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偽善者の罪

作者: 夜鳥

 この世界は人間族以外にも様々な種族が暮らしていた。だが種族の中で一番力が弱い人間族は、理性を失い魔力に狂った魔物に襲われてばかりいた。そのため、人間族の中で魔物を狩る『ハンター』という職業が出来た。俺の一族は魔物ハンターとして有名で、父と母はハンター協会の中でもそれなりの地位にいた。


 だが俺は一族の中で平凡な男だった。だからだろうか、“特別”であることに憧れ、そういった者に自分が“選ばれる”ことを夢見ていた。


 俺が“特別”であることに執着し始めたのは、俺が8歳の時のことだった。その時、俺にとっては運命的と言える出会いを果たしたのだった。


 彼女は他の吸血鬼の追随を許さない、美しい“特別”な吸血鬼だった。絹のような美しい金髪に、血のような緋色の瞳。まだ幼い少女のような彼女は、『幻の真祖』と呼ばれる存在だった。『真祖』というのは、他の吸血鬼の吸血行為によって生み出された存在ではなく、それ一つの完全体となる存在だった。


 彼女の存在自体は幻とされていたが、ハンター協会が封印されている彼女を発見し、密かに研究所に保護したのだった。


 彼女に関する歴史に残る逸話は、多く残っている。帝国の皇帝や一国の王、貴人など、多くの人が彼女を手に入れた結果、その誰もが悲劇的な死を遂げている。彼女は気まぐれに自分の所有者を見つけては、破滅へと追いやる遊戯(ゲーム)を楽しんでいたのだった。それでも、そんな彼女の魅力に心奪われる人は後を絶たなかった。そのため、そのことを危惧した一部の人々が、彼女を封印したのだった。


 そして俺も、そんな彼女の魅力にとりつかれた者の一人だった。父と母が研究所に寄った際、彼らの言いつけを破って研究所内を探検していた時に、俺は彼女に偶然出会った。研究所にいる彼女は、封印の影響でほとんど喋らない人形のようだったが、その美しさだけは際立っていた。部屋の中でじっとしている彼女は、何にも関心がなさそうだった。初めて会った時、彼女は一瞬だけチラリとこちらを見たが、すぐに興味を失ったように視線を外した。俺は毎日こっそりと研究所に通った。父や母はハンターとして忙しかったから、俺が家にいなくてもバレなかった。そして少しでも彼女の興味を引こうと、あれこれ試行錯誤するが、全てことごとく失敗した。何度話しかけても、彼女の視界に俺は入っていなかった。


「どうすれば、貴方の“特別”になれる?」


 そう問いかけても、返事は帰ってこない。それが悲しかった。平凡な俺は、どう頑張っても彼女の“特別”になりえない。次第に俺は諦めて、彼女を眺めるだけの日々を送った。


 そんなある日のことだった。俺が頻繁に出かけるのを訝しんだ弟が、俺の後をつけて、彼女と出会ってしまった。そしてあろうことか、彼女は弟を見て、その美しい顔に微笑みを浮かべたのだった。弟は、そんな彼女を見て嫌悪感を露わにした。そして俺に向かって、こんな事は今すぐやめろと諭した。だが弟のその様子を見て、彼女は甘い魅惑的な声で、弟を誘惑し、血を求めたのだった。


 俺はその光景を見て絶望した。選ばれなかった者の虚しさを思い知った。自分が“特別”になれることはないと理解した。それがただ悔しかった。


 俺が彼女に縋った。どうすれば認めてもらえるのか。彼女は一つ首を傾げた後、紅い石を望んだ。俺の家に古くからある、あの紅い石を。それは、父と母から絶対に持ち出してならないと何度も言われたものだった。だが俺は彼女に認められたい一心だった。その紅い石をこっそりと持ちだし、彼女に差し出した。


 すると彼女は、その石を手に取ると、突然高笑いをあげた。その紅い石は、彼女の封印の核となる石だった。俺の一族は、数百年前に彼女を封印した一族だったのだ。石が砕け散ると同時に、人形のようだった彼女は息を吹き返した。そして彼女は、俺の愚かさを嗤った。


「“特別”などとは愚かしい。お前のそれは、己の矮小さを晒しているだけだ。優越感を得るために他者を利用し、下の者を見下してるだけにすぎない。」


 俺は結局、彼女に利用されるだけの存在だった。用が済んだ自分は、そこらの路傍の石にすぎないのだろう。取り返しのつかないことをしてしまった。そして俺は、自分の無力さを思い知る。だから俺は必死に彼女に乞うた。すると彼女は、首を傾げた後、気まぐれで思いついたかのように口を開いた。


「…………………望みは?」


 そう言って彼女は、美しく口を歪めて笑った。


「俺の命はどうしてくれても構わない! その代わり、ハンター協会や研究所の人達を殺さないでくれッ!!」


 俺の答えに、彼女はつまらなさそうな顔をすると、ふわりと空中に飛ぶ。


「“偽善”だな。お前がいくら御託を並べようと、それは結局偽善に塗れたものでしかないのだ。」


 気付けば、彼女は俺の首に手をかけていた。次の瞬間、俺の首に激痛が走る。彼女は俺の首に、牙を突き立てたのだった。思わず悲鳴をあげる。全身の血が凍り付いた。このまま殺されるのだと思った。そして永遠にも感じる一瞬で、唐突に彼女は牙を離した。


「私を封印した憎い一族の末裔である愚かなお前に、“血の呪い”をかけてやった。もがき苦しみながら、孤独のうちに死ぬが良い。」


 俺に呪いの言葉を言い残して、彼女は笑いながら去っていく。研究所は業火に包まれていた。そして俺は首から血を流しながら、気絶した。





 俺は奇跡的に助かった。そして研究所の方は、炎に焼かれたものの、幸いなことに死傷者は出なかった。

 だが罪を犯した俺は、ハンター協会から事実上追放された。彼女にかけられた『血の呪い』は、段々と理性を失って血を貪欲に貪る魔物に変わる呪いだった。喉の渇きは決して癒やすことは出来ない。呪いをかけた本人である彼女以外は。

 俺は人間にも、吸血鬼にもなれない、異端者だった。


 そんな俺を、名門のハンター一家として有名な家族は受け入れなかった。その上“化け物”と俺を罵って、殺そうとさえした。弟が止めなければ、きっと俺の命はなかっただろう。


 そして俺は、遠い親戚の変わり者として知られている人に預けられることになった。養父はハンターを育てる学校を経営していた。驚いたことに、その学校には僅かながら人間族以外の種族もいた。ハンターは人間族の職業として知られているが、害をなす魔物に対抗するためには他の種族とも協力しなければいけないと養父は言った。他種族は、力の弱い人間族を見下している。そんな試みは無駄だと思った。他種族をハンターとして育てても、余計な諍いが生まれるだけだ。


 だが俺はそんなことをおくびにも出さず、素晴らしい考えだと褒め称えた。そして養父の考えに協力する旨を申し出た。内心で、彼女のような“特別”な者を集めた箱庭をつくる計画を密かに企てながら。自分が選ばれないならば、自分で“選べばいい”。まるで美しい宝石を宝箱にしまっておくように。


 養父の家には幼い少女がいた。人間族の子供だった。少女は昔、人間に化けた魔物に襲われた経験があり、それがトラウマになったのか、あまり人に懐かない子だった。唯一、彼女の傍にいた黒狼族の少年には、心を許していた。そして少女は、密かに美しい少年である彼に想いを寄せていたのだった。少女は俺と同じだった。“特別”に憧れながらも、“特別”になれない、普通の子。そのことに親近感がわき、少女を義妹のように可愛がるようになった。


 そして俺は、ある程度戦える年齢になると、ハンターとしての活動を始めた。ハンター協会からは追放処分を受けているから、野良のハンターだ。正式なハンターではないが、世界は害ある魔物で溢れかえっていた。ハンター協会を通じるとそれなりの報酬を用意しなければならないが、野良のハンターは自由に報酬を決められる。そのため野良のハンターとしての仕事は多くあった。俺は手始めに人々を味方につけることから始めた。貧しい者や弱い者に手を差し伸べ、たとえ報酬がないとしても困っている人がいれば、魔物を討伐した。それすれば、たちまち俺は民衆の間で人気者となった。民衆が協力的になることで、様々な情報や伝手を得ることが出来た。そして俺は、喉の渇きを少しでも癒すために、狩った魔物から必要な血を得ながらハンターとして活動しつつ、人々から情報をもらい、養父の学園にハンターの卵をスカウトする仕事をしていた。


 この世界は色んな種族で溢れていた。そしてその中でも“特別”な者は孤独な者が多かった。心底相手を心配しているように見せかけ、全く思ってもいないいたわりの言葉をかける。そうすれば、相手は抵抗しつつも段々と気を許すようになった。白龍族の中でも珍しい黒い龍も、戦闘的な天使族の中でも異常な魔力量を誇る天使も、妖精族の一族から恐れられる子供も、殺戮衝動を抑えられない剣聖も、謎に包まれた魔蟲の一族の末裔も。人ではない彼らは、それは美しい容姿をしていた。そして“特別”な彼らに必要な存在として認められれば、俺の心は満たされた。


 彼らに傍にいてもらうために、俺は偽善者であり続けた。彼らが望む言葉を言い、自分の居場所をつくろうとすることに必死だった。そこに愛はなかった。だから“特別”な彼らは、俺が一時見せた偽善の夢ではなく、彼らの真の理解者を見つけると、俺の傍から離れていってしまった。誰も彼もが例外なく。俺は結局、彼らの“特別”になりきれず、どこまでいっても独りだった。


 俺が可愛がっていた義妹も、同じだった。俺と同じように“特別”な彼らに憧れを抱いていていた義妹は、ある日、絶滅危惧種だった白狼族として覚醒したのだ。そして幼馴染であり、番となる黒狼族の王の手をとった。黒狼族の彼は、俺に対して義妹に近づかないように何度も牽制していたが、義妹が自分の番だと最初から知っていたのだろう。義妹の手を大切そうに触れながら、普段の冷たい表情から想像できないほど、甘い瞳で義妹を見つめていた。そうして義妹は、“特別”な彼らの一員として迎えいれられ、俺だけが取り残された。




 段々と俺の偽善が剥がれていく。ある時、俺が作った箱庭は崩壊した。俺よりも優秀なハンターとして育った彼らは、学園を去り、あろうことか、俺の傍を離れると言い出したのだ。

 俺は思わず、これまで隠してきた己の本心を吐露した。


「俺がお前たちに親切な言葉をかけたのは、お前たちが“特別”だったからだッ! お前たちは、俺が選んだ“特別”なんだ! “特別”なお前たちは、勝手に俺の傍から離れるなッ!!」


 俺がそう言えば、“特別”な彼らは、顔を嫌悪感で歪めた。その表情を見て、彼らが俺を見限ったことを知る。義妹のように思っていた少女も、顔を青ざめさせて俺から離れ、番の後ろに隠れた。嫌だ、皆離れる。離れていってしまう。“彼女”の時と同じだ。俺はみっともなく彼らに縋った。傍から見ると、俺は狂ったように見えただろう。バラバラになったものを必死にかき集めようとする様は、酷く滑稽だっただろう。


「哀れな男だな。」


 その言葉が耳に残る。“哀れ”。特別な彼らにとって、俺は所詮惨めな虫けらの存在にすぎないのだろう。閉じ込められた牢屋の中で、糸が切れた人形のように呆然とする。俺は彼らに“必要”とされたかったのに、いつの間にか必要じゃないのは俺の方だったのだ。





 その夜、俺はひっそりと学園を後にした。皆が寝静まった頃を見計らって牢屋を出れば、そこには養父の姿があった。彼は困ったように、悲しそうに笑っていた。養父には昔から迷惑をかけてばかりだった。彼から俺の武器である双銃を受け取り、別れを告げる。その日は吹雪だった。


 それから俺は、各地を転々と流浪した。学園から逃げ出したことで、俺は危険人物としてハンター達から追われるようになった。ハンターは世界各地にいるため、どこに隠れても俺は見つけ出され、追われ続けた。ずっと気を張り詰める生活だった。逃亡者である俺を人々は忌避したが、相変わらず上っ面だけの言葉を並べ立て、偽善に満ちた善意を示せば、人は喜んだ。俺が心の底で見下しているとは知らずに。“特別”じゃない人々の称賛の声は、全く俺の心を満たさなかった。


 血の呪いはますます侵食し、喉の渇きは酷くなる一方だった。だがどの種族の血を飲んだ所で、渇きは癒されることはない。彼女の血だけが、俺を救える。しかしどんなに世界中を旅した所で、彼女は姿を現さなかった。それも当然だろう。獣のように暴れだしたくなる本能を、必死に理性で抑え込む。そして血を得るために魔物を狩り続ける日々を送った。何度も生死の境を彷徨った。ギリギリの所で戦い続けた。害をなす魔物を討伐すると人々には感謝されるが、その瞳には恐怖があった。人にも吸血鬼にもなれない俺は、いつも孤独だった。





 だから、今の状況があるのだろう。“特別”な彼らに見捨てられた今、俺は無用の存在だった。ハンターの端くれとして今日まで何とかしぶとく生き残ってきたが、どうやら俺の悪運も尽きたらしい。武器である銃を握っていた手には、既に力が入らない。左手を見れば、先ほど魔物にやられた傷から溢れた血で、べっとりと汚れていた。ヒューヒューと口から息を吐きだす。俺の死は目前だった。


 俺が取り逃がした魔物は、きっと俺よりも優秀なハンターである彼らが討伐してくれるだろう。そして俺は、ここでひっそりと独り朽ちていく。誰も俺に気付いてくれない。そのことに涙が零れる。俺は物語の端役にすぎないことを実感する。所詮偽善者に過ぎない平凡な男は、舞台の陰で死んでいく。


 “特別”になりたかった。ただ俺を“必要としてくれる”人が欲しかった。けど、いない。そんな人いない。その事実に打ちのめされ、後から後から涙が流れる。


 その時だった。ふわりと微かに風を感じる。思わず顔を上げれば、そこには10年前と全く同じ姿の彼女がいた。10年の時を経ても、彼女は恐ろしいほど美しかった。俺は目の前の光景が信じられなかった。これは俺が死ぬ間際に見る幻なのかもしれない、と思った。だが幻でも良かった。最期に彼女の姿が見られるなら、それで良かった。


「…………………死ぬのか?」


 幻の彼女が、そう問いかける。俺はそれに答えようとするが、血が喉に詰まって咳き込んでしまった。


「…………………望みは?」


 自分の身の程は、すでに思い知った。だから今の俺の望みは―――


「……そ、…ばに、ぃて…ほし、い……」


 もう“特別”じゃなくていい。彼女の傍にいられるなら、それで満足だった。


 彼女がふわりと飛び立つ気配がする。ああ、行ってしまう。幻でも、俺の最期の願いは叶えられない。そのことに絶望する。

 俺の目は、その時ほとんど見えていなかった。だから、その後すぐに俺の頭を撫でる感触があったことに驚いた。そして、


「いいだろう。お前のその願い、叶えてやる。」


 という彼女の言葉とともに、俺の意識は暗転した。





 次に目が覚めた時、俺は彼女の腕の中にいた。最初は夢の続きかと思ったが、時間が経つにつれて、どうやら現実らしいということが分かった。

 そして驚いたことに、俺の髪は彼女のように金に染まり、瞳は緋色になっていた。どうやら彼女が、俺が一度死んだ後に、秘術を使って蘇らせてくれたらしい。秘術の影響で、昔の俺の記憶の大半が失われてしまったようだが、彼女の傍にいられるなら、さして気にすることではなかった。


 それから俺は、ずっと彼女に寄り添い続けた。彼女は、俺が少しでも傍から離れることを極端に嫌がった。『二人で対となる存在』だから、片時も俺たちは離れることはなかった。彼女が傍に居れば、俺の心は満たされた。


 外は煩わしかった。たまにハンターが彼女を襲いにやって来るが、そのたびに俺は排除する。そうすれば彼女は、美しい微笑みを浮かべながら俺の頭を撫でてくれるのだ。ハンターの中には何度も俺に説得を試みようとする奴もいたが、返答代わりに容赦ない一撃を食らわせる。なかなかしぶとくて仕留めきれないが、そんな時は彼女も戦闘に参加する。彼女と二人なら、どんなハンターでも追い払うことが出来た。

 そして俺と彼女は、二人だけの世界をつくる。そんな時、決まって彼女は満足そうに微笑みながら、こういうのだ。



 ――――――― これが貴方の罪よ、と。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

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