1 ベタな展開でもいいじゃない。③
俺の通う私立緑ヶ丘高校は部活動が盛んだ。
文化部と運動部。
王道の野球部からブラスアンサンブル部に至るまで様々なクラブが揃っている。数えたことはないが全部で五十近いクラブがあるんじゃないだろうか。うちいくつかは恨みはらさでおくべき会や猫耳の猫耳による猫耳のための同好会といった存在意義の分からないクラブが点在しているものの、学校が認可をおろしている以上、突っ込むのは野暮以外の何物でもないだろう。
ところで、俺が何のクラブに所属しているのかというと、聞いて驚くことなかれ。なんと帰宅部である。
本当は部活になんか入りたくないのが本音だが、この学校は絶対にクラブに入らなければならないまるで今の社会を体現した俺ルールなるものが存在する。
部活強制は盲点だった。なら受験する前に事前に調べておけよと言われそうだが、まぁその通りだ。とりあえず進学できりゃいいと適当に学校を選んだのが祟った。自業自得というやつだ。
だとしても部活なんかに入ってられるか。
理由はシンプル。異世界に行ったり拉致られたりしたら他の部員に迷惑が掛かるからな。……というのは半分建前で。
ラノベの主人公になりたくて自分のことでいっぱいいっぱいなのにのうのうと部活をしていられるかというのが本音だ。もう半分は億劫極まりないだけ。
つまりそれは去年の俺で、ラノベ主人公の夢を断念した俺は一人帰宅部の活動をこうして続けているわけだ。俺も中々真面目ちゃん。というのは冗談で。
去年どうしても部活に入りたくなかった俺は今の担任である近衛先生に帰宅部を作りたいと頼み込んだ。泣き付いたといってもいい。
初めハエを追い払うようにシッシと手を振っていた近衛先生だが、粘りに粘る交渉の末、なんとか了承してもらえた。文句を言いながらもやってくれるやっぱりいい先生だ。
クラブの設立には最低四人が必要だ。それについて訊くと、私には校長のコネがあるからなと自慢げに語ってくれた。何のコネか気にはなるけど、やってくれるならこの際何でもいい。
どっか適当なクラブに入って幽霊部員になるというのも一つの手だったが、そこまで俺もクズじゃないし今後成り下がる予定もない。
まぁそういう経緯があったからこそ、こうして帰路に就こうとしているわけだ。登校初日ということもあって同じように帰宅する生徒の姿がちらほら目に付く。
しかしながら鳴りを潜めるみたいに静かなものだな。
今日は始業式ということもあり午前のうちに学校は終わりを迎えるが、明日から新入生勧誘期間に入る。
本来五日間勧誘の機会が設けられる新歓期間と呼ばれるものが一般的となっているが、うちは二日間と大分縮小されたものになっている。
その代わりとしてか、進入部員獲得のために身を乗り出した上級生達が新入生を勧誘するさまは壮観だ。なにせ部活数が多いからな。大手のところはゆとりをもって力を尽くし、少数グループは躍起になって部員を集めようと頑張っている。
ほんと去年はお祭りみたいで凄かった。今年も頑張ってもらいたいね。俺は帰宅部という役職柄携わることはできないけど応援は人一倍するからさ。
「……ふう」
一息入れてから、俺は記憶の糸を手繰る。
頭から離れない。数分前に茅ヶ崎が吐いた台詞。
『……だと……たは……』
『――死ぬ』
前者はともかく後者はとても穏やかじゃない。
死ぬって、どう考えても逝くとか亡くなるとかの死ぬだよな。他に変換のしようがなければ俺には心当たりもないし。
うまく聞き取れなかった部分だけど、多分こう言っていたんだろう。
『このままだとあなたは』
つまり前後の文章を接合すると、だ。
『このままだとあたなたは――死ぬ』
……。
おいおい、余計に殺伐としちゃったよ。
この空気どうしてくれるんだ! って一人突っ込んでも虚しいだけだ。
あにはからんや、今回ばかりは俺の予期せぬ結果となったが、まだそれが真実であると決まったわけじゃない。
そもそも俺が適当に導き出した結論の上、死ぬ自体が聞き違いという線も大いに有り得る。なんて言い出したら堂々巡りでキリがないよな。ついに俺は考えるのを止めた。
無心で歩く。
あの曲がり角を曲がれば自転車置き場だ。
すいと曲がる。今度は誰ともぶつからない。
あんなテンプレ的展開そう何度も起こるもんじゃないよな。なんて思いながら屋根付き自転車置き場まで歩こうとし、木陰に女生徒の姿を認めた。
「……」
うわ、厄介な香り。
俺から見て左目には眼帯。羽織るのはマント。指にはいくつもの指輪。
一目で分かる。中二病患者がそこにいた。
眼科でもらえるような白い眼帯にはコウモリを逆さまにしたようなイラストが描かれ、背中だけ隠れる生地の薄そうなマントは黒一色。金属類と思しき指輪は大きさにムラがあり親指中指小指と等間隔にはめられている。無論両方に。
少女の前を通過する誰一人として目を合わせようとしない。多分無視を決め込もうってはらなんだろう。賢明だ。実に賢明だ。
去年の俺ならノータイムで話し掛けただろうが、今年の俺は一味も二味も違うわけよ。
みんなに倣い俺も少女の前を横切ろうとし――ふと歩みを止めた。
見ないよう意識していたのに一瞥したのがいけなかった。
少女は、驚くほど可愛かった。
端正な顔立ちなのは当然のこと、茅ヶ崎同様に小柄な少女。動物に例えるなら猫だ。あくまで外見だけ見ればの話だけど。
肩にかかるくらいのショート。残念なことに、胸がなかった。お世辞すら言えない圧倒的無乳。……武士の情けだ。胸は見ないであげよう。
そう思い顔を上げると、うっかり少女と目が合った。
眼帯をしているから自然と片一方の目。
徐に少女が口を開く。
「クックック。貴様、私のことが見えているな」
どう見ても中二病です。本当にありがとうございました。
「私を視認出来るということは貴様も私同様闇の適合者というわけか。貴様の真名を私に教えよ」
「はぁ」
あまりの熱演っぷりに、思わず溜め息が漏れた。
そしてそれを拒否と受け取ったのか少女は、
「……そうあっさり真名を明かすほど愚かではないというわけだ。クックック。気に入ったぞ貴様」
勝手に気に入られてしまった。
「あっそう」
気のない返事をする。
俺はもう卒業したんだ。叶わない夢を見ることからな。もう一年出会うのが早ければ俺もこのノリに乗っていたかもしれない。
「しかし闇の適合者に巡り合えるとは思わなんだ。貴様には運命めいたものを感じる。それも私が保有する魔眼のお陰やもしれんな」
そう言って少女が眼帯に触れる。
またわけの分からない設定を足されてしまった。このままだとなし崩し的に溶け込んでしまうかもしれない。
やむを得まい。
「闇の適合者ということは、貴様もカタストロフィの生き残りなのだろう。無論、混沌の《カオス》鎮魂歌は覚えているな?」
「え? なんだって?」と、ここで封印していた難聴発動。「考え事してて聞いてなかったからもう一度言ってくれ」
「えっ。あの、だから、カオスレクイエムが……」
小声になる。どうやら二度目は恥ずかしいようだ。まぁそれを狙ったんだけど。
「だから何だって?」
煽るように聞き返す。
少女は俯き口ごもりながら――キレた。
「だぁーっ! おのれは私を苛めて楽しいかー!」
突然のキャラ崩壊。化けの皮が剥がれた瞬間である。
周囲の目も気にせず息急き切る少女は、急にハッとした表情になるや俺を見上げ、
「……ククッ。この私としたことが迂闊。まさか一瞬でも蛇炎の侵入を赦すとは。貴様も気を付けた方がいい。極限零度よ」
「誰が極限零度だ!」
勝手に真名なんて付けやがって。
……少し格好いいのが気に食わないな。
「俺には親が付けてくれた藤咲陽色という名前があるんだ。勝手に変な名前で呼ぶな」
「……カッコよくていいと思うのに」
吐き捨てるように少女が言った。
「格好いいのは認めるが問題はそこじゃないと言ってる。というかお前一年じゃないか。名前は?」
「真名は適合者の核も同然。そう易々と明かすと思ったらおおまちが、」
「名前は?」
「……朝霧沙夜」
怒気を孕んだ口調で言ったらあっさり教えてくれた。
こういうのはまともに取り合わないのが吉だからな。前に読んだラノベにもそう書いてあった。
因みに、学年はネクタイとリボンの色で見分けることができる。
男子はネクタイで女子はリボン。色は一年が赤で二年が黄色、三年は青色といった風になっている。新歓期間中、誰がどの学年か分からないと不便極まりないからな。
「朝霧か。俺は二年でお前は一年。体育会系のノリじゃないが、上級生には敬語を使うように」
そいじゃなと踵を返したところ、朝霧に呼び止められた。
「待って! あ、いや。待ってください」
「……」
敬語にはなってるし、一応は足を止め振り返る。
「まだ話の途中なんですけど」
俺の機嫌を損ねたくないのかニコニコ顔の朝霧。
だがそんなことは俺の知ったことではない。
「お前にあっても俺にはない。悪いが先に帰らせてもらう」
そう言って目と鼻の先にある自転車置き場に足を伸ばそうとすると、今度は腰に腕を回された。
「待ってえ。行かないでえ。私の話を聞いてよぉ~~」
涙目と上目遣いのコンボで懇願される。そこまでして帰したくないのか。
「……ったく、しょうがないな」
押しに弱い俺は、頭をぽりぽりと掻き朝霧を腰から離した。
「少しだけだからな。その代わり、中二病の真似事だけは止めろよ」
俺の言葉に朝霧は嬉しそうな顔になると、すぐにムッとした。
「真似事などでは断じてない! です!」
「あーはいはい、分かったからもういい。それで、話の続きってのは?」
「うむ。じゃなかった。話の続きというのはだな、あ! は、話の続きというのはですね」
……こいつ、わざと間違えてないか?
「単刀直入に言うと、私には隠された能力があってそれをお披露目したいんです」
そう言うと朝霧は左目の眼帯を外し、俺を直視した。
目の色が違った。
翡翠色の瞳。
ガラス細工のように精密でとても綺麗だった。澄んでいる。外国人がこういう色の瞳をしているのを見たことがある。猫もまた然りだ。
カラーコンタクト。と考えるのが普通だよな、この場合。
「綺麗な目してるな」
「どもです。えっと、先輩。こんなこと言って信じてもらえるか分からないんですが、でも本当のことなんです。本当に本当なんです」
前置きが長い。
「どんな能力なんだ?」
一向に進む気配がないので先を促してやる。
「未来予知」
朝霧はどや顔だ。
ハッハッハ。朝霧は本当に中二設定を考えるのが好きだな。
「あ、信じてないですね先輩」
「そんなことないって。信じてる信じてるよー」
「……」
無言で俺を見つめる朝霧は、ずいと顔を近付けた。
息が掛かるほどの至近距離。一瞬の動作に思わず後退る。
「動かないでください」
と言われてもな。
「この魔眼……左目で相手の目を見ていると、二十四時間以内にその人の身に降り掛かる出来事が部分的にですが分かるんです。その代わり途中で目を逸らしたら駄目ですからね」
やけにディテールに凝っている。にわかには信じ難い話だ。それもそうか。あくまで設定内の話だろうからな。
俺は焚き付けるように、
「なら証明してくれよ。予言をして、その出来事が二十四時間以内に起きたらお前の言うことを信じてやる」
但し犬の糞を踏ん付けるとか話のネタにもならない内容だったら信じる前に呆れるけどな。
「いいですよ」
間髪を容れることなく朝霧が言った。
よほどその能力とやらに自信があるみたいだ。まぁやってみるがいいさ。俺は毛ほども信じてないからな。去年の俺なら、ってこのくだりはもういいか。
目を合わせてから数秒の時が流れる。もしかしたら一分近く経ってるかもしれない。
隣が自転車置き場だからか人通りも多い。目を離せないから確認のしようもないが間違いなく注目の的になっていることだろう。
女子にここまで見つめられるなんて人生初だ。いい加減気恥ずかしくなり視線を逸らそうとした刹那、朝霧が小さい悲鳴を上げて仰け反った。
その際足をもつれさせたのかその勢いで尻餅をついていた。流石にそう何度もスカートの中が見えたりはしない。
「急に叫んだり……急に倒れたりして大丈夫か?」
頭の心配から身体の心配にシフトし、やおら手を差し伸べる。
「……」
朝霧は呆然といった面持ちで俺が差し伸べた手を見たままだ。
沈黙が重い。さしもの俺でも不安になってきた。完全に信じたわけじゃないが、俺は今、未来の内容が知りたくて堪らない。
「お、おい。どんな未来が見えたんだよ?」
その場にしゃがみこみ、目線を朝霧に合わせる。ズボンが汚れるけど知ったこっちゃない。
「し、」
朝霧が噤んでいた口を開いた。
「心臓をひとつきにされて、血だまりに沈む先輩の姿が見えた……」
大きく目を見開き、体操座りになってぎゅっと身体を抱え込む朝霧。
とても冗談を言っているようには見えない。もしこれが演技か何かだとしたら将来は役者の道を志せそうだ。俺が太鼓判を押してもいい。
わななく朝霧になんと声を掛けようか悩みあぐねていると、嘘か真か、次いで朝霧はこんなことを口にした。
「先輩の背後に、この世のものとは思えない恐ろしい影が見えた」
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