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1 ベタな展開でもいいじゃない。①

 カーテンの隙間からくさびのように朝日が差し込み、ピンポイントで俺の目を照らした。

 窓を閉め切った室内には朝の澄んだ空気も入らずよどみ、しかし外界からの騒音は聞こえず心地よい静寂に俺がもう一度夢の世界に入りかけた瞬間、腰の辺りに強い衝撃を受けその勢いのまま目を開けた。

 朝だというのに燦然さんぜんとした光に目をすがめながらも、まともに覚醒していない頭を起こし重みが掛かる方を見ると、セーラー服を着た少女が俺に馬乗りになっていた。


「お兄ちゃん、朝だよ。起きないと学校遅刻しちゃうよ」


 その少女は俺の可愛い妹、藤咲ふじさき彩葉あやはだった。どうやら俺を起こしにきたらしい。母親にでも頼まれたのだろう。


「んー、あと五分……」


 これまた定番の決まり文句を言って、俺は目元を隠すように腕で顔を覆った。


「もう、お兄ちゃんったら」


 呆れた様子で胸の辺りを揺さぶられる。いや呆れたというよりはしょうがないなといったニュアンスの優しい起こし方だ。

 ふーむ、そろそろ彩葉を困らせるのは止めにするか。このままでは兄妹揃って遅刻しかねないしな。

 そう思いゆっくりと上体を起こした瞬間、


「ぐえっ!」


 ベッドから逆向きで落下し頭を床に打ち付けた。

 加えて打ち所も悪かったようで、ひっくり返ったアブラゼミのように身悶える。


「――このバカ兄貴っ。さっさと起きて飯食えつってんでしょ!」


 俺が痛みに喘ぐのには目もくれず、さっきとは打って変わって辛辣しんらつな物言い。

 眉を吊り上げせっかくの可愛い顔が台無しだ。

 ……いや、そうじゃない。可愛いのは本当だが、俺の妹は初めからずっとこの態度だった。

 今しがた言った馬乗りというのもあくまで俺の妄想に過ぎず、実際は無理矢理ベッドから引きずり下ろされ文字通り叩き起こされただけだ。

 真に掛けられた言葉は「兄貴が起きないと私がお母さんに怒られるんだからさっさと起きなさいよ」である。全く愛が感じられないし、兄の威厳に至っても皆無かいむに等しい。


 因みに今の妄想はラノベ主人公を志していた時の名残というか癖のようなもので、今でもこうして俺を縛り付けるわけだ。過去の栄光よろしくもう主人公なんて目指しちゃいないし、むしろ始業式なわけだから今日を境に心機一転するつもりでって、


「今日始業式じゃねえか!」

「わっ!」


 俺の声に驚いた彩葉が一歩二歩と後退る。

 心臓の位置に手を置き、仰向けに寝転がる俺を親の仇のようにめ付けると、


「朝っぱらからうっさいわこのバカ兄貴!」


 捲くし立てることで俺に唾が飛ぶ。

 俺にそんな趣味もフェチもないが、別に汚いとは感じない。

 いで彩葉は俺にガンを飛ばすと、勢いよく部屋を出ていった。


 昔はもっと可愛げがあったというのに。成長期、いや反抗期というのは普段温厚なやつを般若に変える。温厚な彩葉を見たこと自体、あまり記憶にはないけども。

 まぁ今のは素で寝坊した俺が悪いとして、さっさと学校へ行く準備を済ませよう。

 思うが早いか、俺は急いで身支度を済ませると洗面所は後回しにリビングへと入った。

 するとリビングでは母さんが洗い物に励んでおり、降りてきた俺に声を掛ける。その第一声。


「陽色、始業式の日くらい早く起きたらどうなの?」


 彩葉と似たようなことを言われた。


「ごめんごめん。目覚まし鳴ってるのに気が付かなくてさ。それで俺の飯は?」

「レンジで温めといたから取り出して食べなさい。もうそんなに時間もないから間に合わなかったら机に置いといて。ラップして冷蔵庫に入れておくから」

「りょーかい」


 洗い物をする母さんの背後に回ると慣れた手付きで朝食を取り出し、素早くテーブルにセットした。


「いただきます」


 今日び変わることのない定型句を継いで、箸を片手に飯を掻き込む。うーん、うまい。やっぱり朝は白米に限る。あまり味わって食う時間はないけど。


『――では、次のニュースです。本日未明、北碧市蒲田区の路上で女性が何者かに刃物のようなもので腕を切り裂かれる事件が発生しました。女性は軽傷で命に別状はなく……』


「また蒲田区で事件?」洗い物を済ませタオルで手を拭きながら母さんが「今月に入ってこれで六回目よ。ここも物騒になったわねえ」


 そんな所感を述べる母さんだが、確かに異常といえば異常だ。

 今月に入って六回、つまり一週間のうちに六回も蒲田区内で事件が起きたことになる。

 同一人物による通り魔的犯行なのはその似たような手口から容易に想像はつくが、共通点として被害にあったのは全員女性であり、被害者の誰一人として犯人を見ていない、また目撃証言なしという不可解極まりないオチに収束する。

 偶然女性だけになったのか、あるいは故意に女性だけを狙ったのか定かではないにしろ、当事者でない俺から言えるのはこの一言くらいなものだろう。


 警察仕事しろ。


 ……って俺は何悠長に考えてんだ。そろそろペースを早めないと本当に遅刻しちまう。

 そう思い茶碗片手に白米を掻き込んでいると、


「お母さん! 私のスマホどこにあるか知らない!?」


 鞄を肩に引っ提げながら彩葉が飛び込んできた。その慌てようときたら、入浴中に停電に見舞われた時くらいの反応だ。スマホ一つで大袈裟な。

 彩葉の問いに母さんは「そこにあるじゃない」と俺の横を指差した。

 掻き込む手を止め横を見ると、確かにスマートフォンが置かれていた。画面を裏返しに置かれ、よく分からないキャラがプリントされたカバー付きだ。

 俺はスマホを手に取ると近付く彩葉に差し出した。が、


「ちょっと勝手に触らないでよ。自分で取るから」


 露骨に嫌な顔浮かべられ、なかば引ったくるように奪われた。渡そうとしただけなのに酷い言われようだ。居丈高にもほどがある。


「彩葉、あんたねえ」


 タオルを椅子に掛け、母さんが彩葉に向き直る。

 そうだ言ってやってくれ。別に礼を言ってほしいわけじゃないが、いくらなんでもその態度だけはないってな!


「ご飯食べながらスマホいじるのは止めなさいって母さんいつも言ってるでしょ。だから忘れるのよ」


 ながらスマホの注意かよ!


「ごめんなさーい。あ、スマホありがとお母さん」

「彩葉」


 いまいち反省の色が見えない彩葉に俺は言葉を投げ掛ける。


「知ってるとは思うけど、ここ最近物騒な事件ばかり起きてるみたいだから彩葉も気を付けろよ」

「事件? ……ああ、通り魔のことね。ご忠告どうも。私は兄貴と違って抜けてないから大丈夫」


 スマホの置き場所すら忘れたやつがよく言う。まぁ無視されないだけマシと思っておこう。この考えを抱くこと自体悲しい以外の何物でもないけど。

 行ってきますと彩葉が言うのと同時に食事を終えた俺は、食器を片し、自室で制服に着替えてから家を出た。

 高校一年の時はラノベ主人公に限る! と自主的に徒歩を選んでいたが、もうその必要もなくなったことだし――登校中のハプニングも女子との下校イベントの一つも起きなかった――俺も自転車の恩恵にあずかることにする。


 俺は自転車に跨ると、事故らない程度の速度で漕ぎ進め学校へと向かった。

 始業式から遅刻したんじゃとんだ笑い種だからな。それこそ目も当てられない。去年と同じてつを踏むのだけは何としてでも避けなければ。



            ☆ ★ ☆



 正門を抜け俺が自転車置き場に辿り着いた頃には、時刻は既に八時二十五分を回っていた。

 残り五分以内に昇降口前の廊下に張り出されたクラス分け表に目を通し、いち早く自分の名前を探り当て教室に行くことを強いられてるわけだ。……これまた中々に難易度が高いじゃないか。

 だが今日から変わると決めたんだ。それならもっと早くに起きて可及的速やかに学校に向かっておけよと突っ込みを入れられても仕方ないが、寝坊したからと割り切る他ない。別に開き直ってるわけじゃないぞ。


 というわけで気持ち切り替え、このくらいの逆境楽々乗り切ってやるぜと鞄片手に意気揚々と走り出したところ、曲がり角にて、今までに味わったことのない柔らかいナニかと衝突した。


「うわっ!」


 野太い悲鳴を上げ倒れたのは俺だ。

 無駄に図体がでかいだけで防御力は皆無に等しいからな。とても胸張って言うことじゃないが。


 俺が痛む身体を忍びながら上体を起こすと、真っ先に視界に飛び込んできたのはパンツだった。

 それも王道中の王道、飾り気のない清らかな白パン。

 これなら何時間見ても飽きることがな――ハッ!

 はたと我に返る。

 倒れている少女。目の前には白いパンツ。

 そこで初めて俺は少女を押し倒してしまったことに気が付いた。


「わ、悪い! 大丈夫か?」


 慌てて少女へと駆け寄り、その華奢きゃしゃな身体を抱き起こす。


「……大丈夫。少しぶつけただけだから」


 少女が顔を上げ、俺と目が合う。

 ガラス玉のような綺麗な瞳だ。見ているだけで吸い込まれそうになる。

 なんというか、透徹した雰囲気だ。色白できめ細かな肌。雪解けするようなロングの銀髪。何だか人形めいてすらいた。

 そして何といっても小柄な身体に不釣り合いなバスト。まるで食べ頃の果実のようだ。制服越しからでもその大きさが十二分に見て取れる。


 そうか、俺はこいつにぶつかったのか……ゴクリ。


「……大丈夫? 顔、赤いみたいだけど」

「うおっ!? だ、大丈夫だ。問題ない」


 俺のオーバーな反応を気にするでもなく、少女は軽い身のこなしで俺から離れると会釈だけして裏門へと駆けていった。

 あの柔らかな胸の余韻よいんに浸ると同時に一体なんだったんだろうと俺が思っていたのも束の間、間もなくして予鈴を知らせるチャイムが鳴り響いた。


誤字脱字、感想等あればどうぞ。

来週に投稿予定。

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