってきていたラノベを読む。
周りは冬華が来たことで少しざわざわし始めたが、だいたいの人は先に帰ったり、部活だったりでいなくなっているため、そこまでうるさくはない。
今教室に残っている人たちもいずれは部活やらでいなくなるんだろうなぁと思いながらも、冬華に目をくれずにいると、
「いひぇ。にゃにひゅんだよ?」
冬華が俺の前に移動したかと思えば、急にしゃがんで両頬をつまみ出した。
俺は思わず、ラノベから冬華の方に目線が移ってしまう。
冬華は俺の目をじっと見るだけで、無表情だ。
「にゃんにゃんだよ?」
「……別に」
そう言って、冬華は俺の両頬を解放した。
一体何がしたかったのか分からないが、冬華の目はどこか悲しげに見えた。
俺はラノベをパタンと閉じる。
ただでさえ周りの視線があるというのに、さらに冬華が気になるような表情をされてしまえば、せっかく読んだものも頭に入ってこない。
冬華は俺の前にある席に座り、待とうとしてくれているのか、同じく読書をしようとカバンから本を取り出す。
「なぁ、別に俺を待たなくてもいいぞ?」
「……」
冬華は本に目を落としたまま何も答えない。
どうしたものか……楓には放課後靴箱を見張っているようお願いをしている。何かあれば、メールで連絡をすると言っていたけど、まだスマホを見る限りでは着信は来ていない。
終礼からすでに三十分が経過している。
クラスにはもう数名の生徒しか残っておらず、この人たちもやがては教室を出て行く。
そうなってしまえば、教室には俺と冬華の二人だけになる。
最近は、脅されてという理由もあるが、朝と放課後を一緒に登下校するようになった。
が、まだ俺自身にもわだかまりがあるということもあって、気まずい雰囲気が常にまとわりついている。
二人だけの空間……相当堪え難い空気になるんじゃないか?
そうなってしまう前になんとか連絡があってほしいが……ないだろうな。
俺は一旦この空気から逃げ出すために席を立つ。
まだ人が数名残っているとはいえ、まぁまぁな気まずい空気。その数名は女子なんだけど、さっきから俺たちの方を見てはヒソヒソと何やら話しているし……
「どこに行くの?」
俺が教室を出ようとした時、冬華が俺の後を追って来た。
「どこって、トイレだけど……?」
「じゃあ……私も行くわ」
「は?」
「別に勘違いしないでほしいわ。ただお手洗いに行きたくなっただけよ」
そう言って、冬華は俺の横を通り過ぎ、先にトイレがある方向の廊下を歩いて行った。
――本当になんなんだよ……。
教室にまだ残っている数名の女子がまたもや俺たちのことでヒソヒソと話し込んでいるのが横目で見えた。
すっごく気まずい。
冬華がトイレに行くなら、俺は教室に残ろうかなと一瞬思ったけど、この状況なら無理だな。
ということで、俺はトイレには行かず、かと言って教室に残るわけでもなく、靴箱へと向かった。
楓からはあまり近づかないでほしいとは言われてはいたけれど、やはり気になる。
行ったら怒られるかもしれないけど、まぁその時は仕方がない。
☆
靴箱付近に到着すると、すぐに楓を見つけることができた。
楓は廊下に入る角で、壁にもたれかかりながら様子を窺っているようだ。
俺は楓の元に近づく。
「楓、いたか?」
楓の華奢な肩をポンと叩く。
すると、楓は一瞬ビクッと身体を震わせ、少し涙目になりながらも俺の方に顔を向ける。
「な、なんだ……一馬か。って、びっくりするじゃないか!? 来るんだったら事前にメールしてよ!」
やっぱり怒られた。
「すまん。メールしようかなとは思ってたけど、忘れてた。お詫びというのもなんだが、はいこれ」
俺はそう言って、来る途中の自販機で買った缶コーヒーを手渡す。
「え、僕コーヒー飲めないんだけど……まぁいいか。ありがとう」
楓は缶コーヒーを受け取ると、すぐに制服の上着ポケットにしまう。
「それで怪しい子はいたか?」
「ううん、それが今のところは全然。さっきまでは下校する人たちで靴箱が少し混んでたからその時にもしかしたらと思ったんだけど、確認してみたらなかった」
「そうか。じゃあ、今日はもう……」
「そうだね。今までのことを参考にして考えるに、これ以上遅く残っていても意味がないかもしれないね」
これまでもらった手紙は俺が学校に到着する前に入れられたものや放課後になって、すぐに入れられたものがある。
このことを参考にして考えるにこれ以上待っていても現れる確率は低いかもしれない。
まぁ、まだ二通しかもらっていないからそう断言するのは早いとは思うけど。
「楓はこの後、用事とかあるのか?」
「うーん……一応急ぎではないけど、あることはあるかな」
「じゃあ、もう今日は帰るか? このまま待っていても来ないだろうと思うし」
「一馬がそう思うのなら、僕は帰るけど……」
「ああ、今日はありがとな。また明日悪いけど、頼めるか? 絶対何かしらで埋め合わせはするからさ」
「うん、一馬のためなら僕頑張るよ!」
「悪いな。じゃあ、俺は先に教室へ戻るわ。冬華が文句を言っているかもしれないから」
「うん、じゃあまたね」
「ああ、また明日」
楓から様子を聞けただけでもよしとしよう。
今日は現れなかった。
だとすれば、明日か明後日……はたまたその先か。
俺はそんなことを考えながら教室に戻ると、先ほどまでいた数名の女子は部活にでも行ったのかいない。
そして、室内には……
「す、すまん……」
明らかに怒ってます感を漂わせた冬華が俺の席に座りながら、キッと睨みつけてくる。
「随分と遅かったわね。そんなに大きいものが出たのかしら?」
学校一の美少女の口からそんなお下品な言葉が出るとは思ってもみなかった。
それくらい怒っているのだろう。
とはいえ、楓のところに行っていたとは到底言えるわけもないし……
「ま、まぁ、腹を少し壊しててな」
乾いた笑顔とともに俺は嘘をつくことにした。大きいものを出したと……。
その様子を見ていた冬華は訝しげな表情で俺を見つめるも、すぐに「はぁ……」とどこか諦めたようなため息をつく。
「何を隠しているのかは分からないけど、まぁ、いいわ。そろそろ帰りましょ? もうすぐで五時になっちゃうわよ?」
「あ、ああ……」
隠し事をしていることがすぐにバレたあたり、将来浮気とかできないだろうなぁと分かったところで、俺は帰る準備をする。
「じゃあ、私先に靴箱に行っとくから」
「ああ」
冬華は前の席に置いてあった自分のカバンを手に取ると、俺より先に教室を出て行った。
それから数分後に準備を終えた俺は、急いで教室を出て、冬華が待っている靴箱へと向かう。
靴箱に到着すると、冬華は校舎の出入り口付近で待っていた。
俺はすぐさま履き替えようと、靴を取り出したところで、
「え……?」
手紙を発見した。いつもと同じピンク色の封筒を。