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老人と鳥頭と新成人

作者: 天音

空調の効いた部屋に老人は一人で佇んでいた。

一人とは言っても周りには色々なモノがある。

楽しい思い出、悲しい思い出、嬉しい思い出、悩ましい思い出。

思い出だけではない。

自分を愛してくれたモノもいる。

しかし、愛というモノは人生を歩めば歩むほど深みが増していく。

なんて事は無く、どこかでほつれてしまうと途端に脆くなってしまう。

洋服の糸屑もそうだ。

ちょっとしたモノだと浅はかに考え、引き抜こうとしたら思ったより深い傷跡になってしまった。

よくある事では無いかもしれないが、たまにはあるかもしれない。

それと同じ様にして、老人を愛してくれたあの人との愛はほつれてしまった。

そんな思い出だ。

でも思い出だ。


老人は皺くちゃになった頬を緩ませる。

この歳になって今更関係を取り戻そうとしても遅い、それは理解しているし納得もしている。

そもそもどうやったら再び愛を紡げるのか考えても頭が痛くなるばかりだ。


ふと、横目を促すと新参モノが二人佇んでいた。

一人はやけに薄汚れた服にボサボサの頭。

まるで鳥の巣の様だ。

もう一人はそれとは真逆で如何にもな新成人らしい出で立ち。

新成人というより新生児かもしれない。

とにかく小奇麗すぎるほど小奇麗だった。

しかも目があっての第一声は「ヤレヤレ、俺は疲れた…。」だ。

一体その歳で何に疲れているのだろう。

あまり言いたくない言葉だが、最近の若いモンは。とつい言いたくなってしまう。


鳥の巣のような彼。

便宜上、鳥頭としよう。

意味合いは違うがこの場ではそれで意味は通る。

鳥頭はこの場を見やりながらペコリと頭を下げた。

服装は薄汚れているがだらし無いという印象では無い。

それなりに場数を踏んできた面構えだ。

老人も動揺に会釈を返した。

「ここ、長いんですか?」

鳥頭は魚釣りをしているおじさんに話しかけるような気さくさで問いかけてきた。

ここ、長いんですか?

それを語り尽くすには余りにも長い人生だ。

老人は重い腰を持ち上げ鳥頭のすぐ目の前まで足を進める。

ゆっくりと、のんびりと。

これまでの人生を反芻するかの様に。


その様子を見たのか見ていないのか。

新成人は一人「俺には義理の妹がいて…。」等と意味不明な事をボソボソと呟き続けている。

老人にとってこういう類の輩はたまに見かけ、そしてすぐに去っていくのである程度は見慣れたものである。


鳥頭の前で腰を降ろす老人の口元は緩んでいた。

遠目で見ていた限りでは、ただの鳥頭であったのだが近くまで来てみると意外や意外。

渋みのある出で立ちである事に気付かされる。

きっと、素晴らしい人生を歩んできたに違いない。

そして互いに改めての自己紹介を始める。

「初めまして、私はシラノ・ド・ベルジュラックと申します。」

「初めまして、私は神を見た犬です。」

鳥頭は鳥では無く犬であった。


それから数日間。

夜も昼も眠らず、ゆっくりと。

ただゆっくりと。

老人と犬は語り合う。

互いの人生を、物語を。


本棚の世界は狭い。

しかしそこで紡がれる世界は広い。

たとえ持ち主からの愛を受けなくなろうとも。

埃を被ろうとも。

そこにあった物語に誇りはあるのだから。

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