金銭・貨幣
貨幣と通貨単位の問題は、度量衡より面倒かも知れません。
現代の私達は、貨幣に通貨単位で額面が記載されているのが当たり前です。そして、その通貨単位分の強制通用力があります。勿論、物価は変動しますから、相対的に通貨の価値が上がり下がりしていると見ることも出来ます。でも、改めて考えて見ると物価を評価する尺度として通貨単位を使うという事は、さながら通貨単位という絶対的尺度が物価とは別にあるかのようですが、本当はどうなんでしょうね?誰か経済とかに詳しい方に話を伺ってみたいものです。
では、昔の通貨単位は何だったかという事ですが、概ね銀や金に基づいていたようです。物語中では、交易商人達は純銀の重さに基づいて考えています。いわゆる秤量貨幣みたいな考え方です。
良くあるロールプレイングゲーム様な世界観をベースとした、異世界転生・異世界召喚ものなどでは、物語をすっきりさせて本来の話に集中しやすくする為に、貨幣と通貨単位が綺麗に対応していたり、十進法でそれぞれの額面の貨幣が発行されている様な設定が為されているようです。確かに、話の本筋にはそこまで関係ないし、わかりやすい事はいい事です。そもそも主人公が現代日本人だったりした場合、彼と感覚を共有出来ますから、別にそれで良い訳です。
ただ、現実の貨幣となるとかなり複雑です。金貨銀貨の類でも、品位の問題がありますし、使いやすさの為に任意の重量で出来ていたりします。
例えば、かつて一ポンドが二十シリングで、一シリングが十二ペンスという通貨が二十世紀まで……何と一九七一年までありました。恐ろしくめんどくさく感じます。さらに、補助単位として五シリングのクラウンや、二十一シリングのギニー、二シリングのフローリン、四ペンスのグロートが存在したそうです。
元々この通貨単位は、ローマのリブラ・ソリドゥス・デナリウスに由来します。従って、今でもポンドの通貨記号は「£」というリブラに由来する「L」ですし、かつてはその下の単位も「s」や「d」でした。更に、古代ローマの通貨単位がヨーロッパ各国に引き継がれていたので、この複雑に見える通貨単位は別にイギリスだけの事でもなかった訳です。因みにリブラは秤の事ですね。
そして、だいぶ時代が降ってから、銀の重さ一ポンドの二百四十分の一の重さの銀貨が「ペニー」として発行されたとのことです。つまり、当初は同時に「銀の重さ」の単位でもあった訳です。
ただ、時代と共に貨幣改鋳等により、銀貨の品位が下がり、貨幣価値が下落するというか、銀に対する銀貨の価値が下がりました。一ペニーの銀を含んで無いのに、国王等が「この一ペニー銀貨は、一ペニーの銀と等価として取り扱え!」と言ったところで通用する訳がありません。「悪貨は良貨を駆逐」して、通貨単位と実際の銀の重さが乖離していくことになります。まあ、そんなに単純でもないですけどね。今話題のシニョリッジやら、通貨量と物資の量の関係やらあるんでしょうが、でも、簡単に言えばそういう事ですよね。
ですから、当時の貨幣は額面が記載されている訳でもなく、通貨単位と綺麗に対応している訳でもなく、どの硬貨なら幾ら位、という結構面倒なものです。買い物に行って、「銀貨何枚になります」とすんなり行けばいいですが、「〇〇の銀貨なら何枚と〇〇の銅貨何枚で」とか一々面倒ですね。実際、どんな風に買い物が行われていたのか見てみたいものです。ある程度は適当にやってたんでしょうか?
物語中では、主人公はよく「盾の小銀貨」に換算しています。額面を把握しやすくする為に、単純に良く使われる硬貨を思い浮かべているわけです。
この「盾の小銀貨」は、十六世末の六ペンス硬貨をイメージしています。大体二・六グラムです。二百四十枚有ると六百グラムを超えますから、一トロイポンドよりだいぶ重くなる訳ですけども、品位が低いのでそうなっています。
この貨幣の価値がどの位かというと、当時のパン屋の職人さんが週五枚位これを貰っていたとの事です。ただし、食費は親方が支払ったりもしていたので、別です。また住込み女中さんで、週十ペンス程度だったそうです。食費と家賃を負担しなければですが、その額でも贅沢をしなければ生活は出来たわけですね。
主人公の荷物は純銀三百斤で、「盾の小銀貨」で一万二千枚になると考えていましたが、どの位の価値があるかイメージ出来ますでしょうか?先のパン職人さんの賃金からすれば、一年で二百五十枚程ですから、五十年分の年収に近いですね。ちなみに、先程の職人さんを四人雇って、さらに徒弟を持っているパン屋さんは、夫婦と子供三人と女中さん二人と住めて、竈と工房を備えた住居兼店舗の家賃に年間三十ポンド支払っていたそうです。となりますと四十枚で一ポンドとして、家賃が年間千二百枚程度。主人公の荷は、街のパン屋さんの家賃十年分ですね。でも、昔の時代のエンゲル係数は物凄く高いので、食費に比べればやすいもので、パン屋さんの年間の売上や経費から考えるとそこまで大きくはありません。諸経費や生活費が引かれてトントンになってしまう、パン工房の売上一年分位です。
そこから往復四ヶ月の旅で馬引きの賃金や食料、塩の仕入れ値といったものを引いたら、利益は果たして大きいと見るか小さいと見るか、難しいところです。ただ、それでも荷物全部ではなく一部ですから、この旅でパン屋さんの一年間分の稼ぎを遥かに上回る額は手にできるでしょう。
ただ、主人公は単純に銀の斤量で考えていますから、ちょっと思い違いをしています。同じ重さでも、純銀の方が銀貨より価値がありますので、本当は多分二万枚までは行きませんが、一万八千枚くらいにはなる筈です。
はて、六千枚はどこに消えたのでしょうか?まあ、隊長が荷を持ち帰って捌いてくれたり、経費や供託金まで負担して、確実に馬引きとともにお迎えに来てくれるなら安いものかも知れません。