1 ベタな展開でもいいじゃない。②
今回は奇跡的に二本続けてアップします。
今後二本アップは一生ないでしょう、うん。
結果から言うと、俺が始業時間に間に合うことはなかった。
当たり前だ。自転車置き場にいた時点で始業の鐘が鳴っていたんだからな。
加えて立ち上がったら眩暈がして近くの樹木によりかかったしよ。立ち眩みなんて生まれてこのかた初めての経験だ。ひょっとしたら今朝頭を床に打ち付けたせいかもしれない。
まぁそれはいい。いや決してよくはないが。
新しいクラスは俺の思惑とは裏腹にクラスの大半が変わっていなかった。
初日からいきなり遅刻したせいもあってほとんど一斉に冷ややかな目を向けられたしな。自業自得とはいえとんだ恥晒しだ。早くも帰りたい。
それから窓際とはいかなかったが、一番後ろの席をあてがわれた。苗字が藤咲だからな。端から期待しちゃいなかった。後ろのポジションにつけただけマシと思っておこう。
しかし偶然というのはつくづく恐ろしい。
あ行から男女交互の順番に座ることもあって、俺の前には当然女子が腰掛けているのだが、その女子が幼馴染みの姫宮露乃だったのには思わず俺は意表を突かれた。
そして向こうも俺の存在に気が付いたようで、俺の方から久しぶりと声を掛けるも、ものの見事に無視された。まぁ好かれてもなければ嫌われてるし当然の結果か。俺としてはできることなら仲直りしたいと考えているのだが、怒ってる理由が妹同様皆目見当もつかないから困り者だ。
担任の話が終わり体育館に移動後、校長の無駄に長いだけの話を聞いた俺達は再度教室まで戻ってきた。
近衛先生は別件があるらしくまたあとで教室に来るようだ。
話す相手もいないので机に頬杖をついていると何やら教室が騒がしい。
よく耳をそばだてていると、どうやら転校生がこのクラスに配属されるという。登校初日だというのにみんな驚くほど耳が早い。
無論俺は知らなかった。悲しいことに、教えてくれる友達の一人もいないからな。だがそれも今日で終わりだ。放課後になったら自分から積極的に話し掛けてやる。
しかし……転校生か。
まるで俺が過去に望んでいたラノベ的展開を彷彿とさせる。性別はどっちなんだろう。女子か男子かでは雲泥の差があると言っても過言じゃない。当然俺は女子を希望するけど。
クラスはこの話題で持ちきりだった。ならば性別についても触れているのではと再度聞き耳を立てていると、担任近衛が勢いよく引き戸を開けて入ってきた。
「おいおいやけに騒がしいな。私が席を外すだけでここまで秩序が乱れるのか。とは言ってもこの喧騒、私はあまり嫌いじゃないがな」
教壇に立ちニヒルな笑みを浮かべる近衛先生。相も変わらずスラッとした肢体。美人だからこそ似合う。そういうものもある。
去年俺の担任でかなりよくしてもらったからまた同じ担任でよかった。基本生徒から慕われてるいい先生だからな。極度の面倒くさがりなのが玉に瑕だけども。
バン。注目と言わんばかりに近衛先生が両手を教卓に打ち付け、
「聞けお前達。もう既に知ってる奴もいるとは思うが、このクラスに新しい仲間が入ってくることになった。まぁ正しくは編入生らしいが細かいことはどうでもいいだろ。さぁ入って来い、茅ヶ崎――」
言いながら、近衛先生が開いたままの引き戸を見遣る。
それに伴い、みな一斉に引き戸へと目を向けるもそこに転校生の姿はない。
息を止めたらそろそろ辛くなるであろう時間が経過したのち、間もなくして一人の女生徒が教室に入ってきた。
「あっ」
その女生徒を視界に捉え、思わず上ずった声を上げてしまう。
前に座る露乃が俺を一瞥するが、そんなこと今は気にもならない。
――自転車置き場のところでぶつかったあの少女だ。
待ちに待った転校生の登場に教室中がざわつく。あの子可愛くない? 本物のお人形みたい。結婚してえ。などと。
「ドラムロールもないのにいささかためすぎじゃないか?」
教壇では転校生が無視を決め込み、近衛先生が俺達に背を向けチョーク片手に黒板に文字を書いていた。普通に考えて転校生の名前だろう。
「よし、あとは自分で自己紹介しろ」
教壇から降り、転校生にそう呼び掛ける。
促されるまま教壇の中央に立つ少女。小動物のように小柄なせいか――胸のボリュームは肉食動物のそれ――教卓がいつも以上に大きく見える。
「……」
無愛想且つ無表情。
黙って立っていれば見目麗しいフランス人形のようだ。
雁首揃える俺達をジッ見つめていた少女は思い出したように口を開くと、
「……茅ヶ崎、廻……」
透き通るような綺麗なソプラノ。
黒板に書かれた茅ヶ崎廻という文字。案の定それが転校生の名前らしい。
「…………しく」
ぺこり一礼して、近衛先生に向き直る。
え? なんだって? と聞き返したりはしない。きっと彼女はよろしくと発言したのだろう。初めて出会った時もそうだが、極度の口下手、あるいはよほどの緊張しいなのかもしれない。
「と、いうわけだ。みんな仲良くするように。茅ヶ崎、お前の席は一番奥の右から三番目だ。藤咲が座ってる席の横だな。って名前だけ言っても分からんか」
ちょっ、何勝手に人の名前出してんすか恥ずかしい。
担任の言葉に従い、茅ヶ崎が亀の歩くような速度で歩く。
そして自然と俺の横。このまま黙って着席するのかと思いきや、なぜか俺を目視する。
「……」
その状態が五秒ほど続き、結局何も口にしないまま転校生は席に着いた。
他のクラスメイトからしてみればなんだ今のと疑問符を浮かべることだろうが、俺の内心は違っていた。
今の視線に心当たりがないと言えば嘘になる。やっぱり今朝ぶつかったことをまだ根に持ってんだろうな。それともパンツをガン見していたことか? 挙げるだけでキリがないのが物悲しいところだ。
担任の話が終わり順次解散になるや、転校生の周りには人だかりができていた。
それは俗に言うミーハーな女子がほとんどで、気になった質問を矢継ぎ早に投げ掛けている。
「どこから来たのー?」
「何で転校してきたのー?」
「何の部活に入ってたのー?」
しかし茅ヶ崎は質問には答えず無言。
いや正確には質問に答えようと口を開いては別の人の質問に答えようとして口を開く悪循環に陥ってるだけだ。要領が悪いというかなんというか。しかもそのことを誰も指摘しやしない。
いい加減一人づつ質問してやれよ。
「やべえよなこれ。まるで金に群がる亡者だぜ」
そんなことを思っていると、いきなり話し掛けられた。
前を見ると、俺よりも立っ端の高い男が立っていた。
いかにも女ウケしそうな容姿だ。男にしては長髪で、そのさまはまるでホストのよう。しかしチャラいという印象はあまり受けない。
つまるところ、俺の知り合いにこんな優男がいた覚えもなければ見た記憶すらない。
「転校生ならお隣さんだぞ。話す相手間違えてないか?」これまた端的にあしらう。
……ってバカ! 俺のバカ!
相手は新しいクラスメイトだぞ。しかも顔見知りじゃない貴重な男子だ。いくら話し掛けられたとはいえこの対応はあまりに疎慢。間違っても友達を作ろうとするやつの言うことじゃない。
俺が何と言って弁解しようか頭を悩ませていると、男は顔の前で人差し指を立てチッチッチと左右に振ってみせた。
「俺はお前に興味があるんだ」
ここでまさかのホモ発言!?
……いや、落ち着け。それだけで決め付けるのはいささか早計じゃないだろうか。もしかしたら俺の思い違いかもしれないしな。
一つ質問してみよう。
「お前……女に興味はあるか?」
「女? いんや、今は全然だな」
やっぱり!
「どうしてそんなこと訊くんだ?」
「いや、何でもない。こっちの話だから気にしないでくれ」
「? おかしなやつだな。ああそんなことよりも」
男はビシッと自分に親指を向けると、
「自己紹介がまだだったな。俺は日下部。日下部寛人だ」
イケメンの証である白い歯を見せる。
自己紹介をするってことはやっぱり初対面でいいんだよな。俺が一方的に忘れてるだけじゃなくてよかった。
「俺は藤咲陽色だ」
「陽色か。ヒーローみたいでカッコいい名前だな」
「昔からよく言われる」
俺がなりたかったのはヒーローじゃなくて主人公だけどな。
まぁヒーロー=主人公なんて考え方も実際になくはないけど、そんな誰が決めたかも分からない曖昧な定義で一緒くたにしてほしくないのが正直なところだ。俺理論だけど。
「実は藤咲に頼みがあって話し掛けたんだ」
「……頼み?」
俺の声色が猜疑のものと気付いてか、そんな難しいことでもねえよと前置きする日下部。
「俺と友達になってほしいんだ」
「ホモ達!?」
「おう、俺とホモ達にってちっげえよ! 友達だよ友達! 誤解を招くような聞き間違いすんじゃねえ!」
「あ、ああ。友達ね」
ふう、一瞬だが肝を冷やしたぜ。
「それで、友達になりたいと思ったその心は?」
「別に謎かけじゃないけどよ。友達になるのに理由がいるのか? って、んなこと言う柄じゃねえな俺は。もちろん理由くらいはある。それは去年仲がよかったやつらと俺だけクラスが別れちまったんだ。だからこのクラスには知り合いが一人もいねえのが現状だ」
「そいつは……不運だったな」
「あとお前が友達いなさそうで話しやすかったから」
「おい」
本当のことだから否定できないじゃないか。
「今ので気を悪くしたんなら謝る。ただ隠し事はそんなに好きじゃねえんだ。できれば建前じゃなくて本音をぶつけたい」
そう言って相好を崩す日下部。
隠し事はしない、か。話していて思ったが、そんなに悪いやつでもなさそうだ。むしろいいやつに見える。
それに友達になってくれなんて願ってもない提案だ。まさか向こうから持ち掛けてくれるとは思わなくてすげない態度で接してしまったが、そんなに気にした様子もないし、結果的にラッキーだったと考えよう。
「分かった。友達になろう」
「ほんとか? いや助かったぜ。これでクラスでぼっちになるのだけは免れた」
ふうと息を吹き上げる日下部は満足げな表情を浮かべた。
「つーわけで。一年間よろしくな、藤咲」
握手を求められる。
「ああ、よろしく」
手を差し出してガッチリ握り合う。
……疑念が晴れたわけじゃないが、あまり深い意味はないと信じたい。
しかし思いがけないところで友達ができたもんだ。お陰で自分から声を掛けてまわる手間が省けた。これをキッカケにあとはなし崩し的に友達も増えていくことだろう。あまり確信は持てないけど。
それもこれも日下部様様だな。ここは一つ礼を言っておくことにしよう。
立ち上がり日下部の肩にぽんと手を置く。
「ありがとう」
「お、おう?」
思い当たる節がないのか、日下部が困惑した表情を作る。それでいい。ただの自己満足だからな。
ありがとうの前にはぎっしり言葉が詰まってるが、それは俺の心のうちだけに秘めておこう。
こうして友達になった日下部とこの学校の女子について話を弾ませていたせいか、地縛霊のように立つ茅ヶ崎の存在に気が付くのに一テンポほど遅れた。
「うおっ!」
椅子を揺らしオーバーな反応を見せたのは俺だ。今のは素で驚いた。心臓がドクドクいう。
さっきまでいた取り巻きはどうしたと面を上げると、相変わらず金魚のフンよろしく転校生の背後にくっつきこちらに顔を覗かせていた。ついでに言うと、露乃と周りの女子もこっちを見ていた。見世物じゃないと言いたい。
しかしそれを気にした風もなく茅ヶ崎は桜色の唇を開くと、
「……だと……たは……」
なんだ? なんと言ってる?
茅ヶ崎が俺を見て話してることから、それが俺に向けて発せられた言葉であるのは火を見るよりも明らかだ。
横を見ると日下部と目が合う。
日下部は俺にも分からんと言わんばかりに肩を竦めていた。
束の間の沈黙。
一向に口を開こうとしない茅ヶ崎に痺れを切らし、俺は諫言した。
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
それじゃ聞こえないぞと続けようとして、俺は口を噤んだ。
茅ヶ崎が俺の目を見ていた。
俺の意思とは裏腹にその双眸に釘付けになる。
何の動作もなくして、茅ヶ崎が結んでいた口を開いた。それに伴い教室中がしんとする。
「――死ぬ」
最後の言葉だけは聞き取れた。