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逃避行

 「そこ、間違ってるよ。」

 隣で問題集を解いていた(あかり)にそう声を掛け、え?どこ?と疑問符を浮かべる彼女のノートを自分の方に寄せて、奏太(そうた)はここと間違った箇所を指摘した。そして、それでもどう間違ってるのかわかっていない様子の彼女に、だからこれがこうでこうだからと書き込みをしながら丁寧に教える。

 「あー。なるほど。奏太君って頭良いんだね。」

 そう感嘆した様子で呟き、自分にきらきらした顔を向けてくる灯を見て、奏太は少し照れたように、別にたいしたことないよと呟いた。

 「ってか、俺の周り、俺よりできる奴ばっかだし。俺なんて本当、大したことないって言うか。友達やねーちゃんの方が余程俺よりできるから、俺なんてパッとしないから。」

 そう付け加えてしまって少し暗い気持ちになる。灯ちゃんは俺の家族のことも友達のことも知らないんだから、別にこんなこと言わなくてもいいのに。せっかく褒めてくれたのにこんなこと言うとか、幻滅されるかな。ってか、俺、卑屈になるにも程があるんじゃない。ゆくゆく知られたときの防波線を今から張っとく必要ある?ここは素直に喜んどけば良いのに、俺のバカ。こんな根暗な男、嫌われるだろ。なにやってんの俺。そんなことを思ってなんか辛くなる。

 出会ってから暫く。春休みに入り、予定が合えばこうして一緒にファミレスや図書館で受験勉強して過ごすなんて、告白が上手くいって彼女ができていたらこうしたいなと思っていた彼女との過ごし方を今、灯ちゃんと過ごしているんだと思うと、なんだか複雑な気持ちがしてくる。だって、残念なことに灯ちゃんは彼女じゃないから。なんで、俺、友達からとか言っちゃったんだろう。灯ちゃんは可愛い。素直で明るくて。一緒にいて楽しい。だけど、初めて会ったとき、ナンパでも良いと言ってくれた灯ちゃんに友達からでと言っちゃったから、付き合えなかったわけで。でも、今更、やっぱ付き合わない?とか言えないし。言えるわけないし。お互い受験頑張ろうねなんて言い合って一緒に受験勉強やってるのに、このタイミングでそんなこと言ったら、確実にフラれる気がするし。だからとりあえず受験が終わるまでは今の関係で。でも、そこまで引っ張って、こういう自分の後ろ向きなとことかどんどん知られて、そしたら、こんな格好意悪い俺のことなんて好きになってもらえない気がする。友達として過ごしてたら、友達としては良いけど彼氏にするのにはちょっとって、今までもそういうのでフラれたこと何回かあったからな。そんなことを考えて、奏太は気落ちした。

 「もしかして、奏太君も落ちこぼれ組だったりする?」

 そんな灯の声がして、奏太はハッとして彼女の方を見た。

 「親も優秀で、兄弟や従兄弟とか親戚達も皆優秀で。普通にできるくらいじゃ、○○家の恥とかさ。落ちこぼれ扱いされるような。奏太君もそういう系なのかなって。間違ってたらごめんね。」

 そう言って、実はわたしがそのタイプなんだとばつが悪そうに笑う灯を見て、奏太は後ろめたい気持ちになって目を逸らした。似たようなものかもしれないけど、自分は違う。俺は自分で勝手に周りと比べて悔しがってるだけで、周りから落ちこぼれ扱いされているわけじゃない。

 「ごめんね、急に暗い話しして。勉強の続きしよ。続き。」

 そう明るい調子で灯が言って、何事もなかったかのように自分の問題集に向き合う。やっぱ難しいななんて、困ったように笑いながら、奏太君ここ教えてなんていつもの調子で話しかけてくる灯に、奏太はいつも通り教え、そしてなんとなく、別に大丈夫だよと呟いていた。それを耳にした灯がハッとしたように自分を見上げる。目が合って、なんとなく居心地が悪くなって、奏太はまた視線を逸らした。

 「うちはさ、放任主義って言うか。俺が出来が悪かろうがなんだろうか気にされないし、俺が勝手にねーちゃんや友達と自分比べて落ち込んでるだけって言うか。そんな感じ。だから、優秀じゃないと周りから責められる気持ちとかは解んないけど。でも、自分だけが浮いてるって言うか、勝手に疎外感覚えて嫌になるって言うか。少しは期待されたいじゃないけど。なんつーの。周りと自分を比べて辛くなる気持ちは解るからさ。努力したって、そこには届かないのかなとか、どうにもならない自分に腹立つって言うか、落ち込むって言うか、嫌になるって言うか。そんな自分がスゲー、格好悪いと思うんだけどさ。そんなこと考えて逃げたくなる自分がどうしても自分の中から消せなくて。本当、俺、自分の事スゲー格好悪いって思う。」

 自分が作ってしまった空気をどうすれば良いのか解らなくて、でもなにか言わなくてはと思って、奏太はそんなことをぽつりぽつりと話した。

 「俺なんてこんなんで、俺の悩みなんて自分勝手なものだし、灯ちゃんの辛さは理解できないけどさ。でも、俺よりずっと辛いんだろうなって、想像くらいはつくっていうか。頑張ってもどうしようもできなくて、自分自身それで凄く苦しいのに、それをさらに周りから責められてなんて。辛すぎでしょ。自分じゃそれ以上どうしたらいいかなんて解んないのに、ね。でも、灯ちゃんは俺と違って、そう言うの表に出さないでさ。偉いって言うか、凄いって言うか。俺よりずっと格好いいよ。尊敬する。だから、気にしないで。俺、そう言うの聞くの全然平気。ってか、話して灯ちゃんが少しでも楽になれるなら、愚痴ぐらい聞くよ。あと、俺程度で教えられることならいくらだって勉強教えるし。アレだったら、うちの母さん、意外と勉強できるし教えるの得意みたいだから、うち来て勉強しても良いし。俺、協力するから。だから、大丈夫。受験勉強頑張ろう。こうなったら一緒に、どうせなら今の自分じゃ難しいとこ目指して頑張ろうよ。そうだな。わかりやすく地元の難関校とか目指してみる?もし合格できたらさ、今まで灯ちゃんの事落ちこぼれ扱いしてきた連中、見返してやれそうじゃない?だから、一緒にダメ元でも挑戦してみない?」

 そう言うと灯が驚いたような顔をして、嬉しそうにありがとうと笑って奏太は胸が高鳴った。

 「奏太君は優しいね。」

 そう言って灯が目を伏せる。

 「でも、難関校受かったぐらいじゃ、わたしは認めてもらえないから。」

 そう辛そうに呟いて、ハッと顔を上げて、でも奏太君の気持ちは凄く嬉しいよ、と灯が笑う。それを見て奏太は、自然と彼女の頭に手を伸ばしていた。

 「ムリに笑わなくて良いんじゃないかな、別に。笑うなら、心から笑うのが一番だよ。」

 灯の頭をポンポン撫でながらそう言って、驚いたような顔で固まる灯を見て、現実を認識した奏太も固まった。俺、何してんの。今、俺、なにしたの?気安く女の子の頭撫でるとかさ。マジ、何やってんの?そう思って、自分のしてしまったことに軽くパニックになる。そして恥ずかしそうに自分から顔を背ける灯を見て、一気に顔が熱くなった。本当、何してんだろう。うわっ、マジで恥ずかしい。今すぐ消えたい。そう思いながら、奏太はごめんと呟いた。

 「えっと。大丈夫、だよ。その、奏太君にこういうのされるの嫌じゃないし。というか、こんなことされたら、わたし期待しちゃうよ?奏太君がわたしのこと選んでくれるんじゃないかなって。」

 そうおそるおそるといった様子で冗談っぽく笑いながら、でも何か期待するような目で灯に言われて、奏太は一瞬何を言われてるのか頭が追いつかなくて目を見開いた。

 「えっと。あのさ。勘違いだったらスゲー恥ずかしいんだけど。それ。なんか、灯ちゃんに告白されてる気がするんだけど。俺の気のせいかな?」

 戸惑いながらそう口にして、バクバクする心臓の音に訳がわからなくなりそうになる。

 「気のせいじゃないよって言ったら、奏太君。奏太君はわたしとずっと一緒にいてくれる?」

 そういう灯の声がやけに妖艶な響きで耳に入って、奏太は少し怖じけ付いた。相手は自分と同い年の女の子のはずなのに、目の前にいる彼女が得体の知れない何かに見える。ドキドキする反面、怖い。これに良いよって答えたら、何か取り返しの付かない事になりそうで。そう感じて、咄嗟に答えを返せなかった奏太に灯が笑う。

 「ごめん。重いよね。冗談だから気にしないで。」

 そう言う灯が悲しそうに見えて、奏太は罪悪感で胸が苦しくなった。そんな奏太を見て、灯が、やっぱ奏太君は優しいねと呟く。

 「やっぱ、ちょっとだけ、奏太君の優しさに甘えちゃおうかな。」

 そう言って遠くを見ながら灯が言葉を紡ぐ。

 「わたしの家ってけっこう昔からある家系らしくて、しかも他の家の従者っていうの?そう言う家系でさ。わたしは、そんなとこの本家の跡継ぎで。でも、わたしは落ちこぼれで役たたずで・・・。」

 そこまで話して灯が俯く。

 「本当は、わたしじゃなくてお兄ちゃんが跡継ぎだったの。お兄ちゃんは昔から何でもできて、お父さんの期待を一身に背負ってて。お兄ちゃんが、お役目もなにもかも、宮守(みやもり)の全てを継ぐはずだった。だからお兄ちゃんとわたしじゃ小さい頃から扱いは違ってて。本家を継ぐのはお兄ちゃんで、わたしは宮守の血を継ぐ者として最低限役に立てばそれでいい、それくらいの扱いで。でも、わたしはそれで良かった。それが自分の役割だと思ってたし、本当にお兄ちゃんは凄くて、そんなお兄ちゃんの手伝いをできる事が誇らしいというか。兄妹で支え合ってお役目を果たすって何か素敵だなとか思ってたりして。そういうこと言うといつもお兄ちゃんにはバカにされたけど、わたしは本気でそんな将来を描いてた。でも、お兄ちゃんはそんな時代錯誤の役割とか馬鹿らしいって、そんなものに縛られるなんてばかげてるって言って、家を出てっちゃった。それで、わたしはお兄ちゃんの代役として立つことになった。でも、あまりにもお兄ちゃんが優秀だったから、わたしじゃ全然、なにをとってもお兄ちゃんの足下にも及ばなくて。親や親戚達の期待にも応えられなくて。それでも、わたしはお兄ちゃんと違って、ちゃんと家を継ぎたいって気持ちがあって。ちゃんとお父さんに跡継ぎとして認められたいって気持ちがあって。でも、本家の血を引いてるってだけで、わたしは落ちこぼれで。お前にはムリだって。わたしがお兄ちゃんの代わりになることは、諦められたのかな。わたしには何も期待されてない。だからわたしは、自分が当主におさまることは諦めて、優秀な分家の誰かと結婚して、その人に本家を継いでもらって、優秀な跡取りを産まなきゃいけなくて・・・。」

 そう言って灯は全てを諦めたような顔で笑った。

 「流石に嫌だったんだ。そういうの。皆に認められたい、役に立ちたい、そういう気持ちはあるけど。本当にそう思ってるけど。でもさ。一回も普通に恋愛とかする前に、自分の事好きかも解らない、自分が好きになれるかも解らない誰かと結婚しなきゃいけないとか。嫌だった。でも、それでもわたしはそうしなきゃいけないなら、そうするしかないって思うから。そうしなきゃいけなくなる前に、一度だけ・・・。ごめんね、奏太君。わたし、奏太君に恋愛ごっこの相手させようとしてたの。ナンパされて、彼氏作って、普通にデートとかして、そんな普通の恋愛みたいなことしてみたかっただけなの。結局、奏太君には友達からでって言われちゃったけど。奏太君は凄く優しくて。本当に奏太君が相手になってくれたらなとか思うようになっちゃって。奏太君がわたしのこと選んでくれたら、奏太君がずっと一緒にいてくれたらわたし・・・。なんて。やっぱ重いよね。良いんだ。なんか、やっぱ上手くいかないなって、諦めついたから。ありがとう、奏太君、話し聞いてくれて。」

 「良いよ、別に。恋愛ごっこの相手。流石に、ずっと一緒にいるとか約束できないし、まだそんな将来がどうとか俺には想像もつかないけど。灯ちゃんは、家のための結婚なんて嫌だけど、お父さんに認めてもらって跡取りにはなりたいんでしょ。ならさ、頑張ろうよ。自分が跡取りになれるように。何を頑張れば良いのか俺には解らないけど。俺達まだ中学生だし、まだまだ伸びしろなんていくらでもあるって。結婚させられるにしても、実際結婚できるのなんて十八になってからだし、まだそこまで期間もあるじゃん。だから、今から頑張れば灯ちゃんがちゃんと跡取りになれて、好きでもない分家の奴と結婚しないでいい未来が勝ち取れるんじゃないの?だから頑張ろう。俺も応援する。とりあえず、俺、灯ちゃんが普通の恋愛って良いなって、好きでもない奴と結婚するのなんて絶対嫌だなって思えるように、精一杯彼氏役やって、灯ちゃんのこと本気で俺に惚れさせて見せるから。そしたら、今よりずっとそんなの嫌だって気持ちが強くなって、必死になれそうじゃない?それに、一人じゃ諦めそうになっても、二人なら、どうにかなりそうな気がしない?」

 そう言って笑いかけると、灯が一瞬驚いたような顔をして、だねっと言って可笑しそうに笑う。それを見て奏太はホッとした。灯ちゃんにはこういう普通の笑顔の方が似合ってる。確かにちょっと重いなとか思うし、灯ちゃんの話しはなんか自分からしたら次元の違う話しすぎで全然頭追いつかないし、現実感がないけど。でも、あんな顔をした女の子をほっとくなんてできない。俺の力で少しでも元気になってもらえるなら、笑顔になってもらえるなら、その先に何があるか解らなくても手を差し伸べるのは男として当然というか、なんというか。そんなことを考えて、奏太はこんなこと(ゆずる)に言ったら呆れられそうだなと思って、なんだか自分の事が可笑しくなった。

 「奏太君。そんなお人好しだと、つけ込まれるよ?」

 からかうように笑いながら灯がそう言ってきて、その顔が何故か恆の顔と重なって、奏太はそういえば恆にも、あまりお人好し過ぎるとそのうち痛い目見るみたいなことだいぶ前に言われたことがあった気がするなと思った。そして、ってか、全然似てないのに、灯ちゃんに恆が重なるって、どんだけ俺あいつとばっかいんだよと思って、奏太は変な気分になった。

 

 いつも通り帰路につき、二人で電車に揺られる。いつも別れる駅が近づいて、灯がそっと手を握ってくる。

 「奏太君。このまま一緒にどこか行かない?」

 伏し目がちに灯がそう呟いて、奏太はどこかって何処にときいていた。

 「どこか遠く。現実から逃げ出して、何も考えなくてすむような場所。」

 囁くような灯の声を耳にして、奏太は少し考えた。現実逃避か。俺もしたいな。そんなことを思う。って言っても、どうせ子供の俺達が行けるとこなんて限度があるし、ちょっと遠出して門限破って怒られるくらいが関の山だけど。でも、灯ちゃんと二人、ちょっと普段はしないことをして、少しの間だけ現実を忘れて逃げ出して。そういうのも悪くないかもしれない。それに今は春休み。平日でも明日は学校もない。だからちょっとだけ。ちょっとだけ現実から目を逸らして遠い所へ行ってみるのもいいかもしれない。そんなことを考えて、奏太は深く考えず何の気なしに、良いよと答えていた。

 「逃げ出しちゃおうか、二人で。どっか遠くにさ。」

 そう呟いて、降りるはずの駅を通り過ぎて。疲れていたのかいつの間にか眠ってしまった様子の灯にもたれかかられて、ちょっとドギマギする。でも、灯の体温を感じながら電車に揺られているうちに奏太もうとうとし始めて。

 遠のく意識の中で、奏太は困ったような顔で自分を見下ろす恆が見えた気がした。

 「奏太。お前が綺麗だって言った青い鳥。アレを見付けたらちゃんと追いかけろよ。アレがお前を導いてくれるから。」

 ぼやけた視界に映る恆らしき人物がそう言うのを夢現に聞いて、奏太はどれだけそれが重要なんだよと思った。チルチルミチルじゃあるまいし。俺は別に幸せの青い鳥なんか求めてないっつーの。それにアレ、青い鳥は結局籠から逃げ出して誰のものにもならないんじゃなかったっけ。そんなことを考えながら、奏太はそのまま意識を手放して深い眠りに落ちていった。


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