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ドーナツは甘く、そう、甘く

 雑踏京駅高架下ミスタードーナツ。この町での数少ないデートスポットだ。実際、デートに適しているのかは知らないが、少なくとも僕たちは他に行く場所が思いつかない。近場に歓楽街もあるし、最悪周遊してる無料送迎バスに乗れば、映画だって見に行ける。だって駅前の、他の店、雰囲気でないんだもん。ラーメン屋か、居酒屋くらいしかない。マクドナルドは数年前に閉店したし、いきなりカラオケってのも味気ない。だから僕らはいつもミスタードーナツで待ち合わせて、駄弁って、時間を潰す。タイミングを待ってるんだ。もしくは、気分が盛り上るのを。デートって言ったら、そりゃ、やる事は一つだし。それでもだ、いきなりってのは、気が乗らないから、甘いものを食べて、少しだけ。

「何頼むの」「肉まん、あと坦々麺」「またそれ?、キスする時の事考えてよ」「いつも欲しくなって食べてるじゃん、坦々麺。どうせ変わらないって」

 彼女、いや、彼かな。彼はいつも、ポンデリングとエンゼルフレンチ、カスタードクリームにハニーチュロ。甘くて、甘くて、僕には耐えられないチョイスをする。でも、いつも僕の坦々麺か、肉まんを奪おうとするから、いっそ自分でも頼めばいいのに、と思う。

「君のだからいいの、貰って食べるから、いいの」

 そんなことを言う彼はかわいいから、はにかむ顔に免じて、僕らはいつも少しだけ、分けて食べる。毎回チュロスを貰うから、もしかすると、そんなに好きじゃないのかもしれない。僕のために頼んでるのかもしれない。僕も、君から貰うチュロスが好き。そんなこと、まだ、言葉に出来ていないけど。

 坦々麺と、肉まんを持って、彼のいる席へ。大体、この店はそんなに混雑しないから、いつも空いている奥の席で向かい合って食べる。話題は、なんだろう。今日は何を話すんだろう。

「遅い。遅いよ」「仕方ないよ、いつもの事さ」「甘くないのが欲しいなら、パイでもいいんじゃないの?グラタンパイ」「それ、好き?」「ううん、全然」「じゃ駄目だ。分け合えない」

 彼は少しだけ、顔を赤くして、うつむく。ボーイッシュなショートボブ。同じもののはずのダッフルコート。それでも、なんでこんなに、かわいいんだろうか。不思議だ。

 照れると、しばらくの間彼は喋らないままもくもくとドーナツを口に運ぶから、こうなると、かわいいんだけど、困る。いつもは手をつけないでいてくれるハニーチュロまで食べちゃうんだ。だからすぐに、照れに気づいていないふりをして。

「で、今日は何を話すの。この前みたいに、進路の話でもする?」「あ、や、それはもうしない。やらない。だって、そんな気分になれなかったし」

 前回は、何の気なしに、僕たちは、普段しない真面目な話をしたんだ。進路、将来、行き着く不安。この町で暮らしていて、どうなるんだろう。この町を出て、暮らしていけるんだろうか。鬱々として、暗くて、辛くて、何より気分が乗らなくて。そのまま解散なんて、初めてだった。

「じゃあ何話す?プレイの方向性?」「や、この前の、真面目に話すってのは悪くなかったから、真面目に話そう」「何について?ミスタードーナツでのベストチョイス?僕は肉まんだけは外せないよ」「茶化さないで」

 さっきまでの、弱弱しい、頬を染めていた彼はそこにはいなくて。それでも、口元にはクリームがついている。

「君との関係、どうなるかについて、話そ」「それは、どういう」「いつまでも、このままで、いられないかもしれないじゃん、男同士なんだし、さ」

 そうだ。どんなにかわいくても彼は男で、僕も男で、つまりはそういうことなのだった。

「いつまでも、か。確かに、このままじゃいられないんだろうな、そんな気はする」「なんだよ、それ」

 彼の唇が歪んだ。精一杯笑おうとしているみたいだけど、いつもの笑顔には到底及ばない。苦々しくて、全然、甘くない。

 考えないようにしていた事がいくつも浮かんでは消えていく。答えがないから答えを用意しないでいた、なんて、そんな話じゃないんだ。一応の答えがあるから、出さなきゃいけないのに、出さないでいられるうちは、このままでいたいと。この町で、こんな町で、いつまでもこのままでいられるなんてそんな、そんな話は、ないんだから。



 


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