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3 幼馴染と部活と厨二と転校生。①


 放課後になった。

 例によって俺の隣には茅ヶ崎。

 学生鞄を茅ヶ崎とは逆に引っ提げ、肩が触れ合いそうなほど近い距離で風通しの良い廊下を歩いている。


「そういや思ったんだけど、工事現場って安全管理のために監視カメラとか設置されてるよな。ひょっとしたら俺らの姿もそこにバッチリ映り込んでるんじゃないか?」

「……抜かりない」


 僅かに汲み取れる自信の含まれた口調。

 そのことから察するに監視カメラなんてなかったんだな。いやぁよかったよかった。


「……全部壊しておいたから」

「待て待て待てーい!」


 俺の会心の突っ込み。対する茅ヶ崎は自販機の下に五百円玉を落としてしまった時のような目で、


「……なに?」

「なに、じゃないよ。どう考えても破壊するのはマズいだろ。そっちの方が問題だ」

「……でも、壊した方が早い。それに」一瞬の間のあとに茅ヶ崎が「復元ができないくらい木っ端微塵にしておいたから」


 わぁおアクティブ。


「って、早くても木っ端微塵でも駄目なものは駄目。つーかそのすぐに壊して解決しようとする癖を直せ、今後のためにも」

「……分かった」


 頷くも顔を伏せしゅんとする茅ヶ崎。

 いやでも、茅ヶ崎は茅ヶ崎なりに考えて行動に移したんだよな。


「あー……その、なんだ。俺も少し言い過ぎたよ。そんなに気を落とさないでくれ」

「……大丈夫」歩みを止める茅ヶ崎につられ立ち止まると茅ヶ崎が俺の目を見て、

「わたしのことを思って言ってくれた言葉だと思うから」

「茅ヶ崎……」

「……それに」


 付け足すように、サムズアップしながら茅ヶ崎が、


「卵焼きをくれる人間に悪い人はいない」

「ほんと卵焼き好きだよなお前」


 再び肩を並べながら歩き始め、階段に差し掛かろうとした時のこと。


「四方山話は終わったか小僧」

「わっ!」


 急に声が聞こえ飛び上がる。階段だったら危なかった。


「バカ! こんなところで話し掛けるなよ!」

「バカとはなんだ、痴れ者め。少しは言葉を選ぶがいい」


 呼んでもないのに茅ヶ崎が懐からパンドラを取り出し(なんか色々入ってんな)手のひらに乗せる。

 切れ長の目。箱にははっきりと顔が浮かんでいる。


「おい顔隠せ。つーかパンドラしまえ茅ヶ崎。誰かに見られたらどうする」

「案ずるな小僧」


 その小僧って呼び方も止めろ。


「心配せずともリトスラウムの中でも特別力の強い者にしか俺の姿は視認できん」

「本当かよ」


 確認のため茅ヶ崎を見ると、小さく頷く。


「本当みたいだな」

「おい待て。小僧、それは俺に喧嘩を売ってるとみて相違ないな?」

「ただのダブルチェックだよ。それより、俺を小僧って呼ぶな。俺には藤咲陽色という親が付けてくれた大事な名前があるんだからな」

「ヒーローか。本人とは似ても似つかぬ大層な名前じゃないか」

「くっ」


 痛いところを突きやがる。確かに俺はヒーローどころか主人公にもなれなかった中途半端野郎だからな。なんか悲しくなってきた。


「……パンドラ、めっ」


 俺を庇ってくれるのか、茅ヶ崎が言うことを聞かない子供を叱るように言う。


「フン、少しからかっただけだ。他意があるわけではない。やれ廻は何かと世話を焼きすぎるきらいがあるな」


 パンドラが鋭い息を吐く。


「小僧と言ったか」


 言ってない。


「この俺に名前で呼んでほしければそれに見合う人間になることだな」

「……」


 一応認める気はあるってことでいいのか、それは。

 ん、ちょっと待て。


「自然すぎてスルーしてたが、なんで俺はパンドラが見えてんだ? 別に俺はリトスラウムでもないしお前の言う特別な力なんて持ち合わせちゃいないぞ」

「……分からん」


 分からんて。


「現状において貴様の能力が判然とせん。まったくもってな。よってこのことは度外視させてもらう」


 せめて保留と言ってくれ。


「……まぁ無駄話はこのくらいにして、リトスラウムについての詳細だが、ここまで詳しいのにはある理由が存在する。それはネット上にあがっているサイト、」

「道行く者よ、その足を止めよ!」


 またも遮られるパンドラの話。

 その言葉に弾かれたように足を止める俺達。

 ……誰だ?

 四階から降りて今は一年の教室がある三階の踊り場。階段を登る音。


「クックック、視ていたぞ、貴様らのこと。しかとこの眼でな」


 この倒置法と片言を足して二で割ったような口調は。


「朝霧か」

「簡単にその名を口にするな! ……クックック、貴様の従者だが、なかなかどうして良いものを把持(はじ)しているな」

「なっ!?」


 こいつ、茅ヶ崎が持ってるパンドラが見えてるのか……?


「闇の眷属けんぞくであるパンドラの箱の封印まで解かれているとは、時の流れというのは残酷だ」


 まさか名前まで!?

 茅ヶ崎の表情は相変わらずそのままだが、パンドラに至っては目を大きく見開いている。珍しく動揺してるようだ。

 そういえばこいつは昨日、俺の未来を実際に当ててみせた。それも当てずっぽうなんかじゃなく本当に。

 てことは朝霧もリトスラウムなのか? それも特別力の強い。


「ん?」


 茅ヶ崎に袖を引っ張られる。


「……誰?」

「頭のネジが何本かぶっとんだやつだ」

「……ロボットなの?」

「いやそういう意味じゃねえから」


 こういう反応見てると、茅ヶ崎って天然だよな、うん。


「聞こえているぞ」

「わっ!」


 いつの間にか俺の背後に回り脇から顔を覗かせる朝霧。漆黒のマントに身体を包み眼帯は健在。

 忍者か、お前は。


「それはそうと極限零度(インフィニティフラッド)よ。貴様の真名を私は聞いておらぬ。貴様だけ知っているのはいささか、あっ」


 黙って横を通り過ぎようとすると、朝霧が俺の服の裾を掴む。


「離せ」

「まだ話の途中だから」

「俺は今多忙を極めてるんだ。お前に構ってる暇は一秒たりともない」


 ふんすと引き剥がそうとするも、一向に離そうとしない朝霧。


「おいこら、いい加減にしないと……」

「命の恩人に向かってその態度はないんじゃないですか」

「誰が命の恩人だって?」

「ようやく私の話に耳を傾ける気になりましたか」


 ない胸の下で腕を組みながら、朝霧が口を開く。


「昨日発売の漫画を買いに行ったら偶然本屋で先輩の姿を見かけまして。そのまま帰ろうかとは思ったんですが、予知を思い出した私は心配になって先輩のあとを追ったんです。そしたら先輩が見ず知らずの男に工事現場に誘いこまれて殺されそうになってたので、すぐに警察に通報したんです。その結果こうしてピンピンしてますよね? つまり私が助けたんです」

「ああ、そういうことだったのね」


 近所の住民じゃなくて朝霧が通報してたんだな。

 いやそれよりもどこまで見てどこまで知ったのか気にある。パンドラの名前も知っていたことだし、それによっては色々と面倒くさいことになりそうだ。


「その、なんつうか、どこまで見てたんだ?」

「先輩が刃物で切りつけられるとこまでです。どうしようかあたふたしていたら急に物音がして怖くなって逃げちゃいました。通報したのは逃げてからですね」


 てことは茅ヶ崎が降り立つ前か。この調子だと物理法則を無視した展開も見てないようだしとりあえず一安心だな。

 ……そういや、なんでこうもあっさり俺は不思議なことを受け入れてんだろ。去年ならともかく昨日までは一切信じてなかったのに。やっぱりラノベ主人公になることを諦めたあの日から心の隅でひっそり残り続けていたのかな。


「私は命の恩人なんですから、先輩はもっと私に感謝してもいいくらいです」


 えっへんとない胸を張る、って流石にそう何度も思うのは失礼か。

 俺は少し考えるフリをしてから、


「お前のお陰で助かったよ。ありがとな」


 照れ隠しするのもなんだから面と向かって言う。

 すると頬を赤らめながら朝霧が、


「べべっ、別に感謝しているのならそれでいいです!」


 正視に耐えないと言わんばかりに朝霧が首がもげる勢いで顔を逸らす。

 えっ、なにその反応!? それじゃまるで歯が浮くような台詞を口にした俺がバカみたいじゃないか。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべていると、朝霧が舌の根も乾かぬうちに、


「先輩も先輩です。私が再三注意したにも関わらず、それを聞き入れないでホイホイ男のあとについていったんですから。ひょっとしてアレですか。先輩はホモなんですか。確かに需要は増えてきてますけど、それはあくまで二次元に限った話です。リアルで男がまぐわったところでひたすらきしょいだけです」

「あ……いや、待ってくれ。ちょっと話を整理する」


 手を前に出し、朝霧を制止する。

 今、ホモという不穏すぎる言葉が聞こえたような……。


「……俺はホモなんかじゃねえ!」

「うわっ、時間差」


 朝霧がわざとらしく驚く。


「……わぁ、タイムラグ」


 茅ヶ崎が奇を(てら)って驚く。

 お前にだけは言われたくねえよ!?


「まぁ正直そんなことはどうでもいいですけど」


 俺の中の重要事項を朝霧はどうでもいいの一言で切り捨てると、


「私のお陰で未来がよりよい方向に変わったんですから、いい加減先輩は私に名前を教えてください」

「藤咲陽色」

「バラすの早いなおい!」


 自分でも驚くほどあっさり言ったなと思う。

 まぁ敬語に加えて真面目な対応だし教えない道理がない。

 それからリトスラウムとかの件はこいつには隠しておくことにする。話したら話したでまた面倒なことになりそうだし――ひょっとしたら既に知ってるかもだが――念を押すに越したことはない。朝霧が俺の命の恩人になったみたいだけど、さして問題はないだろ。


「藤咲先輩。その、これは助けたお礼とかじゃないんですけど……私の部活作りを手伝ってもらえませんか?」


 前言撤回。いきなり命の恩人をダシに使われた。

 にしても……部活作り、部活作りか。

 これまた中々に面倒な提案したもんだ。


 逆に部活に入るのは簡単だ。

 入部届けを書いて、それを担任に提出するだけでいい。部活数も多いからあてに困ることもないからな(もっともどの部活にするか悩むことはあるだろうけど)。

 しかし部活を作るとなれば話は別だ。

 部員の確保から、顧問、部室、部の申請に至るまでほとんど全て自分達でやらなければならない。つまりセルフサービス以上のものを要求されるわけだ。絶対に部活に所属しなければならないこの学校において部活作りは思った以上に困難を極める。言うなれば何の勉強もしてないのにいきなり東大入試を受験するくらいの無謀さはある。

 俺がそのように伝えてやると、


「だからこうして先輩に頼んでるんじゃないですか」


 あっ、さいですか。


「……部活」


 茅ヶ崎が誰ともなしに呟いた。

 さっきまで手にしていたはずのパンドラがない。てことは閉まったのだろう。まぁ賢明だな。


「仮に部活を作るとして、入ってくれる友達はいるのか?」

「クックック、()れ言を。孤独を(たしな)む私に気心知れた盟友などいらぬ。天涯孤独こそ(はかな)くもあり美しい……」

「要はいないんだな?」

「……はい」


 噛み付かれると思ったらやけにしおらしい。そりゃそんな格好してたらな。


「先輩達が入ってくださいよ。いや入れ」


 命令口調。なりふり構ってられないのか最後は敬語ですらない。


「そんなに慌てるな。別にどこにも所属してなければ考えてやらなくもないが、俺は二年だ。当然部活にだって入ってる」

「何の部活ですか?」

「何のって……」


 茅ヶ崎と顔を見合わせる。


「帰宅部」

「……無所属」

「入れるじゃん!!」


 間髪を容れずに朝霧が突っ込む。


「お二人とも二年生ですよね。藤咲先輩はともかく……」


 チラリ俺を見たかと思いきや、次に茅ヶ崎を見る朝霧。


「えっと」

「……茅ヶ崎廻」

「あ、どもです。茅ヶ崎先輩はひょっとして退部でもされたんですか?」

「……編入してきたばかりだから」

「編入?」


 その言葉には転校じゃなくて? という意味が含まれていそうだ。


「あ~なるほど。そういうことですか」


 朝霧は一人で納得すると、


「じゃあやっぱり二人ともフリーじゃないですか」

「だから勝手に結論付けるなって」


 俺の言葉に朝霧が唇を尖らせる。


「どうしてですか」

「そういう言い方するってことはさ、朝霧、お前部活舐めてるだろ」

「ええ舐めてますよ。なにせ存在意義が不明ですから」


 全国の帰宅部員を敵に回す発言をした。


「大体帰宅部って何するんですか? 何もしませんよね? ただ帰るだけじゃ体裁が悪いから部活にして正当化してるだけじゃないですか。他の真面目に活動してる部活と同列に扱っちゃ可哀想ですよ。このことに対して何か言いたいことがあるなら受け付けますけど」

「いや……」


 帰宅部に親を殺されたんじゃないかと思いたくなる勢いだ。正論すぎて返す言葉もない。

 それにこれ以上反論しようものならすごい剣幕で噛み付かれそうだ。ここはおとなしく引き下がることにしよう。


「……」


 思い返してみると、ラノベ主人公になりたいがために作った帰宅部だけど結局無意味に終わっちまったもんな。実際正式な認可が下りてるわけじゃなく、言うなれば裏口入学的な非合法のようなものだし。タイミング的にもそろそろ潮時、なら朝霧の話に少しくらいなら耳を傾けてやってもいいだろう。


「手伝ってやるべき……おっと」


 少し口に出し言い留まる。

 今までのパターンでいくと天使と悪魔が出現し決まって余計な茶々を入れてきたからな。このくらいは自分の中で結論を出したい。

 もしも、もしもだぞ。もし俺がラノベ主人公だったとしたら、朝霧の部活作りを手伝ってやるか?

 ……ああ、そうか。愚問だな。赤子の手を捻るくらいには簡単すぎる。



 ――答えはイエスに決まってんだろ!



「分かった。手伝ってやる」

「ほんとに!? あ、ほんとですか?」


 爛々と目を輝かせる朝霧。別に言い直さなくてもいいのに。つまりは手放しに喜ぶくらい嬉しいってことか。


「本当だよ。嘘ついてどうする」

「それもそうですね。信じます」

「お前の手のひらくるくるしてるな……茅ヶ崎はどうする?」


 話を振ると、茅ヶ崎が小さく頷く。それは肯定と受け取っていいのか。

 朝霧に向き直る。


「だそうだ。んで、これが一番重要なんだろうけど、何の部活、」

「ぐわぁあぁぁっ!」


 びくん。朝霧の悲鳴ならぬ奇声に俺と茅ヶ崎が驚く。


「い、いきなりどうした?」

魔眼(まがん)が、魔眼が(うず)く……ッ!」


 そう言って眼帯を付けている方の目を押さえ、その場にくずおれる朝霧。

 中二病? いや、あの目には確かに能力が宿ってる。ひょっとしたら力の使いすぎによる反動を受けているのかもしれない!


「大丈夫か朝霧!?」

「私を誰だと思っている。綺麗事の言いすぎで闇の力が薄れただけだ。さして問題はない」

「……」


 どうやらいつもの中二病だったようだ。

 一発パンチをおみまいしてやろうかと思ったがそこは長年培ってきた理性で抑える。


「心配を掛けたな」


 してねーよ。


「何の部活かと言ったか。クックック、心して聞け。名前は――漆黒しっこく輔翼部ほよくぶだ」


 ……ん?


「部活内容を端的に言うと、不埒な悪行を働く悪党を成敗し影で暗躍する部活だ」


 ……んん?


「どうだ。極限零度(インフィニティフラッド)よ。凄すぎて声も出まい」


 呆れて声も出ないの間違いだろ。


 漆黒ノ輔翼部――ラノベ『幼馴染みが中二病で痛すぎる件について。』に登場する部活。

 部員全員が異能力者で、世界を魔の手から救うのが目的の集団――ではなく、学校をよりよいものにするために力を行使する慈善事業団体だ。

 きっと中二病を拗らせた理由も、このラノベを読んだからに違いない。なんとなくそういう雰囲気もあったし。

 それよりも思い出したことがある。

 多分、いや、十中八九オサケンのラノベを置き忘れた。それも工事現場に。


「わっ、すみません」


 柔道着を着た連中が横切り、朝霧がぶつかりそうになる。部員獲得に意気込む柔道部のやつらだろう。


「ここじゃ人通りも多いから、場所を変えて話そう」


誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ!

次回一週間以内に投稿予定。

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