【習作】砂漠の証人
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虹の砂漠に夜明けが訪れていた。
遥かな地平線の向こうから、輝きが生まれてくる。射し込んだ光が夜に満ちた冷気をぬぐうように、岩石の広がる大地を黄色く照らしあげていく。
空を彩っていた星々が姿を消す。光は天上の空を藍や緑青色に変えて、やがて白く染め上げていった。
空気が、動きだす。
気温の変化に風が産声をあげ、強く大地を駆け抜ける。”目覚めの風”、”風精の唄”とも呼ばれる、朝一番の轟風だ。
一人の狩人が、今まさに、その風を待っていた。
岩の影に身をひそめ、砂地と同じ色の外套を着、頭巾を被っている。腰には長剣が差してあった。顔は見えないが男だろう。外套から伸びた腕には、服の上からでも鍛えたと分かる筋肉がある。片方の手には弓が握られ、もう一方には矢があった。
砂漠の夜は濃く、気温は零度を下回る。寒気は明け方ごろが最も厳しい。
それを耐えて忍んだ狩人は、ずっと一点を見続けていた。彼の狙う獲物は、やや離れた場所、冷たい暗がりに潜んでいる。
ギチギチと体の節々を鳴らす獲物は、まだ狩人に気づいてはいない。
いかほど待ったろうか。
風が唸る音に合わせ、狩人は弦を引き絞った。
朝風に矢を放つ音が重なる。
一箭は、狩人に背を見せていた男の心臓を正確に貫いた。どす黒い体液とともに、男が耳障りな奇声を上げる。胴から下、巨大なサソリの体を動かすと、狩人へと振り返った。
その時には、駆け寄った狩人の剣が、鋭く抜き放たれている。
プロローグおよび冒頭用の文です。