その2
今日は【建国祭】。
遠くから様々な人達が来て、国は想像以上に活気ついていた。
しかし、何故この砂漠の国に遠くから来た【貴族】がくるのか。それは、この大国の王様が【世界的に有名な歌姫】を招き入れたから。その【歌姫】は、有名人だが滅多に人前に姿を表さず、国中から招待されても全て断って来たのだ。
それじゃ、何故この大国の王様は【歌姫】を招き入れる事が出来たのか。
私にはわからない。わからないが、今日の【建国祭】はとても楽しみにしている。
だって、今日は【デート】ですもの。【ネロス】はどう思っているかわからないけど。
◆◇◆
夕日が眩しく、この大国を海の向こうから照らしていた。茜色に染まる【ドゥニウス王国】は沢山の人で溢れ、色々な店が並び、大通りではこの大国の住民が最後の飾り付けに専念していた。しかし、一軒だけ何も準備をしていない家があった。
「祖母様ぁぁ!いるぅ?」
それは、私の家。藁を沢山束ねた大きな家で私と祖母様、そして一匹のペットを飼って暮らしている。
「いないのかな・・・まぁ、いいや。」
あの頃から、全く変わらない家。古臭いけど、住み心地がよく、安らぐ只一つの私の家。
「あ、【ネロス】・・・」
真直ぐ続く廊下を進むと、広い居間に出た。そこには私の幼馴染み【ネロス】がペットのバルバトスを抱いて寝ていた。まだ、幼いその顔はまるで天使のように安らかで、小さく柔らかいバルバトスを優しく抱き締めるその姿が本当に可愛かった。
「可愛い・・・初めて見る・・【ネロス】の寝顔。」
心がときめいた私は【ネロス】の正面に立ち、しゃがんだ。そして、人差し指で【ネロス】の柔らかい頬を突っ突いた。
「・・んぅ・・・・・ん・・」
呻いた【ネロス】は体を縮こませて、バルバトスを自分の頬にくっつけた。それは、バルバトスが【ネロス】の頬にキスをするような格好で、私は少し嫉いてしまい、少しだけ爪を立てて頬をつついた。
「・・ぅ・・・ふぅ・・・・あ、【レミナ】」
「おはよう【ネロス】。もう夕方よ?」
【ネロス】の左頬は少し赤くなっていた。バルバトスを抱いたまま【ネロス】は上半身だけ起こして、顎をテーブルに乗せた。
「・・・眠い、なんかボーとする。」
「寝過ぎよ!ほら、早く着替えて・・・汗でビショビショよ?」
「・・・わかった・・シャワー浴びてくる・・着替えは?」
「そこのタンスにあるから適当に選んで。」
【ネロス】は私にバルバトスを預けるとノロノロと立ち上がり、タンスから着替えを取り、奥にある浴室に進んで行った。
「ミュュ・・・」
「起きちゃった?バルバトス?」
かわいらしい声をあげて、バルバトスは半目を開けて私を見ていた。柔らかい茶色の毛に紫色の瞳が私を見上げていた。
「バルバトスぅ・・・今日はデートなんだぞ?羨ましいだろぅ。」
「ミュュ〜・・・」
私はバルバトスの頭を撫でた。目を閉じて気持ち良さそうに身をゆだねているバルバトスはとても幸せそうだった。
「しかも、今日は【歌姫】が来るんだって・・・わかんないか、バルバトスには・・」
奥の方で、シャワーが流れ出る音が聞こえてきた。
「だけど、【ネロス】はデートって自覚してるのかしら?バルバトスはどう思う?」
私はバルバトスを持ち上げると、紫色の瞳をジッと見た。首を傾げたバルバトスを私はほほ笑みながら肩に乗せた。
「バルバトスも一緒に連れて行くからね・・・邪魔しちゃ駄目よ?」
「ミュ!」
その後、私は肩に乗るバルバトスをこちょがしたり、遊んでいた。しかしその時、いきなり“ガラガラ”と奥の扉が開くのと同時に【ネロス】が現われた。湯気が発つ体は、ほぼ裸に近かった。
「・・・どしたの?」
「どしたの?じゃないこの馬鹿!早く上を着ろ!そして、パ、パンツの上にも何か着ろ!」
「あ、悪い、今着替えるよ。」
一瞬だけだったが、【ネロス】の体は無駄な贅肉がなく、少し筋肉質な体をしていた。
「・・・・・ちょっと綺麗だったな・・」
「・・・・何か言った?」
「言ってない!早く着替えなさいよ!」
「もう、着替えたよ。」
私は顔を覆っていた手を退けた。【ネロス】は、脛辺りまでの長さのデニムのハーフパンツに濃い青色に赤や黄色等の模様が付いた厚いシャツを着ていた。
「・・・似合ってんじゃん。」
「そうかなぁ?」
「似合ってる似合ってる!それじゃ行きましょ!」
「え!もう?」
「出店に行って美味しい物食べるの!今日しか買えない限定品も買わなくちゃ行けないから速く行きましょ!」
「あ、あぁ・・・わかった。」
テーブルの上にあった財布を【ネロス】は手に持ち、空は既に星が点々と輝いている中、私と【ネロス】は家を出て、急いで大通りに向った。
♪
上空では色の付いた火薬の大弾が放たれ、爆発し、綺麗な火の粉を飛ばしながら【建国祭】が始まった。大通りでは沢山の人が歓声をあげて、先頭で豪華な装飾を施した馬車に手を振っていた。そして、その人達に答えるように王様と王妃様、その隣りの王子も優雅に手を振っていた。
「はぁ・・ちょっと休憩しようか?」
「うん。」
馬車の前には鎧を来た兵隊がラッパを片手に、リズミカルに行進をしていた。そして、そのパレードが緩やかなカーブを曲がるその上には小さな丘があり、そこで【ネロス】と【レミナ】は近くにあるベンチに腰掛けた。
「【レミナ】・・・こんなに買って大丈夫なのか?・・・てか、買い過ぎだろう。重いし・・・」
【ネロス】は両手に二個ずつ持っている紙袋を持ち、【レミナ】に見せた。
「・・・ちょっと買い過ぎたかも・・でも、もう買わないから大丈夫よ。」
さっきまで【レミナ】の肩に乗っていたバルバトスはポケットの中にうずくまるように顔を出していた。ドゥニウス王国は太陽が出ている時は真夏のように暑いが、夜になると凍えるように寒い。【ネロス】と【レミナ】も露店で買った生地が分厚い服を着ていた。
「・・・綺麗・・星のように輝いている。」
「・・・うん。」
丘から見える風景は、星のように輝き、神秘的だった。その向こうに見える半円状の建物にそのパレードは向って行った。
「あそこで・・・【歌姫】が歌うんだね。」
「そうなんだ・・・・なんでこんな砂漠の国に【歌姫】が来たんだろうね?」
「さぁ・・・わかんない。」
二人の会話はそこで途絶えた。聞こえてくるのはラッパのリズミカルな音、王様に手を振る人々の歓声、二人と同じようにこの丘の上でパレードを見ている恋人達の会話だった。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・ねぇ【ネロス】。」
「ん?」
「【ネロス】は・・・その・・あっちで・・・・彼女とか出来たの?」
「いや、いないよ。」
「そう・・・なんで作らないの?」
「・・・作る余裕がない・・・かな?」
「ふ〜ん・・」
そんな二人を空に広がる星が照らしていた。しかし、この大国の住民も二人も気付いていなかった。少しずつ、ゆったりだが着実に星と中心にぽつりとある月は赤く染まっていった。
♪
「今宵は素晴らしい夜になりますな。」
「これはこれは・・・【ルカ様】!」
沢山の白い髭を生やした王様は一人の老婆に一礼をした。その隣りにいる王妃、王子も同じく一礼をした。
「今日は御親族もご一緒に?」
「フフッ、【レミナ】はデートじゃよ。」
「おぉ!そうでございますか・・あの子ももう十八歳ですからな・・・」
ルカと王様達は親しいのか雑談を交わしながら、長い階段を登って行った。そこは天井が球体状に広がり、奥には赤く分厚い幕が垂れ下がっていた。王様達がいる所からはこの建物の中が一望出来て、等間隔に設置されている柔らかい椅子には沢山の人達がドレスやタキシードを身に付けていた。
「・・・【ヴェルディ様】が見当たらないが・・・」
「あぁ・・・今日は建国祭だと言うのに【あいつ】は部屋から一歩も出ないで寝てばかり・・・全く、同じ王家の血を引き継ぐものとして恥ずかしい限りです。」
「・・・そうですか。」
その時、会場全体が暗くなり拍手が湧き上がった。赤い幕が上がり、その中心に立つのは白い肌を隠すように身に付けた服に、銀色の髪を肩まで伸し、ダイヤモンドのように輝く瞳を真直ぐ、会場の中心を見つめる少女の姿だった。
「あれが・・・【歌姫】ですか・・何かの間違いじゃ・・」
「私も最初は思った。しかし、彼女の声を聞いて確信した・・・彼女は【歌姫】・・」
会場はざわついていた。皆【歌姫】を見て驚き、恐怖し、見入っていた。
「誰も彼女を【見たことがない】・・・大変でした・・交渉がうまく行かずに。しかし・・・」
王様は微笑みながら両腕を組み、【歌姫】をジッと見つめた。
「今日で彼女は【本当の歌姫】として、生まれ変わる。この国が世界の中心に立つ証となる。・・・【世界制覇】の為の道具として・・・」
最後の言葉はかき消された。【歌姫】の洗礼で大きな声に会場の人々は聞き入ってしまい、感じていた。炎の光で彼女の頭に生えている銀色の【二本の角】は神秘的に輝いていた。
◆◇◆
城の中はロウソクの火が等間隔に付けられていて、その廊下を兵士が巡回していた。そして廊下の一番奥、ロウソクが二つ取り付けられている部屋の中に、無言で本をめくっている男がいた。腰に付けている銃は部屋の中にあるロウソクの火が怪しく照らしていた。
「・・・」
男が見ていた本には、細かな文字が描かれていてその横には、【角を生やした黒い翼の男性】と【銀髪を生やした白い翼の女性】が手を取り合っていた。その間には、手を広げた少女が描かれていた。
「・・・」
そして、男が次のページを開こうとした時、廊下で慌ただしくて走る音と兵士の叫び声が聞えた。
「・・・っ・・なんだよ。うるさいなぁ・・」
男は開きかけたページをそのままに立ち上がると、扉に近付き開ようとした。その直後、“ドガッ”と扉に倒れる音がした。
「や、止めろ!来るな!・・ひぃぃ、ひやぁぁ――――――!」
肉を突き刺す音と共に、向こう側から聞える兵士の叫び声は消えた。
「な、何なんだ・・・・賊か?賊が入り込んだのか・・・」
男は腰にある銃を手に取り、横たわるようにして死んでいる兵士がいると思われる扉をゆっくりと力を入れて開いた。