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3

 わたわたと慌てる魔法士たちに連れられて、あたしはやけに広い、畳10畳分くらいはあるトイレに案内されて、そこでとりあえずきばった。


「紙がねぇ・・・」


 いつもの元気は、しばらく戻りそうにない。


 紙がないことさえ、もう、なんかどうでもいい。


 とりあえず、紙がないと叫んで、侍女らしい人からティシュペーパーを受け取った。


 セーラー服のまま、異世界でうんこする。

 

 なんてドラマチック!


 んなわけあるかぁ!


 あたしは、元の世界に戻りたくて、トイレをすませると、細いサレイの首を締め上げた。


 ちゃんと食ってるのか、こいつ?

 あたしより細いぞ。


「元の世界に戻してよ」


「無理だ」


 きっぱりと、サレイは言い放つ。


 あたしは放心してしまった。そのまま、この世界はシャナの世界で、サイカ王国であり、そこの王様のリク王の花嫁として召還されたとか、ぼーっとしながら聞いていた。


 あたしは、またトイレに篭った。もう、トイレ引き篭もり人生でいいわ。


 現実から逃避するように。


「ああ、また紙がねぇ」


 どうして、あたしの入るトイレは全部ティッシュペーパーがないんだろう。


 これって、運命ですか。


 どんな運命ですか。


 トイレに篭るのも飽きて、外にでると、サレイに連れられて、王宮を案内される。


「あれが、リク王陛下のおわす宮殿だ」


 東の端にある、豪奢な宮殿を指差すサレイ。


 それから、あたしは侍女に案内されて、あたしのために与えられたのだという、中世風のやけにきんきらきんとした、上品な部屋に入る。


 すると、ドアの向こうで愛らしい女の子がこっちの様子をそっと伺っていた。


 銀色の髪に、蒼い瞳のフランス人形かビスクドールみたい。白磁の肌に、ほんのり桜色に染まったほっぺた。


「新しい、ママ?」


 ピシ。


 あたしの中に、皹が入った。


「リリエル王女、まだお勉強の時間でしょう。早く戻りなさい」


「サレイの意地悪!」


 リリエルという名の、7歳くらいの幼い美少女は、パタパタと軽い足音をたてて去っていった。


「リク王には。マリリアージュというブヒ!!!な王妃がいてな。さっきのリリエル王女はマリリアージュ王妃の子だ」


「じゃあ、なんであたしを花嫁にする必要があるのよ」


 肖像画を見せられて、あたしはこれがリリエルの母なのかと、その巨体に感心した。


 多分、父親似なんだろう。


 お世辞にも、美人とはいえないその顔はそばかすにまみれていた。


 どれが首で胸で腹か分からない。二の腕には脂肪がだるだるしていて。豚そのもの。いや、トドかセイウチか?


 あたしのほうが、数十倍も美人だろうけど。でも、あたしは嬉しいとも思わなかった。


 いきなり異世界に召還されて、王様の王妃になれとか。


 ふざけるにも限度がある。


「ふっざけんなあああ!!」


 バキイ!


 あたしは、サレイを華麗な右アッパーで床に沈めた。


 でも、結局もとの世界には戻れないわけで。


 隣の部屋は、きんきらきんな部屋とは対照的に、おちついた部屋で、あたしはそこの部屋の天蓋つきのベッドに横になって、うとうとし始めていた。


 すでに、側近だという近衛騎士とか、侍女やらの挨拶をうけて、あとはリクという王様と会うだけ。重臣とは、その時対面することになるらしい。


 元の世界に戻れないのかなぁ。


「あっれぇ。なんや、リリエル様ちゃうんか?」


「へ?」


 あたしの横にぽふっと、横になってあたしの顔をのぞきこんでくるのは、長い金の髪を丁寧に一つに後ろで結んだ、騎士らしい男性。


 あたしは、どくんと心臓が高鳴るのをかんじた。


 初めて、異性にときめいた、あたしの心臓。あたり、百合じゃなかったんだ。


 とかそんなことを思いながら。


 まるでリンドウのような、薄い紫の瞳。綺麗だなと、正直に思った。


「新しい侍女さんかな?俺、リンドウ・トワル・メッサーナ」


「あたしはさくら。市ノ瀬さくら…」


「さくら?春になると、桃色の花をいっぱいにする、あの桜?」


「うん、そう」


 半身だけを起き上がらせて、あたしはその人と夢中で会話を続ける。


 リンドウ。


 瞳の色と同じ名前。


 この人にぴったりだなと、そんなことを思う。


「その桜だよ。春に咲いて散ってしまう、桜」


「かわいい名前やな」


 ぽんぽんと撫でられて、あたしはシーツに紅潮した顔を押し付けた。


 いけねぇ。


 鼻血でそうだ。


「いかん、鼻血が」


 遅かった。


 あたしは、鼻血をふきだしていた。それから、絹のスカーフを渡されて、それでチーンと、鼻水をかむがごとく鼻血をふきとった。


「そなまたな。同じ王宮で働いてるなら、また会えるさかいに」


「またねぇ」


 セーラー服のまま、ひらひらと手をふって去っていくリンドウって人に、なんとか手をふった。


 そして、次の日。


 なんとか入浴を、侍女が体を洗うとかいうのを拒んで、一人ですませて、フリフリのドレスも拒んで、元のセーラー服に着替えて一晩を過ごした。


 そして、あたしは豪華な朝食を運ばれ、食べれる分だけ食べた


 あまり食欲はない。


「リク陛下との対面の儀式にございます」


 けだるい。


 なんか、全身がだるかった。


 リンドウにまた会えるかな?


 そんな淡いことを胸の奥に抱きながら。


 あたしを召還したという魔法士と、そして侍女につきそわれて、あたしは自分用にあてがわれた部屋を後にして。


 玉座のある広間に出た。


 あ、リンドウだ。


 並んでいる重臣の中に、昨日のリンドウの姿も見えた。サレイの姿も。


「名は、なんと?」


「市ノ瀬さくら」


「ふむ。マリリアージュのほうが一万倍かわいい!」


 ぴし。


 あの腐れトド王妃のことか?


 昨日、侍女からすでにマリリアージュ王妃なる人物は死去しており、後妻に迎えられるのだと、言われた。


「このデブ専!ぶぁああああか!!」


 あたしは、すかしっ屁をかますと、セーラー服と黒髪を翻して、与えられた自室に戻ると、カチャリと鍵をたてた。


「ばかあああああ!!」


 じわりと、涙が浮かぶ。


 何よ何よ。


 絶対、元の世界に戻ってやるんだから!


 リクもサレイも覚えてなさい!リンドウはかっこいいから許す。


 あたしは、ベッドにつっぷすと、盛大に泣いて泣いて、そのまま夕飯まで鍵をあけず、顔を誰にも見せなかった。


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