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サイト・オン・ザ・ミラクル

 その人は俺の言葉を受けて押し黙った。柳眉をひそめて数秒、首を傾げて横たわる俺を見下ろしていた。


「えっ、エーッ、アッ、アイムノットユーリ、オーケィ?」


 俺が咄嗟に中学生レベルの英語を披露したのは、その人がどう見ても日本語話者には見えなかったからだ。かといってどこそこの国の人、と形容するには曖昧な顔立ちをしている。だからこそ、世界中の誰からも美しいと評されるのだろうと思う。


「……冗談はよせ。どう見てもユーリだろう。まさかこんなところでまた会えるとは思ってなかったな」


 ワーオ、日本語ペラペラだ。


 その人はどこか芝居がかった口調で俺を「ユーリ」と決めつけにかかった。そして俺が何度も否定すると、その人はひどく不服そうに舌打ちをするのだった。

 神秘的なほどに美しい顔立ちに反して、ずいぶんとラフな格好をしている人だった。ダボついたパーカーに色褪せたデニムは「ちょっとコンビニ行ってくる」スタイルに近しい。腰まである長い髪についてはチョコレート色だ、と直感した。というのも、その人から煙がかった甘い香りを感じたからだろう。せっかく綺麗な髪なのに、雑に縛られて魅力が半減していた。上背については、すれちがう看護師と比較するとかなりあるように思えた。ランウェイを歩くスーパーモデルなのかもしれなかった。


「俺は苗代沢といいますが」

「ナシロザワ?」

「はい」

「聞いたことないが」


 でしょうね。俺、あなたのこと知りませんし。

 となれば、問題はこの人が〈誰〉で〈なぜ〉ここにいるのか。


「せっかく助けてやったのに。しらばっくれるとはいい度胸だな」

「助けた?」

「本当だったら即死だったぞ」

「えっ」

「それを全身打撲ですませたんだ」

「はあ……そうなんですか」


 よくわからないがそういうことらしい。要はこの人、俺を知人だと勘違いして必死の交通事故から助けてここまで付き添ってくれた……ということだ。どうやって即死事故を全身打撲レベルまでスケールを落としたのかはさておき、礼は言っておくべきだろう。


「……ありがとうございました」

「どういたしまして」


 その人は不敵に笑って手短なところにあった椅子に座った。あくどい裏稼業の首領(ドン)みたいに笑う人だった。


「あの。ユーリってどなた様でしょうか」

「まぁーだ言うか。お前のことだろうが」

「だから違いますって。勘違いですよ」

「違う? んー……?」


 まだ認識できていなかったらしく、その人は身を乗り出して食い入るように俺の顔を見つめた。間近で見るその人はことさらに綺麗だった。長い前髪が俺の頬をくすぐった。ふわりと甘い匂いが煙たく香った。自分の心臓の音をこれほど耳障りに感じたことはなかった。

 その人は身を引いて、フン、と鼻を鳴らした。


「……オーケィ、わかった、勘違いだったみたいだ。ユーリがそんな情けない顔するはずない」


 つまらなそうな物言いだった。勝手に勘違いして落胆して、あげくの果てに軽くディスって、なかなか失礼なんじゃないか?


荊小路(いばらこうじ)って奴に心当たりはないか」

「いばら……?」

「荊小路ユーリ」

「そんなハイカラな名前の知り合いはいませんけど」


 相槌ひとつ打って、そのひとは赤い目を細めて逸らした。いちいち所作が絵になる人で、俺がその一挙手一投足に見惚れていなかった、といえば嘘になる。そしてその人は俺の視線におおよそ気付いているらしかった。だからこそ口元は薄く笑っていて、ほんのわずかな刹那にちらりとこちらを見遣る。試すように。挑発するように。

 俺はその挑発に乗ってしまった。

 言葉が口を突いて出た。


「あのっ」


 二音目で声が裏返ったが、くじけなかった。


「名前――あなたの名前、まだきいてないんスけど――ひッ、ひひ人違いでもッ。せっかく会えたっていうか助けてもらったんで、なんかお礼とかしたいなっていうかできたらなっていうか……? 連絡先とか、アレ、あの、こッこの辺住んでるんですか? てか? ライン教えてもらっても――」


 俺がどもりながら言ったことはすなわち「どこ住み? てか、ラインやってる?」であり、社会人になって初めてのことだった。後悔した。恥ずかしい気持ちがせり上がった。その人は綺麗な顔に前髪で影を作って、その影でおかしそうに笑っている。


「その顔で青二才(サニー)じみたことを言われるのはなかなか堪えるな。――まあ、そうだな。次に会うことがあればそのときに。名前でも何でも教えてやるよ。一度会っただけの一般人(ラブル)に素性を明かせるほど余裕はないんだ。一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目は運命、だっけ? 運命なんて、要らないだろう。そんな、つまらない」

 

 その人は左手を掲げ、パチン、と指を鳴らした。小気味よい音が白い病室に響き渡った。なぜかひどく眠たかった。さっき起きたばかりなのに。


「奇跡のカードを引いてこいよ、ユーリ」


 だから。

 ユーリってだれだよ。

 

 数分間の覚醒を経て、俺はまたしばらく眠りこけることとなった。

 残念ながら俺に天運はない。往々にしてツキは悪いタチだ。だからきっと奇跡を引き当てることはできない。あの人と再び会いまみえることはない。たった数分間の夢幻のような邂逅だ。まあ、会社サボってあんな超絶美人と話せただけいいのか。いいのか? よくない。なんにもよくないだろ!

 意識の霧散する直前、俺はこれでもかとばかりに祈った。祈る先はどこでもよかった。たとえば、神様。あらゆる全知全能の概念をひっくるめたそいつに祈った。俺に奇跡を分けてくれ。もう一度あの人に会わせてくれ。俺の変わり映えしない鬱屈した毎日に現れた、鮮烈な紅の瞳に。きっとあの色彩は何もかもを破壊して、まだ見たことのない何かを見せてくれるような、そんな気がするんだ。


 ……――誰かこのときの俺に考え直せと言ってくれ。

 あと、神様、意外と人間の祈り聞いてるぞ、ってさ。

更新遅れて申し訳ないです。


苗代沢に起こる奇跡については次話

「紫煙の国のツンデレジジイ」

2019/1/4 正午頃更新予定です。

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