解消されないフラストレーション
「奏太、県外の高校受けるの?」
そう家に届いた高校のパンフレットを持って来た母にきかれ、奏太は、いつも俺かねーちゃんが学校帰りとかにポスト覗いて郵便物持ってくるのが習慣だから、母さんに見つかる前に回収しようと思ってたのに、何で母さんがそれ持ってくるんだよ、と思いながらうんと答え、母から視線を逸らしながら、だから高校から一人暮らししたいんだけどと呟いた。
「一人暮らし?別にいいけど。そしたら、奏太。自分で何でもできるようになっておかないと大変だよ?誰もご飯作ってくれないし、掃除も洗濯もしてくれないし、買い物だって全部自分でいかないといけないし。こんなに遠くに行くつもりじゃ、そうそう手伝いにも行ってあげられないし。知り合いもいないところで、学校通いながら家事もなんでも一から十まで全部自分一人でやらなきゃいけないって、凄く大変だと思うよ。大丈夫?」
そう心底心配そうに言われて、奏太はそれはそうだけど・・・と言葉を濁した。でも、今は料理なんてできなくても困らない時代だし、買い物だってネットでできるし、洗濯なんて洗濯機に入れてスイッチ押せば良いだけだし、掃除くらいどうってこと、なんてごにょごにょ言ってみると、母がうーんと考えるように唸って、奏太はこれは何のうーんだろう、何悩んでるんだろうと思ってちょっとハラハラした。
「奏太はなんで県外の学校に行きたいの?」
そうきかれてまた言葉を詰まらす。これは、母さんの何でどうして攻撃がくる予兆だ。下手になんか言うと、どんどん掘り下げられて、中身がないのがバレたら県外に一人暮らしとか絶対許可してくれない。だから、先にパンフレット集めて母さん丸め込む為の情報集めとシュミレーションしたかったのに。くそっ。なんて思って、奏太は考えを巡らせた。まさか、家からできるだけ離れたいとか、家族と一緒にいたくないとか言うわけにはいかないし。そんなこと言ったら母さん泣きそうだし、それは困る。でも、今はそれくらいしか理由が思いつかないし、どうしよう。実家にいたくないのオブラートな言い方。別に家族が嫌いとか、家に居づらいとかそういうわけじゃないんだよ。でも、なんて言うの?とりあえず、自分よりハイスペックな奴等(特に血縁)から離れて、コンプレックス刺激されないですむ環境で生活したいってだけの話しで。様は俺のワガママなんだけど。それをどうやって伝えれば、母さんを納得させられるんだ?ってか、そんなんムリじゃね?でも、何か考えないと、何か上手く切り返さないと・・・。そんなことを考えて、結局何も思い浮かばなくて、奏太はごにょごにょ、県外の学校行きたいって言うより、一人暮らしをしてみたいから県外の学校行きたいって感じなんだけど、と呟いた。
「一人暮らししてみたいの?なんで?」
「えっと。ほら、父さんも高校から実家出たって言ってたし、俺もちょっとそういうの憧れてっていうか。高校から実家離れて生活してみたいな、なんて・・・。」
そうしどろもどろに言い訳をして、母が呑気にそっかなんて納得したような顔をするのをみて、ちょっと心の中で胸をなで下ろす。
「でも、お父さんは友達に誘われて、高校生から住み込みの管理人さんがいるシェアハウスに暮らすことになっただけで、一人暮らしとは訳が違うし。完全に知らない街で知り合いのいない環境で一から全部やてったわけじゃないんだよ?それに実家出たって言っても、お父さんの場合、電車に二時間くらい揺られればに帰れる距離で。別に実家出なくても高校通える感じで、元々は普通に実家暮らしで高校通うつもりだったらしいし。だからお父さんは、奏太が思うような自立した生活はしてなかったし、奏太が憧れるような一人暮らしはちょっと、高校生の時のお父さんにはできなかったと思うな。だから、お父さんができたんだからとか軽い気持ちで、憧れでそう言ってるなら、考え直した方が良いと思うよ。」
「そうかもしれないけど・・・・。」
「うーん。そんなに親元離れて生活してみたいの?別にそんなにすぐ始めなくても、それ目指して色々練習して、高校卒業してからでもいい気がするけど。でも、どうしてもしてみたいって言うなら、奏太も恆君誘ってルームシェアとかしてみる?」
「いや、恆がついてきたら意味ないから。」
つい反射的にそうぽろっと漏らしてしまって、奏太はしまったと思った。真剣な顔で母が自分を見つめながら、そんなに一人暮らしがいいの?ときいてくる。その視線の強さに目が離せなくなって、逃げ場がなくなって、奏太はうんと頷いた。それを見た母が真剣な顔でどこか落ち込んだように考え込む姿を見て、頭の中を色んな思いが駆け巡って苦しくなる。
「奏太はそんなに自立して生活してみたいって考えてたんだね。奏太がお母さんのことすぐ頼れないように、わざわざこんな遠い所に行ってまで頑張ろうと思ってたなんて。友達にも頼らないで本当に一人で生活していこうとか。お母さん、奏太がそんな覚悟して高校選びしようとしてたなんて全然気が付かなかった。奏太は勉強よりなにより、まず、自立した生活ができるようになりたかったんだね。お母さん、そんな奏太の気持ち全然解ってなくて、今できなくても良いかって、普段から色々やってあげちゃってて。柚月みたいに、自分から教えてって言ってこないからって、奏太に全然家事とか教えてあげてなくて。ごめんね。もっと、前からちゃんと奏太にも色々教えてあげるべきだったね。」
そうくそ真面目な顔でくそ真面目な声で母がそう言って、でも、そんなに真剣に考えてるなら、お母さん応援するよと力強く言ってきて、奏太は言葉を詰まらせた。
「じゃあ、奏太が自立した生活できるように、お母さん今日から奏太のことびしばし鍛えてあげるね。奏太、いつもお手伝いしてくれるけど、一人で家のことするとなると普段のお手伝いとかの比じゃなくやることあるんだよ?既製品の買い食いばっかじゃ、健康的にも金銭的にも悪いし、やっぱ、少しはお料理できるようになったほうがいいよね。あとお金のやりくり覚えるのは必須だよね。高校生になってアルバイトするとしても生活費全部稼ぐのはムリだから、家賃とか光熱費とかはもちろん払ってあげるし仕送りも多少はするつもりだけど。でも、自立したいのに何でもかんでも出してあげるのはダメだもんね。仕送りの中でちゃんとやりくりできるようにならないと。それから・・・。大丈夫。中学卒業まで約一年あるし。受験勉強もしなきゃで大変かもしれないけど、一年あればちゃんとできるようになるよ。」
そんな母の声を聞きながら、奏太は気が重くなった。俺、確実になにか間違ったスイッチ押した。マジだ。この人、マジで俺のこと今から完全に自立生活できるように鍛える気だ。ムリ。そんなの。俺、そんなこと考えてないし。ってか、そんな壮大な覚悟を持って一人暮らししたいとか言ってないから。勘違いで暴走するのやめて。悲観的に捉えられて泣かれるのも勘弁だけど、これはこれでマジでやめて。ってかさ・・・
「どうかした?」
自分の視線に何かを感じたらしい母がそう言って首を傾げる。
「いや。なんていうか。俺がこうしたいって言ったら、母さんは本気で鵜呑みにするし、マジで全力で応援してくんだなってさ。本気で自分のしたいようにしろって思ってんだなって・・・。」
そう呟くと、母親がきょとんとした顔をして、当たり前じゃんと言ってきて、奏太はなんだか複雑な気持ちがした。いや、解ってはいたよ。自分の親がこういう奴だって。母さんだけじゃなくて、父さんも、根っからこういう人で、いつだって嘘偽りなく本気でこういうこと言ってきてるんだってさ。でも、自分は出来が悪いから何も期待されずに放置されてるだけだとか、そんなことを心の隅で思ってしまう自分がいて。今だって、母さんが本気で俺のやりたいを応援するって言ってくれてるのを解ってるのに、自分には何も期待していないからやりたいと言ったことを応援されてるんだって思い込みたい自分がいて、そんな自分の浅ましさに嫌気がして苦しくなる。
「普通の親ならさ。子供の将来のこと考えて、進路のこともっと口うるさく言ってきたりするもんじゃないの?一人暮らししたいとかそんなことの前にちゃんと勉強しろとか、真面目に高校選べとか。できるだけ良いとこ狙えとか。」
「そうなの?ごめんね、お母さんそういうの疎くてさ。でも、そんなに進路って将来に響くものなの?ほら、うち、お父さんも高卒だし、お母さんなんて義務教育すらまともに受けてなくて、高認試験受けて受験資格取って大学進学した感じだし。でも、実際に今生活に困ってないよ?」
「そりゃ、父さんみたいな特殊職業に就く人には学歴は関係ないだろうけど。そう言う職業つくにはつくで、学歴以外のものが必要でしょ。俺、そんな能力ないから。ってか、母さんなんて専業主婦じゃん。それこそ学歴関係ないじゃん。俺にはどっちの道もないの。どっちにもなりたくないし、そもそもなれる気もしないし。俺は、普通に普通の職業に尽きたいの。そういう普通の職業につくためにはそれなりに進路とか成績とかが重要なの。」
「へー。そうなんだ。でも、普通の職業って何?結局はさ、どんな職業でもそれになりたいって思って、それになるために必要な何かを身につけないとなれないものじゃないの?だからまずは、具体的にどういうことがしたいのか。それが大切だと思うの。今はまだその先が何処に繋がってるか解らなくても、でも、今したいことを全力で頑張って、そしてその先に自分のなりたいモノが見えてくるものなんだとお母さんは思うよ。それに、お父さんも言ってたよ。やりたくないことをムリに頑張るより、やりたいことや楽しいと思えることを全力で頑張った方が良いって。将来、何が役に立つのか解らないし。何が正解なんて解らないじゃん。だから、奏太にも今を大切に生きて欲しいと思うんだ。解らないこの先を勝手に決めて今から自分の将来を縛っちゃうんじゃなくてさ。今、ここにいる奏太の素直に感じるそのままの気持ちを大切にして、奏太がやりたいことを全力で頑張って、今はまだ今を思いっきり楽しんで欲しい。そのためのお手伝いを、お母さんは全力でしてあげたいと思うよ。だから、進路より何より、奏太が自立した一人暮らししてみたいって思ってる気持ちが一番大切だと思うの。だからお母さんは、奏太がちゃんとそれができるように、お母さんにできる精一杯のことしてあげたいと思うんだ。」
そう言う母に屈託のない笑顔を向けられて、奏太はたじろいだ。本当、あんた何歳だよ。四十過ぎのいい年した母親がさ、そんな綺麗事本気で言ってきてさ。子供のこと信用しすぎ。思春期まっただ中の息子がいきなり一人暮らししたいといか、後ろ暗い事があるんじゃないかってちょっとは疑うもんじゃないの?少しは悪いこと考えてるかもって疑えよ。何しでかすか解んないし、そんなの許しませんとか、ちょっとは頭ごなしに言ってみろよ、本当に。そんなんだからさ、本当は後ろ暗いとこバリバリあんのに。あんながそんなんだから、そんな風に真っ直ぐな目で純粋に本気で信頼してますって態度されたらムリだから。罪悪感が半端なくて、マジでムリだから。反抗する気も失せるというか、マジで、胸が痛くなるから。本当、めちゃくちゃウザいし、いいかげんにしてって思うこと多いけど。母さんのこの信頼を裏切ったらどんな反応するか考えるだけで鬱になるって言うか、全く裏切れる気がしない。本当、ズルい。この人。いい大人なんだからもっと擦れてろよ。ってか、今からでも擦れろ。うちの親本当おかしい。絶対おかしい。
「ごめん。俺、母さんが思ってるほど深く考えて一人暮らししたいとか思ってないから。一人暮らしのために、母さんがさせようとしてるほどの努力をするのムリ。」
「え?そうなの?」
「ちょっとそういうのどうかなって思っただけって言うか。県外の高校のパンフレット集めて眺めながら、そういうとこで生活してる自分想像してみたかっただけど言うか。いや、まぁ、ちょっと遠いとこって言うか、普段の生活圏内から出たとこで新しい生活送ってみたいなとかそういう気持ちが全くないわけじゃないけど。なんていうか。高校ってさ、中学までと色々違うじゃん。だから色々、色々憧れみたいなもんがあるの。だから、パンフレット眺めながら色々想像膨らまして、そういう高校生活を妄想して楽しみたかっただけなの。ようは、ただの現実逃避だから。実際にそこまでしてみたいとか思ってないから。そういうただ漠然とした妄想の域を出ないものを、そんな風に勝手に解釈して盛り上がられても俺、ついていけないから。本当、ほっといて。」
そう自分の中の色々をごまかすように母を突き放して、母が申し訳なさそうにごめねとしおれる姿を見て、奏太は溜め息を吐いた。自分に後ろ暗い事があるから、下手に隠そうとしてこうなって。でも、最初からこう言ってれば、きっと母さんは普通にそうなんだと笑いながら、ただの妄想話しとしての一人暮らしをしている自分の姿を楽しそうに聞きだしてきたんだと思う。それはそれでウザいけど。でも、俺に後ろ暗いところがなければ、そんなことも笑いながら普通に俺も話せてた。普通に母さんと会話できてたはずだった。全部、俺に後ろ暗い気持ちがあるから悪いんだ。そう思うとまた苦しくなる。母さんが純粋すぎて、不純物だらけの自分は同じ空気を吸っているのも息苦しい。母さんがもっと普通の親だったら良かったのに。普通の大人だったら良かったのに。そうなら俺は、こんなに苦しくならずに済んだのに。そう思うとまた、自分への嫌悪感で奏太はムカムカした。
「ってかさ。ねーちゃんは、有無を言わせず幼稚園から私立に突っ込んでんのに、なんで俺だけこんな自由なわけ?」
何も話さないとどんどん自分への嫌悪感が膨れてきそうで、これ以上苦しくなりたくなくて、そうぶっきらぼうに適当な話題を見繕ってふってみる。適当に、でも、実は今まで気になっていたこと。ちょっとだけ、自分も最初から姉と同じ土台にに立たせてくれてれば、まだこんなに姉と自分を比べて辛くならずにすんだんじゃないかなんていう八つ当たりも込めて。でも、それを聞いた母に疑問符を浮かべられて、奏太はその反応の意味が解らなくて眉根を寄せた。
「奏太は知らなかったっけ?お母さんがお仕事の現役退いて日本に戻ってきたの、奏太がお腹にいるときでさ。柚月はそれまでずっとお父さんとお母さんと一緒に海外暮らしだったから、日本にお友達もいなくて。それで、お母さん達の友達の勧めもあって、大学までエスカレーター式の付属幼稚園に入れたの。付属でも別にそのま付属の大学まで進まなきゃいけないわけじゃないし、柚月が他にやりたいことがみつかったり外部受験したいって言ったらその時、それに合せてあげれば良いって思ってただけで、別に強制なんかしてないよ。当時の柚月もどっちでも良いって感じだったし、勧められたから受験させてみたら受かったし折角だからみたいなノリで決めた感じで、正直、お母さん達も深く考えて受験させたわけでもないんだよ?実際、柚月、大学は付属じゃなくて違うとこ行きたいって言ってて、今はそれに向けて勉強中だしね。奏太の時は、近所で一緒に遊んでたお友達が皆保育園だったから、奏太、自分も保育園行く、幼稚園行きたくないって言って。あの時、奏太。お姉ちゃんと同じ幼稚園行きたい?ってきいただけなのに、大泣きして、友達と離れたくない幼稚園嫌だって凄かったんだよ?だから受験すらしなくて。小学校もそのまま皆んなと公立行きたいって言うし。中学の時なんか、柚月の学校の先生に奏太も私立受験させたらどうかみたいなこと言われれて、その方が奏太のためにもなるみたいなこと言われたから、ちょっとだけいつもよりしつこく勧めてみたら、奏太、私立なんか行きたくないし受験とか勧めてくるなって凄く怒ってきたじゃん。だから奏太はずっと公立で、柚月は私立なだけだよ。どっちにも強要なんかしてないよ。お母さん、ちゃんと二人とも本人の意思を尊重して育ててきたつもりだよ。もしかして、奏太はお姉ちゃんだけ色々言われてると思ってたの?そんなことないよ。勘違いだよ。というか、色々言う以前に、柚月にはどうしたいかとかもあまり聞いたことないかも。柚月は小さい頃からしっかりしてて、何でもハッキリ言うし、どうしたいかきかなくても何でも自分で決めてどんどん進んで行っちゃうし。もしかして、そうやって柚月が小さい頃から進む方向を決めちゃって、今のところ一回挫折したくらいであとは迷わず真っ直ぐ進んでるから、奏太にはお姉ちゃんが敷かれたレールを進んでる様に見えたのかな?奏太と柚月は違う人間だし。お母さんは、奏太も柚月みたいに一本これって決めて真っ直ぐ進めなんて思ってないだけだよ。奏太だけ特別とか、柚月だけ特別とかしてないよ。奏太には、何がしたいか解らないうちや、何か一つに絞れないうちは、色んな事に挑戦して、自分の世界を広げて欲しいって思うし。柚月にも、迷ったときは沢山迷って沢山考えて欲しいし、自分が決めた道以外にも道は沢山あるって知って欲しいし、そういうのに目が向いたときは、その選択肢にもちゃんと向き合って考えて欲しいって思ってるよ。だから、奏太から見たら、お姉ちゃんと奏太でお母さん達から全然違うことを求められてると感じちゃうのかもしれないけど、お母さん達が二人に望んでることは、実は全く同じなんだよ。」
そう小首を傾げながら言われて、奏太はグーの音も出なかった。うん、知ってた。そんなこと言われなくても実は解ってた。うちの両親がねーちゃんと俺を区別することなく平等に接してるって。しかもスゲー大切にされてるってさ、うざいくらい解ってるよ。でも、だから苦しい。同じように育てられてんのに、俺がこんなんなのが。親がねーちゃんと俺が違ってて良いって思ってても、自分はそうは思えないから。俺も何も解んないうちから私立に突っ込まれてたらなんか違ってたのかなとか考えちゃうし、ねーちゃんと自分を比べて辛くなる。昔は、ねーちゃんと比べられて色々言われんのしかたがないって思てった。前はずっと、周りになんて言われたって、それでいいって、俺は俺なんだからって。自分が何言われたって本気で凹んだりしなかったし、どうでも良いって思ってた。母さんも父さんもいつもそんな風だったから、自分が出来が悪いのなんて気にもしなかった。気にしないでいられた。でも、いつまでもそんな無邪気にそのままで良いなんて思ってられないんだよ。悔しいって思うし、辛いんだよ。色々。ねーちゃんは俺と違って優柔不断じゃないし、ハッキリしてて気も強いし、何でもできて自信満々で。なのに俺はそんな風に何も一つだってできないから。そう考えて、奏太はそういえば、ねーちゃんってうちの親に性格全然似てないよなと思った。なんでねーちゃんってあんな風になったんだろ。そう考えて、ふと、ねーちゃんのあの性格、父さんの幼馴染みで母さんとも友達の遙ちゃんの影響だ、と思った。うちの両親二人とも脳天気でふわふわしてるのに、ねーちゃんがあんななの絶対遙ちゃんのせい。ねーちゃん、小さい頃、遙ちゃん家入り浸ってて、半分遙ちゃん家の子供みたいなもんだったらしいし。俺は遙ちゃんとこ苦手で、ばーちゃんと留守番多かったからばーちゃん子だったけど。私立云々関係なく、もうその時点でねーちゃんと俺、私生活から違ってんじゃん。俺ももっと遙ちゃんと一緒にいて遙ちゃんの影響受けてれば、少しは今よりマシだったのかな。中学受験の時も、頭ごなしに拒否しないで、私立受けてみてたら変わってたのかな。ってか、それ、結局どっちも自分で選んだ結果じゃん。マジ救いようがない。俺がこんなんなのは自分のせいじゃん。でも、中学受験の話しされたときは、あの時は本当余裕なかったからな俺。あの頃、ねーちゃんの学校行事についてって、そこで嫌なことがあって、スゲー虫の居所が悪くて。そんな時に母さんから私立受験の話し出されたから。ってか、あん時、俺、母さんにマジギレしたような気がする。そりゃ、アレだけ拒否られたら、もう二度と私立受験の話しとか出す気にならないよな。そんなことを考えて、凄く嫌な思い出を思い出して、奏太は酷く気が塞いで辛くなった。
そう、俺が自分が嫌になったのはあの時からだ。出来の悪い自分を、上手くできない自分を許せなくなったのは。自分の容姿も何もかもを否定したくなったのは。ねーちゃんの通う私立小学校の行事になんとなくついて行ってしまったあの時から。あの時、最初はただ楽しかった。ついていったそこは同じ小学校なのに自分が通う学校と全然違っていて、何もかもが目新しくて、新鮮で。本当に、そこにいるだけで楽しかった。俺は、楽しく過ごしてたんだ。だから、そのまま楽しい思い出だけ残して帰れていたら良かったのに。だけど、帰る前にトイレに行って。その時一人で行けるって一人で母さんから離れて。トイレから戻る途中、聞きたくない話しを聞いてしまった。知らない大人達が。でも俺が知らないだけで、きっと自分の家族のことを知っている大人達が、俺の噂話をしていた。俺とねーちゃんは全然似てないって。見た目だけじゃなくて中身も似てないって、言ってた。姉と違って弟は出来が悪いから公立なんだって。そんなに似てないって俺とねーちゃんは血が繋がってないんじゃないかとか、姉と弟で父親が違うんじゃないかとか。なんか色々。色々、気持ち悪いこと言ってた。そいつらが何言ってたのか詳しくは覚えてないし、全然意味は解んなかったけど、でも、俺のせいで母さんが悪口言われてるんだって、それだけは凄く伝わってきて。俺は、カッとなってそいつらにそこにあった何かをぶん投げてた。なんか、色々怒鳴り散らした気がする。殴りかかろうとして、抑え付けられた気がする。それで、母さんがそいつらに平謝りすることになった。俺のせいで、母さんは悪くないのに、母さんの悪口を言ってたあいつらが悪いのに、でも、俺が後先考えず暴れたから。俺だけじゃなくて母さんも凄く怒られて。怒られただけじゃない、酷い言葉を沢山浴びせられた。それにも腹が立って、でもそれに反抗すればするだけ、そいつらが母さんを虐めるから。俺が言い返すから悪いんだって、俺が謝らないから母さんが虐められるんだって、嫌でも解った。だから、俺は、謝りたくなかったけど謝ったんだ。悔しくて、悔しくて。どうしようもないくらい屈辱的で辛かったけど、でも、謝ったんだ。そしてそんな俺に、母さんは謝ってきたんだ。母さんは何も悪くないのに。奏太にそんな思いさせてごめんねって。奏太が悪くないの解ってるのに、謝らせてごめんねって。抱きしめられて、背中を擦られて。でも、偉かったねって。全然、俺、偉くないのに。我慢できて偉かったって、お母さんのために怒ってくれてありがとうって。俺は火に油注いだだけで全然、母さんのこと守れなかったのに。俺のせいで、母さんが余計酷いこと言われるはめになったのに。そんなこと言われて、俺は・・・。どうしようもない自分を呪って、いじけた。ねーちゃんにはバカじゃないのなんて言われた。俺のせいで暫く学校で面倒くさいって文句を言われた。ねーちゃんからねちねち小言を言われて、スゲー気分悪かったけど、自分が悪いんだし言われるのしかたないって思った。ねーちゃんみたいに母さんも俺のこと怒れば良いのになんて思った。あんなことをしたのに、いつも通りな母さんが嫌だった。自分は凄く悪いことをしたって思ってるのに、自分を責めてこない母さんが嫌だった。悪いことをした自分を責めるどころか、肯定してくる母さんが嫌だった。でも、何より一番自分自身が嫌になった。少しでも自分がねーちゃんと見劣りしないような存在だったらこうはならなかったのに。だから、ねーちゃんの知り合いには会いたくない。できれば関わりたくない。また、ねーちゃんと自分が比べられて、ねーちゃんや母さんが色々言われるのが嫌だから。だから、少しでも、マシになろうと思った。努力して、努力して、でも、全然追いつかなくて。どうせ俺なんか頑張ってもどうにもなんないんだし、こんなんでしかいられないなら、家族でいたくないとか思ったりして。俺が家族でいると迷惑になるなんて、本当はそんなこと思ってるの自分だけだと解っていても、そんなことを考えて苦しくなって、いじけてしまう自分がいる。考えないようにしても、頭から離れてくれない。どうしようもない自分が嫌だ。なにも上手くできない、上手く立ち回ることもできない、余計な事して迷惑かけて、自分がすること全部空回ってる気がして、悔しくて、苦しくて。なのに、俺はこのままで良いって言われるのが、本気でそう思われてるのが嫌なんだ。こんなどうしようもない息子のままで良いと思われてるのが嫌なんだ。俺だって本当は、何処に出ても恥ずかしくないような、胸を張っていられるような男になりたいのに。このままじゃダメなのに。あれからずっと、気にしないようにしようとしても、あの時のことが頭から離れない。俺が恆みたいだったら良かったのになんて、友達を僻んだりして。でも、そんなこと言ったってしかたがないから、できるだけ頑張ろう。そう思って頑張ってみて。でも、頑張っても、頑張っても、ねーちゃんにも恆にも追いつけなくて。他の誰を追い抜かしても、すぐ傍にいる人間に全然手が届かないことが嫌になる。本当に、嫌になる。頑張ってもダメなら、姉ちゃんと見劣りしないような弟になれないなら、離れてたいと思ってしまう。理想の自分になれないなら、俺なんていない方が良い。そう思ってしまう自分が辛い。自分がそんなこと思ってるなんて知ったら、母さんが傷つくって解ってるから。当たり前にそう信じれるくらい、自分が愛されてるって解ってるから、よけい辛い。何もかも。ここから逃げ出したい。母さんを傷つけないですむような理由をつけて、どこか遠くに行きたい。どこか遠くで、一から人生をやり直したい。優秀な姉も、優秀な友達も、優しい両親もいらない。俺にはみんな釣り合わないから。こんな思いしなくてすむ場所に行きたい。俺のことも、俺の家族のことも、誰も知らない遠い場所に。そんなことできないの解ってるのに、それでもそんな風に全てを捨てて逃げたくなる自分が消えてくれなくて辛い。上を見なければ、全然、自分なんて全然普通で。ってか、普通よりちょっとは優秀だと思うとこにいんのに。なんでこんなに劣等感に苛まされて、それに罪悪感覚えなきゃいけないんだろう。余計なこと考えずに済めば良いのに。こんな自分が本当に嫌だ。そう思って、奏太は泣きたくなった。