2 巻き込まれるのは主人公の証。③
次の日学校へ行くと、日下部が休んでいた。
まぁ昨日の今日だし怪我していたことも相俟ってきっと入院してるか自宅療養を余儀なくされているのだろう。大事はないといいが。
他の可能性としてあるのが容疑者として留置所にぶちこまれていないかということだ。日下部が俺に襲い掛かったのも事実だし犯人というのも強ち間違いではないが、しかしあの感じを見てると本当の犯人ではないように思える。きっと人には言い知れない深いわけがあったに違いない。こういう思考を抱く俺もよっぽどのお人好しかもしれないけど。
そういった理由から百歩譲って日下部が休むのはいいにしても、どういうわけか茅ヶ崎までいなかった。
四限目に入る間際に隣を見るも、相も変わらずそこは空席。昨日あれだけ話すと大見得を切っていたというのにどういう了見なのだろう。これでは話をする以前の問題だ。
まさか学校に来れないような厄介事に巻き込まれたんじゃないだろうな。あいつもあいつで何か特別な事情を抱えていそうだったからな。とにかく杞憂であることを祈るばかりだ。
昼休み。
始業式の次の日から平常授業とは何とも億劫極まりない。それもこれもこの一年間のうちに俺が異世界に行けなかったのが悪い。もし行けていたのならこんなあくびの出るような退屈な授業を受けずにすんだというのに。本当に悔やまれる。
だが俺は過去を振り返らない男。
そりゃたまには苦心することもあるけど、基本的には前を向いて歩いてる。
そんな人一倍鋼のメンタルを持つ俺だからこそ一人で飯を食うのも朝飯前なわけで(今は昼飯時だけど)、鞄から弁当箱を取り出した俺はそれを机に広げ、
「……藤咲君」
「どわっふ!」
驚きのあまり座った状態のままジャンプした。
俺のメンタル即崩壊。
「……ごめん」
声の主が謝ってきた。申し訳なさそうな声色。
振り返ると、案の定そこには茅ヶ崎が立っていた。昨日と変わらず無機質な表情を貼り付けている。
「茅ヶ崎か……」
どうして遅れて来たんだ?
もしかして何か事件に巻き込まれたのか?
いくつか思い浮かんでは、俺はすぐにかぶりを振った。
それを訊いたところで一体何になるってんだ。解決してやろうってか? 無理だろ、そんなの。
俺は……主人公になることを諦めたんだからな。
「……わたしのあとについて来て」
無言でいる俺を見て取り、茅ヶ崎は俺の返事を待たずに歩き出す。
「お、おい。待てよ茅ヶ崎」
椅子から立ち上がり茅ヶ崎を目で追う。果たして俺の声が聞こえていないのか、呼び止めるのも虚しく茅ヶ崎は教室を出ていこうとする。
「……ったく」
仕方なしに俺は机に広げた弁当箱を片し――半分だけ身体をよじる露乃と目が合った。
見つめ合うのもそこそこに、ついと視線を逸らされる。
なに? 一日一回のノルマかなんかなの? これ。
しかし……なんだろう、この違和感。露乃にいつもの覇気がなくどこか気落ちしているようにも見える。俺の気のせいかもしれないけど。
とりあえず茅ヶ崎のあとを追っていくと、着いたのは屋上へと上がる階段。
立ち入り禁止と書かれた看板に気付いていないのか、看板を素通りし鎖を跨ぎ悠々とドアの前に立つ。入り口にも立ち入り禁止の文字。
「……入る」
文字が読めないとしか思えない。
つっても、ここに来たところで錠が施されてるだろうし来るだけ時間の無駄って開いたー!?
「……鍵、壊しておいたから」
なにナチュラルに犯罪行為を暴露しちゃってるんだこいつは。確かに一時期バカなことして自慢するのがツウィッター上で流行ったけどさ。
ある意味で頭のネジがとんでる可能性のある茅ヶ崎に続き屋上へと足を踏み入れる。これで俺も同罪か。
屋上はまぁ当然と言えば当然だが閑散としていた。あるものといえば貯水タンクや塔屋くらいなもので、圧迫感からそう感じるのか、屋上は猫の額ほどの広さしかなかった。学校の屋上とは名ばかりだな。立ち入り禁止の屋上に文句をつけたところで一方的に咎められるのが目に見えてるけど。
塔屋に背を向けコンクリートに座る。正面には茅ヶ崎。俺同様にそのまま腰を下ろす。
「さぁ、話を聞かせてもらおうか」
「……何について話せばいい?」
「って考えてきてなかったのかよ」
いきなり出鼻を挫かれた気分だ。
俺は少しばかり考えてから、
「あのパンドラと呼んでいた箱について教えてくれ」
茅ヶ崎は小さく頷くと、懐からあの黒い箱を取り出した。
「……この子の名前はパンドラ。正確にはパンドラの箱という神話シリーズの一つで、パンドラにしかない特別な力を有しているの」
「ああ」
「……」
「……?」
「……」
……え? 終わり!?
いくらなんでもはしょりすぎな上に説明が足らなさすぎるだろ!
「……口下手だから」
「自分で言うんじゃねえ!」
一喝する。すると茅ヶ崎が手にしていた黒い箱に目と口がくっきりと浮き出る。もう驚かないぞ。
「貴様なんぞに開示してやるのは不本意だが、この俺手ずから語らってやろう」
箱が茅ヶ崎の代わりを買って出た。まぁその方が早そうだ。茅ヶ崎には悪いけど。
「出し抜けに神話シリーズと言ったところで貴様には何のことか分かるまい。しかし全てを語らうのは億劫だ。一を聞いて十を知れ。俺は神が後世に残せし遺産、パンドラの箱だ。神話シリーズとも呼ばれちゃいるがな」
再度懐をまさぐる茅ヶ崎は、今度は手のひらサイズの座布団を取り出し、それをコンクリートに置いた。
一体何をするのだろうと思っていたら、その上にやおらパンドラを乗せた。
ミニ座布団にちょこんと鎮座するパンドラ。マスコットみたいでなんか可愛い。
「命ある神の遺産は、人間が体内に宿している生命エネルギーを取り込まなければ息をつなぐのもままならぬ。人間が食料を摂取するようにな」
パンドラに睨まれ、俺は弁当の蓋を持ち上げようとした手を止める。なんだ悪いか。このまま食いっぱぐれるのだけは避けたいから仕方ないだろ。腹も減ってるし。
「そのため媒体となる者を探し、契約を結ぶ必要があるのだ」
「それが茅ヶ崎というわけか」
「そうだ。その代償として俺の持つ力の一部を行使することが可能となる。生命エネルギーを取り込むといっても感じることのない微々たるものだ。せいぜい一年分の寿命といったところだろう。目に見えて人体に被害も生じん」
一年って結構大きいようなと思ったが口には出さないでおいた。
そんなことより弁当だ。俺は箸箱から箸を取り出しつつ、
「そういえば神話シリーズって言うくらいだから複数個存在するのか?」
「……全部で十」
横から茅ヶ崎が口を挟む。
「パンドラの箱、イカロスの翼、ゼウスの雷霆、アダマスの鎌、ポセイドンの三又矛、アルテミスの矢、アポロンの矢、アイギスの盾、ハデスの兜、タナトスの剣が存在する」
まさか全部記憶しているとは。
「そんだけあるってことは、ひょっとすると一つになるまで戦って勝ち残ったものが神になったり願い事を叶えられたりするのか?」
「常識的に考えてそんなことがあるわけなかろう。少しは頭を使え」
常識的でない存在に常識とは何かを諭された。
「まぁそれはいいとして、昨日の日下部、ああ俺を襲ってきたやつな。どうして日下部は力を持ってたんだ? もしかして今話に出てきた契約者だったりするのか?」
「相見えた限り契約者の気は毛頭感じ取れなかった。おそらくリトスラウムとみて差し支えないだろう」
「リトスラウム?」
また知らない言葉が出てきた。
「この世界における能力の総称だ。俗に言う超能力と呼ばれるものは全てこのリトスラウムに帰結する。超能力なぞ人間が生み出した造語に過ぎん。異能力もまた然りだ」
リトスラウム……リストラウム。
社会人の心臓に悪そうな名前だな。
「人間誰しも生まれながらにその才能を秘めている。問題はそこに気付くか気付かないかの違いだけだ。リトスラウムは大きく分けて三種類、リトス、リトスラ、リトスラギアに分類される。リトスとは才の片鱗を示しその能力を自覚した者のことを言う。リトスラはその能力を意のままに扱え御することが可能な者のことだ。リトスラギアは神の如き力を発揮し世界の掌握すら可能な絶対的な力を指す」
「世界の掌握って、そんな無茶苦茶な能力があるのかよ」
「現時点では観測されていないが、今後現れる可能性は否定できんな」
……やっぱり無茶苦茶だ。
「それで、さっきの続きになるけど、どうして日下部は俺の命を狙ったりしたんだろうな」
「この俺が知るか。本人に訊け。だが、リトスラウムにしてはやけに波動が異なる。何者かに誑かされていたか、あるいは」
パンドラがどこか遠くを見据える。何か心当たりでもあるのだろうか。
「最後に、茅ヶ崎が俺に死ぬと言った理由と俺の胸ポケットにお前が入ってた理由を教えてくれ」
「……それはわたしの口から説明する」
茅ヶ崎が俺の目を見て、
「……死ぬと言ったのは、あなたがパンドラを所持していたから。契約していない者がパンドラを所蔵していると、その身にとんでもない災厄が降りかかるの」
大抵のやつは一週間も経たないうちに死ぬなとパンドラが補足する。
「……パンドラが藤咲君の胸ポケットに入っていた理由は分からないけど、多分昨日ぶつかった拍子に落っことしていつの間にか藤咲君が手にしていたんだと思う」
そのいつの間にかのところが知りたいんだけどな。ん? ちょっと待て。
「どうして俺がパンドラを持ってることを知ってたんだ? 俺ですら知らなかったのに」
「……パンドラの波動を感じたから」
えらく直球な返答がきた。
「……パンドラって夜行性だからその時は眠っていたの。だから波動は小さかったけど気付くことができた」
「おい廻。俺を動物のように言うんじゃない」
パンドラも眠ったりするんだな。それこそ今はどうでもいいか。
俺はタコさんウインナーを箸で掴み、掴み……箸でぶっさし口にした。
話していたから気付かなかったのか、静かになると地上から声が聞こえてきた。
フェンスの間から地上を覗き見ると、下には何人もの生徒の姿があった。みな一様に机や椅子を運び込み一列に並べている。
「ああ、そうか」
新歓期間の準備か。昼休みを返上してまでわざわざご苦労なこった。
こう高みの見物を決め込んでると何だかえらくなった気さえするな。そんな器じゃないことくらいこの俺が一番知ってるけど。
梅干しをおかずにご飯を食し、次に卵焼きを食べようとした矢先、ジッと茅ヶ崎が俺を、いや、卵焼きを見ていた。
「飯食ってきてないのか?」
そう訊くと、ほんの少し間を空けてから「食べた」と言った。
なら単純に俺が食べてるところを見たいだけか。そう思い再度卵焼きを口に運ぼうとすると、視線の先は俺ではなくやはり卵焼き。
「……」
箸を巧みに使い、卵焼きを左右に動かす。それに伴い茅ヶ崎の目も左右に動く。
それを見て俺は確信した。
こいつは卵焼きが好きなんだ。
しかしいい加減食べようと口に近付けると茅ヶ崎が「あっ」と声を上げた。
卵焼き一つにそこまで!?
口に入れる間際、俺はババ抜きで二枚のうちどっちがババか見極めようとするくらい悩みあぐむ。
「ここは茅ヶ崎に卵焼きを上げて高感度を上げにいくべきか……」
と主人公になりたかった時の癖でまたしても独りごちた瞬間、
「好かれたいのであれば確実に差し上げた方がいいでしょう、それもお口アーンで」
「上げたところで高感度自体変わんねーよ。だから自分の腹を満たすことだけ考えろ」
やっぱり現れやがったな天使と悪魔!
来ると思って身構えていた分、動揺もなく――もとい、少しだけで済んだ。
「……」
突然の天使と悪魔出現に無言になる二人(二人と言っていいか分からんけど)。
互いに顔色一つ変えないから何を考えているのか想像もつかない。
「おい天使と悪魔。お前らに訊きたいことがある。隠さず正直に答えてくれ」
俺の言葉に天使と悪魔が襟を正す。
「茅ヶ崎からパンドラを奪ったりしてないか?」
「お言葉ですがオーサー。先の解答を選んでからでなければそれにはお答えしかねます。それにこのままでは天罰もくだって、」
「まぁ落ち着けよ天使。オーサーがこう言ってんだ。答えてやろうじゃねえか」
悪魔が天使を宥めすかすシュールな絵面だが、なんだその天罰って。そっちの方が気になるぞ。
まるで大人びた悪魔は顎に手を添えると、
「オーサーがNO.2パンドラの契約者にぶつかった際、俺が横からくすねてやったぜ」
「盗んだのお前かよ!」
どや顔浮かべる悪魔に俺はデコピンをかまそうとし……NO.2? NO.2ってなんだ。初耳だぞ。どうしてこいつはそんな誰も知らないようなことを知ってる。
「おい、あく」
「あぁー……」
茅ヶ崎のさも落胆したような声。
眉根を僅かに寄せる茅ヶ崎の目線の先、それは屋上のコンクリートに落ちた卵焼きだった。
しっかりと箸で挟んでたから落としたつもりは毛頭ないが、実際に落ちている。なぜだ。
「まさかこれが天罰なんじゃ――っていねえし!?」
相変わらず逃げ足だけは速いようだ。
「……」
落ちた卵焼きを親の形見のように見つめる茅ヶ崎。
ああもう、据わりが悪いな。
「茅ヶ崎」
「? はぐっ」
茅ヶ崎が顔を上げるのと同時に、あらかじめ箸で掴んでおいた卵焼きを茅ヶ崎の口に突っ込んだ。
初め能面を貼り付けたような表情をしていた茅ヶ崎は元々大きな目をさらに見開くと、
「……美味」と言った。
瞳が満天の星空のように光輝いて見えるのは俺の気のせいじゃないだろう。
「……落ちたのもったいない」
まだ食べ足りないとでもいうのか茅ヶ崎が、……いや、きっと茅ヶ崎は落ちた卵焼きを純粋に可哀想に思ってるんだ。
……そりゃ俺だってもったいないと思うさ。
俺は落ちてる卵焼きを拾うと、手で払い息を吹き掛けて口に放り込んだ。
「うん、うまい。流石はうちの母親が作った卵焼きだ」
「……卵焼きスト」
「え? なんて?」
初めて聞く言葉に、自然と難聴が発動してしまった。
卵焼きストってピアニスト的なアレか? 仮にそうだとしても、俺が卵焼きを作ったわけじゃないし別に専門的な知識も有しちゃいない。
そう茅ヶ崎に告げると、卵焼きストになるのはいかに卵焼きを愛しているかと言われた。
それもう卵焼きラブとかでいいじゃん。
「……先の天使と悪魔だが」
事の顛末を傍観していたパンドラが唐突に口を開く。
「貴様が召喚してみせたアレはなんだ? どういう理由で意思を持つ」
見えてなかったから無反応だったわけじゃないんだな。
「俺が知るか。むしろ俺の方が知りたい。お前らの言うところのリトスラウムってやつなんじゃねえの。それに天使と悪魔なんだから意思くらいあるだろ普通」
「リトスラウムとはまた異なる波動を感じた。しかし神話シリーズではない。明らかに今までと毛色が違う。この波動はなんなんだ」
波動波動うっさいな。
「かてて加えてリトスラウムに生き物を操る能力は存在しない。それこそ神話シリーズにのみ、」
「……あ」
キーンコーンカーンコーン。
今日び変わることのない鐘の音。予鈴だ。俺達にもうすぐ昼休みが終わることを知らせる。
「あー、もう昼休み終わりか」
話してたらあっという間だな。弁当食えたからいいけど。
「……授業、始まっちゃう」
「授業じゃなくて委員会決めるだけだからな。どうせすぐ終わる。担任近衛先生だし」
ミニ座布団を懐にしまい、スカートの埃を払いながら茅ヶ崎が立ち上がる。
座布団用意してやるくらいならハンカチ持ってきて自分で使えばいいのに。
「チッ、鐘如きが俺の話を遮りやがって。忌々しいことこの上ない」
学校のチャイム相手にパンドラが悪態をつく。
「おい小僧。続きは追って話す。逃げるなよ」
「えー……」
鼻白む俺に有無を言わさぬ人斬りの眼を向けるパンドラ。早く帰ってラノベを読みたいってのによ。不承不承ながら頷く俺。
鉄扉の前で僅かに首を傾げて俺を見る茅ヶ崎。こっちはこっちで期待のこもった眼差し向けてくるし。
「はぁ」
封印していた溜め息を吐く。
どうやら放課後もこいつらに付き合わなければならないようだ。
相も変わらず押しに弱い俺である。
次回一週間以内に投稿予定。
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