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恆の家庭事情

 「・・・・って感じでさ。そんなんだからもう家出たいとか簡単に言えないじゃん。でもやっぱしんどいしさ。俺、本当、家から離れたいんだけど。どうしたら良いと思う?」

 そう(ゆずる)に、聞かせるには都合が悪い所は省いて愚痴を吐き出して、奏太(そうた)は一息ついた。

 「それってようは、現実逃避だろ。言っとくけど、そんなんどこに逃げたって同じだぞ。結局、どこに逃げたって自分の中にあるもんからは逃げられないし。今苦しいもんは逃げたらずっと苦しいままだ。遠くに離れたって、逃げらんないよ。まぁ、その言い方だとそこまで深刻そうじゃないし、そんなこと言われなくても解ってるんだろうけど。」

 淡々とそう恆に返されて、でもその声がいつもよりちょっと悲観染みているように聞こえて、奏太は黙り込んだ。恆なら、いつも通りの調子で聞き流してくれるかと思ったのに、予想外に真面目に返事が返ってきて、それがなんかグサる。なんか恆のやついつもと雰囲気違うし。そう思って恆を横目で見て、そこにどこか思い詰まったように自分の指先にとまる小鳥を見つめる恆の姿があって、奏太は、よく解らないけど今俺、恆の触れちゃいけない部分に触れちゃったのかなと思ってなんとなく気まずくなった。

 「そいつ、綺麗だよな。見たことない鳥だけど、なんて鳥なの?恆のペット?」

 話しを逸らすために、恆の指先にとまる鳥に話題を変えてみると、一瞬、恆が驚いたような顔をしてから自分の方を向いて、奏太は眉根を寄せた。

 「奏太にはこれが綺麗な鳥に見えるのか?」

 「はぁ?お前にはその鳥どう見えてんだよ。瑠璃色っていうの?ちょっと紫がかった鮮やかな青色で、キラキラしてて、メチャクチャ綺麗じゃん。」

 「へー。キラキラした青い鳥ね。俺にはこれが綺麗だなんて思えないけど、お前が綺麗な鳥だっていうならそうなんだろ。」

 そう言う恆を見て、奏太はそれが綺麗に見えないってお前どんな目してんだよと毒づいた。

 「こいつ、父親から譲られたやつでさ。でも、俺は父親が好きじゃないから。父親から与えられたコレとどう向き合えばいいのか解らなくて。正直、俺にはスゲー嫌なものにしか見えないんだよ。でも、手放せないんだろうなとか思う。」

 そうどこか困ったように呟いて、恆はどこか諦めたように微笑んだ。

 「でも、お前がコレを綺麗な青い鳥だって言うなら、俺も。コレのこと少しはマシなもんに思えるかな。」

 そう言って恆が悪戯っぽく笑いかけてくる。

 「知ってるか?奏太。青い鳥って幸せ運んでくるらしいぞ。だから、こいつを追って行けば、もしかしたら幸せになれるかもな。どっかでこいつ見かけたら、ためしに追いかけてみろよ。」

 「幸せの青い鳥ね。それ、童話の話しだろ?本当に青い鳥捕まえただけで幸せになれるなら楽だよな。」

 「簡単に言うけど、多分、お前が思ってるより野生の鳥捕まえるの楽じゃないぞ。」

 「でも、それ、ペットだろ?そいつが幸せの青い鳥なら、人慣れしてて人の指先とまってるような奴だし、すぐ捕まるんじゃない?ってか、そうなら、とっくに恆が幸せになってるよな。お前、それもらって幸せになった?」

 「さぁ?でも、自分で捕まえないと意味ないのかもよ。」

 そんなやりとりをして、二人で笑い合って、奏太は今恆が言ったことを考えた。そういえば、恆から父親の話って始めてきいたかも。ってか、家の話しってあまり聞いたことなかったななんて思う。あまり考えた事もなかったけど、恆はもしかしたら親と折り合い悪いのかな。父親のこと嫌いで、父親からもらったモノが嫌なものにしか見えないってよっぽどな気がするんだけど。しかも幸せになったのか聞いたら返事がそれとかさ。幸せじゃないって事?俺、考えすぎ?恆、いつも通りだし。いや、ちょっとなんか変だけど。そういや、恆の親に一回も会ったことないな。共働きで全然家にいないってだいぶ前にきいた気がするけど、だからっていくらなんでも一回も顔を合せたことないって、それって普通なのかな。いつも飄々とうちの親放任主義だからとか、学歴とか興味ないからとか言ってるけど、本当は、親が恆自体に興味がなくて放置されてるとかそう言う系だったりしないよね、なんて考えて、奏太はなんか複雑な気持ちになってきた。

 「何だよ。人の顔まじまじと見て。」

 いつもの調子で恆がそう言って、微妙な顔をした奏太と暫く目を合わせたまま黙り込んで、溜め息を吐く。

 「奏太ってさ、根が良い子ちゃんだよな。本当、大切にされて、何不自由なく育ったんだなって感じで、時々メチャクチャ羨ましくなる。お前ん家の両親仲良いし。お前の家族、本当に幸せそうでさ。」

 そう言う恆の指先から青い鳥が飛び去って、奏太はそれを目で追った。

 「良いのか、逃がしちゃって。」

 「良いんだ。ここにいたらお前が追いかけられないだろ。」

 そんな冗談みたいなことをどうでも良さそうな調子で言って、恆が視線を落として、少しだけ思い悩むように口を開く。

 「奏太は、俺のこと知りたい?」

 そうきかれて、そりゃ友達だし、教えてくれるなら、と奏太は返した。

 「じゃあ、ちょっと本音話そうかな。奏太ってさ、本当に良いとこのお坊ちゃんだだからさ、今までうちのこと言うの気が引けたんだよね。奏太みたいな良い子ちゃんには、うちの事情とか重そうだし。なんていうの。お前に対する羨ましさと、後ろめたさと。色々。お前と友達として、同じ立場でいたかったりとかさ。ごちゃごちゃ考えたりして。だから、知られたくなかったんだよ。俺の家のこと。奏太は良い子ちゃんだから、俺の境遇知ったら同情してくるだろうしさ。友達に同情なんかされたくなかったし。だから気付かれたくなかったんだけど。お前があまりにも贅沢な悩みで悩んで家出たいとか言ってくるから、俺、ちょっと苛ついてんだよね、今。自分が贅沢な環境にいるの理解した上で、それが重いから手放したいとかそんなワガママ。しかも本気じゃないって。お前が持ってるもん全部が羨ましい感じの俺からしたら、ムカつくよね。それにお前、俺のことは何も言わなかったけど、どうせそんな感じなら、俺のことも一緒にいると惨めになるとか思って、高校は絶対別のとこ行こうとか思ってんだろうなとかさ。そういうの見え見えで。まぁ、後ろめたいと思ってるから言わなかったんだろうけど。でも、ちょっと、お前にとっての俺って何だろう、友達だと思ってたのは俺だけなのかななんて思わなくもないわけで。なんか、俺の方がちょっと惨めな気持ちになってんだけど。そんなん勘繰りながら、本当に何も言われないままそれ実行されて遠くに行かれるなんてことあったらさ、本当、俺ってお前のなんだったのって思っちゃうよね。お前、俺のことなんだと思ってんだよって。こんなこと考えてる俺こそどうしたらいいと思う?奏太的にそこんとこどうなの?」

 そう淡々と恆に言われて、奏太は罪悪感で胸が締め付けられて、ごめんと呟いた。

 「ここで謝るって事は図星なんだ。俺の言ったこと否定しないで素直に謝ってくる辺りとかさ。本当に奏太ってどうしようもないよな。」

 「ごめん。」

 「謝んなよ。謝られたって、お前が俺をそう扱おうとしたことは変わらないから。ってか、謝ることでお前、俺の勘繰りが正しいって認めたんだからな。お前のその態度が俺を傷つけてるって解ってる?謝られたってどうにもなんないんだよ。謝られたら謝られるほど俺の方が辛くなるからな。自分の罪悪感軽減させるために謝るのやめろよ。本当、これだから育ちの良いお坊ちゃんは。謝ればなんだって許してもらえるとか思ってんのか?バカ。」

 そう感情的に吐き出す恆を見て、恆のそんな姿を初めて見て、奏太は本当に俺はこいつのこと何も知らなかったのかもと思った。俺が思ってたような、完璧超人でいつもやる気なさげで飄々としたこいつは偽りだったのかな。ずっとムリして、よく分かんないけどなんか色々抱え込んで押さえ込んで、俺と一緒にいた恆は、ずっと作り物だったってことなのか。そう思った瞬間、奏太は、なんか無性に腹が立って、なんだよそれと怒鳴っていた。

 「そりゃ、俺が悪かったよ。そんなこと考えて。解ってたよ。お前の事僻んで友達としてちょっとお前に対して不誠実なことしようとしてました。でもお前の言う通り後ろ暗かったから言わなかったんだし。頭の中でちょっと考えるくらい良いだろ。ってかさ、もしバレたって、そんなん、軽口言い合って終わるくらいのもんだと思ってたんだよ、こっちは。高校離れたくらいで友達じゃなくなるなんて思ってねーし。お前と縁切りたいとか思ってねーから。なのに、なにそれ、そこまで怒ること?ってかさ、恆の方こそずっと俺のこと騙してたんじゃん。俺にどう思われるか気にして、俺のこと信用しないで、俺に心開いてなかったんだろうが。それが友達って言えんのかよ。本音ずっと隠してたくせに勝手なこと言ってんじゃねーぞ。お前こそ、俺のことちゃんと友達だと思ってなかったんだろ。バカ。」

 そう言い切って、ゼイゼイ息を切らして、そんな自分を見ていつも通りの様子で笑う恆の姿を見て、奏太は意味が解らなくて眉根を寄せた。

 「俺、お前のそういうとこ、本当、好き。嘘とか隠し事が苦手で、何でもとりあえず体当たりの単純バカでさ。お前、素直すぎるから、わかりやすくて余計な気使わなくて良くて楽だし。バレバレなんだよなんでも。お前が何考えてんのかなんてさ。俺がそんくらいで本気で怒るとかあるわけないじゃん。バーカ。マジ、バカ。超、ウケる。」

 「おまっ。まさか、俺からかって遊んで・・・。」

 「さぁ?でも、お前にうちの事情聞かせたくなかったのは事実だよ。お前、自分の事みたいに傷つくから。お前がおばさんに色々黙ってんのと一緒。俺も、お前の事傷つけたくなかったんだよ。父親が嫌いなのは本当。でも、俺はもう割り切れてるから。自分が気にしてないこと、お前に気にして欲しくないし、そんなことで悲しんで欲しくない。でも、隠し事されてると傷つくだろ?自分が信用されてないとか頼られてないとか思ってさ。解ったら、これからは人を気遣うでももう少し相手目線で考えろよ。」

 飄々とそう言われて、奏太は返す言葉が思いつかなくて言葉に詰まって悔しくなった。

 「俺と喧嘩したおかげでちょっと利口になれただろ?感謝しろ。」

 そう追い打ちを掛けられて苛々する。すると更に笑われて、今度は声を立てて笑われて、奏太はムカムカした。言われてることはもっともだけど、この遊ばれてる感がマジでムカつくけど、でも自分に非がありすぎて言い返せなくて、マジムカつく。本当、なんだよお前。そんなことを思って、でもすっかりいつも通りに戻っている距離感にホッとして、奏太はどうでも良くなった。この嘘つき。そう心の中で呟く。絶対、お前、さっきの八割ぐらい本音で、マジで俺に怒ってただろ。そう思うが何も言わない。コレは突っ込まなくても良いと思う。本気で怒ってたんだとしても、こうして矛をおさめたのは、こいつも俺と友達やめたくないって思ってるってことだって解るから。

 「話し戻すけどさ。うちのこと。本当に聞きたい?聞いても楽しい話しじゃないぞ。」

 「ここまで聞いてその先聞かない方が気になるだろうが。話せよ。聞いてやるから。」

 「偉そうだな。」

 「悪かったな、偉そうで。」

 そう返すと、恆が微笑んで、本当お前はお人好しだよなと呟いてきて、奏太は居心地が悪くなった。俺が気遣ってるんだってバレてる。割り切ってるって良いながら恆が家族のこと割り切れてないって気が付いて、それで吐き出させてやろうって思ってるのが。自分の中に押し込めておきたい気持ちと、誰かに吐き出して楽になりたい気持ち。知って欲しくて、知られたくない。聞いて欲しくて、聞いて欲しくない。でもやっぱり誰かに知っていて欲しい、できれば解ってもらいたい。そんな気持ちを。結局なんだかんだ言って俺が自分の中のモヤモヤを恆に愚痴ったように、恆が愚痴れる相手は俺だと思うから。いや、俺がそうありたいって思ってるだけかも知れないけど。やっぱ、俺達は友達だから。多分、親友って呼べるような。なんだかんだ言っても、離れたって結局は一緒にいるんだろって意味もなく確信してしまうような。この先もどうせ腐れ縁で続いてくんだろって思うような。そんな友達だから。友達のことは知りたいと思う。

 「俺の父親、最低な奴でさ。」

 そう恆が口を開く。

 「俺、腹違いの妹がいるんだ。同い年の。その時点で最低だろ?ってか、もしかしたら俺が知らないだけで他にも兄弟ごろごろいんのかもしれない。俺の父親ってそんな感じの奴なの。俳優の三島(みしま)健人(けんと)っているじゃん。俺の父親、そいつに似てんだよね。まぁ、つまるとこ世間で騒がれるくらい見た目が良いわけ。職業は財閥系企業の秘書みたいなことしててさ。自分の飼い主のために何でもすんのあいつ。自分の見た目が良いこと自覚して、それ武器にして。目的のために平気で好きでもない女に愛とか囁いて、色々できるような奴なの。そんなんが自分の父親とか、本当、吐き気がする。なのに俺、あいつ似だから、本当に嫌だ。本当、最悪だと思わない?」

 そう吐き出す恆を見て、奏太はうわぁと思った。もしかして、恆がモテるくせに彼女作らないのとか、そのお父さんに対しての嫌悪感とか反抗心的なのもあるのかななんて思う。そういえば前に、お前なら彼女とっかえひっかえ好き放題できそうだよなとか誰かに言われて、あからさまに冗談のノリだったのにメチャクチャ不機嫌になってたことがあった気がする。あの手の話題、軽いノリっていうか、冗談とかでも恆の地雷か、覚えとこう。

 「父方の実家って、古くから続く家で色々しきたりとかなんとかある面倒臭い家でさ。俺の父親はそんなとこの長男で、だから自分の後を継ぐ優秀な子供が欲しかったわけ。でも、今時そんなの普通じゃないじゃん。後継がせる子供は欲しいけど、嫁いできた女に家のことに色々口出しされたくないってことで、優秀で且つ子育てに口出してこなそうだって理由で、白羽の矢を立てられたのが、研究職でそれなりに実績残してて且つほぼ職場に引き籠もりしてた母さんだった。で、ずっと研究畑で生きてきて恋愛事に全く免疫のなかった母さんは、まんまとあいつにひっかっかって簡単に籠絡されて、結婚して、俺を作って。あいつの計画通り、母さんは結婚後も仕事に没頭して家に帰ってこない日も多くて、俺はあいつから跡取りとして英才教育を受けさせられた。まぁ、小さい頃は俺もそれが普通だと思ってたから、別になんとも思ってなかったんだけどね。でも、ある程度大きくなると色々おかしいって気付くじゃん。でも、なんか口にしちゃいけないんだろうなって思って母さんには、普段あいつとどう過ごしてるのかとか黙ってた。でも、母さんはそんな俺の様子引っ掛かるものを感じたみたいで、俺のことであいつに口出すことが増えてって。で、色々すったもんだの上、うちの両親は離婚。だから、森田(もりた)は母親の姓。」

 「え?お前ん家、母子家庭だったの?」

 「いや。今は父子家庭。一応、書類上は。実質あいつと一緒に暮らしてないから、一人暮らしだけど。」

 「え?お前、一人暮らしなの?その年で?ってか、なんで?」

 「なんていうか、母さんが俺との生活に耐えられなくなって、結局父親の元に戻された。俺、父親似で、成長につれどんどんあいつに似てくからさ。離婚するまでかなりごたついて、結婚の本当の理由とか、知りたくないこといっぱい知って、普通に恋愛して結婚したんだと思ってた母さんには耐えられなかったんだろ、多分。母さんは精神的にボロボロにされて、俺はその元凶にそっくりなんだから、そりゃ一緒にいるのが耐えられなくなるのもしかたがないのかもな、なんて思ってる。まぁ母さんがそんなんだから、俺は父親の悪いこと悪いこと聞かされてたわけで、父親のとこに戻された頃には俺は父親のことが大っ嫌いになってた。だから、親権があいつにあっても父親の姓には絶対戻らないって反抗して森田のままでいるんだよね。一緒にも暮らしたくないって意地張って、一人暮らし。生活費だけ毎月口座に振り込まれて、必要なときだけ連絡とって、後はずっと放置されてる。すぐ根を上げるとか思われてたのかな。子供だし。俺が一人で何でもできるように仕込んだの父親なのにさ。おかげさまで別に親なんていなくても困らない。やっぱ最初はキツかったけどな。俺は捨てられたんだと思ったし。父親を拒絶して一人で頑張ってればそのうち母さんが迎えに来てくれるんじゃないかとか思ってた時期もあった。でも、そのうち諦めた。俺は一人で生きてくしかないんだって。今でも、父親のことは許せないし、受け入れられない。あいつのこと人間として認めるなんてこれからもできる気がしない。でも、大きくなるにつれて、あいつから教えられたことや、あいつが言ってた意味が解るようになってきて。あいつのことなんか理解なんかしたくなかったし、一生俺には解らないと思ってたのにさ。それがだんだん解るようになってくのが凄く嫌で、気持ち悪くて。絶対に俺はあいつみたいになりたくない。絶対ならない。そう誓ってるのに、どんどん俺はあいつに近づいてってる気がして。いつか自分も本当にあいつみたいになるのかもと思うとぞっとする。結局俺はあいつの後継ぐことになるのかもなとか思って嫌になる。後継ぐのは俺じゃなくても良いんだけど、あいつは絶対俺が戻ってくるって確信してるから。本当にそうなるんじゃないかってさ、スゲー嫌だ。さっき飛んでったアレは、そういうのの象徴みたいなもんなんだ。つまり、お前が跡取りだぞって意味合いであいつから押しつけられたわけ。あんなもの、本当にそのまま、どこか飛んでったまま戻ってこないで、消えてなくなれば良いのに。そう思うのに、結局俺はアレを手放せないんだろうななんて思って、マジで辛い。」

 そう言って俯く恆に、奏太は大丈夫だろと声を掛けていた。

 「もし後継ぐことになったとしても、恆は父親みたいにはならないよ。絶対。俺が保証する。」

 「なんで奏太にそんなこと、解るんだよ。」

 「勘?でも、自分がそんなに苦しんでんのにさ、自分が苦しめられたことと同じ事人にできるような奴じゃないだろ、恆は。それに、お前が父親みたいな最低くそやローになりそうになったら、俺がとめてやるよ。ちゃんと。だから、お前はお前が嫌いな父親みたいにはならない。ほら、大丈夫。な?」

 そう言って笑いかけると、恆かお前って奴はと困ったような顔で笑い返してきて、奏太は声を立てて笑った。

 「笑うなよ。」

 「笑うだろ。いつも澄ましたお前のこんな姿見たらさ。なんか、清々する。」

 「お前な・・・。」

 そう言い合って笑い合う。

 「なぁ、奏太。お前、結局、どこの高校行くの?」

 「実家から通えてできるだけ遠いとこ。一人暮らしは諦める。」

 「結局、現実逃避は諦めないのか。」

 「うっせーな。これは敵前逃亡じゃなくて、戦略的撤退なの。一旦離れて、仕切り直しして、どう戦うのか練るんだよ。」

 「何と戦うんだよ。」

 「えっと。勘違いで一人で盛り上がってフラれた現実とか?」

 「それ、お前。単純に近江(おうみ)と顔合わせるのハズいだけだろ。三年はクラス違うと良いな。」

 「マジでな。本当、今までフラれてきた中で一番今回のがキツいから。マジで死ねる。俺、マジ痛すぎだから。」

 「ドンマイ。」

 そんないつも通りのやりとりをして、笑い合って、ちょっとまえ迄の辛気くさい空気を入れ換える。恆の事情は本当に俺からしたら凄く重い。確かに俺はそういう空気苦手だし、どうしたら良いのか解らなくなって辛くなるけど、でも。それでも、そういう話しを聞きたくないから離れたいとは思わない。むしろ、恆がそこに沈みそうなら、こういうどうでもいい馬鹿話しで笑い合える日常に引っ張り出して、この中にずっといられるように独りにはしたくないななんて奏太は思った。


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