第一章 地面のした
私は上を目指して何度なく上から下へと回すように手を掻いた。真っ暗闇の中、焦りが自分の精神だけでなく身体をも支配しているのをメチャクチャに無視して“上”を目指して格闘している。そうこう悪戦苦闘しているうちに、手が空を切るのを感じた。そのまま、回し下す。フカっとした、柔らかな、それでいて確かな感覚を手に感じた。腕だけでなく上半身全体にグッと力を入れ、腕より下に埋まっている身体をグググっと引き上げる。やっとの思いで外に顔を出すと、陰鬱な、じゅっくりとした暖気が顔から胸へとまとわりついた。
腰を横にぶるぶると振り周囲の土を押し崩す。階段を登るように土を脚で踏みしめ上がると、とうとう身体全体が地上へと転げ出た。辺りの腐葉土の墨汁のようなかび臭い空気が何故か不快に感じられない。かえって私を安心させる。母の懐に抱かれる赤子が感じる安息感、愛してやまない故郷の匂いに包まれる幸福感-そんな感じだ。「俺は虫けらなんだな」という馬鹿々々しい“気付き”を自分でも不思議に思うぐらい素直に受け容れることができた。そうして、ひと呼吸置いた私は―
「高いところに上らねば」
と感じた。いや、“確信した”と言い換えるべきか。
辺りは鬱そうとした木々が囲い、星明りすら届かぬ闇で覆われ、夜虫のさえずりだけが現実感を奏でる、そんな凪の熱帯夜だった。私は、恐怖あるいは不安に押し潰されそうになるのを感じつつも、自分の本能に命じられるままに周囲に生えている一本の椎の木に向かって歩みだした。ゆっくりと。
そう、ゆっくりと……
続きは待ってね