95 密かに揺れ動く気持ち
「はぁ……」
鬱々と暗い気分を吐き出すよう、私は何の気もなしにため息をついた。
今居るこの部屋には、私とカイくんしかいない。
それはアルフォンス様の食事が終わった後で、また適当な理由を付けて借りている部屋に戻ってきたからだ。
本音を言えば、もっとアルフォンス様とお話をしたかったけど……けど……。
「どうしたんだよ、そんなため息なんてお前らしくもない」
するとそこですかさず、近くにいたカイくんが私の顔を覗き込みながら、そんな声を掛けてきた。
確かに普段の私なら、こんなため息なんてつかないけども……。
「いや、だって……」
「だって?」
「……やっぱりなんでもない」
途中まで出かけていた言葉はあったが、なんとなく口にする気にはなれなくて、私はすっと彼から顔をそらした。
「そうか、でも言動にはくれぐれも気を付けろよ? 特にケモ王子には、な」
「…………」
私が黙っていると、カイくんは笑顔で「まぁ、分かってるとは思うけど」と笑顔で付け足した。
カイくんのこの発言は、間違いなくさっき彼から釘を刺された、あの注意にかかっている言葉だろう……。
私はそれを改めて、そっと思い返す。
―――――――――――――――――――――――――――……
「この際ハッキリ言う。お前はあのケモ王子の前で、素の性格を出すのをやめた方がいい。そして今後アレへの接触は極力控えろ」
料理をするためという名目で連れ出された私は、二人っきりになったところでカイくんから唐突に掛けられた言葉に、マヌケに「え?」っと言うことしか出来なかった。
そしてそんな私の反応に構わず、カイくんは続けて更にこう言った。
「まずお前は一体何を考えて、ここでそのように振舞っているんだ? そしてそれで相手に、どう思われるかまでを考えているか?」
「っ」
そう改めて問われたことで気付いた、私は一切そんなことを考えてなかったと。
いや……違う、それは嘘だ。
本当はどこかで分かっていたものの、あえて見ぬふりをしていた、それを改めてカイくんから突きつけられた……。
だからこそ私は、ここでとても動揺したんだ。
まず普段の私は、限られた親しい人たちの前以外では、それぞれの場所で立場を使い分けており、そこで必要な姿を演じるようにしている。
例えば、王族としての立場を求められるのであれば、外向けにはそういうことになっている深窓の姫君として振舞い。
魔術師としての立場を求められれば、したたかに立ち回る掴みどころのない魔術師として……。
人にどんな印象を与えるか、その場にどんな影響を与えるかを出来る限り考えて、それぞれの役を演じていた。
しかし雨宿りのために出会った彼……アルフォンス様とは、どうせすぐに別れることになるだろうと油断していて、ある程度丁寧な言葉は使っているものの、だいぶ素に近い自分を出してしまっていた。
それはもう、あとから気付いた時には、わざわざ仮面を被りなおすこともできないほどに。
いや、本当はできただろうけれど、わざわざそうするのが嫌だった。
だって、わざわざ作らない自分で接する方が、ずっとラクで楽しかったから……。
「でも、アルフォンス様は許して下さっているし」
だから私は自分の行動の間違いに分かりつつも、気が付くとそう言い募っていた。
「それは前にも言ったが、あのケモ王子側が呪いを解いてもらう立場で、余計なことを言えないのだとは思わないのか?」
「それは……」
「何よりお前自身、何も考えてないその振る舞いを続けて、相手から信頼を得て更には好かれる自信はあるのか。むしろ、それを続ければ色々台無しになる可能性があるとは思わないか……?」
「っ」
カイくんの言うことはもっともだった。
計算づくで完璧に役を作っているのならともかく、あまり深く考えずに振る舞っていた私に、相手から好感を得られる自信なんてどこにもなかった。
あの態度はいうなれば、私がラクになるための甘えだ。それで今までやってこれたのは、アルフォンス様が寛容でそれを許容してくれたからに過ぎない。
実際私はとても楽しかったけど、だからと言って相手もそうとは限らないわけで……。
「だからお前は今後、なるべくケモ王子と接しないようにするべきだ」
「だけど……」
「じゃあ、どうするんだ? 前々からアレだけのことをしていたのであれば、逆に今から別の性格を演じるのも不自然だ。ならあえて接触を少なくするしかないだろう」
「……」
…………考えれば考えるほど、カイくんの言うことは間違っていない。これ以上、私が余計なことをして状況を悪くするくらいなら、今からでも会話は彼に任せて私は裏方に回るべきだ。
「さすがに一切会話をするなとは言わないが、それでも必要最低限だけにしておけ」
カイくんの言葉を、何回か頭の中で繰り返した後に私は「そうだね、分かった」と小さく頷いた。
私はただ必要な情報を調べて、呪いを解くことに専念する……きっとこれが一番正しいから。
「心配するな、そっちは俺が全部上手くやってやるから、な?」
「うん……」
最後に私がそう返事をしたことで、この会話は終わった。
―――――――――――――――――――――――――――……
そう、それで話は全部終わったはずなのに、なぜか私の胸のわだかまりが消えない。
言いようのないこの感情は一体なんなのだろうか………。
っ!? ああ、そうか分かったこの気持ちは……あのもふもふに触れられないことへの悲しみっっ!!
だってなるべく近づかないようにするって、さりげなくもふもふを感じることすら出来なくなるってことじゃないですか……!!
くっ!! なんたる絶望と苦行!! いや、だって、あんなにもふもふでふわふわで可愛いのに近づいちゃダメなんて……おかしいですよね? もふもふなんですよ?
うぅ、もふもふ……もふもふ、もふもふに触りたい、すりすりしたいっっ!!
…………はっ、いけない。
危うくもふもふの魔力に惑わされるところだった。これからは我慢するって決めたのに……相手が嫌がる可能性のあることするのダメ、絶対。
ああ、でも……も、もふもふぅ。
「おい、リア聞いてるか?」
「ん、え、なに?」
もふも……じゃなくて、一体何の話だろう。
全く聞こえてなかったなぁ……。
「お前、やっぱり聞いてなかったんだな」
「あ、うん、ごめんカイくん、ちょっとね」
呆れたような目で私を一瞥したカイくんは、深々とため息をついて「まぁいい」と口にしたのだった。
な、なにそのやれやれ見たいな態度は!?
こっちだって色々真剣に悩んでいたのに……むぅ!!
まぁ、正直に話したところで、ますます呆れられそうなのは分かるから、言わないけどね?
でも、それはそれとして私が真剣なのは本当なので!! ので!!
ああ、もふもふに触りたい……。
本人はスルーしてますが、ぶっちゃけリアが油断してしまった一番の原因はもふもふです()
もしもふもふではなかったら、間違いなくもっと心理的な壁を作ってました…。そう、もふもふの魔力は恐ろしいものなのです。




