恆の見解
「―ってな感じのこと母さんが言ってたんだけど。恆的にはどうなの?」
恆に何か話さないとと思うのに、恆にどう話しを切り出せば良いのか解らなくて、とりあえず母から聞いた話をして奏太は彼の様子をうかがった。黙り込む恆の顔からは何も読み取れなくて、こいつのポーカーフェイスどうやったら引きはがせるんだろうななんて思う。本音を語る気がないのか、語るのが怖いのか、今までの恆の言動を考えるとどっちともとれて、彼の言動の何処までが演技で何処までが本当なのか解らなくなって、彼と過ごしてきた数年間がなんか作り物のように思えてきて少し怖くなる。灯ちゃんのあの時の狂気ともとれる異常さを見て、アレと同類だと自分の事を表した恆を思い出して、あの冷酷に見えた男と恆がよく似てると言った母の言葉を思い出して、奏太は、母さんと話してたときは普通にこれからも恆と友達で行くつもりだったし、ちゃんとこいつのこと解ろうと思ってたけど、本当にそんなことできるのかななんて急に不安になった。
「お前の母さんってさ。御伽噺の住人の癖に妙にリアリストだよな。」
ようやく口を開いた恆がそんなことを言ってきて、奏太は思わずはぁ?と声を上げた。
「正直言うとさ、お前の母さんは綺麗すぎてちょっと反吐が出る。」
そう言う恆の目が酷く荒んで見えて、奏太はちょっと肝が冷えた。
「お前の母さんの言うとおりだよ。俺は、お前の母さんがお兄ちゃんって呼んでるあの男の息子で、最初からうちの血筋とお前の血筋がどういう関係だとかそういうこと全部知ってた。親が離婚して、母親に引き取られて、お前の居る小学校に転校したけど、でも、きっとそれも俺をお前に自然と引き合わせるために仕組まれてたんじゃないかな、なんて思ってる。そういうこと簡単にできちゃうんじゃないかって、当たり前のように本気で勘ぐっちゃうくらい、俺の父親は異常な奴だよ。俺は自分の父親が大っ嫌いだ。だから、あいつに特別に大切にされているお前の母親のことも大嫌いだ。初めてお前の家に行って、お前の母さんを見たとき。あぁ、こいつがあいつの特別かと思った。こいつのためにあいつがどれだけのことをしてきたのか、それを思うと本当に胸くそ悪くなった。こいつのせいで、俺の母さんは追い詰められて、ボロボロになって、俺も捨てられたんだって。憎い気持ちがわき上がってきて。辛くて。でも、結局、恨みきれなかった。凄く腹は立つのに、嫌なのに。なのに、それと同じくらい惹き付けられて、魅了されて。どうしようもない気持ちになって。あの人に真っ直ぐ視線を向けられて、奏太のことよろしくねって笑いかけられた瞬間、逆らえないと思った。敵わない。俺はこの人を傷つけることはできないって。しかも、幸福感に満ちた様な気持ちにさせられた。」
そう忌々しげに呟いて、恆は何かを諦めたように笑った。
「理屈じゃないんだ。俺達の関係は。篠ノ宮と宮守の関係は。特別なのは、お前の母さんであり、奏太、お前なんだ。神憑は紛い物なんかじゃない。ただのお飾りでも、幻想でもない。確かに存在する、特別な存在なんだ。そんな存在に護手として選ばれてしまったら最後、俺達下々の者は逃れることなんかできない。一生を、自分の全てを、その存在に捧げるしかない。どんなに足掻いたって逃れることなんかできない、これは本能なんだ。」
「っちょ。意味分かんないんだけど。何言ってんの、お前。」
「事実だよ。知りたいんだろ?俺達の秘密。俺も、父親から聞かされてたときは、バカな妄想だと思ってたんだけどな。何言ってるのこいつ。頭おかしいんじゃないって思ってた。俺は絶対にあいつみたいにはならないって。でもな、お前と出会った瞬間解ったんだ。俺がお前に選ばれたって。体中に電気が走ったみたいになって、恍惚に似た感情に支配されて、俺の全てを、奏太、お前に捧げなきゃって、勝手に心が決めつけた。そして、これがあいつの言ってたことなのかって、唐突に理解した。否定したかった。認めたくなかった。でも一緒に過ごせば過ごすほど、お前以外の事はどうでも良いと思ってる自分が浮き彫りになって、辛くて、苦しくて。友達だから大切なんだって、転校してきて初めてできた友達だからって思ってたかったけど、全然違うものだって実感して。いつか俺は、自分の父親と同じように、奏太の為っていう名目で、どんなことでも平気でするような人間になるんじゃないかって怖くなって。奏太はただの友達だって、ただの友達がいいって、友達のままでいたいって。友達以外の何かになんかなりたくないって、特別だって認めたくないって、自分の本能を否定して、否定して。否定できなくて、宮守の当主におさまりたがってた灯に全部押しつけようとした。あいつが宮守の当主になりたいのが単純に親に認めてもらいたいって言う子供の願望なだけって解ってたけど。あいつがそんなもの背負いきれないって、あいつはそんなモノになりきれないって、解ってたけど。でも、灯に全部押しつけてしまえば、自分は楽になれるんじゃないかって。選び直しがきくのかわかんないけど、お前が灯を選んでくれれば、俺はもう苦しまなくてすむんじゃないかって。逃げ出したかったんだ。でも、結局ムリだった。俺は、お前の護手という本能に逆らえなかった。だから、連れ戻しに行ったんだ。自分であいつにお前の事押しつけときながら、結局お前を取り戻しに行った。」
「ちょっと待って。本当、お前の言ってる意味が全然解んないんだけど。ってか、俺が選んだって何?選び直すとかなんとか、俺、何もした覚えないんだけど。」
「だろうな。感覚的なものだよ。勝手に俺がそう感じたんだ。そういうものなんだ。だから、理屈じゃない。本人が望もうと望まないと、勝手に決定されることなんだ。そんでもってな、別にお前にGPSつけてるわけでも、お前の事盗聴してるわけでもないのに、俺、お前がどこに居るのか解るし、お前になんかあったら解るんだぜ?だから駆けつけられる。いつだって、お前の元に。気持ち悪いだろ?俺自身、自分の事、気持ち悪いと思うよ。多分、俺、お前が望むならなんだってできるよ。本当に、お前のためなら、人の道に反することだってできる気がする。そんな自分が怖くて仕方がない。嫌で嫌でしかたない。でも、離れられないんだ。お前から。お前を想うことをやめられないんだ。そんな自分がどうしようもなくなって死にたくなるときがある。でも、そんな時でさえ、お前を置いて死ねないって思うんだ。老衰とか病気以外で死ぬなら、お前の為にこの命を捧げて死ぬ以外は許されないって、本能がそう言って、俺を逃がしてくれない。お前から拒絶されたってきっと、これからも俺はこの本能に逆らえないまま、お前をずっと想い続けるんだ。そして、影ながらずっとお前を護り続けるんだ。俺の父親がずっとお前の母親にしてきたみたいに。本当、気持ち悪いだろ?」
そう言って泣きそうな顔をする恆を見て、奏太は何故か胸が締め付けられた。
「なんだよそれ。自分の事、キモいキモいって。お前、そう言って、俺に嫌われたいわけ?自分で離れていけないから、俺に、お前キモいからどっか行け、俺に一生関わるなとか言って欲しいわけ?なにそれ。バカじゃないの。それで恆が楽になれるなら、そうしてやるよ。俺の前からとっとと消えろって言ってやるよ。でも、違うだろ。俺にそんなこと言わせたって、どうせお前は楽になんかなれないだろ。お前が逃げたいのは結局何からなんだよ。お前は結局どうしたいんだよ。」
「どうしたいって、お前。俺は・・・。」
「ちゃんと言えよ。ったく。俺のこと舐めてんじゃねーぞ。ムダにな、あの脳天気な両親から生まれてきてないんだよ。行き当たりばったりでも世の中どうにかなんじゃないとか、根拠なく思えるくらいおめでたい頭、俺ももってんの。どうにもならないことの方が少ないって、どうにかならなかったらならなかった時考えれば良いって。物事切羽詰まってから考えても遅くないって思うような頭してんの、俺。そう思ってても、実際そうすると後々面倒だからその前に対処しとこうとか思う小心者でもあるけど。流石にうちの両親みたいな剛胆さは持ち合わせてないけどさ。でも、ずっと友達だと思ってたのは俺だけで、実はお前に友達だと思われてなくたってな。本当はお前から一目惚れされてて熱狂的にストーキングされてたって知ったってな。実際に実害及ぼされてるわけじゃないし、これからも俺に実害及ぼさないでくれるならお前が俺のこと本当はどう思ってたって別に良いんじゃないとか思っちゃうくらいには、俺バカだからな。いいか?お前が何と言おうと、お前がどう思ってようと、俺はお前の事友達だと思ってるから。お前が勝手に離れてくならともかく、お前のためになんで友達やめたいとか思ってないこっちが切ってやんなきゃいけないの。どうしても俺に絶交されたきゃ、俺に絶交される様な酷いことしてみろ、バカ。」
そう言うと、それを聞いた恆が一瞬驚いたような顔をして、おかしそうに笑い出して、奏太は眉根を寄せた。
「本当、奏太ってさ。本当、俺、お前のそういうとこ好き。お前が嫌な奴だったらな。本能に従うのが本当に苦痛なくらい、お前がどうしようもないくらい悪い奴だったら。なんて、言っても仕方がないか。」
そうぼやいて、恆が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「奏太がそう言うなら。俺、もう我慢するのやめるから。お前が絶交したくなるような酷いことはするか解らないけど、お前が逃げ出したくなるくらいウザいことはする自信あるよ?まぁ、逃がさないけど。覚悟しといてね。俺のご主人様。」
そう言う恆に真っ直ぐ見つめられて、奏太は、俺もしかしてなんかまずいこと言った?と背筋が寒くなった。
「あんな啖呵きっといて怖くなった?俺と普通に付き合ってく自信なくなった?」
「別に、そんなんじゃ・・・。」
「そんな不安げな様子で、本能に逆らうのをやめた俺と奏太は何処まで付き合ってられるのか、見物だな。まぁ、付き合いきれなくなっても、俺はお前の事恨んだり憎んだりは絶対にできないと思うから。別に、途中で逃げだしたっていいよ。お前にはそれができるから。」
「なんだよそれ。」
「実際そういうもんなんだよ。こっちには権限なんて何もなくても、そっちには権限があるんだ。なんなんだろうね、コレ。同じ宮守の血を引いていても、同じ篠ノ宮の血を引いていても、同じようにはならないのに。灯もお前やお前の母さんに対して何か特別なものを感じるみたいだけど、俺や父さんみたいに縛られる訳じゃない。俺も父さんも縛られてるけど、でも、父さんはお前の母さんが一番で、俺はお前の母さんよりお前の方が優先順位が高い。そして、お前の姉さんもお前と同じように篠ノ宮の血を受け継いでるはずのに、お前の姉さんには何も感じないんだ。本当に何も。お前の姉さんには惹かれるものを感じない。本能は何も働きかけてこない。何でなんだろうな。お前やお前の母さんには絶対に解らない、自分自身ではどうすることもできない抗いようのない何かを、俺や父さんは身をもって知っている。だから、お前の母さんの言うように、全部が全部思い込みだとか、刷り込みだとか、そういうもので片付けることができないんだ。呪いのような得体の知れない何かがあって、自分はそういうものに縛られてるんじゃないかって本気で思うよ。実際自分がそうなる前は、そんな話し心底バカにしてたくせにな。」
そう真面目な調子で口にして、恆は、本当に自分じゃどうしようもできないんだ、だからさ、と困ったような顔で奏太に語りかけた。
「奏太。俺は普通にお前と友達でいたいよ。本当に。でもきっとそれはできない。これから俺は友達としては度が過ぎたことをするだろうし、普通の感覚じゃありえないことをすると思う。これからは本能に抗うことを諦めて、普通の枠にムリにおさまろうとするのはやめるつもりだから。でも、それでも俺はお前の友達でいたい。本当にそう思ってる。だから奏太。お願いだ。俺のことずっと友達だと思ってて。俺がどんなに異常なことをしても、俺がお前を裏切ることができないって心の底から理解するときが来ても、俺のことを軽んじて道具だとか僕だとか思わないで欲しい。これからもずっと俺を友達扱いして欲しい。お前がそうしてくれるなら、俺もずっとお前のこと友達だと思っていられると思うから。俺はお前の友達だって胸を張って言える気がするから。」
そう言う恆が自分に縋っているように見えて、奏太は、しょうがないなと呟いた。
「絶対とは言い切れないけど、できるだけずっと友達扱いしてやるよ。」
「絶対じゃないんだ。」
「いや、流石に、灯ちゃんからはなんか異常な執着向けられたし、お前の父さんが俺の母さんに向けるあの熱視線見たらさ。恆がアレの仲間入りして、その対象が俺とか。まだ俺じゃない誰かにそうしてるなら、生暖かい気持ちで見守れる気がするんだけど。でも。な。それを自分に向けられて友達として耐えられる自信があるかと言われると、ない気がして。悪い。あ。でも、友達でいられる自信はなくても、お前の事軽んじて、道具とか僕だとか思って雑に扱うとかは絶対しないから。それだけは絶対だから。お前の人間としての尊厳は絶対尊重するから。そこだけは信じて。俺はお前の事、絶対、都合の良い奴扱いはしないって。どんなことがあっても。」
絶対と言い切れない自分が情けなくて、何があっても俺達友達だろなんて簡単に口にすることができないのが後ろめたくて、でも、今は確実に恆は自分の友達で、友達以外の関係を想像することができなくて、そんな中途半端な気持ちの中途半端な覚悟しかない正直な答えをそのまま口にして、奏太は、俺って本当格好悪いなと思った。でも、それを聞いて恆が笑うから、奏太らしいなって、嬉しそうに笑うから。笑って、本当俺お前のそういうとこ好きって、いつも通り。だから、俺は、こんなんでも別に良いかなと思った。こんな俺でもこんな俺が良いって言う奴がいるから。いや、俺よりずっと男前で優秀な奴にこんなこと言わせてるって考えてみるとちょっと複雑かも。褒められてるって言うか、認められてるって言うか、そういうのは解るんだけど。でも、それでもお前の方が俺よりモテんじゃん。お前の方がいい男っだって事実は変わりないじゃん。そもそもお前に好かれても、だからって女の子にモテるようになるわけじゃないし。って、これはただの僻みか。でも、男に好きって言われてもな。これが可愛い女の子だったら。って、灯ちゃんに同じこと言われても素直に喜べない気がするけど。あー、普通にモテたいな。そんなことを考えて奏太は、なんか良く解らないことでごたごたしてる間に春休み終わっちゃったなと、ぼんやりと思った。




